僕がフェイクニュース問題の解決策に定額課金モデルを奨める理由

フェイクニュースには「情報の非対称性」が存在する市場で起きがちな「逆選択」と「モラルハザード」の傾向が見て取れる。定額課金型の採用が好ましい。

僕がフェイクニュース問題の解決策に定額課金モデルを奨める理由

Tl;DR

フェイクニュースには「情報の非対称性」が存在する市場で起きがちな「逆選択」と「モラルハザード」の傾向が見て取れる。ニュースサイトがそれを克服するためには定額課金型の採用が好ましいと僕は考えている。


フェイクニュース問題は僕がこのaxionという群衆の情報消費を改良するプロジェクトに取り組む重要なきっかけである。時を遡ること2014年のインドネシア大統領選挙戦では、ソーシャルメディア上にフェイクニュースの洪水が起きていた。このとき僕は政治経済担当記者として選挙に張り付いていたが、フェイクニュースが群衆の意思決定を歪ませていく、ときにはコントロールする状況をあらゆるところで見ることができた。

これが ”未発達な” 新興国でおきる典型的な民主主義の失敗であるかといえばそうではない。2016年のアメリカ大統領選挙でも同じことが観測されていた。後に公に知らされたロシア諜報集団の工作やケンブリッジアナリティカの行動などから明らかなように、さまざまなプレイヤーがさまざまな手段で ”民意” をマニピュレートしようと行動し、その一部は成功したと考えられている。

さて、フェイクニュースを経済学の「情報の非対称性」の観点から分析してみよう。売買をおこなう経済主体間において、財の品質に対する情報量に格差がある場合、「情報の非対称性」があるといえる。”情報経済学”の立役者であるジョージ・アカロフは、情報の非対称性が生じている市場では主にふたつの問題が生じると論じている。

逆選択とモラルハザード

ひとつは「逆選択」(アドバース・セレクション) だ。「品質の良い財」が市場から排除され、「品質の悪い財」が市場で選択されるケースである。最も端的な例はレモンマーケットである。中古車の品質に関する情報は、売り手のほうが買い手よりも多くもっており、売り手は品質の良いクルマを手元に残し、そうでない車を先に売ってしまおうとする。結果的に市場には品質の悪い車ばかりが出回ることになる。悪い中古車を米国の俗語で"レモン"と呼ぶことからこの言葉はきている。

もうひとつ「逆選択」の他に「情報の非対称性」で起きる典型的な事象として「モラル・ハザード」がある。あるサービスを需要する人を「依頼者」(プリンシパル)といい、このサービスを供給する人を「代理人」(エージェント)という。これをプリンシパル=エージェント関係と呼ぶ。

サービスとは、対価を支払うことによって、自分ではできないことを他人に代わりにやってもらうことだ。このサービスに対する情報は依頼者よりも代理人のほうが多くもっていると考えられる。一般的に依頼者は代理人がサービスを適切に供給しているかどうかについて、その行動を正確に把握することは困難だ。このような情報の非対称性が存在する状況において依頼者が代理人から経済的な不利益をこうむることをモラル・ハザードと呼ぶのだ。

さてこの逆選択とモラルハザードはフェイクニュースをうまく説明しきれるだろうか。中古車はひとつひとつ異なるモノであるが、ニュースは無限の複製が可能な”情報財”であることに留意したい。品質の高いニュースを作れたらそれを無限に複製して配ればいいのだ。だから売り手には品質の良い財を手元に残そうとするインセンティブがあるとは考えづらい。では、なぜフェイクニュースを作るのか。

これはコストに着目すれば簡単に説明できる。ニュースあるいはビジネス分析においては、良い財を作るコストは高く、質の悪い財を作るコストは低い。

このコストの賄い方、つまり収益化手段はざっくり2つある。ひとつはサブスクリプションモデル(課金型)であり、もうひとつは広告モデルである。多くのパブリッシャー(媒体社)は広告モデルを採用している。パブリッシャーは広告枠を確保し、その枠の販売を専門業者に委託することで、彼らの手数料が差し引かれた広告費を手にするのだ。インターネット広告は質の悪い財の大量消費に対して最も高い報酬を与える一方、質の高い財の少数による消費にはうまく報酬を与えることができない。この環境下で凡庸なビジネスパーソンは低いコストで最大限の収益を得ることを考える。著しく差別化された高付加価値財を生み出したとしてもネット広告はそれを評価しないからだ。

広告モデルが評価するのは広告の表示(インプレッション)やクリックである。したがってウェブサイトのページビューを最大化していけば広告の表示回数やクリックが最大化につながりやすい。最も安くページビューを最大化する手段がフェイクニュースだった。しかも業者はフェイクニュースをインターネット広告を使い人為的に閲覧数を引き上げる戦略をとっていた。

代理人であるパブリッシャーは広告を振りまいてレモンを売りまくった。低いコストで製作したフェイクニュースが大枚を稼いでいる状況は、もっと高いコストでニュースを製作する人たちの懐を攻撃した。広告とは広告主が払った一定の費用のプールを取り合うゼロサムゲームだからだ。高コストのニュースを作るのがバカバカしくなり低コストのニュースを作るインセンティブがパブリッシャーに働く。その結果、悪貨は良貨を駆逐し、世界はフェイクニュースで包まれた。やがてレモン市場が想定するのと同様に無料の怪しいニュースのせいで、ユーザーのニュース全体への信頼感が落ち、ニュース市場自体がシュリンクした。

代理人が依頼人の利得と相反する行動を取るプリンシプル・エージェント問題、悪貨が良貨を駆逐するレモンマーケット、この双方はフェイクニュース問題に適用できる。

結論

僕の報道サイトの起業家としての結論というか戦略は、サブスクリプションモデルの適用である。代理人であるパブリッシャーは高コストの品質の高い財を提供するのに対し、依頼人であるユーザーはそれに満足して定額課金を支払うため、代理人が依頼人を裏切るインセンティブが排除されていると考えられるためだ。同時に広告モデルに報酬付けられていないので、顧客の満足感に集中し、ページビューを稼ぐためのレモンを仕込む必要もないと僕は考えている。

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