ソフトバンクビジョンファンドから幹部が続々離職
要点
ビジョンファンドから幹部が続々と去っている。1号ファンドは九死に一生を得たものの、成績は褒められたものではない。雨後の筍のように競合が台頭する中、WeWork以来低迷を続ける「評判」がソフトバンクの足を引っ張っている。
The InformationのBerber Jinの調査によると、ビジョンファンドのパートナーの退社が相次いでおり、中には孫正義の戦略に不満を持って退社した人もいる。その中には、ラムジ・ラムゼイ、アーヴィン・トゥ、そして今週初めに退社を発表したビジョン・ファンド初の女性投資パートナー、キルティガ・レディが含まれる。ファンドの顧問弁護士を約5年間務めたブライアン・ウィーラーも退社することを決定したと、この動きを直接知る3人が語っている。
またビジョン・ファンドの唯一のシニア・マネージング・パートナーであるディープ・ニシャールも、10月初めに退社すると発表した。この発表は、リンクトインの元幹部であるニシャールは、第2のビジョン・ファンドの報酬パッケージに私的に失望を表明した後にされたとJinは書いている。他のトップベンチャーキャピタルに比べてパートナーへの「キャリー」と呼ばれる投資利益分配の割合が少ないと考えられる。
2019年半ばの時点でビジョン・ファンドのウェブサイトに掲載されていた23人の投資パートナーのうち、13人がその後退社したか、最近退社することを発表した。離脱したパートナーのうち、交代したのはほんの一握りだ。
Jinの取材によると、ビジョンファンドは孫の独壇場で、さらにその関与が深くなっているという。春頃、孫は、ソフトバンクの2つのビジョンファンドが注目のテクノロジー企業への投資を逃してしまったことに不満を抱き、パートナーたちに、リストに載っている新興企業にできる限り多く連絡を取り、投資提案に応じてもらえるかを確認するよう求めたと、この件を直接知る現役および元社員4人は語っている。
「それからの数ヶ月間の会議で、孫はパートナーたちが接触した新興企業の数を定期的に尋ね、時には十分な電話をかけていないとして特定の個人を非難したと、関係者の一人は語っている」。
上級の投資パートナーやその他の人材が相次いで退社したか、退社を予定しているが、その理由のひとつは、内々に言われていた「運任せで乱射する(spray and pray)戦略」に不満を抱いたからだという。
The InformationのAmir EfratiとCory Weinbergの二年前の調査によると、当時すでに内部抗争によってファンドの運営がバラバラになっていた。ファンドは、下級職アナリストの不確かな予測に立脚して、ガラスメーカーのViewやWeWorkなどの企業に投資を行い、ファンドは窮地に立たされることになった。
また、競合する企業への投資については、幹部やスタッフから不満が噴出し、ある企業の情報が競合企業に漏れたとされるケースもあるという。その一方で、偏った報酬制度のために、長期的な将来性のある投資先を探すよりも、できるだけ早く取引を成立させることを優先する従業員もいたという。
ビジョンファンドでは、他のトップファンドと異なり、すべての投資において決定権を持つのは基本的に孫一人とされる。パートナーは、孫の注目と承認を得るために競争し、時には他のパートナーを犠牲にしてまで、彼の関心と承認を得ようとするという。
九死に一生を得たものの振るわないファンド成績
2017年に創設されたソフトバンクの最初のビジョンファンドは、2021年6月30日の時点で、投資額は48.5%上昇し、公正価値は約1,465億ドルに達している。一時は絶望的と思われた状況から這い上がったのは、主に、韓国の電子商取引会社クーパンと米国の食品配送会社ドアダッシュに賭けたためだ。
しかし、これは、同時期に80%近く上昇したS&P500株価指数と比較すると大幅に劣っており、より大きなリターンが想定されている未上場株投資としては満足いかないパフォーマンスだ。
(私はビジョン・ファンドをめぐる日本語の報道の大半に懐疑的だ。ソフトバンク系ニュースサイトだけならず、ほとんどの記者・ライターは孫が言う「SBGとして見たIRR」や連結で膨らまし粉をつけた損益のような「目くらまし」をそのまま報じてしまっている)
もはやソフトバンクは世界のベンチャー投資界において唯一の大魚ではなくなった。タイガー・グローバル・マネジメント、コーチュ・マネジメント、インサイト・パートナーズ、アンドリーセン・ホロウィッツなどのライバルは、ここ2、3年の間により大きな資金を調達し、ソフトバンクとは相反するきれいなトラックレコードに裏打ちされ、記録的な投資額を積み上げている。
ベンチャー市場には圧倒的な量の資金の流入がされており、ユニコーンが登場しない一週間はありえなくなった。リサーチ会社CB Insightsによると、世界のベンチャー投資額は2021年上半期だけで2924億ドルに達し、2020年通年の3,026億ドルに迫った。しかも、2021年第2四半期だけで、136社のユニコーンが誕生した。
さらに最近規制が厳しくなりつつあるSPACを加えると、新興企業サイズが急拡大したため、ビジョンファンドのサイズの影響力が薄れていると言える。
ソフトバンクはVCが支援している最も価値のある非公開のテクノロジー企業トップ20社への投資件数では、競争相手の遅れをとっている。PitchBookによると、ソフトバンクの2つのビジョンファンドは、TikTokのオーナーであるByteDance、銀行系新興企業のChimeとRevolut、その他3社に“少額”の出資を行っているが、飛ぶ鳥を落とす勢いのタイガー・グローバルはByteDance、Chime、Revolutに加え、注目の決済プロバイダーであるStripeを含む5社に投資している。
低迷する一途の評判
上位企業への出資の少なさは、創業者が投資家を選ぶ際の優先順位と関係している可能性がある。優先順位に大きく影響を与えるのは「評判」だ。
ビジョンファンドのポートフォリオ企業であるWeWorkや建設技術会社のKaterraが大失敗したことは記憶に新しく、その顛末が事細かに報じられた。しかし、米国の外側でもソフトバンクが「麗しい出来事」を連発していることは、日本では余り知られていない。
欧州でソフトバンクの評判を損ねたのは、英国の一大スキャンダルとなったグリーンシルの破綻とドイツの巨大スキャンダルとなったフィンテック大手ワイヤーカードの破綻への同社の関わり方だった。
グリーンシル問題ではソフトバンクは、グリーンシルの売掛債権融資の証券に投資していたクレディ・スイスのファンド、グリーンシル本体、グリーンシルの融資先の三者すべてに投資しており「循環的な資金供与」を行っていた。グリーンシルの融資先にはすでに倒産寸前だったKaterraのような、他のファンドや金融機関が距離を置くようなビジョンファンドの「問題案件」が含まれていた。
さらにグリーンシルの融資先の一部では不正会計が取り沙汰されたり、借り手の米鉱山会社は借りた資金を数年は返さないと宣言したりととても香ばしい。顧客が大損を負わされたクレディは長期に渡って続けられてきたソフトバンクへの融資を打ち切り、一切のビジネス関係を断った。一時はソフトバンクを訴える構えだった。
巨額の不正会計が明らかにされ、複数の経営陣が逮捕された独フィンテック大手ワイヤーカードでは、ビジョンファンド幹部の深刻な利益相反の徴候が見られた。株価が低迷していた2019年にソフトバンクの「関連ファンド」が、転換社債を介して9億ユーロ(約1163億円)を投資すると発表された。ソフトバンクはワイヤーカードと協力協定を結び、当時、地の底にあったワイヤーカードの信用力が回復し株価は21%上昇した。
しかし、The Economistの調査によると、この取引は一時的なもので、9億ユーロの社債は、発行とほぼ同時に借り換えが行われ、6,400万ユーロの利益をビジョンファンドの「関連ファンド」は得ていた。この「関連ファンド」はビジョン・ファンドの監督者であるSBIAが運営しており、ラジーブ・ミスラ、アクシェイ・ナヘタ、佐護勝紀などの役員たちが個人的に投資し、そこにはアブダビの政府系ファンドの1つが含まれていた。転換社債取引で得られた利益の大半は、ソフトバンクやその株主ではなく、ミスラら個人に還流した。
この「関連ファンド」は、ワイヤーカードが破綻した場合、潜在的な利益を失う立場にあった。ナヘタと同僚はSBIAとワイヤーカードの協力協定に基づき、ビジョンファンドの特定のポートフォリオ企業にワイヤーカードを紹介するためにチームを結成したという。
これらのポートフォリオ企業には、テクノロジー業界のスターが含まれており、彼らが暗黙のうちに支持すれば、経営不振に陥っているワイヤカードの世間的評価が高まり、ソフトバンクの役員たちの収益も増える可能性があった。
アジアでも「華麗な履歴」を残す
インドでは、ソフトバンクはスナップディールとフリップカートという競合するEC新興企業の双方に巨額投資し合併を迫った。両者とも筆頭株主のソフトバンクの意向を汲んでか、調達した資金をマーケティングに大量投下し、急速な資金燃焼に苦しめられながら、最終的には事実上の経営破綻に追い込まれた。ライバルのAmazonは、競争相手がお金を燃やすことに執心している間に物流網に重点的に投資しこの二者との差を広げることに成功した。
窮地に陥った両者は合併に至らず、スナップディールはソフトバンクの経営への関与を薄め、守備的な経営方針でビジネスを立て直した。フリップカートはソフトバンクのエグジットの代わりに親会社となったウォルマートの「救助」を得て、今ではインド最大のECプラットフォームに成長した。
インドでは他にも孫が配車新興企業Olaの創業者にソフトバンク以外から投資を受けると「いいことが起きる」と警告し、背後でタイガーグローバルの持ち分を買い取ってOlaの支配を強めようとしたこともよく知られている。Olaは定款に「株式の譲渡は代表取締役の認可が必要」との条項を追加して、タイガーから株を買い取ろうとするソフトバンクの策略を未然に防いだ。Olaはこの後ソフトバンク以外からの資金調達を選択するようになった。この一件は会社支配の重要性についてインドの起業家が学ぶ重要な契機となった。
一部のポートフォリオ企業では会計に対する挑戦的な態度も目立つ。特別目的買収会社(SPAC)との東南アジアの配車企業Grabは2021年第1四半期で、SECの指示で消費者に支払われたインセンティブを除外し国際会計基準(IFRS)に合わせたため、収益の数字は大きく下方修正された。Grabと同様、ソフトバンクが筆頭株主となっている滴滴出行(Didi Global)は当初の上場目論見書で流通総額(GMV)を収益(Revenue)とする勇敢さを示し、米SECから改訂を要求されている。
滴滴はその後中国政府の制止を振り切って、米証券市場に強行上場した。政府は直後から滴滴のサイバーセキュリティの調査を開始し、滴滴の株価が暴落。「目論見書が虚偽の内容だった」として米国の投資家が各地で滴滴を相手取った集団訴訟を提起した。既定路線であったと考えられるものの、強行上場は共産党のテック企業取り締まりに火に油を注ぐこととなり、香港と米国の中国テック企業の株価が歴史的な暴落を記録した。引き金となった強行上場には、筆頭株主のソフトバンクの出口戦略の意図が関係したと考えるのが自然だろう。
裸足を人の膝に乗せるファンド幹部
英フィンテック新興企業MonzoやGoCardlessを共同創業したトム・ブロムフィールドは、2018年から2019年にかけてビジョンファンドの幹部と会った際、リード・パートナーが裸足で会議に臨み、議論の最中に「足をほじって」おり、何の準備もしていなかったとブログで明らかにしている。
「リード・パートナーは、裸足で会議に臨み、ひたすら足をほじっていた。ある会議では、窓を閉め切ったオフィスでタバコに火をつけて吸っていた。最後にはランチプレートにタバコを置き、コーヒーをかけて消していた」と彼は書いている。
ウォールストリートジャーナルのビジョンファンドに関する記事では「プライベートジェットでヨーロッパを飛んでいたラジーブ・ミスラは、靴を脱いで裸足になり、サッカーを統括するFIFAの幹部の膝の上に置いた」と書かれている。
WSJの調査によると、孫の右腕のミスラは社内のライバル2人(孫の後継者としてCEOを務めたニケシュ・アローラとその補佐役のアロック・サマ)に関するネガティブなニュース記事を作成したり、ソフトバンクに2人を解雇するよう圧力をかける株主キャンペーンを仕組んだり、さらには2人のうちの1人を性的脅迫の「ハニートラップ」に誘い込もうとしたりしていたこともあるようだ。
このミスラが仲介役となってビジョンファンド1号の最大の出資者となった、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子とソフトバンクが深く関係していることも、国際的なソフトバンクの印象を著しく悪化させている。
サルマン皇太子はジャーナリストのジャマル・カショギを殺害し、遺体をのこぎりで解体することを指示したと米中央情報局(CIA)に断定されていたり、元情報機関職員を殺害する目的でカナダに暗殺部隊を送り込んだ疑いがかかっていたり、ジャーナリストを監視する目的で彼らの携帯電話にスパイウェアを仕込んだりした「武勇伝」で国際的な評判が極めて悪い人物だ。
君子危うきに近寄らず?
世界中でこのようなことが熱心に報じられてきたため、注意深い創業者はソフトバンクを優先順位の高い投資家とは見ないだろう。逆に選択肢がない起業家はソフトバンクの提案に対して肯定的になりやすいと私は推測する。
前出のJinの調査では、ビジョンファンドのパートナーが、急成長中のゲーム開発会社であるRobloxの幹部に資金調達の話を持ちかけたところ、Robloxのチームはソフトバンクに投資の申し出をさせなかったと、ソフトバンクの取り組みを知る2人の人物が語っているという。Robloxは、アンドリーセン・ホロウィッツから資金を調達し、その後、ドラゴニア・インベストメント・グループとアルティメーター・キャピタルからも資金を調達して、今年初めに大規模な直接上場を果たした。
最近、世界のベンチャー投資界には金が溢れている。そこにはいい金と悪い金がある。ソフトバンクが携えている金はどちらだろうか?
参考文献
- Berber Jin. SoftBank’s Prodigal Son Struggles in New Era. The Information. Oct. 6, 2021 6:30 AM PDT.
- Amir Efrati, Cory Weinberg. Inside the Vision Fund’s Civil War: Deal Conflicts, Leak Suspicions. Feb. 7, 2020 11:48 AM PST.
- Liz Hoffman, Bradley Hope. Rajeev Misra Built SoftBank’s Huge Tech Fund. Now He Has to Save It. WSJ. October 30, 2019.
- Kana Inagaki, Leo Lewis. SoftBank deals unleash internal compliance tensions: ‘If Masa said yes, who am I to object?’. Financial Times. August 9, 2021.
- Olaf Storbeck. Wirecard: a record of deception, disarray and mismanagement. Financial Times. June 24, 2021.
- Olaf Storbeck. Top German asset manager takes Wirecard administrator to court over losses. Financial Times. August 15, 2021.
- Olaf Storbeck. EY audit failings on Wirecard laid bare in ‘dynamite’ report. Financial Times. May 21, 2021.
- Dan McCrum. Wirecard’s suspect accounting practices revealed. Financial Times. October 15, 2019.
- Bradley Hope, Jenny Strasburg. SoftBank’s Rajeev Misra Used Campaign of Sabotage to Hobble Internal Rivals. WSJ. Feb. 26, 2020 1:57 pm ET.
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