モルスタの「テスラがAIで75兆円時価総額増やせる説」を検証してみた
モルガン・スタンレーのアナリストがテスラは近くAIの巨人になると予測し、株価が急騰した。だが、テスラはNVIDIAから離された2番手集団の一角を占めるにすぎないように見える。
モルガン・スタンレーのアナリストがテスラは近くAIの巨人になると予測し、株価が急騰した。だが、テスラはNVIDIAから離された2番手集団の一角を占めるにすぎないように見える。
9月中旬、モルガン・スタンレーのアナリストチームは、テスラのAIスーパーコンピューター「Dojo」が同社の市場価値を5,000億ドル(約75兆円)上昇させる可能性があると予測した。この予測をうけて、テスラの株価は取引開始早々に10%以上も急騰した。
Dojoは、自律走行に焦点を当てた機械学習モデルのトレーニングのためのスーパーコンピューター。2021年に初めてその存在が公表された。Dojoの目標は、テスラの400万台以上の乗用車から実際の運転状況からキャプチャされた数百万テラバイトのビデオデータを効率的に処理すること。Dojoの重要な構成要素として機械学習タスク用に最適化されたカスタム設計のチップ「D1」がある。
現状、NVIDIAがAIチップの市場をほぼ独占し、驚異的な売上成長と利益率を実現した。NVIDIAが春に発表した驚異的なスペックのAIスーパーコンピューターは、Google、Microsoft、Metaが買い手と言われている。これらの企業は自社でAIチップの研究開発を行っているにもかかわらず、購入という決断をした。仮にDojoが似たような需要を集めれば、モルガン・スタンレーの推測には一定の妥当性がある。
アナリストの「アクロバティック」な推測
英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)がモルガン・スタンレーのアナリスト、アダム・ジョナスと彼の同僚6人による66ページの報告書を抜粋して紹介している。参考にしてみよう。
ジョナスらは、Dojoがロボットタクシーとソフトウェア・アズ・ア・サービス(SaaS)を通じて、テスラの企業価値に最大5,000億ドルを追加することができると判断した。「テスラのカスタムAI ASICチップは、NVIDIAのA100とH100よりも効率的に動作し、潜在的には数分の一のコストで済む」と彼らは推定している。
ジョナスらは、Dojoは、現在のNVIDIA A100で組まれたサーバーよりも6倍優れた性能を、20万ドル以下で実現すると推測している。クラスタを構成するチップが少なければ、冷却装置が少なくて済むため、全体の電力消費も削減できる可能性がある、と彼らは見ている。
テスラ自体がまだNVIDIA頼み
実際には、Dojoの性能を精査する手段がない。Dojoは社内のみでの運用にとどまり、AIチップの競技会「MLperf」に登場しておらず、外販やクラウドを通じた利用開放も行われていないため、NVIDIAの高機能GPUと性能を比較することが難しい。何らかのリークがあったのか、それとも、アナリストたちは断片的な情報を組み合わて、アクロバティックな推測をしたのか、気になるところだ。
2021年のコンピュータビジョンのトップカンファレンスCVPR(Computer Vision and Pattern Recognition)でテスラのAI部門トップだったAndrej Karpathy(現OpenAI)が明らかにしたところでは、当時Dojoという名前を与えられていなかったコンピュータクラスタはNVIDIAの高機能GPU「A100」5,760台で組まれていた。Karpathyは「おおよそ世界第5位のスーパーコンピュータ」だと形容した。
つまり、テスラはNVIDIAを代替するコンピュータのプロバイダーである以前に、NVIDIAへの依存を断ち切ることに苦しんでいる。
Dojoを構成するD1チップはゲームを変えるだろうか。台湾積体電路製造(TSMC)の7nmプロセスで製造されたこの半導体は、Dojoの最小単位であり、タイルのように組み合わせることで巨大なクラスタを形成できるとうたわれている(*1)。
テスラがDojoへの投資を拡大しつつあるのだけは確かなようだ。台湾メディアの経済日報によると、テスラはDojoの計算能力を拡大する計画がある。テスラは今年、TSMCに対してD1を約5,000個発注した(*1)。来年1万個に増えれば倍増に相当し、翌々年の2025年もその傾向が続く可能性があるという。しかし、これはNVIDIAのA100やH100と比較したときに明らかに少量である。おそらく自社用のDojoのための発注に過ぎないだろう。
今のところ、テスラはまだNVIDIAに依存しているようだ。8月にテスラのAIエンジニア、ティム・ザマンが行ったポッドキャストでは、 H100 1万台で構成されたクラスターが稼働したことを中心に会話が交わされた。7月、テスラは、2024年末までの間に10億ドルを投じてDojoを構築すると明らかにしていたが、H100クラスタの新規投入は、Dojoが確実性のあるシナリオになっていないこと示唆している。
2番手集団の一角にすぎない
NVIDIAは、AIブームの追い風で半導体設計企業の頂点に到達している。TrendForceの分析によると、NVIDIAではデータセンター部門の売上が105%急増し、その結果、第2四半期の売上高は113億3,000万ドルに達し、前期比68.3%増という驚異的な伸びを記録。これによってクアルコムを抜いた。
また、大手テクノロジー企業がAIチップの設計に参入していることも懸念材料だ。Google、Amazon、Microsoft、Metaが独自のプロジェクトを発表しており、製品がまもなく登場するはずだ。これらの企業は他のどの企業よりもNVIDIAの半導体を買い集めており、同時に自分たちのAIチップを開発している。
テスラは、これらの大手テクノロジー企業とともにNVIDIAから大きく離された2番手集団を形成しているというのが、妥当な見方ではあるまいか。
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注釈
*1:https://ieeexplore.ieee.org/document/9895534 https://hc34.hotchips.org/
*2:これは注文を受けるTSMCにとっても朗報のようだ。経済日報の分析によれば、TSMCの7nm製品はかつて、Apple以外の携帯電話市場の不振およびPC市場の低迷の影響を大きく受けた。これが主な理由となり、生産能力の稼働率が期待に届かず、TSMCは今年に入って既に2度目の業績予想の下方修正を余儀なくされた。ただし、AIやHPC関連アプリケーションの成長、自動車の需要増加、およびPC市場の最悪のシナリオからの回復により、TSMCの7nm製品の稼働率は徐々に回復している。これが2024年の緩やかな業績回復へと繋がると見込まれている。