“元レガシー企業”ウォルマートが進める破壊的なDX

ウォルマートは短期的にはモバイルバンキングサービス、長期的にはスーパーアプリの構築を目指している。巨額投資でデジタル化を続けた同社は、インド最大のEC企業のオーナーとなり、もはやAmazonに脅かされるだけの存在ではなくなっている。

“元レガシー企業”ウォルマートが進める破壊的なDX

要点

ウォルマートは短期的にはモバイルバンキングサービス、長期的にはスーパーアプリの構築を目指している。巨額投資でデジタル化を続けた同社は、インド最大のEC企業のオーナーとなり、もはやAmazonに脅かされるだけの存在ではなくなっている。


ウォルマートは1月、投資会社Ribbit Capitalと提携して独立したベンチャー企業で金融サービスを提供する計画を公開して話題になった。

開示された情報は少なかったが、この発表の核となるのは、ベンチャーキャピタルRibbit Capitalとの提携だ。2012年に設立されたRibbitは、フィンテック分野のアーリーステージ投資家として確固たる評判を持っている。同社のポートフォリオにはRobinhood, Coinbase, Affirm, Credit Karmaが含まれている。

パロアルトに拠点を置くRibbitは、金融市場を揺るがしたデイトレードの熱狂をオンライン証券会社が乗り切るために、Robinhoodに34億ドルの緊急資金を提供したことで知名度を上げた。危機に対するRibbitの大規模かつ迅速な対応は、SequoiaやAndreessen HorowitzなどのRobinhoodの支援者に比べて、若くて小さく、知名度も低いMeyer Malkaの会社にとって、極めて重要な瞬間になった。

2021年の株式公開を目指しているRobinhoodに加えて、Ribbitは、ポートフォリオ会社であるオンラインショッピングの資金調達会社Affirmの12億ドルのIPOでも成功を収めた。また、Ribbitが初期に投資していたビットコイン取引所Coinbaseの直接上場がまもなく予定されており、新たな利益を得ようとしている。

2012年に設立されたRibbitは、VC業界で最も活発なフィンテック専門企業の一つとして注目されており、ビジネスクレジットカード会社のBREXやロボアドバイザーのWealthfront、先週直接上場の計画を発表したCoinbaseなど、注目度の高い企業がポートフォリオに名を連ねている。

Ribbitは、2018年に5つ目の旗艦ファンドを4億2000万ドルのコミットメントでクローズした。規制当局への提出書類によると、2020年1月、Ribbitはさらに4億2,000万ドルを目標とする6番目のファンドに乗り出した。

Ribbitは、最近1年間で最大規模のフィンテック企業の上場にいくつか参加してもいる。これらの案件の中には、先月120億ドルの評価額で上場し、取引初日に株価が約100%上昇したAffirm社も含まれている。また、11月に60億ドルでIPOを果たした自動車保険会社のRootや、Intuitによる71億ドルでのCredit Karmaの買収などもある。Robinhoodは、Ribbitのポートフォリオの中でも最も魅力的な企業だ。Ribbitは、2014年に1,300万ドルのシリーズAラウンドで初めて同社を支援した。

同社は、VCファンドに加え、昨年秋にIPOで3億5,000万ドルを調達したRibbit LEAPという特別目的買収会社(SPAC)のスポンサーでもある。この白紙委任会社は、金融サービス会社との合併を目指している。

ゴールドマン・サックスの上級幹部がフィンテック部門に参加へ

さらに翌月の2月、このウォルマートの新事業には、ゴールドマン・サックスのパートナーであり、消費者部門Marcusの責任者であったOmer Ismailとゴールドマンでの最高幹部の一人であるDavid Starkが参加する予定であることが明らかになった。

約20年前に初めてゴールドマンに入社したIsmailは、2014年にデジタルバンキングサービスへの進出戦略を打ち出した幹部グループの一員だった。Marcusは2020年末までに年間12億ドルの収益を上げ、970億ドルの預金を集め、80億ドルの消費者ローン残高を保有していた。

ウォルマートは、規制環境の変化に機会を見出している。1996年当時、誰もがウォルマートの銀行化を期待していたが、銀行免許を取得しようとすると政府に拒否された。規制当局は、強力な小売業者が銀行業務に参入すると、力が強くなりすぎることを恐れていた。2007年、銀行のロビー活動が活発化する中、米国の規制当局は、世界最大の小売業者がこの抜け道を通ることは許されないと明言し、ウォルマートは申請を取り下げた。しかし、現在、政治家は同社ではなく、ビッグテックを競争の脅威とみなしている。

これに対し、中国の規制当局は、ソーシャルサービス、商業サービス、金融サービスをオンラインで統合し、スーパーアプリにすることを認めてきた。しかし、中国政府は考えを改めつつあるようだ。Ant GroupのIPO停止やデジタル人民元の実証試験はその典型例に挙げられる。

米国はむしろ緩和の方向に向かっているかもしれない。さまざまなフィンテック企業が状況を変えており、銀行はウォルマートを数ある脅威のひとつとだけ考えるようになった。昨年末に報道されたように、米下院の委員会は、AmazonやFacebookなどのノンバンク企業に、銀行としての営業許可を与えることを検討し始めた。

ウォルマートはすでにモバイル支払いのほか、クレジットカードやプリペイドデビットカード、小切手の現金化、送金、分割払いローンなどを提供している。ウォルマートの金融部門は既存顧客、特にウォルマートが存在感を示している南部と中西部地域の買い物客に焦点を当てている。

ウォルマートの巨大な顧客基盤は、その多くが農村部に住んでいる。彼らの一部は銀行口座を持たないか、その利用が少ない。連邦預金保険公社の2019年の調査によると、米国の世帯の5.4%(約710万世帯)が銀行を利用していないことがわかっている。このような人々には、特別なサービスは必要ない。必要なのは、預金とクレジットだ。だからこそ、彼らが日常的に訪れるウォルマートがバンキング・サービスを提供することは理にかなっている。

レジでWalmart Payを利用する買い物客. via Walmart.

小売とフィンテックの相性

IsmailはMarcusにおける試行錯誤の「第二ラウンド」をウォルマートで行うことができる。

ゴールドマンが2016年に設立したオンライン銀行であるMarcusは、高利回りの普通預金口座、高利回りの譲渡性預金(CD)、手数料なしの個人向けローンを提供している。2020年10月現在、Marcusの預金残高は960億ドルに達した。

Marcusは、他のオンライン銀行に比べて金融商品の種類が少ない。しかし、提供している金融商品は高い評価を受けている。Marcusは、オンライン預金口座の中で最も優れた口座のひとつであり、CDの金利も最も優れたもののひとつだ。同社の個人向けローンは、レビューサイトJ.D.パワーが2019年に個人向けローンの顧客満足度で1位と評価している。このオンライン銀行は銀行の支店を持っていないが、App StoreとGoogle Playで利用できるモバイルバンキングアプリを持っている。

Marcusは、普通預金口座を開設するための手数料や、継続的な口座維持費、サービス料、Marcus口座との間での送金のための取引手数料は一切かからない。高額の最低預金額や最低残高が必要な他の高利回りオンライン貯蓄口座とは異なり、Marcusは最低預金額や最低残高を必要としない。ただし、1口座あたり100万ドル、1口座の所有者あたり300万ドルを超えない範囲で上限が設定されている。

ウォルマートのフィンテック事業はこのMarcusと類似にしたものになるだろう。ウォルマートが支援する貯蓄・投資プラットフォームであり、顧客が現在アクセスしにくい金融サービスに簡単にアクセスできるようにするものだ。これは、RobinhoodやBetterment、そしてSquareやPayPalと競合するサービスとなると考えられる。

しかし、ウォルマートのフィンテックへの取り組みは、単にデジタルバンクを作るだけではなく、スーパーアプリという形で真のデジタルエコシステムを作ることなのかもしれない。ウォルマートのスーパーアプリの機会は、単に金融サービス事業を統合してデジタル化することだけでなく、より広範なサービスを包括することを視野に入れているだろう。

急激なデジタル化

ウォルマートは会社のソフトウェア企業化のために膨大な投資と犠牲を費やしてきた。ウォルマートは4年前、設立15ヶ月のJet.comという会社を33億ドルで買収したが、誰もが急造の電子商取引企業の値段が高いと思っていた。ウォルマートは、Amazonスタイルの会社と、元AmazonのMarc Loreのスキルを手に入れるために33億ドルを支払った。彼らは2016年にLoreに2億4400万ドルを支払ったが、これは彼の上司であるウォルマートのCEO、Doug McMillonの10倍にあたったという。Marc Loreはフィンテック部門の報道が出た直後、ウォルマートを去った。彼の次のミッションは、未来都市を作ることらしい。

2016年に2億4400万ドルの年俸を得たJet.com創業者で元ウォルマートEC部門統括者のMarc Lore.最近はSPACのスポンサーなどに手を伸ばしている。 "Fortune Brainstorm Tech 2018"by Fortune Conferences is licensed under CC BY-NC-ND 2.0

ウォルマートは電子商取引の人材の確保のために大枚をはたいてきた。Jet.com以外にも、靴専門の電子商取引ShoeBuy, 物流企業Parcel, オンラインアパレルブランドのBonobos, オンラインアウトドア用品Moosejawを買収した。これらの買収はビジネスの取得もその目的の一つだが、通常ではウォルマートに入社する可能性の低い人材と組織の獲得がより重要な意図となっている。

ウォルマートはこれらを通じて、破壊者たるAmazonのビジネスの模倣を進めてきた。例えば、同社のアプリの「マーケットプレイス」はAmazonマーケットプレイスと酷似しており、出店者はウォルマート子会社Walmart Fulfillment Servicesから物流・梱包の支援を受け、ゴールドマン・サックスを通じた融資枠の利用も可能になる。

調査会社eMarketerによると、ウォルマートは現在、米国ではAmazonに次ぐ第2位のオンラインショッピングサイトとなっており、Loreの在任期間中にオンライン販売の市場シェアを2倍以上の5.8%に拡大した。買収後、小売企業の株価は80%以上上昇したが、これは同時期のS&P500の成長率を上回るものだ。現在、Walmartの時価総額は4,000億ドルを超えており、「やがて絶滅する恐竜」というイメージは払拭された。

ネットメディアInsiderが入手した2020年3月の社内文書によると、同社がビジネスを強化し、アマゾンに真っ向から対抗するために、「プロジェクト・グラス」と呼ばれる取り組みを行っていることが明らかになった。

流出文書によると、ウォルマートは、実店舗での小売に関してはAmazonよりも優位に立っているが、ニーズや体験に関するオンライン顧客の期待に応えることでは大きく遅れをとっている。すぐに日用必需品を購入する場合、ウォルマートよりもAmazonを選ぶ消費者の方が25%多いという。

その解決策のひとつとして、ウォルマートのアプリとWebサイトにすべてのデジタル機能を集約し、買い物客がより簡単に商品を見つけて購入できるように、より統一されたオンラインショッピング体験を構築することが挙げられていた。

Walmartのアプリ. EC、支払い、ピックアップと配送の予約、メンバーシップ等の様々な機能を包含している。 via Walmart.

9月に開始した「Walmart+」は、Amazonに対抗するための重要な動きの一つだった。Walmart+の年間価格は98ドルで、Amazon Primeの119ドルよりも安く、無制限の無料配送や燃料の割引などの特典がある。会員になると、店舗からの無料配送が無制限に受けられるほか、燃料の割引や、家族の買い物を迅速にするツールへのアクセスが可能になる。

PYMNTSが発表したデータによると、1月第1週の時点で、米国の消費者の64.3%がAmazon Primeに加入しており、わずか15ヶ月前にサービスを開始したWalmart+に加入している人は21%に上った。Amazon Primeが3倍の差をつけているものの、ウォルマートは11月の調査から4ポイントの改善を見せている。両方のサービスに加入している消費者の数は17.5%。年収10万ドル以上の消費者では、引き続きアマゾンが勝利を収めており、回答者の52%がプライムのみに加入していると答えた。

また、ウォルマートはこれまで2時間以内の配送に必要だった最低配送料35ドルを引き下げ、便利なオンライン返品サービスを導入することで、eコマースでのショッピング体験全体を向上させた。ウォルマートが2020年にeコマースの売上高を前年比76%増にすることができたのは、これらのサービスのおかげだと考えられる。

今後は、最近の技術革新や取り組みを活用して、より直接的にAmazonに対抗していくかもしれない。2020年10月、ウォルマートは、オムニチャネルの品揃え、フルフィルメント、注文の受け取りプロセス、チェックアウトに関するプロトタイプの店舗レイアウトやイノベーションをテストするためのリテールラボを発表した。さらに最近では、新しい顧客特典を導入するとともに、オンラインでの注文処理プロセスを強化するために、自動注文処理ボットのシステムと連携した技術を駆使した取り組みを行っている。

先進的な試みはインド

ウォルマートの最も先進的な試みはインドで行われている。2018年に160億ドルで買収の過半を取得した現地最大級のEC新興企業Flipkartは、2007年に事業を開始し、現在は8,000万点の商品をプラットフォームで販売している。同社はIPOや特別目的買収会社(SPAC)との逆合併により米国での上場を視野に入れているとされている。Flipkartは2021年内に450億〜500億ドルの時価総額でIPOを検討している、と報じられたこともある。

買収当時のFlipkartは、筆頭株主のソフトバンクの要求により、大量の資金燃焼を伴う競争にさらされ、最終的にはSnapdealとの合併が迫られるようになったように、とても脆弱な状態にあったが、小売・電子商取引の経験と資金が豊富なウォルマートが会社支配を築くようになってからは、経営が安定し、市場の拡大をうまく捉えている。ウォルマート同様、FrlipkartもAmazonとの激しい競争を続けているが、戦況は3年前より遥かに良くなってきた。インドの電子商取引市場の成長はまだ始まったばかりであり、Flipkartはそれを享受することは間違いないだろう。

ウォルマートの投資家説明会に登場したFlipkart CEOのKalyan Krishnamurthy。eBay、タイガーグローバル等を経て現職。via Walmart.

しかも、ウォルマートによるFrlipkartの買収にはもうひとつの幸運が含まれていた。それは、同社子会社で、決済と様々なサービスを合体させたスーパーアプリであるPhonePeの成長だ。

PhonePeはデジタル決済市場でインド市場首位に立っている。インドのデジタル決済は当初はAnt Groupとソフトバンクが支援し、日本のPayPayの技術供与元であるPaytmが独自決済基盤でリードしていたが、中国の事例を学んだインド政府は、UPIと呼ばれるデジタル決済基盤を投入し、アプリベンダーがその基盤を採用することで容易に店頭支払いや送金に参入できるようにした。PhonePeはUPIの恩恵を最も受けたプレイヤーであり、同じくUPIを活用するGoogle Payを最近追い抜いた。

PhonePeはいわゆるスーパーアプリと呼ばれる事業形態を模索しており、中国のMeituan Dianping(美団点評)のように食品配達、レストラン予約、映画チケット予約、旅行アグリゲーター、クーポン、美容室予約を組み合わせた生活総合アプリケーションの座を伺っている。

PhonePeは、ウォルマートとその他の既存投資家から企業価値55億ドルと評価され、7億ドルの資金を調達した。その後すぐに、PhonePeの株式の87%を保有しているFlipkartからさらに2,100万ドルを調達した。2022年に黒字化し、2023年のIPOを目指していると報じられたこともある。

ウォルマートは、新興国特有のモバイルインターネットが形成され、モバイル決済/バンキングが発達し、モバイルでの消費活動の普及が加速度的に進むインドで、商取引の未来に触れている。ここで得られた知見を北米にフィードバックできることを鑑みると、ウォルマートはもはやAmazonに脅かされるだけの存在ではなくなったことは確かだろう。

※参考文献はリンクで示した。

Eyecatch Image via Walmart.

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