ビットコインとプライバシー活動家と、リバタリアンと。

サイファーパンクの文化の中から、ビットコインがどのように生まれたのか。リバタリアンがどのようにビットコインを評価しのめり込んでいくのか。そして価格高騰とともに、どのようにしてビットコインは有象無象を巻き込んでいったのか。

ビットコインとプライバシー活動家と、リバタリアンと。

このブログは『デジタル・ゴールド──ビットコイン、その知られざる物語』の書評です。

『デジタル・ゴールド』は、ビットコインと呼ばれるデジタル通貨のジェットコースターの動きを追跡しています。書籍の最初のうちはサイファーパンク(社会や政治を変化させる手段として強力な暗号技術の広範囲な利用を推進する活動家)の文化の中から、ビットコインがどのように生まれたのかを追いかけています。書籍の途中からは、主にリバタリアンがどのようにビットコインを評価しのめり込んでいくのかに加え、ゴールドラッシュのように有象無象を巻き込んでいくビットコイン業界の動向に主眼を置いています。ビットコインがどのように「開発」されてきたか、開発者がどのような哲学をもっていたかを知りたい人には本書の後半部分は役にたちません。

サイファーパンクの観念に関する技術的な起源は、暗号学者であるデビッド・チャウムが論文“Security without Identification: Transaction Systems to Make Big Brother Obsolete” (1985)で述べた、匿名電子マネーや偽名における評判管理システムなどの分野に対する研究に遡ります。80年代の終わりにはそれらの観念は結合して1つの運動のようなものとなりました。

UCバークレーの数学者エリック・ヒューズらは1992年に、サンフランシスコ・ベイエリアにあるシグナスソリューションズに月例で集まる小さな集団を設立しました。その集団はユーモアを込めて「サイファーパンク」と称されました。サイファー(暗号)と「サイバーパンク」に由来します。メーリングリストも同年に始まり、1994年までに700人が購読しました。1997年には、メーリングリストは、単一障害点を排除した、ネットワーク非依存のメーリングリストノード群であるサイファーパンク分散リメーラーを採用しています。

ヒューズらは同時期にサイファーパンク宣言を発表しました。宣言は「電子時代の開かれた社会にはプライバシーが必要です。プライバシーは秘密ではありません。プライバシーの問題は、全世界に知られたくないものですが、秘密の問題は、誰にも知られたくないものです。プライバシーは、選択的に自分自身を世界に公開する力です」との文言から始まります。

サトシ・ナカモトと最初期のビットコインのコントリビューターだった暗号学者ハル・フィニーのやり取りも本書では再現されています。一説では、フィニーがサトシだったのではないかと目されていますが、確証はありません。フィニーは80年代後半頃から、インターネットの普及とコンピューティングの発達により大規模な監視の時代を予見しており、「コンピューターは、人々を制御するのではなく、解放して保護するためのツール」という信念を持っていました。

フィニーはビットコインを生んだコミュニティで影響力の強かった暗号学者の一人です。1991年に、Pretty Good PrivacyまたはPGPとして知られる暗号化手法のボランティア活動を開始し、すぐにプログラム開発の中心の1人になりました。PGPはあらゆる場所の人々が電子通信を、受信者以外には読めない方法で、暗号化できるようにすることを目的としていました。

彼がビットコインに魅力を感じた理由を、著者は「ユーザーは中央当局に識別情報を提供することなくビットコインを所有し取引できるというサトシの主張に特に惹かれました」と綴っています。複雑なアルゴリズムを介してマイニングされ、デジタルウォレットに保存されるビットコインは、金融取引における一定のプライバシーを提供します。すべてのトランザクションが記録されますが、ユーザーはウォレットIDによってのみ識別されます。理論的には、ビットコインは、買い手と売り手が互いに直接取引できるため、ユーザーが銀行のような仲介者による手数料や干渉を避けることもできます。これにより、ビットコインは、現金の不便さ、中央銀行の優位性、そして政府の追跡技術からの自由を約束します。

フィニーは筋萎縮性側索硬化症、またはルーゲーリッグ病におかされており、在宅ケアの料金をビットコインで支払ったとされる真の信者でした。

本書で取り上げられる信者にとってのビットコインの魅力の一部は、それがその新しいリバタリアンのユートピアの創造を可能にすることができることでした。もうひとつの魅力は、その価値が成長を続けていることでした。原著の出版は2015年5月で、我々が経験した乱痴気騒ぎの前です。ビットコイン起業家のロジャー・バーはビットコインを「インターネットの商業化以降、最も重要な発明だ」 と本書に語っています。彼は20歳でリバタリアン党の候補としてカルフォルニア州議会議員選挙に立候補し、服役中に日本語を独学で学び、東京に住んでいます。わたしも六本木で数度彼を見かけたことがあります。あまり僕の好きなタイプの人ではないように思えました。

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