トヨタは「イノベーションのジレンマ」に嵌っているのか?

世界最大の自動車企業であるトヨタは、長く維持してきた市場支配を失う危機に直面している。テスラと中国勢に対するEV市場での出遅れが、決定的な敗着となる最悪シナリオも浮上している。このイノベーションのジレンマは脱出可能なのだろうか。

トヨタは「イノベーションのジレンマ」に嵌っているのか?
2023年5月10日(水)、東京で行われた記者会見で発言するトヨタ自動車社長の佐藤恒治。世界最大の自動車メーカーは、2024年3月期の営業利益について、アナリストの予想と同じ3兆円の見通しを発表した。Photographer: Kentaro Takahashi/Bloomberg.

世界最大の自動車企業であるトヨタは、長く維持してきた市場支配を失う危機に直面している。テスラと中国勢に対するEV市場での出遅れが、決定的な敗着となる最悪シナリオも浮上している。このイノベーションのジレンマは脱出可能なのだろうか。


トヨタを自動車会社からモビリティ企業へと移行させることが私の最優先課題である、と佐藤恒治社長は5月10日の決算説明会で語った。トヨタは脱炭素化と電動化の取り組みを含む持続可能な成長のために3.1兆円を投資すると、佐藤は述べた。

この佐藤が発したシグナルは、同社の現況を雄弁に語っている。同社は既存事業への打撃を恐れるあまり、電気自動車(EV)化の大波に乗り遅れた。典型的なイノベーションのジレンマである。

トヨタは、このジレンマに陥るべくして陥った。何しろありあまる富がある。トヨタが10日に発表した1−3月期の決算では、純利益は2兆4,513億円に達しており、ほぼ毎四半期同じサイズの純利益を金庫に放り込んできた。バランスシートには20兆円を超える莫大な利益剰余金が積み上がっている。長い時間をかけて育てたビジネスを、ディスラプト(破壊)しうるEVを導入するのに消極的になるのは、自然なことである。

トヨタ王朝の危機を最初に知らせたのは中国市場だ。中国では、急速なEVシフトにさらされ、日系自動車メーカーの販売台数の減少が深刻だ。ロイターが分析した各社発表と業界団体のデータによると、日本勢の今年1−3月の中国の新車販売台数は前年同期比32%減った。トヨタ自動車が14.5%減だったほか、日産自動車が約45%減、ホンダが38%減と大きく落とした。マツダ(約66%減)と三菱自(約58%減)は半分以下になったという。

中国から最初に脱落するのは三菱自の可能性が高く、その次はマツダだ、と自動車評論家の国沢光宏は書いている。

トヨタは5月8日、中国市場における4月の新車販売台数が前年同月比46.3%増の16万2,600台だったと発表した。これは日本車の退潮という見方を覆すデータにも見えるが、問題はこれが台数ベースであり販売額ベースではどのような数字になっているかだ。中国では、内燃機関(ICE)車の一部カテゴリへの規制強化が迫り、またテスラの値下げがトリガーとなった価格競争も加わったことで、ICE車の大幅値下げが余儀なくされている。このため台数ベースでは一時的なブーストを享受しているが、販売額では値引きの影響を受けているだろう。規制が施行されると、投げ売りされている一部のICE車の販売は急減するとみられる。

政府や地方政府の支援を受けてきたBYD、XPeng、Li Auto、NioなどのEVメーカーは、中国の消費者の支持を拡大している。国内のEVセグメントにおける中国ブランドの市場シェアは昨年、81%に達した。トヨタを含む日系メーカーには決定的なEV製品が欠けており、技術的にも後塵を拝していると思われる。

急速にEV転換する中国、日本車は市場シェアを残せるか?
中国のEV転換が想定よりも速く、地元EV企業の台頭が著しい。長年の努力が実った形だ。日本を含む外資メーカーはガソリン車の市場シェアを切り崩されている。日系メーカーは市場シェアを残せるだろうか。

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米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国人は自動車が大好きだ。バッテリーで走らない限りは。ピュー・リサーチ・センターが7月に発表した世論調査によると、電気自動車(EV)の購入を検討する米国人は5分の2以下だった。充電網が絶えず拡大し、選べるEVの車種がますます増えているにもかかわらず、このシェアは前年をわずかに下回っている。 この言葉は、相対的な無策に裏打ちされている。2023年第3四半期には、バッテリー電気自動車(BEV)は全自動車販売台数の8%を占めていた。今年これまでに米国で販売されたEV(ハイブリッド車を除く)は100万台に満たず、自動車大国でない欧州の半分強である(図表参照)。中国のドライバーはその4倍近くを購入している。

By エコノミスト(英国)
労働者の黄金時代:雇用はどう変化しているか[英エコノミスト]

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2010年代半ばは労働者にとって最悪の時代だったという点では、ほぼ誰もが同意している。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの人類学者であるデイヴィッド・グレーバーは、「ブルシット・ジョブ(どうでもいい仕事)」という言葉を作り、無目的な仕事が蔓延していると主張した。2007年から2009年にかけての世界金融危機からの回復には時間がかかり、豊かな国々で構成されるOECDクラブでは、労働人口の約7%が完全に仕事を失っていた。賃金の伸びは弱く、所得格差はとどまるところを知らない。 状況はどう変わったか。富裕国の世界では今、労働者は黄金時代を迎えている。社会が高齢化するにつれて、労働はより希少になり、より良い報酬が得られるようになっている。政府は大きな支出を行い、経済を活性化させ、賃上げ要求を後押ししている。一方、人工知能(AI)は労働者、特に熟練度の低い労働者の生産性を向上させており、これも賃金上昇につながる可能性がある。例えば、労働力が不足しているところでは、先端技術の利用は賃金を上昇させる可能性が高い。その結果、労働市場の仕組みが一変する。 その理由を理解するために、暗

By エコノミスト(英国)
中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

脳腫瘍で余命いくばくもないトゥー・チャンワンは、最後の言葉を残した。その中国の気象学者は、気候が温暖化していることに気づいていた。1961年、彼は共産党の機関紙『人民日報』で、人類の生命を維持するための条件が変化する可能性があると警告した。 しかし彼は、温暖化は太陽活動のサイクルの一部であり、いつかは逆転するだろうと考えていた。トゥーは、化石燃料の燃焼が大気中に炭素を排出し、気候変動を引き起こしているとは考えなかった。彼の論文の数ページ前の『人民日報』のその号には、ニヤリと笑う炭鉱労働者の写真が掲載されていた。中国は欧米に経済的に追いつくため、工業化を急いでいた。 今日、中国は工業大国であり、世界の製造業の4分の1以上を擁する。しかし、その進歩の代償として排出量が増加している。過去30年間、中国はどの国よりも多くの二酸化炭素を大気中に排出してきた(図表1参照)。調査会社のロディウム・グループによれば、中国は毎年世界の温室効果ガスの4分の1以上を排出している。これは、2位の米国の約2倍である(ただし、一人当たりで見ると米国の方がまだひどい)。

By エコノミスト(英国)