サイバー、W杯巨額投資をオンライン賭博事業で取り返せるか

サイバーエージェントのワールドカップ(W杯)の無料放映が注目を集めている。アベマの評判を高めた一方、投資回収を危ぶむ声もある。急速に成長するオンライン賭博事業が救世主となるかもしれない。

サイバー、W杯巨額投資をオンライン賭博事業で取り返せるか
サイバーエージェントが提供するWINTICKETではオンライン投票とレース動画の視聴の双方が楽しめる。出典:WINTICKET

サイバーエージェントのワールドカップ(W杯)の無料放映が注目を集めている。アベマの評判を高めた一方、投資回収を危ぶむ声もある。急速に成長するオンライン賭博事業が救世主となるかもしれない。


サッカーW杯カタール大会では、放映権料の高騰による影響で民放3局が撤退している。W杯放映権料の高騰の契機は、東京地検特捜部の捜査を受けている元電通の高橋治之さんが作ったとされるが、ついに一部のテレビ局がそれを買わない判断を下すことになった。

このような環境下で、70〜200億円と推定される放映権料を投じてサイバーエージェントは全64試合を無料で生中継した。日本代表の目覚ましい活躍により、1日の視聴者数は過去最高に連日到達している。藤田晋社長はスペイン戦で日本が逆転勝利時には「言葉もないですが、ABEMAはこんな時間にもかかわらず、また過去最高視聴を更新しました」とツイートした。

アベマの挑戦を称賛するコメントが寄せられている。NHK出身の辻泰明・筑波大教授(メディア論)は「アベマが今大会で存在感を著しく増したことは間違いない。普段スポーツを見ない人も含めて『スポーツは配信で見るもの』という印象を強めた」と朝日新聞に対し語った

他方で、今回の放送がどの程度のビジネスインパクトがあるのかは、まだ知る由もない。アプリケーションのダウンロードと一定の利用時間をアベマにもたらしたが、このようなユーザーが重要な収益を生むのかはまだわからないのだ。

アベマは広告、月額課金、ペイ・パー・ビュー(PPV)で収益化しているが、今回W杯で「季節旅行者」として訪れたユーザーのほとんどは、一人あたり収益(ARPU)の低い広告でしか収益をもたらさない。アベマはW杯をマーケティングの機会と捉えているようで、W杯コンテンツのアーカイブ配信やハイライトについても無料公開している(一定期間を過ぎると契約の関係で削除されるようだ)ので、直接的にこれを収益化する方向性ではない。

アベマは赤字の事業であり続けている。サイバーのメディア事業の売上高は、9月までの1年間で、1,121億円(前年同期比35.3%増)、営業損益は124億円の損失だった。前年も150億円程度の赤字だ。ここに最大200億円と考えられるコストがのしかかることになる。事業セグメント単体で見ると、W杯の放映権獲得はかなり挑戦的な投資に映る。

ただし、メディア事業の中に隠れた救世主がいるかもしれない。同じ事業セグメントに組み入れられている競輪とオートレースのオンライン投票事業だ。「周辺事業」と表現されるこのオンライン賭博サービス「WINTICKET」は、メディア事業の売上高の半分程度を占めている(下図)。

みるからにアベマ事業より成長率の高い「周辺事業」とよばれるオンライン賭博事業。
みるからにアベマ事業より成長率の高い「周辺事業」と呼ばれるオンライン賭博事業。出典:サイバーエージェント

そして急速に成長している。 WINTICKETが代行するオンライン投票券販売は、競輪では業界首位の地位を築いた、とサイバーは主張している。賭け金の総額を表す取扱高は、前会計年度比70%伸びた。

ビジネスとしての旨味は、こちらの方が上手だ。このビジネスは投票サービスの提供によって取扱高から一定のマージンを公営賭博主催者からキックバックされる仕組みだと考えられる。通常、主催者は毎回の投票総額の2割程度を取り、配当として投票者に返すが、WINTICKET経由の投票に関しては主催者の取り分の一部がサイバー側に渡されるのではないだろうか。

WINTICKETはソフトウェアを提供する仲介者に過ぎず、競技の主催者ではないことから、実物資産をほとんど持つ必要もない。主催者は競輪場やオートレース場、選手の管理などより広範なコスト源を持っている。この経路で競輪ギャンブルを楽しむ人が増えれば増えるほど、同社は太い利幅を確保できる。WINTICKETのようなプレイヤーが、大量の広告を打つ理由はここにある。

周辺ビジネス(オンライン賭博関連)の伸びを予見する図。出典:サイバーエージェント
周辺ビジネス(オンライン賭博関連)の伸びを予見する図。出典:サイバーエージェント

これは、動画配信プラットフォームに人を集めて、広告を見せたり、課金したりすることよりも大分ハードルが低いのではないか。アベマがW杯に費やしたとされる200億円は、Netflixが『ストレンジャー・シングス4』の4エピソード分に使う予算に過ぎない。Netflixはこのようなオリジナルコンテンツを大量に制作し、買付も並行して行うため、2021年だけでも170億ドルをコンテンツに投下している。それだけ、動画コンテンツで課金を開始させ、継続させるコストは高いだろう。

また、オンライン賭博がネット上で全てのビジネスプロセスが終わるという点も、サイバーが勝手知ったるものだ。この賭博代行業は、それ自体の原価が少ないという点で、同社のモバイルゲームに組み込まれている「ガチャ」と一定の類似性がある。オンライン賭博はガチャからゲームの開発予算を差っ引いた、よりアセットライトなもので、需要も確立している。

実際、同社がオンライン賭博を儲けの主体に置く傾向は、決算説明会資料にも明瞭に現れている。「中長期の売上高イメージ」のページでは、動画関連の売上は堅実な成長を描いているが、オンライン賭博事業の成長はもっと急激なものを想定しているようだ(下図)。

周辺ビジネス(オンライン賭博関連)の伸びを予見する図。出典:サイバーエージェント
周辺ビジネス(オンライン賭博関連)の伸びを予見する図。出典:サイバーエージェント

サイバーが持つアセット群とも親和性がある。アベマは麻雀チャンネルを持ち、麻雀プロリーグ「Mリーグ」を運営している。同社の一番のキャッシュカウだった「ウマ娘」は実在する競走馬を扱っている。藤田社長はこの2年で45億円超の競走馬を購入している。

今後、オンライン賭博として扱う競技の範囲が広くなっていく可能性は高いはずだ。法的な制約がなければ、欧米圏が先行しているスポーツベッティングへの投資を深め、それが動画事業との連動が強化されていく展開は容易に予想できる。アベマにはすでに競輪・オートチャンネルがあり、プレミアリーグや格闘技のような潜在性のある競技もある。

アベマがサイバーの名刺だとしたら、オンライン賭博はそのエンジンだと言えるかもしれない。

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