AppLovinのUnityへの合併提案:椅子取りゲームへの乗り遅れ

ゲームエンジン大手Unityとの合併をモバイル広告大手AppLovinとそのライバルが競い合っている。大手が有利になっていくモバイル広告の世界で生き残るためには、残された一つの椅子から相手を押し退けるしかない。

AppLovinのUnityへの合併提案:椅子取りゲームへの乗り遅れ
出典:いらすとや

モバイル広告企業AppLovinは、広告も手掛けるゲームエンジン企業Unityの他社との合併に割って入ろうとした。大手が格段に有利なモバイル広告の世界で生き残るためには、残された椅子から相手を押し退けるしかない。


モバイル広告大手AppLovinは9日、ゲームエンジンを提供するUnityを175億4,000万ドルで買収することを申し入れた。これは7月8日のUnityの終値に対して20%近くのプレミアムがついている。

AppLovinの提案には、先月Unityが44億ドルで買収を提案したライバルのironSourceを排除することが含まれている。Unityは今、この2社のどちらかを選ばなければならない。

AppLovinの提案では、Unityの株主は、統合会社の発行済み株式の55%を所有するが、議決権は49%となり、AppLovinの株主は、発行済み株式を45%所有し、議決権は51%となる。取締役会のメンバーは、ほとんどUnityが任命することになるという。

Unityのジョン・リシティエロCEOは、9日に決算を発表した後の電話会議で、AppLovinの提案を受けたことを認めたが、それ以上のコメントを避けた。最終的に15日、Unityは提案を退けた

合併提案の背景とは?

この合併提案を評価するための情報として重要なのは、まず、AppLovinのビジネスが長きに渡り下降線を辿っていることだ。

AppLovinは私が前職時代の2017年2月、日本法人の代表取締役を取材したことがあり、2021年3月のAppLovinの上場前の同社の分析において「しかし、いま大きな課題に直面している事に触れないといけない。それはAppleがiOS14から広告識別子のIDFAによってトラッキングするのに、アプリごとにユーザーから許可を得ることを要求しようとしていることだ。今回の上場の目的は、IDFAショックを受ける前に株主が出口戦略を実行できるようにすることかも知れないのだ」と指摘した。

アプリマーケのROAS最適化は機械にお任せ:AppLovin代表取締役 林宣多氏 | DIGIDAY[日本版]
AppLovinの日本法人、Applovin株式会社代表取締役の林宣多氏は「AppLovinは広告費に対するリターン(ROAS)を自動最適化する。モバイルのトラッキング技術が向上し、『低い単価でインストールをたくさん取る』から、インストール後のROASやリテンションを目標に設定するようになった」と主張した。
AppLovin (APP) の企業分析
AppLovinは、自身で200以上のカジュアルゲームアプリを提供する事によって、部分的に垂直統合型のビジネスを形成し、広告の流通網を築くことによってたくましく成長してきた。

そして物事はその通りになった。AppleがiOSに導入したApp Tracking Transparency(ATT)のようなモバイルプラットフォームが実施する様々なプライバシーポリシーや広告ポリシーの変更、および迫り来る法規制により、モバイルゲームアプリのインストール広告市場規模は縮小しているのだ。

広告IDをめぐるAppleとFBの応酬の経緯とその背景
ATTの導入で最も困るのはFacebookではなく、Audience Networkやその他のアドテク業者からの広告出稿で収益を得ている、中小のゲームデベロッパーたちだ。

しかも、GoogleはAppleと歩調を合わせることにした。同社はAndroidのモバイル広告識別子であるGAIDの廃止を発表し、AppLovinやUnityが展開するモバイルゲーム広告ネットワークが主に採用している同プラットフォームの様々な広告フォーマットへの厳格なルール適用を控えている。

モバイルゲーム業界のアナリスト、エリック・スゥファートは「Appleの次期SKAdNetwork 4.0 フレームワークは、現在広告主が利用できるほとんど機能しないバージョンよりも根本的に改善されているが、Google、Meta、Snapなどの大規模な広告プラットフォームには、モバイルゲーム広告ネットワークに比べて不釣り合いに大きなメリットがあると思われる」と自身のブログで書いている。

これに対して、Unityはモバイル広告事業に関してはAppLovinと同じ状況にとらわれている。稼ぎ頭のオペレート部門(広告部門)はパンデミック効果で最近まで目を見張る成長を見せたものの、2022年に入ってから著しく減速している。

パンデミック需要の一服やATT等の要因によって減速し始めた広告事業。出典:Unity
パンデミック需要の一服やATT等の要因によって減速し始めた広告事業。出典:Unity

しかし、この企業にはゲームエンジンというもう一つの収益源がある。Unityはコンソールの何千ものゲームを動かしているが、モバイルアプリに関しては、Pokémon Go、Animal Crossing、Pocket Camp、Call Duty: Mobileなどのゲームをサポートしている。この部門は、今四半期も前年同期比66%の成長を遂げた。

堅調な成長の続くゲームエンジン事業。出典:Unity
堅調な成長の続くゲームエンジン事業。出典:Unity

注目すべきは、先月発表されたばかりのUnityとironSourceの進行中の合併の取り止めをAppLovinは自らの合併提案の条件としたことだ。

IronSourceの買収額は約44億ドルで、2022年第4四半期に完了する予定だ。Unityの株主は合併後の会社の73.5%を所有し、IronSourceの株主は26.5%を所有することになる。

買収の目的は、双方の広告プラットフォームを組み合わせることで、市場のメルトダウンを切り抜けようとすることだろう。カジュアルゲーム企業へのマーケティングデータ提供会社Tenjinのローマン・ガーバーは「2022年第1四半期のハイパーカジュアルゲームによるiOS広告費において、UnityとironSourceは3番目と4番目の広告ネットワークだった。この2つを組み合わせれば、強大な力を発揮することになる」と米テクノロジーメディアVentureBeatに語っている。

ここにAppLovinが往年のテレビ番組のように「ちょっと待った」と割って入ったわけだ。ここでUnityとironSourceがくっついてしまうと、AppLovinは寒風吹き荒れるアプリ広告業界で一人ぼっちになり凍死してしまうかもしれない。

実際、AppLovinは合従連衡を求める意味で、今年1月にモバイル広告のMoPubを買収し、そのスタッフを同社製品のMAXに振り向けている(私は前職時にMoPubの取材も行っている)。

アプリ業者は全需要を同列に扱う「メディエーション」を検討するべき:MoPub 伊藤荘一氏 | DIGIDAY[日本版]
Twitterが2013年に買収したモバイルアプリ広告のアドエクスチェンジ「MoPub」は主にグローバルのアプリの在庫を扱っている。日本アプリパブリッシャーの開拓を進めるMoPubシニアマネジャーの伊藤荘一氏はメディエーションがすべての在庫を同列に扱えると主張した。

IronSourceとAppLovinの広告技術プラットフォームの間には高い重複が認められ、Unityが選んだのはIronSourceだった。これがAppLovinの提案で覆される可能性がどれだけあるのだろうか?

残された椅子は一つしかない。Unityはその椅子に座る相手を選べる立場だが、Unityにもまた厳しい事業環境の圧力がかかっている。

Read more

新たなスエズ危機に直面する米海軍[英エコノミスト]

新たなスエズ危機に直面する米海軍[英エコノミスト]

世界が繁栄するためには、船が港に到着しなければならない。マラッカ海峡やパナマ運河のような狭い航路を通過するとき、船舶は最も脆弱になる。そのため、スエズ運河への唯一の南側航路である紅海で最近急増している船舶への攻撃は、世界貿易にとって重大な脅威となっている。イランに支援されたイエメンの過激派フーシ派は、表向きはパレスチナ人を支援するために、35カ国以上につながる船舶に向けて100機以上の無人機やミサイルを発射した。彼らのキャンペーンは、黒海から南シナ海まですでに危険にさらされている航行の自由の原則に対する冒涜である。アメリカとその同盟国は、中東での紛争をエスカレートさせることなく、この問題にしっかりと対処しなければならない。 世界のコンテナ輸送量の20%、海上貿易の10%、海上ガスと石油の8~10%が紅海とスエズルートを通過している。数週間の騒乱の後、世界の5大コンテナ船会社のうち4社が紅海とスエズ航路の航海を停止し、BPは石油の出荷を一時停止した。十分な供給があるため、エネルギー価格への影響は軽微である。しかし、コンテナ会社の株価は、投資家が輸送能力の縮小を予想している

By エコノミスト(英国)
新型ジェットエンジンが超音速飛行を復活させる可能性[英エコノミスト]

新型ジェットエンジンが超音速飛行を復活させる可能性[英エコノミスト]

1960年代以来、世界中のエンジニアが回転デトネーションエンジン(RDE)と呼ばれる新しいタイプのジェット機を研究してきたが、実験段階を超えることはなかった。世界最大のジェットエンジン製造会社のひとつであるジー・エアロスペースは最近、実用版を開発中であると発表した。今年初め、米国の国防高等研究計画局は、同じく大手航空宇宙グループであるRTX傘下のレイセオンに対し、ガンビットと呼ばれるRDEを開発するために2900万ドルの契約を結んだ。 両エンジンはミサイルの推進に使用され、ロケットや既存のジェットエンジンなど、現在の推進システムの航続距離や速度の限界を克服する。しかし、もし両社が実用化に成功すれば、超音速飛行を復活させる可能性も含め、RDEは航空分野でより幅広い役割を果たすことになるかもしれない。 中央フロリダ大学の先端航空宇宙エンジンの専門家であるカリーム・アーメッドは、RDEとは「火を制御された爆発に置き換える」ものだと説明する。専門用語で言えば、ジェットエンジンは酸素と燃料の燃焼に依存しており、これは科学者が消炎と呼ぶ亜音速の反応だからだ。それに比べてデトネーシ

By エコノミスト(英国)
ビッグテックと地政学がインターネットを作り変える[英エコノミスト]

ビッグテックと地政学がインターネットを作り変える[英エコノミスト]

今月初め、イギリス、エストニア、フィンランドの海軍がバルト海で合同演習を行った際、その目的は戦闘技術を磨くことではなかった。その代わり、海底のガスやデータのパイプラインを妨害行為から守るための訓練が行われた。今回の訓練は、10月に同海域の海底ケーブルが破損した事件を受けたものだ。フィンランド大統領のサウリ・ニーニストは、このいたずらの原因とされた中国船が海底にいかりを引きずった事故について、「意図的なのか、それとも極めて稚拙な技術の結果なのか」と疑問を呈した。 海底ケーブルはかつて、インターネットの退屈な配管と見なされていた。現在、アマゾン、グーグル、メタ、マイクロソフトといったデータ経済の巨人たちは、中国と米国の緊張が世界のデジタルインフラを分断する危険性をはらんでいるにもかかわらず、データの流れをよりコントロールすることを主張している。その結果、海底ケーブルは貴重な経済的・戦略的資産へと変貌を遂げようとしている。 海底データパイプは、大陸間インターネットトラフィックのほぼ99%を運んでいる。調査会社TeleGeographyによると、現在550本の海底ケーブルが活動

By エコノミスト(英国)