ベンチャーキャピタルの終わりの始まり
過去数十年間テクノロジー産業を牽引してきたベンチャーキャピタル(VC)の枠組みが、ヘッジファンドのベンチャー投資への本格参入によって崩れようとしている。今度はVC側がその殻を脱ぐターンのようだ。
要点
過去数十年間テクノロジー産業を牽引してきたベンチャーキャピタル(VC)の枠組みが、ヘッジファンドのベンチャー投資への本格参入によって崩れようとしている。今度はVC側がその殻を脱ぐターンだ。
シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)が創業者と30回ほど面談し、デューデリジェンス資料の作成を手伝った結果、VCは彼らがシリーズAをリードする最有力候補であると確信したが、直前になって、あるクロスオーバーファンドが、VCが提示していた金額よりも約4,000万ドル高い企業価値でオファーをし、VCが取引を逃した例がベンチャーキャピタル調査会社PitchbookのMarina Temkinの記事で紹介されている。
そのVCは2本目のファンドが1億5,000万ドルと小規模であるため、それ以上の金額の小切手を出すことができず、身を引くしかなかったとTemkinは書いている。
伝統的なベンチャーキャピタルが、ヘッジファンドなどに大きく引き離される事態は、過熱するベンチャーキャピタル市場では頻繁に起こっている。このような越境を遂げる投資家のことを「クロスオーバーファンド」と呼ぶ。
従来のVCよりも50%から100%も高い金額を提示して、急成長中のベンチャー企業への投資を確保するという流れは、Tiger GlobalやCoatue Managementが主導していることで有名だ。
しかし、Altimeter CapitalやDragoneer Investment、D1などのマルチストラテジー企業でも、注目企業への参入のためにかなり高い金額を支払うことが一般的になってきているという。また、グロースエクイティ投資家のInsight Partnersや、Tiger Globalの元幹部が設立したAdditionなども挙げられている。
10月下旬、最も尊敬されているベンチャーキャピタルのひとつであるSequoia Capitalが、そのモデルを変更し、アメリカとヨーロッパの投資先にオープンエンドファンド(10年のファンドサイクルがなくいつでも資金を出し入れできる)のSequoia Fundを設立したと明らかにした。同ファンドのブログによると、このファンドは公開株で構成された包括的なファンドで、ベンチャー企業に投資するクローズドエンド型の下位ファンドに資金を供給するという。
これはいくつかの理由で興味深いものだ。特に、投資先企業のIPO後のリターンを享受したり、優れた創業者を企業の公開段階から支援したりするための柔軟性が増すことになる。Axiosによると、LPは、従来の10年サイクルの終わりに分配を待つのではなく、毎年償還する権利を持つことになるようだ。
すべてがクロスオーバーになっていく
ここ数年の傾向として、これまで主に公開株に投資してきたヘッジファンドが、魅力的な利益を求めて私募市場に資金を移すケースが増えている。一方、VCファームは公開株を保有している。Axiosによると、例えばSequoiaはすでに約450億ドル相当の欧米の公開株を保有している。
フィナンシャル・タイムズが引用したゴールドマン・サックスの報告書によると、2021年の最初の半年間に、ヘッジファンドは未公開企業との770件の取引に1,530億ドルを投じた。これは、2020年全体の投資額(753件の取引で960億ドル)をすでに上回っているが、取引全体に占める割合はまだ小さい。
一方、Andreessen Horowitz、General Catalyst、そして今回のSequoiaを含む多くの大手VCは、近年、自分たちの資金を従来の範囲外のさまざまな資産(暗号、公開株、セカンダリーなど)にもっと投資するために、登録投資顧問業者(RIA)になっている。
Tiger Globalほどこの動きを体現しているエンティティは存在しないだろう。CB Insightsによると、Tiger Globalは2001年に設立されて以来20年間で、最も収益性の高いハイテク投資家の1つとなり、10億ドル規模の新興企業(ユニコーン)の株式を他のどの企業よりも多く保有している。CB Insightsによると、Tiger Globalは株式市場のインデックスを8倍も上回る収益を上げている。
100億ドルのファンドの調達を続けるTiger Globalは、最近では、シリコンバレーのベンチャーキャピタリストたちを不安にさせるような、ペースの速い投資スタイルで有名になっている。
Tiger Globalは、急速に成長している新興企業に対して、より早く行動し、より高い金額を支払い、取締役会の席を放棄することを厭わない。中国、インド、ロシアなどで開発されたこのスタイルは、今では米国で最大の反響を呼んでいるが、この投資会社の攻撃的な戦術に脅威を感じるライバルはいる。
公開市場が縮小し、低金利の影響で投資家が非公開のテクノロジー企業にリターンを求める中、Tiger Globalは多くの模倣者を生み出してきた。
Tiger Globalの台頭
Tiger Globalは上位のVCの調査を信用することで、自分たちの調査のコストと時間をあらかた削減している。VCの階層構造を外部から非常にうまく利用している。
Tiger Globalは、基本的にレイターのベンチャー企業をインデックス化しており、リサーチ・チームがそれぞれのカテゴリーや地域で最も優れた2~3社を把握している。そして、これらの企業の次のラウンドを先取りして、直近の一連の資金調達にかなりのプレミアムをつけたタームシートを提供すると言われている。
また、Tiger Globalやその関連会社は、取締役会や取締役会のオブザーバーとしての席に座らないことでも知られている。伝統的なベンチャーキャピタルには、会社の20%の株式と取締役会の席を持たなければならないという暗黙のルールがあったが、Tiger Globalは未上場株を公開株のように扱っている。
ヘッジファンドがベンチャー企業に進出する背景には、複数の理由がある。過去20年間で公開企業の数が50%減少したため、株式市場での投資機会が少なくなっている。企業は非公開期間を長くとり、大きく成長してから公開市場に出てくる。これに加えて、Snowflake、Airbnb、Robloxといった企業が示した非常に強力な出口戦略の可能性があれば、ベンチャー投資の魅力は明らかになる。
ヘッジファンドが伝統的なVCと異なるのは、Tiger Globalの67億ドルのような巨大なファンド規模や、D1キャピタルのように150億ドル以上の資産全体からベンチャー企業に投資する能力だけでなく、投資先企業を上場後も保有する能力を持っていることだ。
ほとんどのクロスオーバーファンドは、他の企業よりも高い金額を支払うことでディールを獲得しているが、その戦略は同じではない。
例えば、Tiger GlobalはシリーズB、C、Dに最も力を入れており、Coatueは7億ドルのアーリーステージファンドからシードやシリーズAの案件を支援するなど、ステージを超えた投資を行っており、時には取締役に就任することもある。Additionは、Tiger Globalの元パートナーであるLee Fixelが設立した会社で、シードやアーリーステージを好む傾向があるが、取締役会への参加は避けている。
2015年、マーク・アンドリーセンは、ベンチャーキャピタルは少数の大規模フランチャイズと多数の小規模な専門店に再編されていると考えているとツイートした。その中間の企業は淘汰されるだろう、と。彼がこの発言をしてから数年の間に、多くの大規模なVCがその軌跡を辿り始めている。Sequoiaの最近の動きもまた、この発言が想定したものの範疇のように見える。
参考文献
- Marina Temkin. How hedge funds are leading the race to stake startups. Pitchbook. April 19, 2021.
- Gillian Tan. Dragoneer, Altimeter Look to New Funds as Unicorns Burgeon. Bloomberg.
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