生産を測定するために設計されたGDPは、幸福(ウェルビーイング)または社会福祉の尺度にはなりません。これらを測るための新しいものさしが探求されています。

今月初め、経済学者のグループがアメリカ経済学会(AEA)の年次総会に集まり、75年以上にわたってGDPまたは国内総生産を追跡してきた米国経済分析局について議論しました。GDPは、特定の期間内に国によって生産されたすべての商品およびサービスの合計金額です。政治家、ジャーナリスト、その他多くの人々は、GDPを国家の繁栄の究極の尺度として定期的に使用してきました。

GDPには家事労働のような「無償労働」が含まれていない。内閣府は、家事や買い物、育児、ボランティアなどに充てられた「無償労働」を金額に換算すると、2011年は過去最高額の約138兆5千億円に上る、と推計しています。

最近の議論と分析は、生産を測定するために設計されたGDPは、一般的に幸福(ウェルビーイング)または社会福祉の尺度として不十分である、と指摘するものが多いです。

年次総会では、経済分析局(BEA)によるパネルセッション”Beyond GDP”が開催されました。パネリストの一人であるノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学の経済学者、アンガス・ディートンは「平均寿命は3年連続で下がった」と語りました。「その主な要因の1つは、オピオイド(麻薬系鎮痛剤)の流行であり、これまでに20万人以上のアメリカ人が死亡しています」 。彼によると、製薬会社はこの流行から数十億ドルの利益を生み出したようです。「私たちは本当に人を殺すシステムを手に入れました。そして、そのお金をGDPの一部として数えています。それはばかげているに違いありません」。

ディートンは、資本主義の欠陥がアメリカの労働者階級にとって致命的であることを問いた"Deaths of Despair and the Future of Capitalism"を昨年出版しました。書籍は、自殺や薬物の過剰摂取など、苦労している人々が自ら招いた原因で死亡することを扱っています。

朝日新聞Globeが翻訳したニューヨーク・タイムズのこの記事では、米国人の平均寿命が3年間、短くなってきていることに触れています。働き盛りの人たちの死亡率が高くなっていることが大きな要因とされています。その中で、地方に住む白人層のなかには苦境の末、薬物中毒やアルコール依存症、それに自殺といった、いわゆる「絶望死」を遂げる人がいるそうです。

昨年日本版が出版されたJ.D.ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』にもこの状況が詳しく記述されています。不満を抱えた白人層がトランプの当選を支えたことを本書から知ることができます。アメリカには「ヒルビリー(田舎者)」「レッドネック(厳しい肉体労働で首筋が赤く日焼けした白人労働者)」「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)」というスラングが存在し、これらは、都市居住者が地方、特に南部の人を指して使います。

2016年の大統領選挙後には、かつて保守運動の中心的存在だったチャールズ・J・サイクスが、"How the Right Lost Its Mind"(右派はいかにして正気を失ったのか)という書籍を刊行しました。「田舎者」を始め、保守党を伝統的に支持してきた人々の中でどのような地殻変動が起きたかを指摘しています。彼らのような厳しい経済格差に苦しみ不満を抱えた人々は、フェイクニューストロールに対して脆弱だった可能性が高いです。

BEAを20年間率いたエコノミスト、J.スティーブン・ランドフェルドは、BEAがGDPを超えたより適切に追跡および伝達された統計が必要があると考えています。 「GDPの何が問題なのかは、人々にとって重要な多くのことを排除していることです。問題は、家事の価値や公衆衛生など、足りないものの多くを効果的に測定することが本当に難しいということです」と彼は指摘します。 これらのセクターには、政府が簡単に追跡できる数値を生み出す市場取引がありません。「それらは大きく不確実であり、GDPに参入したくない」と彼は言います。なぜなら、GDPデータの正確性、客観性、有用性が低下するからです。また、1つの統計にまとめることも困難です。

"Beyond GDP? Welfare across Countries and Time (PDF)"の著者のCharles Jones と Peter Klenowは、経済的幸福を測定する新しい方法を提案しています。

Jonesらは、GDP測定を不完全であると批判する人々の長い歴史があることに触れています。工場の排出物による公害(負の外部性を含んだ経済活動)や非効率な官僚主義は、GDPにプラスに貢献しますが、家族や友人の会社で過ごす素敵な夜は、技術的には国民経済計算に何の貢献もしません。

Jonesらは、前出の論文の中で、米国の収入経路に対して標準化された「福祉」(Welfare)と呼ばれる経済的幸福の尺度を開発しました。Jonesらは、国間の不平等、余暇、および平均余命に関する情報を備えた豊富なデータソースを分析し、140か国の福祉スコアを計算しました。次のようになりました。

世界的な不平等はGDP統計が示唆するよりも悪いかもしれない。2007年の一人当たりGDP(左)と社会福祉の測定値(右)。140か国。 ヨーロッパの国々、特に東ヨーロッパは、余暇率が高く、平均余命が長く、不平等が少ないため、先を行っています。 石油が豊富な国は、低い消費と高いレベルの不平等に苦しんでいます。一方、アフリカ南部のエイズの被害の甚大な国では、平均寿命が短く、社会福祉が極めて低い水準に留まります。これらはGDPが表現しない事象です。Source: author-supplied data from Jones and Klenow (2016) via American Economic Association

平均寿命が比較的長く、余暇が長いヨーロッパの国々は、この点でより良く見え、多くの福祉スコアが100に近づいています。発展途上国は、寿命が短く不平等が大きいため、さらに悪化する傾向があります。

GDPはデジタル経済を経済を計測しません。Erik BrynjolfssonらはGoogleやFacebookのような無料製品から、消費者は消費者余剰を享受していると推定し、「GDP-B」という指標を設計しました。Brynjolfssonらは、オンラインで大規模選択実験を実施し、その結果、消費者がInnovationの果実のほとんどを享受していると結論づけました。彼らが研究の結果編み出した経済指標GDP-Bは、デジタル経済を計測するにはまだ不完全なもののようにみえます。そもそもデジタル経済を消費者余剰のみで計測できるものか。Amazonで注文した商品がハイテクな物流網のおかげで翌日に届いたときの満足も消費者余剰に参入すればいいのか、等など極めて様々な要因が人々に影響を与えており、今後も改善が求められているでしょう。

参考文献

J.D.ヴァンス. 『ヒルビリーエレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』. 2017. 光文社.

Erik Brynjolfsson et.al. Using massive online choice experiments to measure changes in well-being. 2019.

Erik Brynjolfsson et.al. Consumer Surplus in the Digital Economy: Estimating the Value of Increased Product Variety at Online Booksellers . 2003.

Charles Jones, Peter Klenow. Beyond GDP? Welfare across Countries and Time  (PDF), 2010. AEA.

Tim Hyde. What are the GDP data hiding?. 26. Sep. 2016. AEA web.

Erik Brynjolfsson et.al. Using massive online choice experiments to measure changes in well-being. 2019.

Erik Brynjolfsson et.al. Consumer Surplus in the Digital Economy: Estimating the Value of Increased Product Variety at Online Booksellers . 2003.

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