東南アジアがドル依存脱却を模索:割って入ろうとする人民元

為替・政治リスクやコストを考慮し、東南アジア諸国はクロスボーダー決済におけるドル依存の脱却を模索している。低コストの現地通貨決済の採用が広がるにつれて、地域最大の貿易相手国である中国の人民元の存在感が増す可能性がある。

東南アジアがドル依存脱却を模索:割って入ろうとする人民元
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為替・政治リスクやコストを考慮し、東南アジア諸国はクロスボーダー決済におけるドル依存の脱却を模索している。低コストの現地通貨決済の採用が広がるにつれて、地域最大の貿易相手国である中国の人民元の存在感が増す可能性がある。


シンガポールの元外相ジョージ・ヨーは、1月中旬に開かれたISEAS-Yusof Ishak Institute主催の会議で、「米ドルは我々全員に対する呪いだ」と述べた。「国際金融システムを武器化すれば、それに代わるものが出てきて、米ドルの優位性は失われる」

昨年前半のドル高と、ロシアへの制裁を強化するためのドルの武器化は、世界の経済大国のいくつかに、米国の通貨を回避する方法を模索する新たな刺激を与えた。ドルがすぐに主要な交換手段の座から下ろされるとは見られていないが、脱ドル化の試みは増えている。

元インドネシア商業相のトマス・レンボンは、同じ会議でヨーの発言を踏まえ、すでに現地通貨による直接デジタル決済システムを開発している東南アジアの中央銀行を称賛し、ドルに過度に依存しない方法をさらに見つけるよう呼びかけた。

地域のドル依存は深い。近年、東南アジアの主要新興国において、国際債の発行残高の80%以上がドル建てであるというデータがある。アジア開発銀行の報告書によると、2015年から2020年にかけて、東南アジアの経済圏からの輸出の約80~90%がドル建てで請求されている。

東南アジアのクロスボーダー・ドル決済はより一層高くつく。大口のクロスボーダー・ドル決済は、毎日約1兆8,000億ドルのドル決済を行うニューヨークのクリアリングハウス・インターバンク・ペイメント・システム(CHIPS)や、毎日約500億ドルのドル決済を行う香港のクリアリングハウス自動送金システム(CHATS)を経由する。東南アジアの銀行でCHATSに直接ドル決済で参加しているのは数行、CHIPSに参加しているのはタイの銀行1行のみである。したがって、東南アジアの域内クロスボーダー・ドル決済は、中小金融機関がCHIPSやCHATSに加盟している大銀行に保有するいわゆるコルレス口座を経由する必要がある場合が多い。この仲介にはコストがかかる。

ドル依存の緩和は地域の長年の課題だった。2016年から2019年にかけて、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンの中央銀行は、より流動的で効率的な現地通貨建て外国為替市場を育成することにより、貿易や投資における現地通貨の利用を増やすことを目的とした現地通貨決済(LCS)協定を締結した。昨年秋、各地域の中央銀行がLCSの政策について合意し、ACCD(Appointed Cross-Currency Dealers)と呼ばれるこのような活動を行う権限を持つ銀行が、世界の大手金融機関にも拡大した。LCS協定に参加する中央銀行は、ドルなどの「主要通貨の変動から生じる為替リスクを軽減する」ことを目的としている。

タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポールの中央銀行は11月中旬、ASEAN域内における地域決済接続(RPC)の協力に関する覚書を締結した。RPCによって低コストの現地通貨によるクロスボーダー決済連携が5カ国の間で実現する予定だ。

非営利の国際問題シンクタンクであるカーネギー国際平和財団のウェブサイトに掲載された最近の研究論文で、中国の金融セクターの動向に注目している米国のリサーチャーであるロバート・グリーンは、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイなど多くの東南アジア諸国が米ドルの使用を減らす努力を強めていることを指摘した。

グリーンが引用した最近の調査では、タイ・マレーシア間のLCS協定の実施が2016年に始まった後、タイのバーツ建て輸出のシェアが有意に増加した(協定実施開始までの約13~15パーセントから2019年には約18パーセントに)ことが判明しているという。

ドルのライバルとしての地位を狙うのが中国だ。2021年9月、中国人民銀行とインドネシア銀行は、二国間貿易と直接投資の決済に現地通貨の使用を促進するための協力枠組みを開始した(※日本もインドネシアと同様のLCS取引を拡大している)。昨年6月には、シンガポール、マレーシア、インドネシアの3つの中銀は、中国人民銀行(中央銀行)と国際決済銀行(BIS)とともに「人民元流動性アレンジメント(RMBLA)」に署名した。各参加機関は最低150億元を拠出し、市場変動時に参加中銀を支援する枠組みだ。

最大の貿易相手国の1つである中国との決済の非ドル化は、東南アジア諸国にとっても利のある選択肢である。シンガポールと中国間の貿易でデジタル通貨を使用すると、160億〜240億シンガポールドル(約1.6兆〜2.4兆円)の節約につながると、コンサルタント会社のOliver Wymanは推定している。これは、シンガポールのGDPの3~5%に相当する。

中国人民銀行が発表した人民元の国際化に関する報告書によると、2021年、中国とASEAN諸国間のクロスボーダー人民元受払いは4兆8,200億元(約91兆円)に達し、前年比16%増だった。そのうちASEAN諸国への直接投資というカテゴリーのクロスボーダー人民元受払いは6,090億元で、前年比43.5%増となった。非銀行部門のクロスボーダー人民元受払いは2021年に過去最高の36兆6,000億元(約690兆円)を記録したという。 ASEANの6カ国、すなわちマレーシア、シンガポール、タイ、インドネシア、カンボジア、フィリピンは、人民元を外貨準備に組み込んでいる。

中国の狙いは、ドル覇権の迂回手段提供だろう。中国本土の国際取引の決済機関である人民元決済システム(CIPS)にデジタル人民元「e-CNY」を適用したり、多通貨クロスボーダー決済プラットフォーム「Project mBridge」の採用国を拡大したりすれば’、米国が支配する決済ネットワーク国際銀行間通信協会 (SWIFT)の独占的な力を揺さぶることができる。

CBDCを使用した中国の国際送金網が米金融覇権を揺るがす
中国が主導するデジタル通貨ベースの国際送金プラットフォームは、ほぼリアルタイムの取引を実現し、クロスボーダー決済のコストを削減できたという試験結果を発表した。米国の経済覇権の柱の一つであるSWIFTの牙城が揺らいでいる。

SWIFTはドル覇権の柱の1つであり、国際取引のほとんどは、200以上の経済圏の11,000以上の銀行や金融機関をカバーするメッセージングネットワークであるSWIFTを経由して行われている。しかし、SWIFTは決済システムとしては性能がかなり低い。性能だけが採用基準となり、現代的な代替手段があった場合には、SWIFT採用する理由は乏しくなるだろう。

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OpenAI、法人向け拡大を企図 日本支社開設を発表

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OpenAIは東京オフィスで、日本での採用、法人セールス、カスタマーサポートなどを順次開始する予定。日本企業向けに最適化されたGPT-4カスタムモデルの提供を見込む。日本での拠点設立は、政官の積極的な姿勢や法体系が寄与した可能性がある。OpenAIは法人顧客の獲得に注力しており、世界各地で大手企業向けにイベントを開催するなど営業活動を強化。

By 吉田拓史
アドビ、日本語バリアブルフォント「百千鳥」発表  往年のタイポグラフィー技法をデジタルで再現

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By 吉田拓史