Appleのヘルスケア戦略を蝕む大企業病
Appleのデジタル医療が進展している。iPhoneやApple Watchで重要な入り口を抑えているアドバンテージは大きく、出遅れが指摘されることもある自動車やAR / VRよりもAppleに向いていそうだ。
要点
AppleのデジタルヘルスケアはiPhoneやApple Watch事業の合理的な進歩に思え、実際多数の機能が追加され、内外で研究開発が進む。ただ、健康管理アプリのプロジェクトが座礁し、反論者を有無を言わせず解雇する文化が暴露され、Appleが大企業病と苦闘している様子が伺える。
今夏、Appleの健康データ共有機能が最新バージョンのiOSに搭載され、これにより、一部のユーザーは、携帯電話の「Healthアプリ」の情報を電子カルテ経由で臨床医に伝えることができるようになった。この統合は、まず主要な電子カルテ企業6社と行われる。
また、Appleは9月下旬にはiOS 15では、医療情報を電磁的に扱うための標準規格である「SMART Health Cards」の仕様に基づいて、検証可能な健康記録をHealthアプリに保存できるようになることを発表した。
参加している医療機関や患者はすでにHealthアプリで予防接種、検査結果、投薬、バイタルなどのデータを直接見ることができるようになっている。
Appleは他にもiOS 15のアップデートで、歩行不動のバイオマーカー、検査結果の意味の説明、Apple watchでの自転車関連の転倒検知、新しいFitness+クラスなど多数のHealth機能を追加した。
これらはすべて人々の健康状態を、より統合的かつ長期的に把握しようとする動きを象徴している。Apple WatchやiPhoneを起点としたシームレスな診療や予防医療の布石を置いているとみるのが自然だ。
テクノロジー企業はヘルスケアを未開拓の機会として注目してきた。その中には、Amazonとバークシャー・ハサウェイが提携して医療費削減を目指した「ヘブン」など、失敗に終わったものもある。しかし、現在、Amazonは「Amazon Care」による遠隔診療と対面診療の適用範囲を拡大するほか、薬品配送と薬局経営でも投資を本格化させている。
200億ドルに及ぶ研究開発費を積み上げるAppleとしても、ヘルスケアは譲れない領域である。その他の新規事業である自律走行車や拡張現実(AR)で苦戦が伝えられているだけになおさらだ。
うつ病や認知機能低下を指摘する
ヘルスケアに関連する一部の機能では有意義な前進が見られる。
Appleは、うつ病や認知機能低下の診断を支援する技術に取り組んでおり、急成長を遂げている同社の健康製品ポートフォリオの範囲を拡大するツールを目指していると、関係者の談話や取得した文書からWSJが報じた。
Appleの研究者たちは、移動能力、身体活動、睡眠パターン、タイピング動作などを含む一連のセンサーデータを使用して、対象となる状態に関連するデジタル信号を解明し、それらを確実に検出するアルゴリズムを作成したいと考えているとのことだ。
この取り組みは、Appleが、ストレス、不安、うつ病を研究しているカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)や、軽度認知障害を研究している製薬会社バイオジェンとの研究提携を発表したことに端を発している。研究は、3,000人の参加者を集めることを目標に今年開始され、iPhoneのカメラ、キーボード、オーディオセンサー、Apple Watchの動作、バイタルサイン、睡眠追跡機能によって収集されたデータを分析する予定だ。
研究者たちは、タイピングの速さや正確さ、顔の表情、歩くペースや頻度、睡眠パターンなどの資質から、感情、集中力、エネルギーレベル、心の状態などのメンタルヘルス指標まで、しっかりとした線を引くことを期待している。
これらの調査結果は、参加者の感情状態に関する定期的なアンケートへの自己申告による回答だけでなく、参加者の毛包に含まれるストレスホルモンであるコルチゾールの量の分析によっても裏付けられると、WSJはAppleの研究活動に近い人々や関連文書から得た情報をもとに伝えている。
AppleがBiogenおよびUCLAと共同で行った研究から得られた情報は、最終的にはiPhoneに組み込まれ、ユーザーの感情状態や認知機能の変化を自動的に識別するツールに変換される可能性があると言われている。収集したデータはAppleのサーバーに転送せず、iPhoneのみに保存する予定だ。
社内展開した健康管理アプリが座礁か?
しかし、Appleの秘密主義の向こうには「不都合な真実」も含まれているようだ。
WSJが取得した文書や計画に詳しい人々によると、Appleは2016年にプライマリ・ケア(身近にあって、何でも相談にのってくれる総合的な医療)を提供する計画を構想していた。Appleのチームは、2015年に発売されたスマートウォッチのユーザーから収集した大量の健康・ウェルネスデータを、医療の改善にどのように利用できるかを考えるために、数ヶ月を費やしたと関係者は述べているという。
ヘルスケアチームを統括するAppleの最高執行責任者(COO)のジェフ・ウィリアムズは、Appleは、患者が1年に363日も医師に会わず、何か問題が起きたときにだけ訪れるという、米国の医療モデルを破壊すべきだという考えの持ち主という。
このビジョンを実現するための最良の方法のひとつは、Apple独自の医療サービスを提供することだった。Appleのデバイスで生成されたデータと、Appleの医師が提供するバーチャルおよび対面式の医療をリンクさせることだ。Appleはプライマリ・ケアを提供するだけでなく、定額制のパーソナライズされた健康プログラムの一環として、継続的な健康モニタリングも提供するとのことだ。
Appleは、スタートアップが運営していた本社近くの従業員向け診療所を引き継ぎ、新しい医療サービスのテストベッドにしたと、この変化をよく知る人々は言う。WSJが6月に公開した調査によると、2017年にはスタンフォード大学のSumbul Desai博士を健康担当バイスプレジデントとして雇い、「Casper」というコードネームを与えられたこの取り組みを運営していたと、計画に詳しい人たちは語っている。
Desai博士のチームが最近取り組んでいるのは、カリフォルニア州に住むAppleの従業員を対象にテストされているデジタルヘルスアプリ「HealthHabit」だが、資料やアプリに詳しい人によると、約6ヶ月前にアプリをリリースして以来、エンゲージメントの低下に悩まされている。
HealthHabitは、臨床医とチャットでつながることができ、「今週はもっと運動しましょう」といった健康上の課題を設定することを推奨する。高血圧の既往歴がある人は、ヘルスコーチにつながり、血圧計や体重計を送り、より健康的な生活習慣をアドバイスしてもらうことができる。つまり、健康管理であり予防医療の一種だ。
しかし、社内会議でウィリアムズCOOに提示されたデータが、社員のHealthHabitへの疑念を掻き立てたとWSJは報じている。Appleのクリニックで、より重度のステージ2の高血圧患者の91%が、より健康的なステージまたは正常値に改善したことを示すデータを示したが、この数字は、クリニックの成功を誇張しているのではないかと懸念する従業員もいたと、会議に出席した人々や文書には記されているという。
高血圧アプリを提供しているライバル企業は、成功率を低く公表しており、それらと余り整合しない結果となった。WSJが取得した文書によると、ウィリアムズのデータにはライバル企業が提示している「時間軸」が含まれていなかったという。
反論者は解雇するチームの文化
さらに米経済メディアInsiderは8月、AppleはHealthHabitを縮小していると報じた。50人以上の社員が「相当な時間をかけて」このアプリケーションに取り組んでいたという。これらの従業員は、今後数週間の間にApple社内で別の役割を見つけられなければ、退職金付きで解雇されると報じられている。
また、反論を一切許容しないチームの文化も指摘された。Insiderは10月初旬、誤解を招くようなデータが新しい健康製品をサポートするために使用されているという懸念を提起したAppleの従業員は、解雇されたり、敵意をもって迎えられたりしたと報じた。Healthグループ内の構造の欠如やその他の組織的な問題が、ヘルスケアへの進出を目指す同社の野望を遅らせたり、挫折させたりしていると、Appleの現役および元社員が語っているという。
一部の懸念は、アップルが従業員にヘルスケアを提供すると同時に、アップルのデバイスから収集したデータをケアに統合する方法を開発するために設立したクリニックに関するものだった。
報道によると、このプロジェクトに関わっていた医師の1人であるウィル・ポーは、ティム・クックCEOに宛てた辞表の中で、チームのメンバーが同社の医療活動を監督するジェフ・ウィリアムズ最高執行責任者(COO)に誤解を招くような、あまりにも雑な情報を与えていることを懸念していると伝えた。ポーは、チームのメンバーが、ケアの質が標準化された方法で測定されていないにもかかわらず、クリニックが「高品質な」ケアを提供しているとウィリアムズに伝えていたという。
他の従業員も同様の懸念をクックとウィリアムズに示したが、会社は何の行動も起こさなかったとInsiderは報じている。
現役および過去の従業員はInsiderに対し、Healthチームには明確な戦略がなく、社内の文化はフィードバックを許さないと語っている。クリニックのチームで働いていたある医師は、会議でクリニックの治療について発言し、アップルの健康担当バイスプレジデントのDesai博士に反論した後、直属の上司が解任された。元従業員がInsiderに語ったところによると、エンジニアリングプログラムのシニアマネージャーは「組織内の一部の人々は、データを正確に表現するよりも良い話をすることを好む」と会議で発言した直後に解雇されたとのことだ。
また、部門間での調整がHealthチームの障害となっているという「大企業病」的な側面も指摘されている。アップルのハードウェアチームが、医療用ではなく消費者向けのアプリや製品の開発に注力していたことも、社内診療所を通じたより強固なプライマリーケアプログラムを構築しようとするヘルスチームの活動を複雑にしていた、とInsiderは報じている。同社はクリニックとその仕事を、自分たちのプロジェクトとしてではなく、Apple Watchの販売を促進するための手段として考えるようになったと、このアプローチに詳しい人物がInsiderに語っている。
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