スーパースターの経済学 トップに対する報酬の過剰な集中

微差の成果に対しリターンは勝者へと集中する「スーパースター効果」。シカゴ大学教授のSherwin Rosenはこれを定式化し1981年に「スーパースターの経済学」を提唱しました。

スーパースターの経済学 トップに対する報酬の過剰な集中

プロのスポーツや音楽、芸能などの世界では多くの選手や歌手が下積みで極めて低い報酬に甘んじる一方、最上位は巨額の報酬を稼ぎます。トップに近くなればなるほど、報酬はうなぎのぼりに上がり、しかも格差は広がります。パフォーマンスにはある程度の差しか存在しないものの、それに対するリターンは集中し、大きな差が生まれる、このような現象を「スーパースター効果」と呼びます。

これらの「スーパースター効果」を理解するための基本は、べき乗則です。たとえば、世界がべき分布に気づく前は、自然現象や金融市場の事象を正規分布として捉えていました。しかし正規分布を逸脱するイベント(大災害や金融危機)がときたま発生し、その前提には絶えず疑いの視線が浴びせられてきました。その後の研究により、自然現象では地震の大きさと発生頻度、山火事の被害面積ごとの発生頻度など、経済現象では株価、為替などの市場価格の変動、社会現象では戦争の発生頻度と戦死者数などは正規分布とは明らかに異なる形、即ちべき乗則に従っていることが分かってきたのです。

この現象を労働経済学の枠組みで説明したのがシカゴ大学教授のSherwin Rosenです。Rosenは1981年に「スーパースターの経済学」を提唱しました。彼はこの経済学の背景にある二つの要因に着目します。一つはマーケットの特性であり、もう一つは主体間の代替可能性です。

ソフトウェアのように商品の複製が容易だったり、消費財のように大量生産が可能だったりする商品とマーケットの特性は、スーパースターを成立させる重要な要素です。同時に世界が1つのつながった市場であることは、事業やサービス、パフォーマンスなどの拡張可能性(スケーラビリティ)を著しく高めます。仮にNetflixが米国人のためのサービスだったとしたら、会社は巨額の番組制作費を拠出することは不可能です。芸能やスポーツにおけるマスメディアは重要な役割を果たしてきましたが、インターネットの登場によって、一つの優れたものの成果が伝播する市場の特性がさらに高められたと考えられています。

もう一つの要因は、他者との代替の難しさだと、Rosenは指摘しています。レディオヘッドのコンサートのチケットを購入した客に対し、テイラー・スイフトのチケットととの交換を持ちかけても、あまりうまく行きません。人々は分布の先端にいるものをスターとみなし、それに対して対価を支払うことに躊躇しない傾向があり、それらはお互いに代替が困難になっています。

スーパースター現象は近年、世界経済に置いて超巨大企業による寡占傾向を説明するときに用いられるようになっています。さらに、労働者への富の分配が低迷していることを説明するためにも使わることもあります。MITの労働経済学者David Autorは、マクロでみた労働分配率の低下を、労働分配率が著しく低い一部のスーパースター企業の市場シェアが高まったことによって説明しました。

参考文献

Sherwin Rosen, The economics of superstars.  - The American economic review, 1981 - JSTOR.

"FB sticker pack for Roger Federer / Team 8 Agency"by Samuel 'Sho' Ho is licensed under CC BY-NC-ND 4.0

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米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

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米国人は自動車が大好きだ。バッテリーで走らない限りは。ピュー・リサーチ・センターが7月に発表した世論調査によると、電気自動車(EV)の購入を検討する米国人は5分の2以下だった。充電網が絶えず拡大し、選べるEVの車種がますます増えているにもかかわらず、このシェアは前年をわずかに下回っている。 この言葉は、相対的な無策に裏打ちされている。2023年第3四半期には、バッテリー電気自動車(BEV)は全自動車販売台数の8%を占めていた。今年これまでに米国で販売されたEV(ハイブリッド車を除く)は100万台に満たず、自動車大国でない欧州の半分強である(図表参照)。中国のドライバーはその4倍近くを購入している。

By エコノミスト(英国)
労働者の黄金時代:雇用はどう変化しているか[英エコノミスト]

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2010年代半ばは労働者にとって最悪の時代だったという点では、ほぼ誰もが同意している。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの人類学者であるデイヴィッド・グレーバーは、「ブルシット・ジョブ(どうでもいい仕事)」という言葉を作り、無目的な仕事が蔓延していると主張した。2007年から2009年にかけての世界金融危機からの回復には時間がかかり、豊かな国々で構成されるOECDクラブでは、労働人口の約7%が完全に仕事を失っていた。賃金の伸びは弱く、所得格差はとどまるところを知らない。 状況はどう変わったか。富裕国の世界では今、労働者は黄金時代を迎えている。社会が高齢化するにつれて、労働はより希少になり、より良い報酬が得られるようになっている。政府は大きな支出を行い、経済を活性化させ、賃上げ要求を後押ししている。一方、人工知能(AI)は労働者、特に熟練度の低い労働者の生産性を向上させており、これも賃金上昇につながる可能性がある。例えば、労働力が不足しているところでは、先端技術の利用は賃金を上昇させる可能性が高い。その結果、労働市場の仕組みが一変する。 その理由を理解するために、暗

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中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

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脳腫瘍で余命いくばくもないトゥー・チャンワンは、最後の言葉を残した。その中国の気象学者は、気候が温暖化していることに気づいていた。1961年、彼は共産党の機関紙『人民日報』で、人類の生命を維持するための条件が変化する可能性があると警告した。 しかし彼は、温暖化は太陽活動のサイクルの一部であり、いつかは逆転するだろうと考えていた。トゥーは、化石燃料の燃焼が大気中に炭素を排出し、気候変動を引き起こしているとは考えなかった。彼の論文の数ページ前の『人民日報』のその号には、ニヤリと笑う炭鉱労働者の写真が掲載されていた。中国は欧米に経済的に追いつくため、工業化を急いでいた。 今日、中国は工業大国であり、世界の製造業の4分の1以上を擁する。しかし、その進歩の代償として排出量が増加している。過去30年間、中国はどの国よりも多くの二酸化炭素を大気中に排出してきた(図表1参照)。調査会社のロディウム・グループによれば、中国は毎年世界の温室効果ガスの4分の1以上を排出している。これは、2位の米国の約2倍である(ただし、一人当たりで見ると米国の方がまだひどい)。

By エコノミスト(英国)