GoogleはChatGPTに対抗するために「金のなる木」の検索を殺せるか?

ChatGPTが検索を脅かしていると言われるが、Googleには強力な対抗馬が2つもある。しかし、上場企業のGoogleは毎年数兆円を稼ぐ「金のなる木」を失うリスクを許容できるだろうか。イノベーションのジレンマは「検索の20年選手」にも当てはまるのかもしれない。

GoogleはChatGPTに対抗するために「金のなる木」の検索を殺せるか?
2022年6月9日木曜日、米国カリフォルニア州ロサンゼルスで開催された米国商工会議所主催の米州CEOサミットで講演するアルファベット社のスンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)。Photographer: Kyle Grillot/Bloomberg. 

ChatGPTが検索を脅かしていると言われるが、Googleには強力な対抗馬が2つもある。しかし、上場企業のGoogleは毎年数兆円を稼ぐ「金のなる木」を失うリスクを許容できるだろうか。イノベーションのジレンマは「検索の20年選手」にも当てはまるのかもしれない。


2019年に同社での日常的な役割を離れて以来、Googleで多くの時間を過ごしていなかったラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは、ChatGPTのリリース以降危機感を強め、同社の幹部と何度か会合を開き、Googleの人工知能(AI)製品戦略を議論した、とニューヨーク・タイムズ(NYT)が報じた

11月30日にChatGPTが公開されたことで、Googleの検索が優位に立ち続けることへの社内の懸念が高まった。CEOのスンダー・ピチャイは12月にAI戦略に関する会議を開き、チャットボットが急速に普及したことを受けて「コードレッド」を発令したと報じられている。これに伴い、ピチャイからペイジとブリンに電話があり、追加的な会議が開かれたという。

Googleは十分に強力な対抗馬を2つも持っている。1つは、「LaMDA(Language Model for Dialogue Applications)」と呼ばれる対話型AIである。LaMDAの性能に関してはすでに逸話ができている。LaMDAに質問し、バイアスを検証する仕事に従事していたGoogleのエンジニアであるブレイク・ルモワンは昨夏、LaMDAとの対話によってモデルはそれ自身で「知覚できる(Sentient)」と公の場で主張した。ルモワンは最終的に解雇されているが、同時期にGoogle ReseachのバイスプレジデントであるBlaise Agüera y Arcasは「ニューラルネットは将来的に意識を持ちうる」と似たような寄稿をしており、ルモワンの意見は孤立したものではなさそうだ。LaMDAがオープンに展開された場合、相当インパクトがあるはずだ。

ChatGPTは大規模言語モデル(LLM)のGPT-3.5を基にしたものだが、これに対して、GoogleにはPaLMというLLMがある。PaLMのパラメータ数が5,400億で、これに対しGPT-3のパラメータ数は約1,750億である。モデルの規模が大きくなるほど性能が向上するというのが、界隈の定説である。

Alphabet傘下のAI研究所DeepMindが開発するチャットボット「Sparrow」もまたChatGPTの強力なライバルになると見られている。Sparrowは、テキストを生成するのに(他のLLMが持つような)1,000億以上のパラメータは必要ないと主張したDeepMind独自の言語モデル、Chinchillaをベースにしている。背後でGoogle検索を利用し、質問に対し情報源からの証拠をリンクとして示すという特徴的な仕様が組み込まれている。

ChatGPTに強力なライバル:DeepMindのSparrow
Alphabet傘下のAI研究所DeepMindが開発するチャットボット「Sparrow」は、市場投入時には、ChatGPTより優れた製品になる可能性がある。Sparrowは、証拠となる出典を示し、嘘やなりすましのようなリスクを抑制する工夫をしている。

OpenAIとその主要な投資家であるMicrosoftは、ChatGPTをオープンに展開することで、AI競争の主導権を取ろうとしているようだ。ChatGPTは「人間によるフィードバックを用いた強化学習 Reinforcement Learning from Human Feedback(RLHF)」を採用しているが、オープン化によってこのフィードバックの提供者を公に広くとっているとみられる。これがGoogleなどに対して先着するために功を奏するかどうかを注視する必要がある。

さらにユーザーの利用行動を掴んでおくことで、後発者が獲得できる市場を圧迫しておくという狙いもありそうだ。後発者が先行者を追い抜く要件としては、製品の性能や効用が先行者に比べて著しく高いか、乗り換えを説得できるほどの大量のマーケティング費用を費やすか、の2つが考えられる。仮に製品の性能や効用にあまり差が出ないならば、ChatGPTは先行者利益を存分に享受するだろう。

また、OpenAIは非営利団体(NPO)からスタートアップへと組織変更を行っており、研究開発の継続を保証する資金調達を有利に進めるために、オープン化というデモンストレーションが必要だったという背景もありそうだ(実際、Microsoftによる巨額の追加投資が取り沙汰されている)。

オープン化が好判断だったかどうかはまだ判然としない。これまでGoogleはLaMDAにおいては限定的な専門家のみによるフィードバックを採用している。Sparrowもプライベートベータ版を2023年中にリリースするとしており、同様のアプローチである。

チャットボット市場が注目を浴びることで、Googleは検索ビジネスに激しい圧力を受けていることは間違いない。元Google ResearchディレクターのD. SivakumarはNYTに対し、「これは、Googleの重要な脆弱性の瞬間だ。ChatGPTは、『魅力的な新しい検索体験はこうだ』と、地面に杭を打ち込んだのだ」と語った。チャットボットは検索から全てを奪いはしないかもしれないが、多くを奪う可能性は十分に考えられるだろう。

Googleの敵はGoogle自身なのかもしれない。年間で数兆円稼ぐ検索広告を傷つけないようにする余り、社内のLLMをうまく展開できないというシナリオは、「イノベーションのジレンマ」としてよく知られているものだ。Google検索広告は世界で最も収益性の高いビジネスである。四半期に1度、株式市場に対して業績を公開し、株価によって報酬が左右される通常のCEOは、検索を殺す判断を下すはずがないのだ。

しかし、よく考えてみてほしい。Googleは10兆円以上の現金と現金同等物を保持している。2021年まで積極的な自社株買いを続けていた。これは、使い切れないほどの巨万の富を持っていることを意味する。検索を失ってもGoogleが飢えるには随分と時間がかかるだろう。だとしたら、潜在的なユーザー喪失を避けるために早く動くことが求められているだろう。そうしないともっと悲惨な未来が待っているかもしれない。たとえ、それが虎の子の検索にダメージを負わせることになってもだ。

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OpenAIは東京オフィスで、日本での採用、法人セールス、カスタマーサポートなどを順次開始する予定。日本企業向けに最適化されたGPT-4カスタムモデルの提供を見込む。日本での拠点設立は、政官の積極的な姿勢や法体系が寄与した可能性がある。OpenAIは法人顧客の獲得に注力しており、世界各地で大手企業向けにイベントを開催するなど営業活動を強化。

By 吉田拓史
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