「米共和党を買うテック投資家」ティールの思想を形成するものとは?|会田弘継インタビュー
ピーター・ティールはどう考え、どう動くのか。米政治に精通し、ティールの言動をつぶさに観察してきた、元共同通信ワシントン支局長で関西大学客員教授の会田弘継に、彼の思想的背景をめぐる洞察を聞いた。
著名ベンチャー投資家ピーター・ティールは、PayPalの共同創業やFacebookへの投資でよく知られる。しかし、彼はいま政治家としての側面が最も注目を浴びている。共和党の主要メガドナー(大口寄付者)に名を連ねるティールは、ドナルド・トランプ大統領とのパイプを活かし、共和党のキングメーカーになると見る向きもある。
ティールの影響力は日本にも通じている。彼は日本に進出したデータ分析企業パランティアを共同創業しており、彼のファンドの一つは、日本で投資するベンチャーキャピタルの資本の出し手にもなっている。
いま、彼の思想を知ることは非常に重要に感じられる。ティールの思想は長年リバタリアニズムと表現されてきたが、それだけでは説明のつかない「柔軟性」がある。昨年、ティールについて伝記を出版したブルームバーグ・ビジネスウィークの技術系記者マックス・チャフキンは、ティールの思想について「一貫したイデオロギーが存在するかどうかについては、疑問がある。ランダムな逆張り的衝動の集合体である可能性もある」と表現している。
彼はどう考え、どう動くのか。米政治に精通し、ティールの言動をつぶさに観察してきた、元共同通信ワシントン支局長で関西大学客員教授の会田弘継に、彼の思想的背景をめぐる洞察を聞いた。
このインタビューは米中間選挙の開票が行われているさなかの11月9日(日本時間)に行われた。後にティール派の上院議員候補の2人のうち1人が当選したことが判明している。
「ピーター・ティールの言葉で有名なものは『われわれは空を飛ぶ自動車の代わりに140文字を得ただけだ』です。これが彼の1つの思想を象徴する言葉だと私は思っています」と会田は言う。
「彼が言っていることは、いわゆる産業革命以降の技術発展は大体1960年代から70年代に突然巨大なブレーキが掛かってしまったということです」
「つまり、週に日に4~5時間の労働で週に3〜4日働いて、年に20週くらいの有給休暇を取って皆が幸せに暮らせる、そのような時代がもしかしたらもう今ごろ達成できていたはずだが、時代の意識変化のために終わってしまった、と。ただ、1つだけ著しく発展したところがあると、それがITの世界だと言っています。しかし、その世界は何も人間には幸せをもたらしていないのだと、彼は言っているわけです」
これは自分自身がやってきたIT世界の中でも、かつての産業社会が直面した一種の公害に似たことが起きているということだ、と会田は言う。「それが現代の情報氾濫です」
「しかも十数万円もするようなスマートフォンを買わせられて、食事もろくにしないでSNSの世界の中で悲惨な生活を人々に強いている――これはみんな彼の言葉です。これがおおよそここ数年の彼の言説の主たる主張です」。
「彼はシリコンバレーを離れて今ロサンゼルスとワシントンへ拠点を変えた。彼はとにかく政治を変えたいようだ」と会田は言う。ティールは彼を億万長者にした西海岸のコミュニティからの離脱を進めてきた。2016年頃から、シリコンバレーの新興企業の取締役から退き、株式を売却し、新興企業育成機関Y Combinatorとの関係を断った。彼は彼の投資を監督しているThiel CapitalとThiel Foundationの2社もロサンゼルスに移った。
決定的な離脱となったのはメタ(旧フェイスブック)の取締役会の退任だ。2022年2月には、中間選挙で親トランプ候補を支援するため、ティールは同社の年次株主総会で取締役会の再選に立候補せず、17年間の就任の後に退任すると明らかにした。
「彼自身独特の逆張り思考のようなものを持っています。ほとんどのIT企業は民主党にくっ付いてしまっているわけですから、彼らに敵対しようとしています」
彼は典型的なテック起業家とは異なるバックグラウンドを持っている。西ドイツで生まれ、南アフリカとサンフランシスコ・ベイエリアで育ったティールは、1980年代後半にスタンフォード大学で哲学と法律を学んだ。彼は同大学では珍しい保守的な学生新聞「ザ・スタンフォード・レビュー」の設立にも関わった。
トランプが大統領就任時に大手テクノロジー企業のトップと会談した際、ティールはパランティアの役員として時価総額が数十倍もある企業のトップたちとともに出席した。他のトップが移民エンジニアのビザを確保できるよう陳情する中、ティールはホワイトナショナリストの会合に出席するというふうにある種の「逆張り」の立場に立っていた。
「破壊を通しての大改革、アメリカ資本主義の改革のようなことを狙っているのではないでしょうか。これは、そのような発言を匂わせるようなことを聞いたという人がいるわけで、メディアに報じられています。それからスティーブ・バノン(トランプ前米大統領の元側近)なども彼が狙っていることは極めて大きいと話しています」
「ただ、トランプを全面的に支援しているのかというと、どうも違います。というのは、例えば2020年の選挙の時にはお金を出していません」
両者の利害関係の一致は最近になって再構築されたものだ。ティールとドナルド・トランプ前大統領は共和党のリズ・チェイニー議員の対抗馬である共和党のハリエット・ヘイグマンのために1月の資金調達イベントを共同で開催した。ブッシュ大統領時代の副大統領であるディック・チェイニーの娘のリズは、トランプ前大統領の弾劾に賛成票を投じた共和党議員の中のひとりで、最近ではトランプ支持者らによる2021年1月6日の連邦議会襲撃事件を調査する下院特別委員会の公聴会を仕切った(この公聴会でトランプが武装した支持者の議事堂への侵入を促した、と元ホワイトハウス補佐官が証言している)。
リズは予備選でヘイグマンに敗北を喫した。これは党におけるトランプの影響力を示すもので、トランプの隣にティールがいたのである。
「目的」のためにトランプ現象を利用する
ティールの重要な持ち駒は上院選に出馬した、彼の会社の元従業員の2人である。このインタビューの後に確定した開票結果によって、J.D.ヴァンスがオハイオ州で勝利し、アリゾナ州ではブレイク・マスターズが敗れ明暗が別れた。ヴァンスは『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』というラストベルトの貧しい白人社会を描いた書籍の著者だ。中流以下の白人によるトランプ支持は熱狂的だが、弁護士でもあるヴァンスは出馬の前はトランプを公の場で非難していた。しかし、今回の選挙戦では、トランプ派に肩を並べている。
「彼らは一応トランプ派の振りをしているけれども少し違うアジェンダがあるように見えます。恐らくティール派は、トランプは道具だと思っているところがあって、今トランプが人々の感情を揺さぶって動かしているのを利用しています」
「その先の世界は何かというのは私にはよく見えませんが、今簡単に言うとアクセルレーショニズム(加速主義)と呼ばれる思想の1つなのだろうと思っています。一種今起きている混乱のようなものを極限まで持っていって、そこで大きな転換のようなことが起こし、その向こうへと持っていこうとしているのではないかと思います」。
「世界中が気を付けないとそうした勢力がだんだん力をつけているわけで、上院議員などにもそうしたグループの一員のように見える人たちがいます。ティールが考えていることは皆さんつぶさに観察したほうがいいと思います」。
フランス人哲学者の影響
彼は弁護士になろうとしていたが、同時に専攻していた哲学が恐らく彼に最も影響を与えた、と会田は言う。ティールはスタンフォードでフランスの現代哲学者ルネ・ジラールの下で勉強していた。ティールはジラールが自分の人生に多大な影響を与えたと語っており、作家で投資家のTim Ferrissに、『世の初めから隠されていること』をジラールの代表作とみなしていると語っている。
ジラールの提唱する概念の一つは「模倣理論(Mimetic theory)」であり、人間の行動のほとんどは模倣に基づいているとするものである。欲望の模倣は対立を招き、対立の積み重ねが破滅を招きそうになると、スケープゴートを使って均衡を取り戻そうとする、というのがジラールの世界の見方だ。
ティールはこの理論をスタートアップとベンチャーキャピタルに応用する方法を見つけたようである。「人はどうでもいいようなことでも激しく競争し、一度戦ったらますます激しく戦うようになります。模倣から完全に逃れることはできないかもしれませんが、模倣が私たちを動かしていることに敏感であれば、あなたはすでに多くの人より先を行っているのです」とティールはビジネスメディアの取材に対し語っている。彼は著書『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』で、競争、つまり他者の模倣は敗者のすることだと説いている。
「彼自身がルネ・ジラールの思想について、自分が学んだものをスタンフォードの学生たちに講演で教えているわけです」と会田は言う。「私はルネ・ジラールがどのようなフランス思想の系譜にあるかよく知りません。でも怖いのは、今トランプ派と呼ばれる人たち、あるいはトランプ自身も気付かずにいるが、彼らは一種のポストモダン的な世界の中に入っているようなところがあるわけです。つまり、モダニティはもう失敗するのだと、どこかでもう破綻しそうなのだという主張のことです」。
ここが、会田が最近もインタビューを行い、著書の一部を翻訳してきたフランシス・フクヤマと対立する部分である。「フクヤマはリベラルデモクラシーの世界がこれから完成していくことを支持しています。しかし、トランプ派と呼ばれる人たち、全く虚構の世界にはまり込んで生きているような人たちの存在自体が、ほとんどポストモダン的な現象です」
「ポストモダンは真実など信じません。ある意味ポストトゥルースです。そのようなものを生み出した根源はフーコーやソシュール辺りです。20世紀の中頃から、言語学から始まってそこから生まれてきた新しい哲学世界というか思想世界です。これといわゆるモダンな、いまだにモダンの将来を信じている人たち、巨大な戦いがそこにあるのだろうと思うのです。そこはとても難しいです」
「反ワクチンの問題などはほとんどポストモダニズムの世界です。ヨーロッパのポストモダニストの哲学者たちがトランプを支援するというような言説がたくさん出ていました」
ティールらはとてつもない進歩主義を胸に秘めているかもしれないが、それを実現する方法がある種の権威主義と言える。情報操作されて真実を知らない人たちを使って、その人たちを意のままに動かすことによって彼らの理想を実現しようとするからだ。
「その根底にあるのは非常に強いニヒリズムです。つまり、真実などはないのだということです。操作するほうも信じていないからです。メディアは皆主観なのだという考えです。客観報道などはなく、メディアは嘘なのだと言うのです」
「そのようなことはだれでも分かっています。その中でどのようにして客観的な事実や真実と呼ばれるものへの到達を目指していくか、それが近代の大変な努力だったのです」。
「それをうっちゃってしまって、皆個人は違うのだから皆意識が別々なのだから、真実やファクトなどといったものはないのだと、それがまさにフェイクニュースがはびこる世界の意識の根源です。それはポストモダンの世界です。まさにティールはそちら側の激しい動きを取っているのだという気がするのです。大きな戦いです。それこそSNSの世界がある意味で真実のない、ファクトもない、そのような人たちによって利用されています」
会田 弘継(あいだ ひろつぐ)
1951年生まれ。東京外語大英米科卒。共同通信客員論説委員。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを務めた。関西大学客員教授、同志社大学一神教学際センター・リサーチフェロー、米誌アメリカン・インタレスト編集委員なども務める。著書に『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)、『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』(中公文庫)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社新書)など多数。訳書にフランシス・フクヤマ著『政治の起源』など。