ブラジル中銀主導の決済基盤Pixの快進撃が続く
ブラジルのインスタント決済基盤Pixは、同国の主要なリテール決済手段になった。インドの事例とともに、中銀や政府が基盤を構築し、民間機牛にオープンにすることがベストプラクティスだというコンセンサスを形成している。
ブラジルのインスタント決済基盤Pixは、同国の主要なリテール決済手段になった。インドの事例とともに、中銀や政府が基盤を構築し、民間機牛にオープンにすることがベストプラクティスだというコンセンサスを形成している。
Spotifyのブラジル支社は7月、サブスクリプションの支払い方法として、同地域で最も利用されているPixを追加することを発表した。同国では、オフライン決済(店舗における決済)でPixがクレジットカードを超える支払い方法として定着しているが、Spotifyのそれのようなオンライン決済(オンラインサービスにおける決済)においても主流になろうとしている。
ブラジルでは、Pixがレガシーな決済手段を凌駕した。決済会社のMateraがブラジル中央銀行のデータを調べたところ、2023年第1四半期のPixの取引件数は81億件で、これに対してクレジットカードの取引は42億件、デビットカードの取引は38億件だった。Materaは、「Pixの取引件数がクレジットとデビットの合計を上回ったのはこの四半期が初めてだ」と書いている。
世界中で即時決済やモバイルマネーなどと呼ばれる決済手段が増える中、Pixは目覚ましい成功を収めている。ブラジル中央銀行は2019年夏にPixを発表した。2020年11月に正式にスタートするまで1年強を要した。それ以来、Pixはブラジルのリテール決済を支配している。ブラジルの大手・中堅銀行36行はPixに口座を提供することが義務付けられている。しかし、ブラジルのほとんどの銀行とフィンテック企業は、Pixの開始後すぐにPixに参加した。
現在700以上の金融機関で利用されており、1億2,000万人以上のユーザーが利用している。Pixは現在、クレジットカードやデビットカードを含むすべての小売決済を支配しており、決済や送金に関連する金融摩擦を緩和する効果がある。
Pixは消費者にとって「うまい、やすい、はやい」決済手段である。ブラジル中銀のAngelo Duarteら(2022)は、クレジットカードの手数料が2.2%であるのに対し、Pixの手数料は加盟店にとって0.22%であることを示している。
Pixは参加者間でコストが分担されるため、銀行にとっても非常に安価である。具体的には、2020年11月2日現在、10回の送金手数料は0.01レアル(0.29円)という。これは先進国の基盤に対して十分なコスト競争力を示している。すべての取引に対し2%の加盟手数料を課す、日本のQRコード決済PayPayとは天と地の差だ。米国が最近出した亜種のインスタント決済基盤FedNowは、約4セントの手数料を銀行に請求する予定だ。
中小銀行の口座作成を助ける
昨年ペンシルバニア大学ウォートン・スクールの博士候補、セルゲイ・サルキシャンが発表した論文では、ブラジルの自治体におけるPix導入の影響を調査した結果、サルキシャンは、Pixが現金よりも便利で、デビットカードやクレジットカードよりも安いため、銀行口座を持たない層が口座を開設する動機付けとなることが発見された。その結果、これらの新規預金者は銀行の商品を利用するようになり、定期預金や普通預金が大幅に増加する、とサルキシャンは結論づけている。
論文は、Pixの導入により預金市場の競争が激化し、特に中小銀行において当座預金、貯蓄預金、定期預金が急増するとも主張した。Pixの開始以来、ブラジルの預金市場の集中度は著しく低下し、中小銀行が大手銀行に比べて預金市場シェアを拡大していることが判明したという。このパターンは定期預金や貯蓄預金でも同様で、小規模銀行では、こうした新規顧客が自社商品を利用し始めていることがわかる。
新たに大量のリテール預金を獲得した小規模銀行がこれらの預金を融資に活用した結果、融資量が確実かつ効果的に増加した。これに伴い、小規模銀行が提供する個人ローンの金利が下降し、利用者にとってより魅力的な条件となっている。小規模銀行が大都市圏から離れた地域社会に多く存在するため、この動きは地元のビジネスにとって特に大きな恩恵をもたらしている。その結果、Pixの開始から1年後でさえ、Pixの取引額が大きい自治体では設備投資が大幅に増加している、彼は述べている。
インドのUPIと二大巨塔を形成
Pixは、もう一つの新興国のインスタント決済の主要な成功例であるUnified payment interface (UPI)とよく比較される。インドの即時決済プラットフォーム であるUPIは、2016年4月に運用が開始された。2022年7月には約63億件の取引が決済され、取引総額は1,320億ドルに達した。UPIの利用者数は2億6,000万人と報告されており、これは人口の20%弱にあたる。平均的な利用者は月に約24回の取引を行う。
米シンクタンク、カーネギー国際平和基金のSuyash Rai, Anirudh Burmanは、両システムは、より迅速で透明性が高く、利用しやすいデジタル決済を目指す世界的なトレンドを象徴している、と評価。しかし、ブラジルとインドでは、政府のアプローチや規制のあり方が対照的であるため、それぞれの国でこれらのシステムがどのように導入され、採用されたかは大きく異なっている、と指摘した。
参考文献
- Duarte, Angelo and Frost, Jon and Gambacorta, Leonardo and Koo Wilkens, Priscilla and Shin, Hyun Song, Central Banks, the Monetary System and Public Payment Infrastructures: Lessons from Brazil's Pix (March 23, 2022). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4064528 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4064528
- Sarkisyan, Sergey, Instant Payment Systems and Competition for Deposits (July 17, 2023). Jacobs Levy Equity Management Center for Quantitative Financial Research Paper, Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4176990 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4176990
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