アドテクの歴史 予約型からプログラマティック広告まで
金融危機で失職した技術者は広告業界にうつり、金融市場の技術をデジタル広告に適用しました。最終的には広告取引の大半が自動的に実行されるようになりました。
インターネット広告は最初バナー広告から始まりました。テレビ広告や交通広告(OOH)と同様の予約型の取引形態から始まったインターネットのディスプレイ広告(いわゆるバナー広告)は、媒体が増えるにつれて、取引が煩雑になり、この煩雑さを回避するために一括買い付けのアドネットワークへと変化しました。2000年代後半に登場したGoogle AdWardsのディスプレイネットワークやYahoo!ディスプレイネットワーク(YDN)がこれに当たります。
アドネットワークが買い付けない余剰在庫(レムナント)の広告枠もマネタイズしたい」という媒体(パブリッシャー)側の希望があり、こうした余剰在庫をオープンな市場に流し、オークションで広告主が買い付けるシステムが整備されました。こうして、需要と供給を代表するプラットフォームが、ディスプレイ広告在庫(インベントリー)のリアルタイム入札を繰り返す、プログラマティック広告が誕生しました。
こうした広告配信を実現するためのデータを集めるときにポイントになるのが、「オークションでの売買の対象となる広告在庫のページの情報を、ユーザーのIDとともに記録する」ことです。これは主に買い付け側(広告主)のDSPが行うことが多く、それによって、需要側を代表するデマンドサイドプラットフォーム(DSP)は「ユーザーが何に興味を持っているのか?」という情報(オーディエンスデータ)を集めることができます。
広告の需要側がデータを収集する際に重要なのは、需要側を代表するDSPが、オークションの対象となる広告在庫のWebページ情報を、ユーザーのIDに紐づけて記録することで、広告主が広告表示の対象を絞ることです。
こうして生成された利用者に関するデータが、これまでは単に広告を表示するための場所にすぎなかった在庫に、行動データを紐付けて、ターゲティングをしようという契機を生みました。広告オークションは、ユーザーが広告(を掲載しているWebページ)を表示するごとに瞬時に執行されるため、アルゴリズムに基づいたプログラマティックな執行が必要不可欠になりました。
需要、供給、配信を実行するソフトウェアの連携と即時的な取引と広告挿入のために、業界は細やかなプロトコルを設定してきました。様々なオークションの類型が存在するだけでなく、また広告を挿入される側のパブリッシャーが彼らが好まない広告を拒絶できる権利等様々なオプションが加わり非常に複雑なシステムに成長していきました。加えて、広告主側の要請から、近年は眼球の動きや表示面の追跡などを行うビューアビリティ(視認性)の測定業者や、本当に掲載されたかを確認し広告主の疑念を晴らすアドベリフィケーション等、外部のエコシステムの拡大も進んでいます。(コストも増加していますが)。
先立って、Googleの検索広告が、広告オークションの自動化に成功していたことが、プログラマティック広告の成立と成長に大きく寄与しました。検索広告で標準を確立したGoogleは、2007年のDouble Clickの買収を通じて、検索以外のデジタル広告の領域に本格的に足を踏み入れており、それが10年後のいま、なぜGoogleがマーケットリーダーになっているかを説明します。
金融危機が生んだプログラマティック広告
プログラマティック広告が急激に発展した契機は、2007〜08年の世界金融危機で、ウォール街の優秀なソフトウェアエンジニアが失職したことです。ウォール街の大規模なリストラにより、彼らは同じくニューヨークに本社を置く広告業界へと転職しました。金融市場で成熟した技術を応用することで、伝統的な広告業界をディスラプトすることを目論む、アドテクベンチャーが雨後の筍のように生まれ、ベンチャーキャピタルの資金がそれを後押ししたのです。
金融危機以前から金融市場・ウォール街は「機械化」を進めていましたが、金融危機以降はさらにそれを進展させました。最近では、機械は投資を支配しています。機械は、有価証券の単なる売買だけでなく、経済の監視と資本の配分の操縦桿を握るようになりました。その傾向は、取引所のシステムの全面的な電子化であり、生き馬の目を抜く高頻度取引(HFT)業者による搾取、高度な物理モデルの応用等を通じてパッシブ投資を実行するクオンツファンドの興隆に現れています。株式市場は現在、コンピューター、アルゴリズム、パッシブなファンドマネージャーによって運営されています。
アドテクの技術者たちは、金融市場のコンピュータ化を横目に見ながら、デジタル広告も同様の筋で発展させることにしました。「アイランド」に端を発するコンピューターによる電子取引、HFT業者の出し抜きを防ぐためのダークプールの設計は、一部のアドエクスチェンジの設計に応用されている側面があります。
アドテクのシステム要件はかなり厳しいものです。システムには、リアルタイム入札(RTB)がもたらす多量のトランザクションを遅延なく捌くことが求められました。しかも、オークションと並行して、Webユーザーがウェブページへのリンクをクリックした瞬間に遅延なく挿入することも必要条件です。
モバイルの影響
2007年にスティーブ・ジョブズが提案したスマートフォンは、世界を変え続けているが、同時にアドテクノロジーにも大きなインパクトを与えました。ユーザーは次第にモバイルを好むようになりました。ネイティブアプリにはHTML5のハイブリッドアプリとの競合が存在しましたが、開発者側では、アプリの方がユーザー体験を良好にできることで一定の決着がつきました。これに伴い、ネイティブアプリを開発するための周辺環境・コミュニティも著しい成長を遂げることになります。
モバイル時代を代表するサービスであるFacebookは当初はHTML5を重視していました。マーク・ザッカーバーグは2012年に「会社として行った最大の間違いは、ネイティブよりもHTML5に賭けていることです」と語っています。この発言は遅延やその他の問題に悩まされていた、HTML5を搭載したオリジナルのFacebookモバイルアプリの失敗を踏まえたものでした。
2010年代前半にネイティブアプリが勝利を収めたことは、大きなインパクトが有りました。これはデスクトップのブラウザを主対象にしていたそれまでのアドテクを役立たずの地位に陥れ、ネイティブなアプリ広告を有利な立場に導いたのです。1人がたくさんのデジタルデバイスをもつため、Cookieのみでの追跡では歯抜けのような行動データしか取得できなくなりました。これにより、クロスデバイスのユーザー識別能力をもつGoogleとFacebookに非常に優位な事業環境が生まれました。2017年には米国でデジタル広告収益がテレビ広告収益を追い抜き、94年のバナー広告の登場以来13年でデジタル広告は世界の中心になりましたが、そこではGoogleとFacebookが複占を敷いています。
追記
より詳しくアドテクのビジネス面の状況を知りたい人には僕が書いたこの記事をおすすめします。最近、私はアドテクの副作用の方に関心が強いです。具体的には、フェイクニュースやソーシャルメディアの兵器化、ポピュリズムです。
参考文献
- 吉田拓史. アプリ業者は全需要を同列に扱う「メディエーション」を検討するべき:MoPub 伊藤荘一氏.19. Jun. 2017. Digiday.
- The rise of the financial machines. The Economist. 5. Oct. 2019.
- The stockmarket is now run by computers, algorithms and passive managers. The Economist. 3. Oct. 2019.
- スコット・パタースン.ウォール街のアルゴリズム戦争.2015.
- マイケル・ルイス. フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち. 2014.
- ジェイムズ・オーウェン・ウェザーオール .ウォール街の物理学者. 2015.
- スコット・パタースン. ザ・クオンツ 世界経済を破壊した天才たち. 2013.
- 吉田拓史. 『サルたちの狂宴』でアドテクの変遷を振り返る 独占が自由市場を駆逐した理由. 2018. Axion.
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