米国で富裕税が必要とされる背景:没落する中間層と異常な格差

富裕税は米国で進行する経済格差の拡大を背景にウォーレン上院議員らが提案しました。米国で経済格差が拡大していることは確かであり、80年代以降、米国ではそれを調整する政府の機能が失われてしまったことは明白です。

米国で富裕税が必要とされる背景:没落する中間層と異常な格差

エリザベス・ウォーレンは2019年12月初旬、「すべての人のための医療保険(Medicare for All)」の構想を発表しました。その一環として、ウォーレンは、他の主要な政策目標の1つに大きな変更を加えました。彼女は、政策目標の中の超富裕層に課す「富裕税」の規模を引き上げました。最高税率は3%から6%になり、 理論上の収入で1兆ドル税収増となり、抜本的なプログラムに資金を提供するため、「すべての人のための医療保険」が成り立つ目算です。

2019年初めにウォーレンが提唱した富裕税は、民主党予備選の対抗候補であるバーモント上院議員バーニー・サンダースも支持を表明しています。ウォーレンの経済顧問には、不平等研究の権威である、UC Berkeleyのエマニュエル・サエズとガブリエル・ザックマンが参加しています。サエズ、ザックマンには『21世紀の資本』とのトマ・ピケティに共著論文があります。ピケティは近著『Capital and Ideology』(資本とイデオロギー)で、超富裕層の資産に対し、最高90%の課税を行うべき、と過激な主張をしています。とにかく、この共著論文が、米国の富裕層の取り分が拡大しており、富裕税を課すことが妥当とするウォーレンの考え方の根拠になっています。

その”Distributional National Accounts: Methods and Estimates for the United States”(2016年)を参考にすると、所得上位10%の所得占有率は第二次世界大戦とニューディール政策の影響を受け、1937年頃から急落し、1942~43年頃に最低値に達しています。その後は横ばいを続けながらも、新自由主義的な政策が開始された80年代から上昇し続けています。2017年時点で上位10%の富裕層は、課税後、全体の40%弱の所得を得ています。

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Unfairness Back / Souce: ”Distributional National Accounts: Methods and Estimates for the United States”(December 2016), Thomas Piketty, Emmanuel Saez, Gabriel Zucman

上位1%と下位50%の課税前所得を比較すると、1995年頃上位1%が逆転し、下位50%がシェアを落とし続けています。

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Triumph of Top 1% / Souce: ”Distributional National Accounts: Methods and Estimates for the United States”(December 2016), Thomas Piketty, Emmanuel Saez, Gabriel Zucman

そして超富裕層には租税回避の手段がたくさんあります。論文では、トップ0.1%の家族は、純資産の3.2%にあたる連邦、州、地方の税を負担すると算定されているが、99%は純資産の7.2%にあたる税を負担すると算定されています。

サエズとザックマンは2019年の論文で、”Progressive wealth tax(進歩的資本課税)”を提案しており、それがウォーレンの富裕税の根拠なのです。

連邦準備制度(FRS)のデータによると、上位1%は30年前に米国の全世帯資産のほぼ4分の1を所有しており、現在では3分の1近くを所有しています。 その一方で、下位50%は、1989年の富の所有は3.7%から現在の1.9%にまで下がったのです。つまり、もともと分前が、少なかったのが、更に少なくなったのです。

そして実際、富の不平等は所得の不平等よりもはるかに大きい。2016年時点で、米国の家族収入の中央値はほぼ65,000ドルでした。これは、90パーセンタイル世帯の3分の1に満たない。しかし、家族の資産の中央値は、90パーセンタイル家族の資産120万ドル近くの約12分の1です。また家族の資産は、上位5%、1%絞り込むにつれて急激なカーブを表現します。仮に資本収益率が常に経済成長率を上回るとすれば、富の不平等は長期的に拡大していく可能性が高いのです。

米国の選挙をめぐり共通認識化されている不平等は、税引き前の統計を参考としており、税引き後のもので評価すると、一般に考えられているよりは状況は過酷ではない、という指摘もあります。富裕国で台頭するポピュリストが、統計の中から都合がいいものをチェリーピックして、人々を扇動している側面もあるかも知れません。また、中間層は私的年金を通じて間接的に証券を保有しているため、資本収益を享受できるという見方もあります。

それでも、米国で経済格差が拡大していることは確かであり、80年代以降、米国ではそれを調整する政府の機能が失われてしまったことは明白です。また人種間の経済不平等はもっと深刻な状況であり、同時に白人のなかからも競争から離脱し、自暴自棄な状態にある人が、中西部のラストベルト、アパラチアの元工業地帯に存在していることも知られるようになりました。

参考文献

梅田 高樹.富裕税の創設とその終末.国税庁.

”Distributional National Accounts: Methods and Estimates for the United States”](https://www.nber.org/papers/w22945)(December(Decemnber) 2016), Thomas Piketty, Emmanuel Saez, Gabriel Zucman

“How would a progressive wealth tax work? Evidence from the economics literature” Emmanuel SAEZ (UC Berkeley),  Gabriel ZUCMAN (UC Berkeley), February 5 th, 2019

"Elizabeth Warren"by Gage Skidmore is licensed under CC BY-SA 2.0

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