ナトリウム電池がリチウムの庭を荒らす

安価でレアアースに依存しないナトリウム電池が、当初想定された蓄電池だけでなく、電気自動車(EV)にも搭載されようとしている。費用対効果が高く持続可能なエネルギー貯蔵の拡大を引き起こし、再エネの地平を広げるだろう。

ナトリウム電池がリチウムの庭を荒らす
スウェーデンのリチウム電池メーカー、ノースボルトが発表した、ナトリウム電池の画像。出典:ノースボルト

安価でレアアースに依存しないナトリウム電池が、当初想定された蓄電池だけでなく、電気自動車(EV)にも搭載されようとしている。費用対効果が高く、再エネの地平を広げるだろう。


EV大手BYDと中国の軽自動車メーカーである淮海控股集団は11月初旬、江蘇省徐州市に大規模なナトリウム電池工場を建設することで提携した。BYDの電池部門である弗迪電池(FinDreams Battery)と淮海は、100億人民元(2,070億円)を投じて年間30ギガワット時(GWh)の生産能力を目指す。

この施設は、小型EV用ナトリウム電池の世界最大のサプライヤーとなる見込みだ。今回の提携では、淮海集団はマーケティングを提供し、弗迪電池は製品とサービスを提供することが定められた。BYDがこれらの電池を量産し、自社のEVに組み込む時期については明言されなかった。

スウェーデンのリチウム電池メーカー、ノースボルトは2023年11月下旬、より安全でコスト効率が高く、持続可能な新しいタイプの電池セルを開発した、と発表した。同社のナトリウムイオン電池は、スウェーデンのヴェステロース市にある研究開発拠点で、1キログラムあたり160ワット時以上のエネルギー密度が検証された。

Northvolt develops state-of-the-art sodium-ion battery
Northvolt is proud to add sodium-ion to its cell chemistry portfolio, enabling safe, low-cost, sustainable power for energy storage systems.

同社は11月初旬に、カナダのケベック州モントリオール郊外にリチウムイオンバッテリーの大規模生産工場「ノースボルト・シックス」を建設すると発表していた。建設は2023年末までに始まり、2026年に運用開始予定です。第1段階の建設には約70億カナダドル(約7,700億円)が投資され、最大3,000人の雇用創出が見込まれている。

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この新しい電池は、鉄やナトリウムのような豊富な鉱物を使用し、硬質炭素の負極とプルシアン・ホワイト化合物(主に鉄とナトリウムで構成されている)の正極で作られている。重要なのは、レアアースであるリチウム、ニッケル、コバルトを使用していないことだ。「ノースボルトの検証済みの電池セルは、従来のニッケル・マンガン・コバルト(NMC)またはリン酸鉄(LFP)よりも安全で、コスト効率が高く、持続可能であり、世界市場に豊富に存在する鉄やナトリウムなどの鉱物で製造される」と同社は記した。

TDKが出資するナトリウムイオン蓄電システムメーカーのピーク・エナジーは、中国政府の目標である2035年までに80%の再生可能エネルギー発電と100%カーボンフリーの電力に対応するのに十分な蓄電システムの規模を拡大するため、ナトリウムイオン電池による蓄電池の設計に着手した。

ピーク・エナジーは現在までに1,000万ドルの出資を受けている。カリフォルニアを拠点とするベンチャーキャピタル(VC)のEclipse Venturesがシードラウンドで500万ドルを提供し、TDKのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)のTDK Venturesが500万ドルを投資した。TDKは、電池最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)のスピンアウト元となったNingde Amperex Technology Ltd.(寧徳新能源科技)を所有している。

中国ではすでにナトリウム電池による蓄電池の事例が生まれている。今年8月、エネルギー企業の深圳GPEなどは10MWhの蓄電システムを青島市のデータセンターのために導入した。同社は、ナトリウムイオン電池をエネルギー貯蔵と大型データセンターのインフラに応用するのはこれが初めてだと主張した。

ナトリウム電池の特徴と課題

ナトリウム電池は、現在主流のリチウムイオン電池を脅かす存在と考える向きもある。米国政府のアメリカ国立衛生研究所(NIH)に掲載された研究は、負極のないNa金属電池がエネルギー貯蔵における「新星」だと主張している。「ナトリウムイオン電池における革命は、エネルギー貯蔵市場を根本的に変えようとしており、従来のリチウムイオン電池市場の大半を置き換えることは避けられないだろう」。

Anode-free sodium metal batteries as rising stars for lithium-ion alternatives
With the impact of the COVID-19 lockdown, global supply chain crisis, and Russo-Ukrainian war, an energy-intensive society with sustainable, secure, affordable, and recyclable rechargeable batteries is increasingly out of reach. As demand soars, recent…

ウォータールー大学化学工学部のTingzhou Yangらの共著者は、無負極のナトリウム電池がその鍵だとみている。「無負極ナトリウム金属電池は、その低コスト、高い安全性、広い動作温度範囲、より高い持続可能性により、ナトリウム電池の商業的利用を大幅に拡大すると予想される」とYangらは書いた。「電池化学、セル工学、システム統合を含む適切なレベルのサポートがあれば、無負極ナトリウム金属電池は、今後10年以内に、携帯電子機器、電気自動車、系統エネルギー貯蔵用として、私たちの社会の将来に向けて実用化される可能性がある」

しかし、制約がある。ナトリウムイオン電池はリチウムイオン電池より3倍重く、3分の1大きい。つまり、同じ量のエネルギーを保持するためには、ナトリウムイオン電池の電極をより厚く、より重くしなければならない。

それでも、安さは正義のようだ。最近の技術革新により、ナトリウム電池は一部のリチウムイオン・システム、特にLFP電池を使用したシステムに匹敵するようになりつつある。ナトリウム電池は、最高のリチウム電池ほど高密度にエネルギーを貯蔵することはできないが、おおむね約20%安いため、これらの電池の重要性は高まっている。

さまざまなナトリウムイオン正極が開発されている一方で、最もエネルギー密度が高い電池は層状酸化物正極(*1)を使用している。これらの電池は、150~250マイル走行可能な安価な乗用車用EVを実現するのに十分な性能を持っている。最新のナトリウムイオン電池パックは、原材料が安いため、LFP電池のコストを下回ることさえあるといわれる。

ナトリウムイオン電池はEVと再エネに衝撃を与える
安価でレアアースに依存しないナトリウムイオン電池が、当初は想定されなかった電気自動車(EV)に搭載されようとしている。再エネのエネルギー貯蔵のコストも下げることも予想され、ゲームチェンジャーの様相だ。

脚注

*1:層状複水酸化物(Layered Double Hydroxide:LDH)は2価の金属水酸化物に3価の金属イオンが固溶した複水酸化物で、水酸化物基本層が正電荷を持つため、層間に負に帯電する陰イオンを挟んだ積層構造の化合物

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