ベーシックインカムは瀕死の福祉国家を救わない Axion Weekly #3

瀕死の福祉国家を救助するにはベーシックインカムではなく機械で生産性を上昇させることが求められる。カネが有り余れば、それをベーシックインカムとして配るのに抵抗はなくなるだろう。

ベーシックインカムは瀕死の福祉国家を救わない Axion Weekly #3

🐯全国民1000ドルのアンドリュー・ヤン、民主党予備選の異色候補

米国で民主党予備選討論会が始まった。傍観者の日本在住者の観点からだと、今回の民主党予備選の顔ぶれは面白く、アメリカのダイナミズムを感じさせてくれる。予備選候補の主張はあることを意識させる。「アメリカは福祉国家に向かっている」ということだ。

今回の候補は非常に濃い。ジョー・バイデン前副大統領はいわゆる中道の現実路線の候補で「最も退屈」だが、バーニー・サンダース上院議員、エリザベス・ウォーレン上院議員らはプログレッシブ(進歩派)と呼ばれる左派の中の左派の候補だ。ウォーレンの掲げる「富裕税」については今週のテック経済レビューで取り上げている。彼らが勢いづく状況が現在の米国にはあるのだ。

このなかで最も興味深いのは台湾系アメリカ人のアンドリュー・ヤンである。彼が「国民全員に1000ドル配る」というベーシックインカムを提案しているからだ。

彼がこれを言い出す文脈について思いを巡らしてみよう。

まず、福祉国家の失敗である。第二次大戦の後に夢見られた「ゆりかごから墓場まで」は多くの国で財政難という形で破綻へと近づいている。日本はその明快な例である。年金のような社会保障制度の設計は持続可能ではない、というかすでに破綻している。しかし、この制度をゾンビのまま生き残らせておけば、政治家は高齢者の票を集めて選挙に勝てる。官僚機構から見ると、国民からお金を預かり、それを分配するプロセスは利権そのものである。これは手放し難い。したがってシステムが誤った制度から抜け出せなくなる。これが日本の「失敗した福祉国家の硬直化」現象である。他の国はこの失敗を活かしてほしい。

とにかく一度は絶望を見た「持続不可能な福祉国家」に最近は希望の光が指している。それはあらゆる領域へのコンピューティングの応用、すなわち「機械」である。さまざまな領域に機械を導入することにより、社会の生産性は急激に上昇すると想定される。現存する職業は消失し、巨大な富が創出される。世界がその分け方を間違えると「大格差」が生まれてしまう(タイラー・コーエン『大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか』)。ここでユニバーサルベーシックインカム(UBI)の登場だ、というわけだ。

カルフォルニアの人はUBIを好んだ。特にテック産業に関わる人達だ。Y Combinatorのサム・アルトマンはブログ記事で次のように述べたことがある。「将来のある時点で、テクノロジーが伝統的な仕事を排除し続け、大規模な新たな富を創出し続ける中で、私たちは全国規模でいくつかのバージョン(UBI)を目にすると確信している」。

政府が金を集めてそれを配るのは思った以上に難しい。懐かしき”公共事業”は素晴らしかった。大量の雇用を生み出すだけでなく本当に必要な産業・社会インフラが生まれ、それが経済に正の影響をもたらすというループを作ってくれた。これは発展途上の経済には最高の滋養強壮効果があるが、成熟した経済ではあまり効果がないようだった。じゃあ富裕国はどうやって国民にお金を配ればいいのか。

ヤンのUBI案の欠点はその原資を消費税(付加価値税)にすると明言(https://www.nytimes.com/2019/06/27/us/politics/who-is-andrew-yang.html)していることだ。累進性のない消費税で集めて、それを全員に配る……これでは、所得の偏りの是正が見込めないためUBIの意味があまりない。とって、また配るだけだから。しかもそのプロセスにお金がかかるから無駄かもしれない。彼の案はうまくデザインされていない。

日本の消費税増税も似たような状況だ。消費税増税は一見平等に見えるが、一定額以内の年金受給は非課税なため、現役世代から年金受給者にお金を移転させるだけである。日本は概ね高齢者が富裕で若年者が低所得者である。税制の観点から見たときなんかおかしい感じである。ただただ、税金を増やすことに利益を感じる利益集団が官公庁に存在するだけではないか、年金を延命させられれば選挙に勝てるだけではないか、と考えてしまう。少し極端なことを言えば、代表民主制や官僚機構の構造を変えないと日本は罠にハマったままになる。

この不完全な福祉国家のデッドロックの解決策は、生産性を急激に上昇させることだ。富が有り余っていれば、それをUBIとして配ることは何ら問題がない。またあらゆる物事のコストが落ちていけば、そもそも富の意味合いが薄れる。

だから、ヤンが本当に主張すべきなのは、UBI ではなく、ディストピアものではない、超進歩した未来を描いたサイエンスフィクションのような社会を作ることなのではないか。

CNBC Catherine Clifford "Why everyone is talking about free cash handouts—an explainer on universal basic income" [ Jun 27 2019]

🐼米国のブラックリスト化、中国のスーパーコンピューティング大手の”自立”を加速させるだけ

先週、米商務省はスーパーコンピュータの軍事用途に関する懸念をめぐって「エンティティリスト」にSugon, the Wuxi Jiangnan Institute of Computing Technology, Higon, Chengdu Haiguang Integrated Circuit and Chengdu Haiguang Microelectronics Technologyを追加した。 中国側では自ら技術を開発し、スーパーコンピュータで自立することを目指す意見が出てきている。

5Gの展開は、はるかに多くのデータを生み出すことになるので、それはより多くのスーパーコンピューターの開発を必要とする。そのスーパーコンピューターは米国製品を全く含まない完全な中国製になる未来が生まれるかもしれない。

SCMP, Celia Chen, "US blacklisting of China’s supercomputing giants ‘will only accelerate self-reliance drive’" [28 Jun, 2019]

🦊米チップメーカー、Huaweiへの販売を継続するため禁輸措置を回避

米国のチップメーカーは、トランプ政権が中国の電気通信大手への米国技術の販売を禁止しているにもかかわらず、Huawei社に数百万ドルもの製品を販売している。

事情を知る人物によると、IntelやMicronを含む業界のリーダーたちは、米企業の海外生産品が必ずしも「アメリカ人の製品」とされないことをついて Huawei に商品を販売。電子デバイスは3週間前に納品が終わったそうだ。IntelやMicronはコメントを出していない。

New York Times "U.S. Tech Companies Sidestep a Trump Ban, to Keep Selling to Huawei” [June 25, 2019] by Paul Mozur and Cecilia Kang

🐧Appleが自動運転のスタートアップDrive.aiを買収

買収と付随して行われている採用から、Appleが自律運転プロジェクトをあきらめていないことが確かめられたDrive.aiが複数の買収候補と交渉をした後、Appleの買収が決まったと Axios の情報筋は話している。契約条件は非開示。Drive.aiは2年前のラウンドで時価総額2億ドルに到達。合計調達額は7,700万ドル。雇用目的の買収。Appleは主にエンジニアとプロダクトデザイナーを雇用するという。

Axios "Apple acquires self-driving startup Drive.ai" [25 June 2019] by Ina Fried, Kaveh Waddell

🦁「アリペイ」の共済保険「相互宝」:会員5000万人超え

「アリペイ(支付宝)」の共済保険「相互宝」の会員が5000万人を超え、スタートしてから半年足らずで世界最大の共済組合となった。1分間毎に約200人が加入したことになる。

36kr Japan "「アリペイ」の共済保険「相互宝」:会員5000万人超え"

🐰ビル・ゲイツ、低炭素社会への次の一手

脱炭素のクリーンエネルギーに投資するBreakthrough Energy Venturesの会長、ビル・ゲイツは月曜日、2017年に投資を開始した10億ドルのファンドが、来年下半期までにさらに10億ドルから15億ドルを調達する予定であると語った。

億万長者であるMicrosoftの共同創設者は、脱炭素経済を実現するには、既存のクリーン技術を超えた大きな革新が必要になると長い間論じてきた。

Axios, Ben Geman, "Bill Gates' next climate moves" [June 25, 2019]

🐱(おまけ) ビル・ゲイツ「Androidへの敗戦で4000億ドル失った」

ゲイツはベンチャーキャピタルVillage Globalのイベントで「当時Apple 以外のオペレーティングシステムが1つだけ入れる余地があった。そしてその価値はどれくらいだったか。 4000億ドルはあっただろう。(仮に我々がモバイルOSを開発していれば)G社ではなくM社にその価値がもたらされたはずなのに」と悔やんだ。そこまで言うなら、なぜゲイツはさっさとバルマーをクビにしなかったのか。いまになって悔やんでいるのだろうか。

ars technica "Bill Gates calls failure to fight Android his “greatest mistake” by Ron Amadeo

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新たなスエズ危機に直面する米海軍[英エコノミスト]

新たなスエズ危機に直面する米海軍[英エコノミスト]

世界が繁栄するためには、船が港に到着しなければならない。マラッカ海峡やパナマ運河のような狭い航路を通過するとき、船舶は最も脆弱になる。そのため、スエズ運河への唯一の南側航路である紅海で最近急増している船舶への攻撃は、世界貿易にとって重大な脅威となっている。イランに支援されたイエメンの過激派フーシ派は、表向きはパレスチナ人を支援するために、35カ国以上につながる船舶に向けて100機以上の無人機やミサイルを発射した。彼らのキャンペーンは、黒海から南シナ海まですでに危険にさらされている航行の自由の原則に対する冒涜である。アメリカとその同盟国は、中東での紛争をエスカレートさせることなく、この問題にしっかりと対処しなければならない。 世界のコンテナ輸送量の20%、海上貿易の10%、海上ガスと石油の8~10%が紅海とスエズルートを通過している。数週間の騒乱の後、世界の5大コンテナ船会社のうち4社が紅海とスエズ航路の航海を停止し、BPは石油の出荷を一時停止した。十分な供給があるため、エネルギー価格への影響は軽微である。しかし、コンテナ会社の株価は、投資家が輸送能力の縮小を予想している

By エコノミスト(英国)
新型ジェットエンジンが超音速飛行を復活させる可能性[英エコノミスト]

新型ジェットエンジンが超音速飛行を復活させる可能性[英エコノミスト]

1960年代以来、世界中のエンジニアが回転デトネーションエンジン(RDE)と呼ばれる新しいタイプのジェット機を研究してきたが、実験段階を超えることはなかった。世界最大のジェットエンジン製造会社のひとつであるジー・エアロスペースは最近、実用版を開発中であると発表した。今年初め、米国の国防高等研究計画局は、同じく大手航空宇宙グループであるRTX傘下のレイセオンに対し、ガンビットと呼ばれるRDEを開発するために2900万ドルの契約を結んだ。 両エンジンはミサイルの推進に使用され、ロケットや既存のジェットエンジンなど、現在の推進システムの航続距離や速度の限界を克服する。しかし、もし両社が実用化に成功すれば、超音速飛行を復活させる可能性も含め、RDEは航空分野でより幅広い役割を果たすことになるかもしれない。 中央フロリダ大学の先端航空宇宙エンジンの専門家であるカリーム・アーメッドは、RDEとは「火を制御された爆発に置き換える」ものだと説明する。専門用語で言えば、ジェットエンジンは酸素と燃料の燃焼に依存しており、これは科学者が消炎と呼ぶ亜音速の反応だからだ。それに比べてデトネーシ

By エコノミスト(英国)
ビッグテックと地政学がインターネットを作り変える[英エコノミスト]

ビッグテックと地政学がインターネットを作り変える[英エコノミスト]

今月初め、イギリス、エストニア、フィンランドの海軍がバルト海で合同演習を行った際、その目的は戦闘技術を磨くことではなかった。その代わり、海底のガスやデータのパイプラインを妨害行為から守るための訓練が行われた。今回の訓練は、10月に同海域の海底ケーブルが破損した事件を受けたものだ。フィンランド大統領のサウリ・ニーニストは、このいたずらの原因とされた中国船が海底にいかりを引きずった事故について、「意図的なのか、それとも極めて稚拙な技術の結果なのか」と疑問を呈した。 海底ケーブルはかつて、インターネットの退屈な配管と見なされていた。現在、アマゾン、グーグル、メタ、マイクロソフトといったデータ経済の巨人たちは、中国と米国の緊張が世界のデジタルインフラを分断する危険性をはらんでいるにもかかわらず、データの流れをよりコントロールすることを主張している。その結果、海底ケーブルは貴重な経済的・戦略的資産へと変貌を遂げようとしている。 海底データパイプは、大陸間インターネットトラフィックのほぼ99%を運んでいる。調査会社TeleGeographyによると、現在550本の海底ケーブルが活動

By エコノミスト(英国)