SNSの死とカンブリア紀の予感
Mesa Shumacher/Santa Fe Institute

SNSの死とカンブリア紀の予感

世界中の人々をつなげると、余りにも悪いことがたくさん起きることを我々は知った。人類という種が、自分たちが作った技術に対して、余りにも進化の速度が遅いという事実をまざまざと教えてくれた。

吉田拓史

ソーシャルネットワーク(SNS)への株式市場の懐疑心は、Snapの成長鈍化から封切られた。10月下旬に5年前の上場以来最も遅い収益成長を記録すると、Snapの株価はその日だけで25%急落した。Meta Platformsもまた収益減を記録し、株価は10月27日に24.6%急落し、2016年以来の水準に戻った。12月20日現在までで株価は最高値から70%以上下落している。

SNS広告市場の10年にわたる急速な成長が突然停止した。リサーチ会社eMarketerの推計によると、米国の広告主は今年、Facebook、Twitter、Snapなどに653億ドルを費やす見通しで、前年比の成長率はわずか3.6%増にとどまる。これは2021年の前年比成長率に比べて約10分の1である。

ユーザーベースの成長も一気に鈍化した。2022年のSNSのユーザー予測成長率は、視聴者数がここ数年減少しているテレビやラジオなどの従来型メディアとほぼ同じになる可能性がある。

SNSの未来を占う上で、重要な風見鶏は、イーロン・マスクが率いるTwitterである。Twitterは緩慢な死の中にいる可能性がある。ロイターが今秋に取得したTwitterの内部情報によると、新型コロナウイルスのパンデミック発生以降、週6〜7日ログインし、週3〜4回は自らツイートを発信する利用者である「ヘビーツイーター」は「絶対的に減少」したという。ヘビーツイーターは月間アクティブユーザー(MAU)全体の10%に満たないものの、ツイート総数の9割を占め、Twitterが世界全体で得る収入の半分を生み出す大事な存在だ。

マスクは先週、テスラ株を36億ドル分売却したことを明らかにしたが、これは経営難に陥ったTwitterを支えるためと考えられる。440億ドルの買収の一環としてTwitterが負った130億ドルの負債が、年間約12億ドルの金利負担を生み出すと見積もられている。しかも、上述したSNS企業の株価急落を織り込むと、Twitterの企業価値は440億ドルの半分になっていてもおかしくない。

マスクはTwitterに投じた440億ドルは塩漬けとし、その間はTwitterを「自分のおもちゃ」にしようと考えているのかもしれない。テキサス州への本社移転計画、さらなるレイオフ、陰謀論Qアノンを示唆するツイート、自分のプライベートジェット追跡アプリのアカウントにつながるマストドンのリンクの排除、それを報じたジャーナリストの排除のような「マスク的な混乱」は、この「おもちゃ仮説」を裏付けているように見える。

つい最近までSNSの代替は、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を指す「メタバース」だと一部の人々は信じていた。フォートナイトのようなゲーミングの環境において成立しているコミュニケーションが、現状のSNSを変えていくという誇大広告は、エコーチェンバーの中で増幅し、一種の神話となっていた。現実は全く違う方向に向かっている。人々の密接な触れ合いやNFTの売買が期待された、Metaやユニコーン企業が展開する「メタバースプラットフォーム」では、閑古鳥が鳴いている。この分野は、もっと初期的な場所にいる。決定的なデバイス、オペレーションシステム(OS)の登場を心待ちにしているのだ。しかし、「iPhoneの瞬間」が訪れるか否かは定かではない。

インターネットサービスの短い歴史を振り返ると、支配的なSNSが死ぬときはあっという間だ。あなたはMyspaceやMixiがいつ足を踏み外したかも思い出せないはずだ。現存するSNSもまた彼らと同じように死ぬことを想像するのは自然なことである。

最近は広場から、ムラへの収斂が起きている。これもまた、世界中の人々をつなげることを正義としてきたSNSの死を予感させる傾向だ。例えば、米新興右派の信奉者の一部は、「オルタナティブ・ソーシャルメディア」と呼ばれる小型SNSへと移住している。BitChute、Gab、Gettr、Parler、Rumble、Truth Socialでは、非常に密度の高いエコーチェンバー現象の存在が見て取れる。これらに集う人々の言動は注目を浴びがちだが、実はかなりの少数派だ。

SNSの死の後に、コミュニケーションのカンブリア期が来るかもしれない。例えば、ChatGPTの登場は、情報の探し方の新しい方法の可能性を多くの人に想起させただろう。フィードに大量のゴミ情報が流れ込んでくるようなユーザー体験が、近い将来捨て去られてしまう世界を想像するのは難しいことではない。後で人はこう振り返るかもしれない。「私は、なんてムダな時間を過ごしていたんだろう」と。

世界中の人々をつなげると、余りにも悪いことがたくさん起きることを我々は知った。人類という種が、自分たちが作った技術に対して、余りにも進化の速度が遅いという事実をまざまざと教えてくれた。そしてSNSという種は、進化の行き止まりに到達し、別の種によって淘汰される道をたどってはいないだろうか。

でも、カンブリア紀を勝ち抜く種が「中毒性を催すモバイルアプリケーション」の最高傑作のようなTikTokだと僕は思わない。人類は余りにも愚かかもしれないが、非常に面白いものを創造し続ける生き物だ。TikTokにもまたMyspaceの瞬間が訪れうることを否定できないだろう。