鴻海、EVの委託生産に悪戦苦闘

「EVの委託生産」という電機産業での成功体験をEV業界に移植する鴻海精密工業の挑戦は、非常に多くの先行投資を迫っている。自動車業界の新たな王者の誕生か、それとも一敗地に塗れるか。

鴻海、EVの委託生産に悪戦苦闘
2022年10月18日、台湾の台北で行われたイベントで、同社の電気自動車プロトタイプ「Model C」の隣で手を振るFoxconn Technology Group(鴻海精密工業)の創業者、テリー・ゴウ。I-Hwa Cheng/Bloomberg

「EVの委託生産」という電機産業での成功体験をEV業界に移植する鴻海精密工業の挑戦は、非常に多くの先行投資を迫っている。自動車業界の新たな王者の誕生か、それとも一敗地に塗れるか。


2022年、鴻海精密工業はオハイオ州ロードタウンにある旧GMの工場に2億3,000万ドルを支払い、ここを米国の自動車製造の拠点にすることを狙った。この取引の一環として、620万平方フィート(約58万平米)の工場を売ったローズタウンは、鴻海にピックアップトラックEnduranceの製造を依頼し、鴻海はこの新興企業の株式を取得した。

昨年11月には鴻海が18.3%まで保有比率を上げ、最大株主になるとローズタウンは発表した。ローズタウンは資金難に苦しみ続け、鴻海の支援なしでは量産にたどり着けなさそうだった。

鴻海は2月にウィスコンシン州とオハイオ州でEV用電池を製造する計画であると日経アジアが明らかにした。鴻海の董事長である劉揚偉は、今週開催された会議で投資家に対し、「我々はウィスコンシン州にエネルギー貯蔵システム用の電池セルと電池パックの生産能力を構築し、オハイオ州の施設では自動車用の電池パックの生産能力も構築する」と語ったと日経は伝えている。同社は、米国でEV部品や車両を製造する企業に税控除を提供するインフレ削減法(IRA)を勘案し、電池生産拠点を米国に移すという。

鴻海は自動車事業について、2025年までに年間330億ドルの売上を上げるという壮大な予測を立てている。そして、台湾、タイ、サウジアラビアでの提携を発表している。鴻海はすでに自動車メーカー向けにカメラモジュールを製造しているなど、サプライヤーの地位は得ている。EV部品事業は今年、5倍の30億ドル以上に成長する見込みだ。

鴻海は昨年10月、Model BとピックアップトラックのModel Vという 2台の新型EVのプロトタイプを発表した。これは生産委託を募るためのデモンストレーションだった。鴻海はMIH(Mobility in Harmony、MIH電動車開放平台)というEVプラットフォームで顧客を獲得することを期待している。

MIHは鴻海と台湾で完成車製造能力を有する唯一の自動車メーカーである裕隆汽車が2020年に前進を設立し、最終的にオープンな非営利団体になっている。従来の自動車産業の開発コストの高さ、開発期間の長さ、資源集約的な特性を打破するため、MIHプラットフォームは技術仕様をオープンにして様々なメーカーに参加を呼びかけ、自動車産業のAndroidとなることを目指している。テスラのようなプロプライエタリ(専売的)の先行プレイヤーをオープンソースで追うというソフトウェア業界では定番のパターンである。

11月初旬にサウジアラビアの政府系ファンドPIFは、鴻海と合弁会社を設立し、サウジ国内でEVを生産する計画を発表した。PIFは米EV新興企業ルーシッドの筆頭株主で、国内に電池工場を建設する計画を持つ。

自律走行車についても協業が進んでいる。1月には、鴻海とNVIDIAは、米国で開催された世界最大級の電子機器の見本市CESで、鴻海がEVサプライチェーンのティア1メーカーとしてNVIDIA DRIVE Orin ECUとDRIVE Hyperionセンサーをベースにした電子制御ユニット(ECU)を生産することを発表。鴻海が製造するEVには、高度な自動運転機能を実現するNVIDIAの技術が搭載される予定だ。

NVIDIAと鴻海の協業が意味すること
鴻海のEVプラットフォームにNVIDIAのSoCがデフォルトで組み込まれることになった。NVIDIAが、自律走行をめぐるチップとソフトウェアの陣地を広げたことを意味する。

鴻海は、日産自動車の元幹部で、日本電産元社長の関潤を採用し、そのEVの取り組みを指揮させている。関は永守重信の後継者とみなされたがうまくいかなかった。しかし、モーター企業というEV業界のサプライヤーの社長を通過したことで、鴻海にとっては付加価値が上がったのかもしれない。

一部の予測では委託生産は、業界の重要な選択肢に含まれるようだ。ゴールドマン・サックスの予測では、EVのアウトソーシング市場は、2025年に80万台(360億ドル相当)、2030年に320万台(1,440億ドル相当)のEVを製造すると見込まれている。

理想と現実の間

しかし、現時点で鴻海が製造した自動車は、ほんの一握りの試作品、数十台の電気バス、ローズタウンのピックアップトラックであるEnduranceの約40台だけだと言われる。1月、ローズタウンは鴻海に対し、トラックの製造コストが目標販売価格である65,000ドルを超えたため、生産を停止するよう要請した、とブルームバーグが関係者の取材の上で報じた。

報道によると、その数週間後、Enduranceは耐久性の欠点も明らかになったという。少なくとも1人のオーナーが、寒冷地での走行中にパワーが落ちたと報告し、2月に同社はリコールを発令。生産を停止した。

3月初旬、ローズタウンは、経験豊富な自動車メーカーと組むことができなければ、同社の唯一のモデルであるピックアップトラックの生産を中止せざるを得ないと発表した。

ローズタウンのEnduranceは、進歩的なインホイールモーターを搭載しているという点で、EVやEVピックアップの中でもユニークな存在だ。4つのモーターで合計440PSを発生し、109キロワット時の電池を搭載している。しかし、EPA(米国環境保護局)推定航続距離は193マイルで、現在市販されている電動ピックアップの中では最下位に位置した。

ローズタウンが落ちこぼれているわけではない。多くの自動車メーカーがEVピックアップトラックに挑戦しているが、クリティカルな生産台数を達成した会社はまだない。テスラのセダンや中国で人気の軽EVと、重たいピックアップトラックの間には、技術的制約に決定的な差がある。鴻海は難易度の高い課題から手を付けてしまった可能性がある。

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米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国人は自動車が大好きだ。バッテリーで走らない限りは。ピュー・リサーチ・センターが7月に発表した世論調査によると、電気自動車(EV)の購入を検討する米国人は5分の2以下だった。充電網が絶えず拡大し、選べるEVの車種がますます増えているにもかかわらず、このシェアは前年をわずかに下回っている。 この言葉は、相対的な無策に裏打ちされている。2023年第3四半期には、バッテリー電気自動車(BEV)は全自動車販売台数の8%を占めていた。今年これまでに米国で販売されたEV(ハイブリッド車を除く)は100万台に満たず、自動車大国でない欧州の半分強である(図表参照)。中国のドライバーはその4倍近くを購入している。

By エコノミスト(英国)
労働者の黄金時代:雇用はどう変化しているか[英エコノミスト]

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2010年代半ばは労働者にとって最悪の時代だったという点では、ほぼ誰もが同意している。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの人類学者であるデイヴィッド・グレーバーは、「ブルシット・ジョブ(どうでもいい仕事)」という言葉を作り、無目的な仕事が蔓延していると主張した。2007年から2009年にかけての世界金融危機からの回復には時間がかかり、豊かな国々で構成されるOECDクラブでは、労働人口の約7%が完全に仕事を失っていた。賃金の伸びは弱く、所得格差はとどまるところを知らない。 状況はどう変わったか。富裕国の世界では今、労働者は黄金時代を迎えている。社会が高齢化するにつれて、労働はより希少になり、より良い報酬が得られるようになっている。政府は大きな支出を行い、経済を活性化させ、賃上げ要求を後押ししている。一方、人工知能(AI)は労働者、特に熟練度の低い労働者の生産性を向上させており、これも賃金上昇につながる可能性がある。例えば、労働力が不足しているところでは、先端技術の利用は賃金を上昇させる可能性が高い。その結果、労働市場の仕組みが一変する。 その理由を理解するために、暗

By エコノミスト(英国)
中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

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脳腫瘍で余命いくばくもないトゥー・チャンワンは、最後の言葉を残した。その中国の気象学者は、気候が温暖化していることに気づいていた。1961年、彼は共産党の機関紙『人民日報』で、人類の生命を維持するための条件が変化する可能性があると警告した。 しかし彼は、温暖化は太陽活動のサイクルの一部であり、いつかは逆転するだろうと考えていた。トゥーは、化石燃料の燃焼が大気中に炭素を排出し、気候変動を引き起こしているとは考えなかった。彼の論文の数ページ前の『人民日報』のその号には、ニヤリと笑う炭鉱労働者の写真が掲載されていた。中国は欧米に経済的に追いつくため、工業化を急いでいた。 今日、中国は工業大国であり、世界の製造業の4分の1以上を擁する。しかし、その進歩の代償として排出量が増加している。過去30年間、中国はどの国よりも多くの二酸化炭素を大気中に排出してきた(図表1参照)。調査会社のロディウム・グループによれば、中国は毎年世界の温室効果ガスの4分の1以上を排出している。これは、2位の米国の約2倍である(ただし、一人当たりで見ると米国の方がまだひどい)。

By エコノミスト(英国)