SNS戦争の背後で相克する2つの政治思想|会田弘継|メディアの未来#4

デジタル化、スマホ化、そして近年のSNSをめぐる様々なトラブル。「メディア」は再び岐路に立たされている。そこでアクシオンでは「メディアの未来」と題し、編集長の吉田拓史が様々な識者にインタビューを行うことにした。第4回の相手は米政治学者の会田弘継。

SNS戦争の背後で相克する2つの政治思想|会田弘継|メディアの未来#4
021年6月16日(水)、スイス・ジュネーブのヴィラ・ラ・グランジでの米露首脳会談の開始にあたり、ジョー・バイデン米大統領(左)とウラジミール・プーチン露大統領(右)。Photographer: Peter Klaunzer/Swiss Federal Office of Foreign Affairs/Bloomberg

デジタル化、スマホ化、そして近年のSNSをめぐる様々なトラブル。「メディア」は再び岐路に立たされている。そこでアクシオンでは「メディアの未来」と題し、編集長の吉田拓史が様々な識者にインタビューを行うことにした。

第4回は、関西大学客員教授の会田弘継。会田は共同通信でジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを務め、米政治、政治思想を巡る著書が多数ある。近年米政治ではSNSの重要性が増し、一つの事実に対して完全に理解が異なるまで分断が進行しているが、これが人類史の文脈の中でどのように位置づけられるかを会田に聞いた。

このインタビューは米中間選挙の開票が行われているさなかの11月9日(日本時間)に行われた。


「情報伝達手段が、人類史の中では何度か大きく転換した時があります」と会田は言う。口頭伝承(口承)、活版印刷、ラジオ、テレビ、インターネットのようにメディアの進化があり、それが社会に大きな変容を引き起こすという運動法則がある。

「文字がない時代においては音によって記憶されていました。膨大な歴史を全部記憶して、ずっと引き継いだのです。ある意味で、その時代の人間は、文字で記憶を外部化してしまった今の人間よりもずっと脳が発達していたのではないでしょうか」

ドイツ人の技師、グーテンベルクが発明した活版印刷による聖書の普及が、宗教改革の広がりに大きく貢献した。「活版印刷ができたことによって大きな人間意識の変化が起きました。聖書そのものはギリシャ語やラテン語で教会の中で教えられていたわけですが、それが普通の人々の言葉に置き換えられ、メディアの発達により流布し、人間存在が大きく変わりました」

現代では、商業インターネットの普及とスマートフォンのような接続されたモバイルコンピュータの登場によりかつてなく人々が接続された世界が生まれた。その結果、世界中のリベラル・デモクラシー(自由民主主義)はいま挑戦を受けている。ソーシャルネット・ワーキング・サービス(SNS)が、社会の分断を加速させているといっても良い状況(詳しくは「メディアの未来#2笹原和俊東工大准教授」)の中で、分極化した陣営が対立し、両者は一つの事実についても完全に異なる理解を持つようになった。いわゆるポスト・トゥルース(真実以降)の時代である。

「このアメリカの混乱もそのような人類史でメディアが大きく発展する時に必ず起きた混乱、あるいは近代のもたらすいろいろな混乱の中の1つの大きな山場で起きているのだろうという気がします」

「それこそ宗教改革とグーテンベルクの時代というのは長く、宗教戦争は前後もいろいろ含めて100年以上にわたるすさまじい殺し合いの時代が続いてしまったわけです。人間の意識が大変化するときの代償、近代化の代償のようなことでしょう」

アメリカの選挙に並行して、さまざまな暴力的な混乱が出るというのは、2020年の選挙の時予想されたことだ、と会田は言う。「この間の大統領選の投票の1年くらい前から、それを巡ってアメリカのシンクタンクやいろいろなところで大議論をやっています。多分とてつもない混乱が起きて、暴力沙汰が起きるのではないか、と」

新しいメディアが情報環境を変えるとフェイクが現れる

「ゆがんだ情報空間の中にいるというのはメディアが発達してくると常に起きることです。フェイクニュースというものはずっとあり、その境界線はとても微妙なところがあります」

自由民主主義の中ではいろいろなフェイクの修正の仕組みがあるが、それが機能しないこともあるようだ。日本も例外ではない。「日本という情報空間で生きていると、それは日本型にゆがんでいます。日本では忖度(そんたく)が特徴的です。自己検閲ですね。この発言は今この国の空間の中では受け入れられないと思うと、皆危ないから言いません。それは民主主義の空間の中でも起きるわけです。一種の集団現象です」

輪転機技術の確立によって、新聞メディアが発達した時代には、グーテンベルクの時代よりももっとすさまじい形で情報の大衆化が進んだ。「輪転機で万単位、数十万の印刷物をあっという間に刷れるようになって、新聞が普通の人々に行き渡るようになりました。それ以前の新聞は知識人だけに占有されていました」

「恐らく明治の初期の頃もそうでしょう。いわゆる大新聞と呼ばれた政治論議をする新聞は、村でそれこそ大地主のような人だけが読んでいて、他の村の人たちに今このようなことが起きていると伝えていました。アメリカの独立期もそうです。有名なフェデラリスト・ペーパーズというアメリカの政治思想の基礎文献は、新聞に掲載されたオピニオンです。読んでいる人たちは社会のごく一部のエリートたちでした」

輪転機で大衆化した新聞の中から最初のフェイクニュースのモデルとも言えるイエローペーパーというものが出てきた、と会田は言う。米西戦争の始まりもまたフェイクの色彩が滲んでいた。当時スペイン領だったキューバのハバナ沖に停泊していたアメリカの軍艦メイン号が突然爆沈し、250人の乗組員が死亡した。爆沈の原因は明らかではないが、アメリカ国内の世論はスペインの謀略であるという見方が強くなった。

「後のパールハーバーの時と同じキャッチコピーである『メインを忘れるな』が使われ、それはスペインの仕業だという、根拠のない当時の社会の大衆ムードに合わせた言説が新聞によって広げられます。それで『スペイン憎し』となっていくのです」。

「このようなことは、民主主義の中でしょっちゅう起きています。大衆の感情に合わせて当時は大きな新聞社がそうしたことをやるわけですが、そのようなことが今非常に速いスピードで、しかもいろいろな人がサイバー空間でやっています」。

1920〜1930年代との類似性

おおよそ今のアメリカの状況、トランプ現象の中で起きている、特に保守側の混迷の状況というのは、大体1920年代から30年代と類似している、会田は言う。「インターネット、SNSの問題が指摘されるが、ウォルター・リップマンがその原型は全て指摘しています」

20世紀初頭から活躍した米国のジャーナリストであるリップマンは冷戦の概念を最初に導入したことで有名であり、「ステレオタイプ」という言葉を作り出した。新聞コラムやいくつかの著書(特に1922年の『世論』)でメディアや民主主義を批評している。

会田は最近、「社交界」という彼が挙げている言葉を使って、今のフィルターバブルの問題を説明している。新聞が大発達した19世紀の後半からフィルターバブルのような現象は起きているようだ。

「リップマンの言っていることは、単純にメディアリテラシーの根本は、多くの情報を入れて自分の情報をうまく修正していくことです。少しずつ情報の精度を上げるためには、常にたくさんの物を読んだり見たり触れたりしなければ、旅行も含めていろいろなことをやらなくてはいけないということです。しかし、それでも『社交界』というバブルの中にいると、情報が歪んでしまうと指摘しています」

「ラジオを通じたデマゴーグの問題は別に最近はじまったものではありません。それが保守派の政治をゆがめているという議論はもうずっとあり、保守派に限らず左右両方の問題だと思います。特に電波メディアを通じて、ゆがんだ情報が非常に広くに伝わるのは、実は1930年代にもう早くも反動的なカトリックの神父さんがラジオを使ってやりだして、それがアメリカでものすごく大きな政治的な波乱を起こしました」

問題への対処が遅れている日本のSNS空間

会田は日本のSNS空間の匿名性の高さを問題視している。追跡が行われ法的な処罰が下る可能性を抑止力にすることに前向きだ。「最終的にあなたは名誉毀損なので追及されるのですよということ、それが一種の抑止力としてあることは、私は好ましいと思うのですが、それはきちんと法的に整備されて、人権を守るような形でその追跡情報を公開できるというか使えるようにしないといけません」

会田は、2014年の総選挙の中にTwitter空間における情報のゆがみをドイツの学者が分析した研究に言及した。フリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルク(FAU)のFabian Schäfer教授(近現代日本研究)、FAUのStefan Evert教授(コーパス言語学)、Evertの研究室の研究員Philipp Heinrichらは、日本の2014年総選挙の前後に選挙に関連するキーワードでフィルタリングされた54万2,584件のツイートをサンプルに、複数のボットネットの活動を検知したと主張した。正規化されたツイートのサンプルを重複を認識するアルゴリズムにかけると、43万1,050件(79.4%)のツイートが重複していることを確認した、という。

解析の結果、5つの特徴的な繰り返しパターンが見つかった。これらは、当時の政権を支持するプロパガンダのボットネットの活動、右翼プロパガンダを拡散するボットネットの活動と、WebサイトにあるTwitterシェアボタンに由来する繰り返し投稿の3つに分類された。Schäfer教授らは「ソーシャルメディアに潜在する公共圏において、簡単に使えて安価な技術は、日本の場合にも重要な要素となっており、政治圏の機能を危うくする可能性がある」と警鐘を鳴らしている。

「ヨーロッパやアメリカではそのような状態を見つけたら、すぐに公権力が今危ないことが起きているから皆さん気を付けなさいと市民の注意を喚起している。サイバー空間の中で起きていることに対する情報公開です」と会田は言う。

「それをサボっているのが日本です。なぜかというと、それをやりだすと過去の選挙の正当性を問わないといけないことになるからです。それが怖いのです。本当は全部警察庁など公的な機関はモニターして知っているはずなのです」

デジタル空間における「古くて新しい戦争」

各国の政治を混乱させたり、社会を不安定化させたりするディスインフォメーション(偽情報)キャンペーンについては、特にロシアの存在感が強い。フランスの極右政党、親ロシア政党である、国民連合(旧国民戦線)は2017年大統領選挙ではロシアの銀行から940万ユーロの融資を受けた。融資元の倒産に伴う債務再編成によって、国民連合は米国の制裁下にあるロシアの軍事請負業者に1,200万ユーロの支払いを開始した、とウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が報じている。同党は、融資の返済期限を当初の2019年9月から10年近く先送りすることで、大統領選出馬に向けた資金を節約できたようだ。フランスの選挙記録によると、同党はモスクワの公証人に利子を支払っていたが、当初の返済期限までに元本を全く返済していなかった。

ロシアは欧州のそのような極性化したグループを育てるということに関してはかなり成功したのかもしれない。これらの作戦は兵器を買うよりも明らかに安く実行できる。

「ハイブリッド戦争というものはそのような概念なわけで、ロシア軍のバレリー・ゲラシモフ参謀総長はもう2013年くらいから次の戦争は全然違うと、まさにこの世界が一番重要な戦線になると言っていました。その前には中国の『超限戦』がありました。中国は20世紀末にいわゆる情報空間における戦争が次の正念場になるということに気がつきだすのです」。ハイブリッド戦争は、軍事的脅威と他のさまざまな手段、つまり、政治的、経済的、外交的、サイバー攻撃、プロパガンダを含む情報および心理的戦争、テロおよび犯罪行為を含む非正規および通常の戦争を組み合わせた戦争の方法を指す。超限戦は、1999年に中国空軍の喬良王湘穂が出版した書籍で明らかになった概念で、あらゆるものが戦争の手段となり、あらゆる場所が戦場となりうる、従来の戦争が規定する制約のない新時代の戦争を描いたものだ。

「2000年代の当初の議論はサイバー空間から物理空間に入ってくる、というものでした。例のイスラエルがイランにやったように、サイバー空間の中から入って物理的な空間に入って、それで相手のインフラを破壊したり混乱させたりします」

「しかし、実際は物理空間に入らないで人間の意識の中に入っていくという次の手段が、おおよそ2010年代から見えてきたわけです。物理空間に入って水道システムを混乱させたり銀行システムのコンピューターを混乱させたりするのではなく、人間の意識を混乱させて変えていこうという、まさに2016年の選挙でケンブリッジ・アナリティカやロシアのやったことです」。

しかし、これは必ずしも新しい現象ではない、と会田は言う。その原型は冷戦初期にいわゆるCIAができた時の核心部分の1つである文化冷戦だ。「共産主義側はコミュンフォルムによる各国共産党の指導などを通じて、知識社会への影響をどんどん広げていくわけです。冷戦初期は、西側知識人でも未来は世界中が共産主義になるだろうと思っている人がたくさんいました」

「知識社会へ影響力を拡大していく際、ターゲットはジャーナリストや大学教授や、いわゆる知識人です。なぜかというと、この人たちこそが巨大な大衆メディアを使い、そこで言論をリードしていく人たちだからです。ピラミッド型の秩序でした。知識社会の上から知識が下へと広く伝播していく形態でした。でもこれがフラットな世界になったのがおおよそ20世紀の末から、インターネットの世界でSNSが発達してくる時代になってからです」。

フラットな世界で台頭したインフルエンサー

SNSが普及した世界では、インフルエンサーがこれまでの階層秩序の中のエリートを代替してしまった。「かつての大学教授やジャーナリストは、ある意味でインフルエンサーです。かつての言論秩序では、きちんとした論文を書いたり、あるいはジャーナリストの場合は、昔から決められた情報収集や情報の取り扱いに関する訓練を受けルールをきちんと覚えてやっていかないと、勝手にインフルエンサーにはなれません」

「つまり大衆に気に入られたからといってインフルエンサーになるのではないのです。学者も記者も厳しい階層社会をルールにしたがって一歩ずつ上がっていく。その過程で、さまざまな知的な訓練を受けないといけません。ところが今は人々が感情に合致、つまり迎合すればインフルエンサーになれる。それが問題です。つまり、知識社会ではなく感情社会、社会の感情をかき集める人間がインフルエンサーになる」

90年代に商業インターネットが出てきた時には、人間をつなげるとインタラクションが起き、とてもいいことが生まれるのではないかと夢見られた。実際には、人々を繋いだ結果、生産的な側面も数多見られる一方で、感情の過剰な結合とその爆発という負の副作用が世界中で観測されるようになった。

「つながって、おかしな状況になっています。恐らくそれに似た状況が、15世紀頃からの宗教改革からの宗教戦争という時代に起きた大混乱です。あるい同様の大変化という意味では、すでに言ったようにオーラリティー(口承)からリテラシー(読み書き)へ移る時も巨大な混乱と激しい闘争がありました。それは、われわがは古代神話の中に見るようなさまざまな争いです。初期国家が形成されていく時の激しい戦いの世界です」。

「歴史的な見方でいくと、それに匹敵するような人間の感情と知、すなわち脳の中の混乱が今起きているのだろうというのが、私の大まかな見取り図です。これを早く整理しないと悲惨なことが起きるのではないでしょうか。既に悲惨なことがたくさん起き、いろいろな人たちが悲惨な目に遭わされているのだろうと思います。サイバー空間の中でバッシングに遭って職を失う人もたくさん出ているわけです。30年前、40年前の発言が、当時の文脈など関係なく、今の基準で大変な問題になったりします」

デジタル・ウォーフェアの背後にある思想の対立

これは、大きな思想の戦いだと会田は見ている。ウクライナ戦争も含め現在起きている状況に対する1つの見方があって、キーワードはリベラリズム(自由民主主義)とイリベラリズム(非自由民主主義)だ。

会田は、イリベラリズムの中心的存在であるプーチンの思想を支援する人物として、アレクサンドル・ドゥーギンとイワン・イリインを挙げた。政治活動家のドゥーギンは「プーチンの脳」と呼ばれ、彼のネオ・ユーラシア主義はリベラルな秩序や商業文化の破壊を唱え、国家統制型経済や宗教を基盤とする世界観を前提とする伝統的な価値を標榜している。2000年代初頭以降、ロシアではドゥーギンの思想が注目されるようになり、2011年にプーチン大統領が「ユーラシア連合構想」を表明したことで、ドゥーギンの思想と発言はますます多くの関心を集めるようになった。

プーチンのスピーチの分析等によって2007~8年くらいから、プーチンが何か異様な状況になりだしたと思われる、と会田はいう。彼は2008年に第1期目の大統領を終えるが、その前の2007年にミュンヘンで行われた安全保障会議で彼は豹変した。

「プーチンはその場で突然激しい西側批判をやりだしました。もう外交の常識を突き抜けたような激しい批判です。そしてその辺りが大きな転換点だったのではないかと私は思っていますが、そこから彼が今日至るまでにやっていることを見ていくと、1つのキーワードがあるとしたらイリベラリズムなのです」。

プーチンは追い込まれていた、と会田は言う。「2010年前後、自由と民主主義が非常に大きな勢いで拡大していくと彼は見えたのです。特にアラブの春やその影響で旧ソ連圏にいわゆるカラー革命が起き出します。自由民主主義の拡大は非常に強い勢いであるように見えました。このままだとロシアというものが変わってしまうというか、自分の権力維持に不都合なことが起きると危機感を抱きました。そしてそれは実際起きたわけです」

「2011年の下院選挙があって、当時プーチンが大統領に返り咲くのがもう決まっていたわけですが、恐らく今日までで最も激しかった反プーチンデモがロシア全土で起きます。それはほとんとアラブの春の末期と一致していきます。カラー革命がこれに相前後して起きます」。カラー革命とは2000年頃から旧ソ連の共和国や中東諸国において、独裁や腐敗の横行する政権の交代を求めて起こった民主化運動の総称だ。「その辺りの問題をきちんと整理していかないと、今プーチンが何をやろうとしているのかよく見えないところがあります」

プーチンがグローバリゼーションを壊した

プーチンの行動は、反グローバリズムとも説明できる。グローバリズムはほとんどの構成員にとって利得があった。冷戦の終わりとともにグローバリゼーションが世界を覆っていったが、このシステムの構成員の多くにとって貿易が成長し、資本へのアクセスが拡大するというふうに経済的なメリットがあった。もちろん、アジア通貨危機のようにヘッジファンドが一国の通貨を毀損する事態が伝染したり、米国の利上げに伴って発展途上国からホットマネーが流出したりという負の側面もあった。世界金融危機のときには、米国の低格付け不動産ローンの破綻から始まった問題が瞬く間に世界中に波及し、張本人の米国人よりもその代償を負う人々が第三世界に多く生まれることもあった。

しかし、ウクライナ戦争以降、グローバリゼーションは終焉したと言われている。ロシアは国際的枠組みから切り離され、次の覇権を争う米中間でも、様々な領域でデカップリングが進行している。

「グローバリズムとリベラリズムは切り離せないのです。これからもずっとリベラリズムを追いかけていけば、まさに国境のない世界になっていきます。でも、そこにネオリベラリズム(新自由主義)が現れ、さまざまな弊害が起きてしまったわけです。リベラリズムを維持していくためには、主権を持つ国家以外の単位が見つかっていません」。

「一定の領土内で自由を守るためには、それに反するようなことを行った人を処罰したり、あるいは外部からその自由主義を破壊しようとする勢力が武力を持って来た時に、それを止めたりすることができなければリベラリズムの維持は残念ながらできません。ですからステート(国家)が必要で、ちゃんとそこには法の支配がきちんと行き届いて自由を皆享受できる制度が必要です」

「ですからそれがフクヤマの思想の発展の一番重要なところ(筆者注:本インタビューでは、会田が最近インタビューしたフランシス・フクヤマについて時間を割いて議論した)で、彼が『歴史の終わり』からおおよそ30年にわたり研究を積み重ね、気付いた最も重要なことは、結局いまだステートを超えるものはないからこのステートをきちんと維持していかないと自由民主主義の世界的な収れんには進めない、そこが彼の30年間かけて到達した一番大きな思想改編です。自由民主主義は広がっていくのですが、それは必ず国家を基準として広がっていくということです」

「これを超える単位が今のところ見つかっていないわけです。そこが面白いところですよね。いずれにしても、そのような自由と民主主義に対する激しい、なぜ抱くのか分かりませんが憎しみのようなものが、プーチンの側に間違いなくあります」

中国がイリベラリズムにかじを切った契機

中国は非常に興味深い存在だ。習近平が3選を決めるまでももちろん権威主義的な体制というものはあったが、ビジネスなどにおいては自由な社会があり、自由主義と権威主義の両義的な世界ができていた。

「それが、変わっていってしまったといいますか。ついにビジネスの世界までどんどん手を入れだしています。私が思うに2012年に習近平体制になって、2013年に共産党中央委員会から出された文書で当時は有名だったのですが、『9号文件』と呼ばれる文章があって、中央委員会から地方へ伝達したというか、主として知識人といいますか、共産党内でそのような知の部分と、思想的な部分と関わる人たちに対する指令です」。

「否定しなければいけないものがそこに書かれているわけです。これはもう明らかに、立憲主義、それから西側的な自由なメディアという概念や、その他いわゆる自由民主主義に関わる主要な概念全て否定しろという指示なのです。思想統制が激しく始まったということです」。

「胡錦濤時代までは西側の概念も取り込みながら発展していくようなふしが見えました。メディアもかなり自由になっていったし、調査報道なども始まったりして、まだまだ共産党のシステムの中ですけれども、それを推進していく動きが大体北京五輪の前後を頂点にあったのです。ところが、それが習近平体制が決まりだす頃から、どんどんと縮小していったようです。この辺りで今の政権の正体がもう最初に見えました」

「自由主義を否定して、どのようにして資本主義を動かしていくのでしょうか。資本主義にとって自由な情報の流通は根幹的な問題です。つまり、自分たちで新しい思想体系を作っていかないといけないわけで、今その作業を一生懸命一部の知識人たちがやろうとしている最中です。新しい全体主義の思想というものが、恐らくできてくるのだろうと思います。いろいろな面で、今のところ中国のシステムは非常に効率よく見えるのです」

効率が悪いのはリベラリズムの所与の条件

リベラリズムというものはとても効率が悪く作ってある、と会田は言う。「アメリカ合衆国が世界最初の近代自由民主主義国家として生まれようとして、憲法を作るわけですけれども、そこで『われわれが作ろうとしている国家はこのような理念に基づいています』ということを一般の人に説明するために新聞に書かれたのが、フェデラリスト・ペーパーズです。それは、この制度で効率などはありませんということと、誰かが権力を勝手に行使して物事をどんどん進めようとするのは危ないから、それを抑えるためにどのような仕組みを作ったかということを説明しているのです」

「つまり、人間というものはそのような悪魔のような性質があり、皆権力を握りたいし富を欲するし、そのような人たちを野心を競わせて押さえ込むのだと。そのような哲学が示されています」

しかし21世紀のこの異様な情報世界の中では、このような仕組みは通用しない、と会田は言う。スマートフォンとそのアプリケーションを通じてリベラリズムが破壊されつつある。そうした世界で「シリコンバレーに代表される、一部の人たちだけが好き勝手にお祭りをやっています。そのような世界をどうしたらいいのでしょうか、それ今考えないといけないのです」


インタビューの文字起こし全文

【文字起こし】SNS戦争の背後で相克する2つの政治思想|会田弘継|メディアの未来#4
以下はインタビュー「SNS戦争の背後で相克する2つの政治思想|会田弘継|メディアの未来#4」の文字起こし。読みやすくするため編集を加えている。以下のやり取りはポッドキャストで聴ける。

会田 弘継(あいだ ひろつぐ)

1951年生まれ。東京外語大英米科卒。共同通信客員論説委員。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを務めた。関西大学客員教授、同志社大学一神教学際センター・リサーチフェロー、米誌アメリカン・インタレスト編集委員なども務める。著書に『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)、『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』(中公文庫)、『戦争を始めるのは誰か』(講談社新書)など多数。訳書にフランシス・フクヤマ著『政治の起源』など。


参考文献

  1. Fabian Schäfer, Stefan Evert, and Philipp Heinrich. Japan's 2014 General Election: Political Bots, Right-Wing Internet Activism, and Prime Minister Shinzō Abe's Hidden Nationalist Agenda. Big Data.Dec 2017.294-309.http://doi.org/10.1089/big.2017.0049
  2. 会田弘継. 近代に見失われた共時性が貫く共同体. VOICE 2022年12月号.



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