アントグループの解体・国営化が進展

アントグループが運営する金融サービスのスーパーアプリである「アリペイ」の解体・国営化が進んでいる。アリペイが築いた金融における広大な版図は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を提供する中銀と国営企業のものになろうとしている。

アントグループの解体・国営化が進展
Image by Ant Group.

要点

アントグループが運営する金融サービスのスーパーアプリである「アリペイ」の解体・国営化が進んでいる。アリペイが築いた金融における広大な版図は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を提供する中銀と国営企業のものになろうとしている。


中国人民銀行(中銀)の9月23日の声明によると、アリペイは中銀に対しユーザーアカウントの設定日、融資総額と使用状況、返済状況などの情報を提供するという。

今回のデータ共有は「中銀をはじめとする金融規制当局がデータ収集に関する『情報独占』を解消するよう指示したことを、アントグループが遵守する決意を示すもの」という。アントグループは、金融規制当局が設定した目標に沿って是正プログラムに取り組んでおり、事業の継続性、業務の正常性、サービスの質を確保する。

声明によると、華唄のユーザーは、PBOCのシステムと信用情報を共有することを承認するよう求められるという。承諾しなかった場合は、華唄のサービスを利用することができない。口座開設日、クレジットラインの金額、返済状況などの情報は、毎月、中銀のデータベースに報告される。

2015年4月に開始された華唄は、仮想のクレジットカードとして機能し、ユーザーは後払いのショッピング体験を楽しむことができる。ユーザーは、買い物をする際にHuabeiの枠を前倒しし、領収書を確認した後、翌月9日に返済することができる。無利息期間は最大で41日間だ。

華唄は、アリペイに蓄積されたデータを利用した独自の信用評価モデルに基づいており、即座に利用者の利用の可否を決定する。典型的な華唄の顧客は、若くてインターネットに精通しているが、クレジットカードを持っていなかったり、与信限度額が不足していたりする。

アントはこのような顧客に対してアリペイ上で融資をし、その融資を証券化して他の金融機関に売ることで大規模の融資を実現させた。アリペイ上での貸付は、データベース上の数字を操作するだけなので、必ずしもアントが当座の資金を持っていないくてもいい。

規制当局は「中国版サブプライムローン」になることを恐れ、銀行と同様の自己資本比率を要求した(IPOが停止された時まで、この自己資本比率は当局とアントの主要な論点だった)。

そこでアントは新しいアプローチを考案した。銀行は借り手をマッチングし、アントは「技術サービス料」を徴収するようになった。これは、アントがリスクに晒されないマッチング役になることを意味する。

なぜ、このような「役得」が叶うかというと、アントがアリペイで消費者の財布を握っていることと、消費者の決済や様々なデータの独占により高度な与信管理が行えることが主要な要因だ。このため、政府中銀は財布には中央銀行デジタル通貨(CBDC)、データ独占にはデータの開放を要求することで対応している。

9月、アント解体が急速な進展を示している。フィナンシャル・タイムズ(FT)が9月中頃に報じたところでは、中国の規制当局はアントに対し、従来のリボ払いのアプリ版である華唄(Huabei)と小額の無担保ローンを提供する借唄 (Jiebei)という2つの融資部門を本業から切り離し、新たな事業体を設立して外部の株主を招き入れるよう命じている。

この2つのユニットを含むクレジットテック部門は、2020年上半期に初めてアントの主要な決済処理事業を追い抜き、グループの収益の39%を占めるようになった。華唄は日本でいう消費者金融に当たる借唄とともに中国の低所得者の利用をかき集めていたのだ。

図3. 2020年は、稼ぎ頭がペイメントから貸金業(Credit Tech)に移行する見通し(2020年は予測値、単位は百万元)。作成:吉田拓史
図4. ペイメントの構成比が低下し、貸金業の構成比が増えている(2020年は予測値、単位は百万元)。作成:吉田拓史

華唄は欧米圏ではクレジットカードのリボ払いのアンバンドル戦略として模倣されブームとなっている。「BNPL (Buy Now Pay Later)」というマーケティング用語はいまや世界各国で知られるようになっているが、その元祖が華唄である。

前出のFT記事によると、政府からの最新の要求では、Alipayは融資の決定に使用されるユーザーデータを、国が一部を所有する新しい合弁会社に引き渡すことを余儀なくされている。この新会社は、アントグループが長い間欲しがっていた信用スコアリングのライセンスを持ち、このデータのアウトプットを他の金融機関に売ることができるようになる。

実際、アリペイアプリをアップデートする際に、金融信用情報データベースへの関連情報の照会/提出を許可することに同意する「個人信用情報照会・提出許可書」に署名する必要があることを示す督促画面が出ることが報告されている。これは政府公認のクレジットスコア会社へのデータ共有を示しているだろう。

これにより、アントの情報優位性が失われ、消費者がアリペイ以外の経路でBNPLや消費者ローンに申し込んでも、華唄や借唄と同様の速度でお金を借りることができるようになるだろう。

貸し出しの決定は政府公認のクレジットスコア会社の指示に従うことが規則化されたため、リスクフリーのマッチメーカーとしてのアントグループの地位はさらに揺らぐこととなる。この新ルールはアリペイ以外の金融サービス会社にも適用される可能性がある。

アントは、新合弁会社の経営権をめぐって規制当局と対立していたが、浙江省観光投資集団をはじめとする本省の国有企業が過半数の株式を保有するという妥協案が成立したとされる。具体的には、アントと旅行大手の浙江省旅遊投資集団が各35%、残りを中国の政府機関が出資する。

特にアントの信用スコア「芝麻信用」は、中国政府が開発・運営する「社会信用スコア」に組み入れられるとの見方が大勢だ。伝統的な信用調査では、雇用、負債残高、請求書の支払い記録、追加融資の申請など、わずかな要素しか用いられないが、芝麻信用では、地下鉄の運賃からアリババでの購入まで、あらゆる情報が含まれており、信頼性を測る一つの尺度となっている。

このデータが、権力による監視を機能として付加されたデジタル人民元と組み合わせた場合に、国家は中国国民を監視する新たな手段を提供することになる。

コメント

私はアントのIPOが停止される直前の2020年10月23日付けのニュースレターで、アントがCBDCによって駆逐される未来を予測している。「アントグループは今後デジタル人民元によって陣地を失っていくかもしれず、今がビジネスが最高潮の時期である可能性は小さくない」との予測はあたった。

アントグループに迫るデジタル人民元の巨大なリスク
中国政府に市場を奪われる前に上場する強硬策

しかし、最悪シナリオとしてアントが「他の金融機関と同じサービスを提供するベンダー」まで格下げされるとしたが、実際にはこれに解体・国営化が加わり、アントにとっては悪夢となった。

アントは金融に著しいイノベーションをもたらした事実も無視してはいけない。その結果生まれた独占を、中国政府がデジタル人民元と政府の支配を強めることで解いている。欧米が民主主義のプロセスに則ってゆっくりやっていることを中国はあっという間に実現してしまった。このジャンルで中国がリーダーであり続けるのなら、中国流は欧米流に対して有効な対案であることを証明することになるだろう。

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