Facebookの仮想通貨Libra (リブラ) はマネタリーシステムをハックする

リブラはビットコインとは競合せず、中央銀行、商業銀行のリテール部門と競合する。国家の管理通貨制度の上にレイヤーを敷いて、自作の通貨制度を建てる挑戦。Facebookはリブラの準備金を低リスク金融商品で運用するが、運用益はFBのものになる。

Facebookの仮想通貨Libra (リブラ) はマネタリーシステムをハックする

要約

  • リブラはビットコインとは競合せず、中央銀行、商業銀行のリテール部門と競合する
  • 国家の管理通貨制度の上にレイヤーを敷いて、自作の通貨制度を建てる挑戦
  • Facebookはリブラの準備金を低リスク金融商品で運用するが、運用益はFBのものらしいので、もしかしたら暗号通貨と引き換えに法定通貨を集めていくビジネスになりうる。

今週はFacebookが暗号通貨リブラについて公式に発表したんだけど、リブラは元々あるものの組み合わせで構成されていて、暗号通貨、法定通貨、金融システム、中華デジタルペイメントなどから先行する様々なアイデアを取り込んでいる感じなんだ。この手口は「ハックしてすぐさま実行する」というFBの文化をそのまま表しているようだったし、既存アイデアのアクロバティックな集合体であるにもかかわらず、リブラはFacebookにとって好ましいポイントできちっとバランスを取っていようにも見える。とても興味深いのだ。

僕は先週の記事で推定を含めて、リブラについてこうまとめている。

  • ビットコインの分散的な設計と対極にある、Facebookが管理する集権的な暗号通貨」
  • Facebook 製品の23億ユーザーの半分以上が居住する発展途上国では、すでにモバイルバンキングが普及する例が存在し、レガシーバンキングが未発達なため、大いなる機会が想定できる

そしてこれは概ねあたっていた。Libraの統括者であるデビット・マーカスさんも「Facebookのリブラは、オープン、パブリック、パーミッションレス、ボーダレス、ニュートラル、検閲耐性のあるブロックチェーンとは競合しませんが、リテール銀行と中央銀行の両方と競合する。 これは楽しくなるだろう」とツイートしている。

ビットコインとどう違うの?

リブラとビットコインの決定的な違いをわかりやすく理解するには、トラステッドサードパーティ(信用される第三者、訳し方がよくわからないのだ)の話をするのがいい。法律における「善意の第三者」によく似ている。既存金融の仕組みだと金融取引の際には基本的に第三者が必要になる。そうしないとどちらかがいかさまをしたりしたときにそれを監視したり咎めたりすることができないからだ。

この第三者が必要になるケースにはたくさんの種類があるんだけど、この役割は金融機関や規制当局がやっているわけだ。アリペイとかウィーチャットの場合はここをテック企業がとって代わったし、一気に効率化したので大騒ぎなわけである。この第三者はその役割の提供の代わりにお金を請求するので考えようによってはコストである。基本的にはコストが下がると経済活動は活発化するから、「良心のあるシステムを設計するヒト」としてはここのコストを下げたいわけだ。

ビットコインの面白いところは、特殊な分散合意のやり方を生み出して、トラステッドサードパーティがなくとも取引が成立するようにしたことなんだ。この取引をまわすネットワークは定められたプロトコルに従って自走していて、規制当局が必要ないっぽい。暗号通貨信者たちはこれをパーミッションレス(許認可がいらない)と呼んだりする。

FBは「リブラはビザンチン・フォールト・トレランス性を持つパーミッションド(許認可された)拡張性の高いブロックチェーンだよ」と謳っているんだけど、これ矛盾しまくりの説明ではある。結局は「FBが管理運営するブロックチェーン」なのだ。

彼らは暗号通貨という枠組みを利用してはいるが、むしろリブラは中央銀行が発行する法定通貨に似ている。既存の金融システムの制約から解放された法定通貨であり、Facebookの制約のなかに収まる法定通貨なのである。

銀行のリテール部門をリプレイスする

リブラの法定通貨的な性質を決定づけるのはビットコインと異なり裏付け資産(準備金)を持つことだ。準備金とリブラの比率は1対1である。これはどういうことかというと、ユーザーが円やドルをリブラに交換したとしたらその円やドルがそのまま準備金になる。リブラを使う人が増えるほど準備金の額は増えていくのだ。なぜこういう仕組みを採用するかというと、FBは金融サービスの提供手段として暗号資産を捉えており、2017年末のブームみたいなボラティリティは絶対に避けたい。

おもしろいのは準備金はFBがスイスに設立した財団のもとに置かれ、ローリスク資産で運用され、その運用益はリブラの運営費に充てられるという仕組みだ。

これはアントファイナンシャルが提供する余額宝との対比で考えてみると色々わかることがある。

この両者の相違点は、資産運用益を享受する主体なんだけど、余額宝だとそれはユーザーである。ユーザーはアリペイのデジタルウォレットからお金を余額宝に入れるとそのまま資産運用を行える。その利息は銀行預金を大きく凌いでいるので、老若男女がここに遊んでいるお金をつぎ込むのだ。ここには中国らしいオチがついて、余額宝のファンドは世界最大のマネー・マーケット・ファンド(MMF)に成長し、あまりに成長しすぎて大きすぎて危険なため(システミック・リスクというやつだ)、中国政府がその縮小を監督しているんだ。運用者のアントファイナンシャルも余額宝の運用益の一部をもらうのだが、果実の大半はユーザーが手にできる。

一方でリブラだと運用益はすべて財団に行くことになる。仮にリブラがグローバル通貨の地位を獲得したとすれば、莫大な準備金が集まるだろう。その運用益は胴元のFacebookが独り占めするのか(たぶんそうだろう)。もちろん、リブラの「準備金」と余額宝を同じ土俵に乗せるのは少し現実歪曲空間を展開しすぎているんだけど、でもまあ、大雑把位に言うと、ユーザーから預かったカネをどうするかという問題には他ならず、これに関しては中国企業のほうが「民主的」だったという皮肉な結果なのである。

だからすごいうがった見方をするなら、リブラは「暗号通貨というたてつけを使って法定通貨を集めるビジネス」なのである。これは普通に個人向け銀行業務(リテール)と何ら変わらないので「新しくて古い銀行」の誕生なのである。

非モバイルOS連合

参画企業からリブラの目論見のようなものは推測することができる。リブラの参画者にはGoogle,AppleというモバイルOSの提供者と主要アプリの開発者をかねる巨大プレイヤーを抜いた第一級のアプリベンダーが含まれている。この戦略的な意味合いはなんだろうか?

  • Payments: Mastercard, PayPal, PayU (Naspers’ fintech arm), Stripe, Visa
  • Technology and marketplaces: Booking Holdings, eBay, Facebook/Calibra, Farfetch, Lyft,
  • Mercado Pago, Spotify AB, Uber Technologies, Inc.
  • Telecommunications: Iliad, Vodafone Group
  • Blockchain: Anchorage, Bison Trails, Coinbase, Inc., Xapo Holdings Limited
  • Venture Capital: Andreessen Horowitz, Breakthrough Initiatives, Ribbit Capital, Thrive Capital, Union Square Ventures
  • Nonprofit and multilateral organizations, and academic institutions: Creative Destruction Lab, Kiva,Mercy Corps, Women’s World Banking

マーケットプレイスやサブスクリプションサービスでのリブラ支払いに妙味があると僕は推測している。

Uber,Lyft,Booking.comのようなマーケットプレイスアプリ提供者は、決済手数料は金融機関に納めているものの、アップルやグーグルの税は逃れている。しかし、アップルやグーグルが網を狭めてくれば、かなりの痛打である。過当競争を勝ち抜いたのにもかかわらず、肝心の利益を二者に吸い上げられることになる。

彼らが支払手段をリブラに転換すると、課せられる決済手数料は減り、税への耐性を高めることもできて一石二鳥なのである。

サブスクリプションサービスの場合は、1年目30%、2年目以降15%の税を課せられるが、リブラ支払いはこれをかわす手立てになるかもしれない。スポティファイは、Apple Musicという競合を提供しながら同時にApp Storeで課税とポリシー策定をするアップルを相手取って欧州委員会に申し立てをしている。申立ての趣旨は、アプリ開発者への3割の税の影響は著しく、そのコストを消費者に転嫁するか、手数料の支払いを拒否してアップルが課す多くの技術的なハードルに直面するかのいずれかを選ばないといけない、アップルの行いは反トラストに抵触しているということだ。

後は通信会社も気になるところだ。リブラをかませることで簡単にモバイルバンキングを始められるかもしれない。参画通信会社の一社であるボーダーフォンはケニアとタンザニアでM-Pesaというモバイルバンキングをすでに運営している。キャリアは途上国の人々がモバイルを手に入れたとき、一番最初に自社のモバイルバンキングサービスへの誘導を行える有利な立場にいる。通常の送金や価値の貯蔵手段としてはリブラと競合するが、国際送金ではSWIFTの手数料が途上国の人々には高すぎるため、リブラとの協調関係が生じる可能性がある。

SDRではない

で、僕は初見では、これは国際通貨基金(IMF)の特別引出権 (SDR)に似ているかなと思ったんだけど、どうやらそうでもない。SDRとは、国際的な支払いの均衡を保ち、国内の流動性と債務危機が世界経済を不安定にするのを防ぐために、1969年にIMFによって作成された 主要通貨のバスケット(詰め合わせ)なのだ。詳しくはかなりいろいろあるし、時代とともに変化しても居るので、IMFのファクトシートを参照してもらいたいが、ここで大事なのは「リブラもバスケットでできている」ということだ。

これに関してはFinancial Timesの”What exactly is Facebook's Libra Reserve?”(by Colby Smith and Izabella Kaminska)が有用だった。

結論としては、リブラとSDRシステムは異なるものということだ。まずIMFは常にSDRをIMFの通貨または負債として扱うことはなかった。あくまでIMF加盟国が危機に直面した際に、権利行使することで活用できる補助準備資産である。リブラとは異なりそれは通貨の物理的なリザーブに支えられているわけではなく、通貨との兌換の用途は存在しない。

反対に、リブラは通貨として大規模な取引に使用されることを目指しているのだ。

さて、またもやうがった憶測をしてみよう。昔の通貨は金をその価値の基礎として成立していた。リブラは法定通貨を価値の基礎として成立しようとしている。現在の法定通貨は金の裏付けをあるときに放棄したが、リブラもあるときに法定通貨の裏付けを放棄するかもしれない。

結論

挑戦としてとても楽しみなプロジェクトではある。ただしFacebookへ風当たりが強く政治リスクは高い。政界にはエリザベス・ウォーレンらのような「ビッグテック解体派」の人たちが待ち構えているし、主要なユーザー候補が居住する途上国も、リブラに対して今後どのような反応をするのだろうか。それから、財団が管理する準備金の運用益が大きくなったとき、FBがどうするのかはユーザーは注視すべきかもしれない。

追記

v2.0が出た。解説はこちら

参照

  1. 国際通貨基金「ファクトシート:SDR」
  2. Financial Times ”What exactly is Facebook's Libra Reserve?”(by Colby Smith and Izabella Kaminska)
  3. Libra White Paper
  4. Marginal Evolution, Tyler Cowen[ "The Libra reserve, discussion of background documents"](https://marginalrevolution.com/marginalrevolution/2019/06/the-libra-reserve-discussion-of-background-documents.html)
  5. Ant Financial’s money market fund shrinks to 2-year low
  6. 楠正憲「Facebookが世に問うLibraは夢のグローバル通貨か牙を抜かれた暗号資産か」(https://news.yahoo.co.jp/byline/kusunokimasanori/20190619-00130627/)

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