持続可能なメディアになるための三つの条件|下山進|メディアの未来#3
編集長の吉田拓史が様々な識者にインタビューを行う「メディアの未来」の第3回。『2050年のメディア』(文藝春秋 2019年)で、過去20年の日本のメディアにおける新聞とプラットフォームの戦いを描いたノンフィクション作家の下山進。
デジタル化、スマホ化、そして近年のSNSをめぐる様々なトラブル。「メディア」は再び岐路に立たされている。そこでアクシオンでは「メディアの未来」と題し、編集長の吉田拓史が様々な識者にインタビューを行うことにした。
第3回は、『2050年のメディア』(文藝春秋 2019年)で、過去20年の日本のメディアにおける新聞とプラットフォームの戦いを描いたノンフィクション作家の下山進。下山は他にも『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善ライブラリー、1995年)『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)の著作があり、技術革新と経済の変化によってメディアの盛衰がどう変わってきたかを、一環したテーマとしてきた。
このインタビューは千代田区内幸町の日本記者クラブ・ラウンジという新聞業界の中核的な場所で行われた。
「一部の新聞、日本経済新聞と地方紙の1つか2つぐらいを除いて、現在のままだと新聞社には既に持続可能性がないんです」と下山は言う。「2000年には5,370万部あった新聞の部数は、2021年には3,302万部。この20年で2,000万部。加速度をつけて減っている」。
「紙の新聞だけだった時代には、人々は朝刊を読んでニュースを知るという習慣がありました。だからリアルイベントを報じたり、官庁や警察署にはりついて、とってきた情報を出すことには意味があった。ところが、インターネットが入ってくると、こうした『特ダネ』やリアルイベントはネットに出したその瞬間に、他が追いつき価値がゼロになっていく」
「しかし、新聞社は紙がまだ王者だった時代に築いたカバーの体制を変えていない」「このインターネットによってプラットフォーマーが成立した現代において、持続可能なメディアというのは、時間の経過に堪え得るコンテンツをデジタル有料の形で出しているメディアなんです」
下山は、ネットの時代に「時間の経過に耐えうるコンテンツ」がいかに強いかということに示唆を与える例として、フジテレビのドラマ「Silent」についての面白い話を披露した。第1話と第2話の視聴率は6.4パーセント、6.9パーセントとたいして話題になっていなかった。しかし、民放が出資しあったネット上のサイト「TVer」ではこれまで1週間で消していたものを第1話から第3話までを残してみれるようにした。
ネットから火がつき、毎回ツイッター世界トレンド1位を獲得するほど支持されるようになった。TVerの視聴回数は、同時期のドラマの中でダントツの一位となる。
「ネットから火が付いてって、お客さんがワーッとくる。ドラマっていうのは、時間の経過に堪え得る商品で、それこそ1年後見ても面白いし、古びないですよね」
「単行本もそうなんですよね。私、文藝春秋っていう会社にいましたけれども、単行本はネットと相性が良い。初速がそんなに良くなくても、何かのタイミングで、誰かが、インフルエンサーがネット上で取り上げて、火が付くということはよくあるんですよ。それが半年後とかでもあり得るんですよね。単行本も『時間の経過に耐えうるコンテンツ』ですよね」
この考え方は新聞のコンテンツにも適用できると、下山は考えている。時間の経過に堪え得る記事を電子有料版で出している新聞社だけが生き残ると彼は言う。日経の「安いニッポン」という企画は、2019年12月に出た記事だが、円安の今読むと、円安が必然だったということがよくわかると下山は言う。
「他にも日経の『データで読む地域再生』では、出生率を過去約20年の推移を各都道府県の自治体別に比較しています。そうすると、出生率が下がってるという日本でも、上がっている自治体というのが分かってくるでしょう。それはどういう政策的な介入をしているのかということをグラフィックを使ったチャートとともに取材して出しているんです。そっちの記事のほうが、全国紙の県版でやってるイベントとか事故とか、サツ回りして取ってきた記事よりも、はるかに地方の読者にとっては切実な問題で参考になるんですよね。そして、この『データで読む地域再生』は一年たっても古びていないんです。この発想の転換ができない限り、なかなか日本の新聞の再生というのは難しいんです」
下山は「デジタル有料購読が成功する3つの条件」を提示した。
まず第1に、そこでしか読めない記事を出しているか否か。
第2に、時間の経過に堪え得る記事、コンテンツを出しているか否か。
第3に、それを無料ではなく有料で出しているか否か。
この3つが成立しないと、持続可能なメディアに今日なっていかない、と彼は言う。
Yahoo!一強が形成されるまで
下山はノンフィクション『勝負の分かれ目』では、1960年代から90年代にわたるロイター、ブルームバーグ、日経等の国内外の経済電子メディアの熾烈な競争を描いた。続く『2050年のメディア』では、ヤフー、日経、読売、朝日のニュースプラットフォーム覇権をめぐる競争と、それがヤフー一強に収斂していく状況が描き出されている。これは業界がたどった経緯を知るためには必読の一冊である。
「技術革新で生まれた新しい市場というのは小さい市場であることが多いんですよ。ヤフーが1997年に始まったが、2000年の時点の売り上げって130億円なんです。その時点の読売の売上は、4,700億円ぐらいあって、そうすると、インターネットの市場はぜんぜん視界に入っていなかったんです」
初期のアサヒ・コムや読売オンラインは全部無料でニュースを公開していた。公開されていた記事の大半は紙の新聞の紙面にのったものだった。
これらの記事をヤフーにも新聞社は流し始める。ヤフーはトップベージの真ん中をヤフトピという様々な新聞社から提供をうけた記事を8本掲示するという方式で、人々をそのサイトに誘っていった。これは2000年代後半には200億pvを超えるようになる。
「2006年ぐらいになってくると、ヤフーの売り上げは1,000億円を超えてくるんですよね。その時点で、読売の社長室の次長だった山口寿一氏が、これを新聞社の手に取り返すということで、日経と朝日に声を掛けて『あらたにす』がポータルとして始まります。新聞社の手によるプラットフォームをつくろうとしたんです」
あらたにすは2008年に始まったものの、読売がヤフーへのコンテンツ提供をやめず足並みが揃わないなか、最終的には2012年にニュースの更新をやめ、閉じることになる。
ヤフーとメディア企業の契約はメディア側を利するものになっていないようにみえるが、なぜ、このような関係が長期に渡って維持されたのか?
ヤフーとメディア企業の契約が、個別契約になっているからだ、と下山は言う。「秘密保持条項があり、新聞社間では、そのレートが互いにわからない仕組みになっています。一度配信してしまうと、新聞社で例えばヤフーへの配信をやってるデジタル関連部門にはそれなりの売上が立ちます、大した売上じゃないんだけど、それをゼロにするのかというと、新聞社って縦割りの組織なのでそれを止めることができなかった」。
「あらたにす」の時に何で読売がヤフーへの記事提供をやめられなかったのかという問題も、この構造で説明できるという。また、新聞社が連合して値上げを迫るという戦術も独禁法で難しい。プラットフォームに対する公取委の規制が厳しくなり、その配信料の原価構造を明らかにするよう共同して申し入れることが可能になった。しかし、それで新聞社の経営が良くなることはない、と下山は言う。
「ヤフーの配信料は微々たるものだから、とても紙の売上の落ち込みをカバーできるものではない」
「ヤフーでは、最初の記事はヤフーのドメインで展開されてるけれども、関連の記事は、リンクで、例えば西日本新聞社だったら西日本新聞のサイトに飛ぶようになってるんですよね。トラフィックバックという方法で、『あらたにす』ができる時に対抗策としてそういうことを始めたんですよね。そうすると各社のサイトもPVが上がるからという理由だったんです。でも、PVが上がったってそんな大した売上にはならないので。インターネットの広告が安過ぎるんですよね。それはスペースが無限だからです」
新聞社は何をするべきか
「とにかく無料をやめて有料に全力を集中すべきです。例えば、朝日がなかなかうまくいかない理由っていうのは、ウィズニュース、ハフィントン・ポスト、バズフィードで無料で記事を公開している。それで有料版取ってくれって言っても、一般の人は取らないでしょう」
「記者や編集者が、無料のメディアの記事の書き方とかネタの取り方に引っ張られている問題もあります。大体ウェブ・ニュースの記事って、一人の人に聞いて、それをそのまま載せるやり方。もっとひどいのは、コタツ記事って言って、朝からずっとテレビやラジオを見たり聞いたりして、政治家や有名人がこういうことを言ったっていうんですぐ出す。それで、PVは上がるので皆がそれをやる。でも、それだと持続可能には全くなっていかないし、大体あんなに大きな図体の会社をインターネットの広告料収入だけでは回していけない」
日経電子版は明快な成功例だ。紙(4,900円)と電子版(1,000円)のパッケージで5,900円。日経電子版の契約者数は83万201人(2022年7月発表時点)。紙で失われた売上をおおむねカバーしている、と言えるようだ。
「ところが、朝日の場合は、紙がどんどん下がってる中、電子有料版は2016年ぐらいからほとんど契約者数は変わってないとみられています。そうすると、希望退職を募らないと会社は回っていかないっていうことになる」。
新聞社の場合、紙の新聞を個人事業主が経営する販売店に配ってもらっている。だから、電子有料版オンリーの販売を始めにくかった。紙の読者が電子に変われば、販売店の収入が減ってしまうからだ。
下山はこのようなジレンマを乗り越えた「例外」を示した。それは十勝毎日新聞だ。
「十勝毎日は、販売店が電子有料版オンリーの注文を取ってくれば、それに対する『戻し』を紙と同じように与えるという契約になっています。十勝毎日の専売店になるとパソコンを1台貸し出されて、そこに顧客リストを全部打ち込んでいくんですね。それは本社と直結してるんですよ。だから、本社は全部顧客リストを掌握してることになるんです」。
したたかなデジタル化の例:英エコノミスト誌
下山が、メディア企業のデジタル化の成功例としてしばしば挙げるのは、アクシオンが翻訳・再出版している英エコノミスト誌(The Economist)である。下山は文藝春秋時代にエコノミストの書籍『2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する』の編集をし、それからずっと購読しているという。エコノミストは「デジタル有料購読が成功する3つの条件」を満たしているという。
「エコノミストは時間の経過に堪え得る記事をデジタルの形で、しかも有料でしか出してません。だから、例えばタイムとかニューズウィークとは全然違うんです。タイムとかニューズウィークは、1週間のイベントを新聞社的にずっとやってたんですよね。広告をすごい入れて、1冊当たりの単価を1ドルとかすごい安い値段にして、50セントとかでやってたんだけど、結局それはインターネットの到来とともに難しくなった。だから、USニューズ&ワールド・レポートというのがまず紙やめちゃって、ニューズウィークもワシントン・ポストが手放して、それでどんどん転売に転売を重ねてっていう状況で、今、タイムだけ生き残ってますけど、タイムだって部数ものすごく減ってるじゃないですか」
「これに対して、エコノミストって1970年代から一貫して部数はずっと増えています。それは時間の経過に堪え得る記事を出すということに集中してるからなんです。編集局の人数っていうのは約200人ですからね。200人っていったら日本の地方紙と同じくらいですよね」
下山進(しもやま・すすむ):ノンフィクション作家。1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。上智大学新聞学科非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。
著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善ライブラリー、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。週刊朝日にメディアに関する2ページのコラムを連載中。