トヨタは「イノベーションのジレンマ」に嵌っているのか?
世界最大の自動車企業であるトヨタは、長く維持してきた市場支配を失う危機に直面している。テスラと中国勢に対するEV市場での出遅れが、決定的な敗着となる最悪シナリオも浮上している。このイノベーションのジレンマは脱出可能なのだろうか。
世界最大の自動車企業であるトヨタは、長く維持してきた市場支配を失う危機に直面している。テスラと中国勢に対するEV市場での出遅れが、決定的な敗着となる最悪シナリオも浮上している。このイノベーションのジレンマは脱出可能なのだろうか。
トヨタを自動車会社からモビリティ企業へと移行させることが私の最優先課題である、と佐藤恒治社長は5月10日の決算説明会で語った。トヨタは脱炭素化と電動化の取り組みを含む持続可能な成長のために3.1兆円を投資すると、佐藤は述べた。
この佐藤が発したシグナルは、同社の現況を雄弁に語っている。同社は既存事業への打撃を恐れるあまり、電気自動車(EV)化の大波に乗り遅れた。典型的なイノベーションのジレンマである。
トヨタは、このジレンマに陥るべくして陥った。何しろありあまる富がある。トヨタが10日に発表した1−3月期の決算では、純利益は2兆4,513億円に達しており、ほぼ毎四半期同じサイズの純利益を金庫に放り込んできた。バランスシートには20兆円を超える莫大な利益剰余金が積み上がっている。長い時間をかけて育てたビジネスを、ディスラプト(破壊)しうるEVを導入するのに消極的になるのは、自然なことである。
トヨタ王朝の危機を最初に知らせたのは中国市場だ。中国では、急速なEVシフトにさらされ、日系自動車メーカーの販売台数の減少が深刻だ。ロイターが分析した各社発表と業界団体のデータによると、日本勢の今年1−3月の中国の新車販売台数は前年同期比32%減った。トヨタ自動車が14.5%減だったほか、日産自動車が約45%減、ホンダが38%減と大きく落とした。マツダ(約66%減)と三菱自(約58%減)は半分以下になったという。
中国から最初に脱落するのは三菱自の可能性が高く、その次はマツダだ、と自動車評論家の国沢光宏は書いている。
トヨタは5月8日、中国市場における4月の新車販売台数が前年同月比46.3%増の16万2,600台だったと発表した。これは日本車の退潮という見方を覆すデータにも見えるが、問題はこれが台数ベースであり販売額ベースではどのような数字になっているかだ。中国では、内燃機関(ICE)車の一部カテゴリへの規制強化が迫り、またテスラの値下げがトリガーとなった価格競争も加わったことで、ICE車の大幅値下げが余儀なくされている。このため台数ベースでは一時的なブーストを享受しているが、販売額では値引きの影響を受けているだろう。規制が施行されると、投げ売りされている一部のICE車の販売は急減するとみられる。
政府や地方政府の支援を受けてきたBYD、XPeng、Li Auto、NioなどのEVメーカーは、中国の消費者の支持を拡大している。国内のEVセグメントにおける中国ブランドの市場シェアは昨年、81%に達した。トヨタを含む日系メーカーには決定的なEV製品が欠けており、技術的にも後塵を拝していると思われる。
これは不可逆な変化だ。中国で起きていることは自動車業界の電動化だけではなく、再エネと蓄電設備の急速な普及も進んでいる。つまり、エネルギーの創出からその貯蔵、利用まで包括的な変化が企図されており、その巨大なバリューチェーンの隅々までを中国企業で占拠する目論見が透けて見える。これらが欧米の再エネ、EVをめぐる巨額補助金を焚き付け、昨今の世界的な競争となっている(日本はこの動きから置いていかれていると言っていいだろう)。
東南アジアにも迫る燎原の火
オセロがひっくり返ろうとする兆候は、長期に渡って日本企業の楽園だった東南アジアでも明白だ。
トヨタの東南アジアにおける主要拠点タイでは、政府がEV採用に積極的であり、バンコクモーターショーではBYDが主役の地位をさらった。BYDは3月中旬、低価格の新型EVハッチバック「Dolphin(海豚)」をEVの世界平均価格の半分となる799,999バーツ(約310万円)で発表した。タイで人気のICE(内燃機関)ハッチバック、「Toyota Yaris Premium S」の694,000バーツに近い金額である。
タイ政府は、CATLをはじめとする電池メーカーと、東南アジア諸国での生産施設建設について協議していると、政府関係者が5月上旬にロイターに対して明らかにした。タイ政府は現地生産を奨励する規制を施行しており、世界最大の電池企業が設備を建設すれば、隣国への完成車の配送が可能なタイがEVサプライチェーンの拠点の地位を確固たるものにするだろう。
インドネシアでも同様で、ジョコ・ウィドド大統領はテスラやBYD、CATLにトップセールを繰り広げ、生産設備建設の約束を取り付けた。インドネシアはEVの必須材料のニッケルの産地で、国内に精錬施設を作るよう事実上義務付ける規制で、電池サプライチェーンの囲い込みを図っている。新興企業の上場という観点では東証を凌駕するインドネシア証券市場(IDX)では、EVや再エネ関連のIPOが相次いでいる。資本の確保は、高利の負債に依存しなければならなかった以前よりもだいぶ容易になっている。
EV市場の勢力図が固まる前にトヨタは差を詰められるか?
リサーチ会社JATOのデータによると、2022年通年では、テスラのモデルYがEVの歴代新記録となる74万7,000台の登録を達成し、トヨタのカローラやRAV4といった世界的ベストセラーに続く3位に付けた。2023年3月、モデルYがカローラやRAV4を上回り、最も売れた車となった。通年でも首位を奪取する可能性がある。
日本市場という特異な市場のなかで、海外売上に依存する日本メーカーはマーケットのダイナミズムを見誤った。2022年通年の日本の乗用車新車販売台数に占めるEVの割合は、中国や欧州の20%近くと比べると、2.1%に留まる。先月のG7気候・エネルギー・環境大臣会合では、日本は主要先進国の中で排出量削減のペースが最も遅い国という不名誉な地位を獲得した。日本では、ICE車や資源輸入の立場を脅かす言説が政官業のトライアングルからすぐさま排除されてしまう。情報源をこのトライアングルに依存するマスメディアもまた、控えめな報道に留まる。
トヨタの内外には忖度する人がごまんといることも経営陣の判断を鈍らせたのかもしれず、これはイノベーションのジレンマの新たな類型と言えるかもしれない。日本のマスメディアやオンラインメディア、SNSにはトヨタのEV軽視の姿勢を支持する言説がずっと支配的だった。不都合な真実は常に隅に追いやられていたように映る。
テスラとBYDが世界市場で先行する中で、その差はすでに致命的なラインに達している可能性すらある。彼らは勝利を確信するように凄惨な価格競争を仕掛けている。日系メーカーは、少なくとも中国と東南アジア、その他の新興市場でシェアを大きく失うかもしれない。欧米市場のEV化の速度も侮れず、巨額の補助金が背を押している。トヨタやその他の日系メーカーがイノベーションのジレンマの最新事例として教科書に載る世界線は、確かに存在しているのだ。