マイクロソフト、核融合発電の早期実現に賭ける

Microsoftがデータセンターの電力需要に核融合発電を検討している。同社はOpenAI創業者サム・アルトマンの出資先と最速で28年に始まる電力の買取契約を結んだ。かなり野心的な取引に見える。

マイクロソフト、核融合発電の早期実現に賭ける
核融合炉の試験をおこなうHelion Energyの科学者たち。出典:Helion Energy

Microsoftがデータセンターの電力需要に核融合発電を検討している。同社はOpenAI創業者サム・アルトマンの出資先と最速で28年に始まる電力の買取契約を結んだ。かなり野心的な取引に見える。


Microsoftはアルトマンが出資する新興企業Helion Energyから電力を購入することに合意した。Helionは、2028年までに核融合による発電を開始し、1年以内にMicrosoftに少なくとも50メガワットの売電を行うことを目標としている。目標未達の場合は、HelionはMicrosoftに違約金を支払うことを約束している。金額は非公開だ。

核融合発電所が50メガワットの供給を完全に達した場合、ワシントン州の約4万世帯に相当する電力を供給できるという。同社は最終的に1ギガワット、つまりMicrosoftに売る50メガワットの20倍にあたる電力を生み出すことを目標としている。

核融合産業協会のアンドリュー・ホランドCEOによれば、核融合企業が電気を売る契約を結ぶのは初めてのことだという。

核融合の実用化への道筋として最もよく知られているのは、トカマクと呼ばれるドーナツ型の装置である。南フランスで建設中の国際核融合プロジェクト「ITER」はトカマクを建設している。MITからスピンアウトした核融合スタートアップで20億ドル以上の資金を調達しているCommonwealth Fusion Systems(CFS)もまた、トカマクの技術を利用している。ちなみに、CFSは2030年代前半に最初の発電所を電気網に送り売電する予定だ。

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マサチューセッツ工科大学の研究者と分社のコモンウェルス・フュージョン・システムズ社が開発を進めているスパーク(Sparc)と呼ばれる原子炉の建設は、来春に開始され、3~4年かかるという。建設に続いてテストが行われ、成功すれば、核融合エネルギーを利用して発電できる発電所が今後10年以内に建設されるという。

しかし、Helionはトカマクではなく、「Field Reversed Configuration (FRC)」と呼ばれる細長い装置を建設している。Helionのアプローチは、装置の両端からプラズマを時速100万マイル以上の速度で発射することだ。2つの流れが互いにぶつかり合うことで、超高温の高密度プラズマが発生し、そこで核融合が起こる(図表参照)、というものだ。

出典:Helion

Helionは現在、Polarisと名付けられた第7世代の核融合装置を建設中で、来年までにこの装置で発電することを目指している。Trentaと呼ばれる第6世代のプロトタイプでは、2021年、Trentaは商業用原子炉を運転できる温度である摂氏1億度に到達した。閉じ込め時間は最大0.5ミリ秒と報告された。

Polarisは、核融合プラズマを1億度を超える温度まで加熱できる初めてのもので、Polarisはイオンが容器壁を傷つけないように、Trentaより25%大きくなっているという。

プロジェクトの費用として、Helionは5億7,700万ドルのベンチャー投資を調達しており、ポラリスとのマイルストーンを達成すれば、さらに18億ドルを受け取ることができる契約という。

アルトマンはHelionに3億7,500万ドルを出資し、月に一度は会社を訪れて、幹部が何に取り組み、どうすればできるだけ効率的になるかを考え、また人材の採用や評価も行っているという。

Microsoftは、世界各地に200以上ある電力消費の激しいデータセンターの運営に必要なクリーンな電力を必要としている。ウクライナ戦争の影響で欧州で電気代が高騰した2022年第2四半期には、8億ドル以上の追加費用を計上していたことからも、電気代が経営上重要な指標であることがわかる。これまでマイクロソフトは、主に風力発電と太陽光発電に活路を見出してきた。

核融合発電をめぐる競争は世界中に広がっており、米北西部には、Helion、Zap Energy、Avalanche Energy、General Fusionがあり、いずれも著名なベンチャーキャピタルから多額の資金を調達している。Helionの投資家には、アルトマンだけでなくFacebookの共同創業者Dustin Moskovitzがいる。General Fusionはジェフ・ベゾス、カルフォルニアのTAE Technologiesはビル・ゲイツが支援している。

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Helion Energyの共同設立者であるDavid Kirtley博士、Chris Pihl博士、George Votroubek博士、John Sloughは、ワシントン州レッドモンドのMSNWで仕事をしていたときに出会った。MSNWはワシントン大学とつながりのある組織で、プラズマ物理学を利用して航空宇宙や発電、すなわちロケット推進などのハードウェアを商業化するための実現可能性を研究することを任務としていた。Helionの構想は2010年頃からあったそうだが、正式に会社を設立したのは2013年だった。Helion EnergyはY Combinatorの2014年のコホートに受け入れられた。

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核融合の推進派にとって、少なくとも1つの希望となる理由がある。それは、アプローチの種類が非常に多いことだ。そのうちの1つが成功すれば、核融合は幻から現実になる。そして、それが実現すれば、それ自体がエネルギーのあり方を変えることになるかもしれない。

付記:核融合の説明

核融合とは、簡単に言えば、2つの軽い原子核が結合して1つの重い原子核になり、大量のエネルギーが放出されることを指す。核融合反応は、プラズマと呼ばれる物質の状態で起こる。プラズマは、プラスのイオンと自由に動く電子からなる高温の荷電ガスで、固体、液体、気体とは異なる独自の性質を持っている。

電気的な反発に打ち勝った原子核同士がごく近い距離まで近づくと、核の引力が電気的な反発を上回り、核融合することができる。原子核を小さな空間に閉じ込め、衝突の機会を増やす必要がある。

地球上では、重水素と三重水素を融合させるために1億度を超える温度と強い圧力、そしてプラズマを保持し、プラズマを加熱するために使われた電力に対する核融合電力の割合である純増電力が得られるだけの時間、核融合反応を維持するための十分な閉じ込め性能が必要だ。

核融合炉の壁は、プラズマの非常に高い温度と圧力に耐えることができるとともに、損傷の原因となる高エネルギー中性子にも耐えることが求められる。このような条件に長期間耐えられる材料を見つけることが大きな課題となっている。

エネルギーの回収もまた重要な課題だ。核融合反応を持続させるためには、放出されたエネルギーをいかにして利用可能な形で回収するかを考えなければならない。例えば、核融合反応で発生した熱を利用して蒸気を発生させ、タービンを回して発電する方法がある(従来の発電所と同様)。しかし、核融合は高温になるため、従来の材料はすぐに劣化してしまうため、耐えられる特殊な材料を開発する必要がある。

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