ソフトバンク・ビジョン・ファンドの絶望
フィンテック企業への投資における新たな失態は、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)の行く末への懐疑を一層強くさせた。そんなさなか、ファンド創設の立役者が足抜けしようとしている。SVFに復活の望みは残されているのか。
フィンテック企業への投資における新たな失態は、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)の行く末への懐疑を一層強くさせた。そんなさなか、ファンド創設の立役者が足抜けしようとしている。SVFに復活の望みは残されているのか。
7月上旬、ソフトバンクグループ(SBG)を揺るがすニュースが2つ出た。
ひとつがクラーナの評価減だ。BNPL(後払い決済)のクラーナのバリュエーションは、SBGが1年前に出資した際の456億ドルから11日に発表された最新ラウンドでは67億ドルまで減った(85%減)。最近2月には600億ドルという高い企業価値について話し合っていたと言われる。
コロナの世界的大流行によるeコマースの急増によって追い風を享受してきたBNPL企業は、いまやあらゆる逆流にさらされている。クラーナは、インフレの高騰、金利の上昇、デフォルトの急増を引き起こす可能性のある不況の圧力といった初めての経験と格闘している。
SVF2がリードした1年前のラウンドの総額は6億3,900万ドルであり、通例としてこの半額程度をSVF2が投資していると考えられる。もちろん、オフィス・サブリースの新興企業ウィーワークの巨額損失と比べれば、痛くも痒くもないレベルではある。しかし、560億ドルのSVF2は3月31日時点で、わずか8億ドルの投資利益を計上したに過ぎない。クラーナの評価減はリターンをマイナスへと近づけるだろう。
SBGの孫正義会長にとっての朗報は、非上場の新興企業は時価評価されることがないことだ。つまり、ナスダックが乱高下し、伝統的なヘッジファンドがマージンコールや時には強制売却を迫られる一方で、未上場企業投資家は、最後の審判が下される前に、より多くの余裕を持つことができる。
しかし、SBGはすでに、上場企業への投資で巨額の損失を被っている。3月期決算では過去最大の損失を計上した。もし、テックセクターを巡る状況が改善せず、公開市場の下落をプライベート資本市場がより本格的に反映し始めるときが来たとき、SVFのリターンはよりシビアなものになるだろう。
最近はベンチャーキャピタルの「エグジット(出口)」は急速に枯渇しつつある。市場の混乱で株式上場は見送られている。一方で、ユニコーンの数は増殖を続けている。データプロバイダーのCrunchbaseによると、5月、34の新しいユニコーン企業が誕生し、現在のユニコーン企業の総数が初めて1,300社を超えた。しかし、この中でIPO候補となるのは6社に1社以下だとCrunchbaseは推定している。
1号ファンドの発行済み資金の約3分の1は、年7%のクーポンを支払わなければならない優先株で占められている。この負債のような構造は、ソフトバンクが不況の中でも投資家に支払う現金を、いずれにせよ見つけなければならないことを意味する。
加えて、SBG自体も、見た目以上に負債を抱えている。WSJが引用したブルームバーグ・インテリジェンスのデータによると、4月上旬時点で、同社のLTV(純負債/純資産)はすでに規定値を超えているという。SBGのLTVは、株式先渡契約と借入金を資産総額から除外し、SBノーススターとSVF2の偶発債務と純負債を含めると、36%を超えていたと同社は分析した。
英エコノミスト誌によると、格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は、ソフトバンクのLTVの計算方法には同意できないとしている。これに対し、SBGはS&Pが独自の方法でLTVを算出していると反論している。格付け会社のムーディーズは、負債を負っている投資先の株を担保に借り入れたり、孫自身が自社株を担保に借り入れていたりする資本構造を「流動的で複雑、透明性が低い」と評している。
このようなコストの高いカネで買い集めたユニコーンの株が今後どう転ぶかによって、SBGの命運が決まるだろう。今のところ、SVF1については残酷な見通しが支配的だろう。ベンチャーキャピタル業界では、年利二桁のリターンを出して初めて成功した上位30%のファンドとみなされるが、せり上がる債務が課す時間制限の中で、SVFは上位入りのための逆転ホームラン案件をつかめるだろうか。
ビジョン・ファンドの立役者が足抜け
もうひとつのSBGを揺るがすニュースは、ソフトバンクを世界最大かつ最も物議を醸したテクノロジー投資家に変貌させたトレーダー、ラジーブ・ミスラがSBGから軸足を移すことになったことだ。ミスラは、SBGの現在の役割から退き、中東の投資家の支援を受けた社外の新しい投資ファンドを運営することになった。彼は、1号ファンドの監督は続けるが、その後継である2号ファンドではその役割を譲ることになった。
1997年にドイツ銀行に入社したミスラは、当時のCEO、アンシュ・ジェインの重要な補佐役として出世を遂げた。UBSグループやフォートレス・インベストメント・グループでの短期間の勤務を経て、ミスラは2014年にSBGに着任した。彼は難しい案件の資金調達に協力することで、孫と関係を築いていた。SVFの創設ではミスラは孫と中東の投資家を結びつける役割を担った。
ソフトバンクでの8年間、ミスラは、2016年に退社した元グーグル幹部のニケシュ・アローラや、今年初めに退社した元スプリントCEOのマルセロ・クラウレなどの先輩たちと何度も衝突を繰り返した。
ミスラの決断は、ソフトバンクの他の上級管理職の相次ぐ離職に続くものである。唯一のシニア・マネジング・パートナーだったディープ・ニシャール、最高執行責任者(COO)でSoftBank Group International(SBGI)のCEOだったマルセロ・クラウレ、そのSBGIのCEOを引き継いだミシェル・コンブ、累計60億〜70億ドルの損失を出した社内ヘッジファンド「SBノーススター」を率いたアクシャイ・ナヘタがSBGを去っている。さらに、孫の側近として長く活躍したSVF米国部門の責任者ロン・フィッシャー、SVF米国部門のマネージング・パートナーのマイケル・ローネンらも名前を連ねている。
これ以外にも大量の社員がSBGを「卒業」したが、その背景には、SVFのリターンが優れないせいか、SBGが従業員に対して年功序列型の水準の低い報酬制度を提示したことがある、と言われている。さらに「昨年末頃からのテック株の暴落が手負いのSVFの趨勢を決めた」と見る向きがあるのかもしれない。
ミスラはこの数年のSBGの平家物語のような栄枯盛衰のストーリーに密接に関与した人物だ。
例えば、ミスラはウィーワークへの大規模な投資に反対するよう社内で働きかけた。孫はミスラらの制止を振り切り、ウィーワークの評価額を吊り上げ、必要以上の資金を提供し、その資金を成長のために容赦なく使うように促した。誰もが知るスキャンダルの結果、SVF1は100億ドル近くを失う羽目となった。
様々な醜聞がつきまとう人物だった。ミスラは2017年にソフトバンク・ビジョン・ファンドのトップに就任する前、自分の出世の邪魔になる他の役員を妨害するキャンペーンを数年にわたり行っていたと報じられたことがある。WSJの報道によると、ミスラは社内のライバル2人(孫の後継者としてCEOを務めたニケシュ・アローラとその補佐役のアロック・サマ)に関するネガティブなニュース記事を作成したり、ソフトバンクに2人を解雇するよう圧力をかける株主キャンペーンを仕組んだり、さらには2人のうちの1人を性的脅迫の「ハニートラップ」に誘い込もうとしたりしていたこともあるとされる。
また、独決済大手ワイヤーカードに対する転換社債を利用した複雑なスキームでSBGの幹部らが会社の利益と相反する疑いのある個人的利益を得た疑惑では、アクシェイ・ナヘタ、佐護勝紀などとともにその疑惑の渦中の人物となった。ワイヤーカードはSBGによる信用供与によって5億ユーロの追加調達が可能となったが、その後粉飾会計が露見し破綻している。その破綻のダメージを受けず上述のグループは売り抜けている。ミスラはナヘタを新ファンドに誘っていると言われる。
ミスラは靴下を履かないファッションを好み、それが時に難しさを発揮することがあるようだった。まず、ミスラには「プライベートジェットで、靴を脱いで裸足になり、国際サッカー連盟(FIFA)の幹部の膝の上に置いた」という「逸話」がある。英フィンテック新興企業MonzoやGoCardlessを共同創業したトム・ブロムフィールドがビジョンファンドの幹部と会った際の出来事を記録したブログでは、名指しはされないものの「リード・パートナーは、裸足で会議に臨み、ひたすら足をほじっていた。ある会議では、窓を閉め切ったオフィスでタバコに火をつけて吸っていた。最後にはランチプレートにタバコを置き、コーヒーをかけて消した」と横柄な態度を責められている。
ミスラが追い出した格好のニケシュ・アローラは2018年6月、米サイバーセキュリティ大手のセキュリティパロアルトネットワークスのCEO兼会長に就任した。アローラはCEOに就任して以来、17社を買収し、35億ドルを費やすことで、熱心に製品ラインナップを強化してきたという。 今年7月初めの米テクノロジー誌The Informationのインタビューに対して「私たちの願いは、初の1,000億ドル規模のサイバーセキュリティ企業になること」と答えている。SBGをめぐる環境が大きく変化した今、アローラがたどった道は、他のSBG元幹部が羨むものとなっているだろう。