MUFGとみずほの暗号資産経由のクロスボーダー決済は、中国の先行例mBridgeの日本版
MUFGとみずほが日本企業向けのクロスボーダー決済で、米国のシステムをトンネルする仮想通貨を使った手段を提案する模様だ。中国中銀やUAEらの先行例を市中銀行が追走し、米ドル覇権の要衝であるSWIFTを迂回する試みである。
MUFGとみずほが日本企業向けのクロスボーダー決済で、米国のシステムをトンネルする仮想通貨を使った手段を提案する模様だ。中国中銀やUAEらの先行例を市中銀行が追走し、米ドル覇権の要衝であるSWIFTを迂回する試みである。
日本経済新聞は5日、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)とみずほFGは企業間決済に使うデジタル通貨で連携する、と報じた。「MUFG傘下の三菱UFJ信託銀行の共通インフラで2024年にも発行するデジタル通貨の枠組みにみずほが参加し実用化を目指す」と書いている。
日経によると、MUFGとみずほの試みは、200兆円の貿易決済がターゲット市場としているという。十分に大きい決済ボリュームである。比較対象として、小売決済のPayPayの2022年度決済取扱高が10.2兆円だったことを注記しよう。
法定通貨のリザーブを「裏付け」にすると主張されるステーブルコイン(*1)を使って、クロスボーダー決済のスタンダードとなっている国際銀行間通信協会(SWIFT)を迂回する目論見のようだ。SWIFTは、多くの仲介業者を通過し、手数料がかかり、決済完了が遅いときがある。日本企業の進出の多い東南アジアでSWIFTを通じて海外送金すると、非常に高くつき、遅い。東南アジア諸国はドルベースの送金を回避する様々な手段を構築しようとしており、中国は一枚噛もうとしている。
MUFGらの取り組みは、中国が主導するデジタル通貨ベースの国際送金プラットフォーム「mBridge」の、日本企業版のものと考えてよさそうだ。例えば、SWIFTが不便な東南アジアにある日本企業の現地法人が日本本社に送金する、あるいはその逆を、安く実行できるだろう。mBridgeは中銀による国家プロジェクトで、ドル覇権の柱の一つであるSWIFTを迂回する狙いがある。
mBridgeとは
mBridgeは、中国本土、香港、タイ、アラブ首長国連邦(UAE) の4つの中銀が共同で主導している。昨年、中国が主導するデジタル通貨ベースの国際送金プラットフォームは、ほぼリアルタイムの取引を実現し、クロスボーダー決済のコストを削減できたという試験結果を発表した。
ブルームバーグによると、mBridgeは、年末までには基本的な実用品が完成する見込みだと、この構想に詳しい4人の関係者が語っている。このプロジェクトはスイスのバーゼルに本部を置く国際決済銀行と共同で進められている。
BISと国連のデータによると、ドルは毎日推定6.6兆ドルの外国為替取引に使用され、年間約32兆ドルの世界貿易の半分がドルで請求されている。
ブロックチェーンは誇大広告されたほどの技術的な応用を実現できなかった。その応用範囲は最初に利用された暗号通貨にとどまるが、クロスボーダー決済は、最も重要な応用先になる可能性が高い。
新しいクロスボーダー決済が求められる理由
MUFGとみずほの試みやmBridgeの背景を理解するには、SWIFTが不便な東南アジアを例に取るとわかりやすい。
非営利の国際問題シンクタンクであるカーネギー国際平和財団のウェブサイトに掲載された最近の研究論文で、中国の金融セクターの動向に注目している米国のリサーチャーであるロバート・グリーンは、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイなど多くの東南アジア諸国が米ドルの使用を減らす努力を強めていることを指摘した。
最大の貿易相手国の1つである中国との決済の非ドル化は、東南アジア諸国にとっても利のある選択肢である。シンガポールと中国間の貿易でデジタル通貨を使用すると、160億〜240億シンガポールドル(約1.6兆〜2.4兆円)の節約につながると、コンサルタント会社のOliver Wymanは推定している。これは、シンガポールのGDPの3~5%に相当する。
日経新聞の気になる記述
蛇足として、日本経済新聞の記述には、特に技術的な側面から「興味深い点」がみられた。検証してみよう。
「ブロックチェーン(分散型台帳)上でデータをやり取りするステーブルコインの最大の特徴は決済スピードと取引情報を盛り込めること」
訂正の提案
- ステーブルコインの決済速度は現代的な決済システムより格段に遅い。暗号通貨の分散的な合意アルゴリズムは、決済の最終的な確定を著しく遅くする。同様に、最初から最後までのトランザクションのデータを各ノードが保持する性質もまた、遅さを助長する。そもそも暗号通貨の技術は速さを意識して作られてこなかった。
- ステーブルコインはこのような負の性質をできる限り排除してはいるものの、速くはない。世界のベストプラクティスである、インドの政府運営の決済基盤UPI、中国のAlipayとWeChat Payと比較すると、かなり遅い。今回のケースでは、リテール(小売)ではなく、企業間決済に限定することで実用化可能になったと考えられる。しかし、技術的な側面でステーブルコインを採用する理由はない。
- 「取引情報を盛り込める」のは、ステーブルコイン特有の性質ではない。むしろ、最初から最後までのトランザクションを記録したチェーン上のデータを、各ノードに置く仕様のため、盛り込める取引情報は限定的になる。現代的な決済基盤でも、取引ID下に取引情報を付加でき、こちらの方が柔軟性もある。
注釈
*1:実際には多くのステーブルコインのリザーブが十分ではなく、ドル資産などが裏付けとして機能しているか懐疑的な意見が常にあった。暗号資産取引所で取引されるステーブルコインの大半は、この理由で危機に陥ったことがある。