iOS 14.5のトラッキング許可はFacebookを殺さない

Appleのトラッキング許可に関する規定は、Facebookのデジタル広告の城の一角に損失を与えることは確かだ。しかし、本丸は揺るがないだろう。苦しくなるのは独立系の広告技術企業だ。期せずしてビッグテックがスモールプレイヤーを押し出すのを加速させている。

iOS 14.5のトラッキング許可はFacebookを殺さない

要点

Appleのトラッキング許可に関する規定は、Facebookのデジタル広告の城の一角に損失を与えることは確かだ。しかし、本丸は揺るがないだろう。苦しくなるのは独立系の広告技術企業だ。期せずしてビッグテックがスモールプレイヤーを押し出すのを加速させている。


世界のスマートフォンの5分の1、米国のスマートフォンの約半分を供給しているAppleは、4月26日、アプリによるユーザー行動追跡の多くを終わらせるソフトウェア・アップデートを導入した。最新のiOS 14.5では、ユーザーがアプリに追跡されてもよいかどうかを尋ねることがAppTrackingTransparency (ATT) という規定で義務付けられた。多くのユーザーは拒否すると想定され、マーケティング担当者がオンライン広告のターゲティング方法を見直すための、最新のプライバシーに関する動きとなっている。

デジタル広告市場は目覚ましい勢いで成長を続けている。世界最大の広告代理店であるGroupM社の資料によると、過去10年間でデジタル広告は世界の広告市場の20%以下から60%以上に成長し、パンデミックのあった昨年でさえ9%の成長を記録した。ロックダウンが緩和されるにつれ、それは隆盛を極めている。4月27日、世界最大のデジタル広告企業であるGoogleの親会社であるAlphabetは、第1四半期の広告収益が前年同期比で34%増加したことを発表した。その翌日、第2位のFacebookは、自社の広告収益が46%増加したと発表した。

デジタル広告市場は長い間、ビッグテックへの収斂というトレンドを辿っているが、ATTの導入がそれに水を差すかというよりも、それを加速させる可能性すらある。特にFacebookはこれによって最も影響を受けると想定され、新聞広告で「中小企業の味方」という論理でAppleのATTを糾弾するパフォーマンスを展開し、その従業員からも顰蹙を買ったが、実際には彼らのビジネスには波風は立たないだろう。

それは、彼らが非常に強固な地位を業界に築いたことに依るものだ。現代の消費者はラップトップ、スマートフォン、タブレットという形で複数のコネクテッドデバイスを利用しているが、この複数のデバイスの持ち主を識別できていることはデジタル広告事業者として非常に重要な要素だ。これができるのは、You TubeやFacebook、Instagramのような日常利用されるクロスデバイスのアプリケーションを展開している企業に限られる。

Facebookは自社が保有するFacebook、Instagram、Messenger、WhatsAppなどの大規模サービスを通じて、利用者の人口統計学的データ(属性データ)を起点にその人の趣味関心、行動、政治思想、位置情報などの多様な情報を収集している。データが増えるたびに、広告のターゲティングを含むアルゴリズムの能力が向上する。同社がキラー買収(Killer Aquisition)と呼ばれる青田刈りの最たる手法で新興企業を買収するのにはこのような意味合いがある。

ATTが脅かしているのはIDFA(iOS端末の広告識別子)の取得である。Facebookは、広告を販売する他のプラットフォームと同様に、「ビュースルーコンバージョン」と呼ばれる手法を用いて、広告を見てすぐには反応しなかったものの、後に関連する購入を行ったユーザーの数を測定している。例えば、小売業者は財布を購入したユーザーのIDFAを記録し、Facebookと共有する。Facebookは、IDFAが財布の広告を見たユーザーと一致するかどうかを判断する。これにより、小売業者はFacebook広告が効果を発揮したことがわかる。このような購買行動への貢献度評価を、デジタル広告業界ではアトリビューションと呼んでいる。

また、IDFAは、ターゲティング精度を上げるのに役立っている。Facebookや広告主に、広告とインタラクトしたユーザーに関する多くの情報を提供し、どのユーザーにどの広告を表示するを判断するのを大いに助けている。

このような測定方法を失うことは、Facebookにとって大きな痛手となる。広告主は、FacebookやInstagramの広告の効果を正確に測定できなければ、広告の投資対効果を正確に把握できる他のアプリやサービスに、より多くの予算を移さざるを得なくなるかもしれない。

iOS 14の「App Tracking Transparency」では、ユーザーはFacebookにIDFAを記録させないようにすることができるので、広告がその目的に成功したかどうかを測定することが難しくなると考えられている。その結果、Facebookのアプリを使って商品やサービスを宣伝する広告主が減り、同社が損をする可能性がある。

また、Facebookはファーストパーティの追跡だけでは飽き足らず、他のモバイルアプリでのユーザー行動の追跡にも興味があり、それを実現する手段としてアプリアドネットワークのAudience Managerを保持している。Audience Manager加盟社は自社アプリの中にFacebookのソフトウェア開発キット (SDK) を埋め込むことにより、Facebookのトラッキング(追跡)を許容する。これにより、Spotifyのような大規模アプリでもFacebookの追跡は機能しているわけである。

Audience Networkは広告主にFacebook以外のモバイルアプリへの広告掲出するのを助けている。例えば、Audience Networkでモバイルゲーム内の適切なユーザーの前に広告を掲出した際には、Facebookはゲームメーカーと広告収入を分け合うことになる。

米経済メディアCNBCの匿名の元従業員へのインタビューによると、IDFAの変更により、特にこのAudience Networkが打撃を受けるという。ユーザーがIDFAのトラッキングを拒否すれば、Facebookが構築した広告のパーソナライゼーションは、自社アプリ以外では無意味なものになる。2020年8月にFacebookは、Appleが次期iOS 14をリリースすることで、Audience Network事業が50%以上縮小する可能性があることを認めた

元従業員は、FacebookのAudience Networkが貢献しているのはそのうちのごく一部で、同社の純収益の10%にも満たない、と話している。8月のブログは「世界中で19,000人以上の開発者やパブリッシャーがFacebookで収益化を行っており、2019年にFacebookが支払った金額は数十億ドル」とも書いてある。Facebookが20〜30%程度のマージンを取った後に支払うのが数十億ドルと推測すると、同年の広告収益696億ドルと比較したとき、それはやはり10%未満のレンジにあると推測できる。

元従業員によると、FacebookはATTの施行によってGoogle Adsで最大のオンライン広告プラットフォームを持っているGoogleに広告主を奪われることも恐れているという。Facebookが脅威を感じているのは、中小企業の広告主がFacebook広告から予算を引き上げ、コンバージョンとの関係を追跡しやすいGoogle検索広告に資金を集中させることだという。元従業員は、IDFAの変更で影響を受ける可能性があるのは通常の中小企業ではなく、専門家を雇用して利用者を狙撃するのになれたVC支援のスタートアップだと言っている。そのため、Facebookの「中小企業のため」という言葉は実質を捉えておらず、2018年のケンブリッジ・アナリティカ事件の発覚以降ガタガタになった同社の評判の回復を狙っている、と彼は推測している。

それでも大船は沈まない

それでも、主要広告主であるグローバル消費財メーカーにとって、デジタル広告予算の一定のパイを、このカテゴリで他を圧倒し寡占傾向を強めるGoogleとFacebookに切り分けるのは、失い難い選択肢だ。コマースのデジタル化がデジタル広告市場を成長させる中で、FacebookはATTの影響を受けつつも、その波を捉える可能性は高い。

4月28日の2021年第1四半期の決算説明で、最高財務責任者(CFO)のデビッド・ウェナーは、2021年の見通しは明るいと断言している。「今年の残りの期間は逆風になると予想しているが、シェリル(COO)が述べたように、広告主がこの変化に対応できるようにするための独自のソリューションについては、心強い進展を見せている。これには、広告主がApple APIを利用できるようにするための支援や、ターゲティングや測定のために集約されたデータを利用するための当社独自のアプローチが含まれる。ここでの目標は、長い目で見て、より少ないデータでパフォーマンスを向上させることだ。これらの対策に加えて、広告需要が全体的に非常に好調であることも、2021年の見通しをより明るいものにする要因となっている」。

Facebookが代替策として広告主に薦めている独自のアプローチ合算イベント測定というもので、フェイスブックのウェブトラッキング向けの独自ピクセルで、"ウェブ"からの購買や会員登録への流れを追跡できるようにする。IDFAを使って行っていたアプリ上のビュースルーコンバージョンを、ウェブでできるようにした(だからGoogle検索広告に乗り換えないでね、ということだ)。この追跡用の独自ピクセルはFacebookが2013年にマイクロソフトから買収したAtlasというアドサーバー会社に起源をもっている。AtlasはGoogleとの競争に破れた悲劇の主人公だった。

ウェナーはAppleを暗に非難することを忘れなかった。「Appleは、ハードウェアやソフトウェア上に、自社の製品やサービスを有利にする多くのプライベートAPIを持っているが、これは非常に難しい問題だ。私たちは、メッセージング製品や発売中のハードウェア製品などで、このような問題に直面している。したがって、イノベーションの観点からは、このような閉鎖的なアプローチが業界にとって最善であるとは考えていない」。

広告事業一本足のFacebookは、広告主という第三者にはなはだしく影響を受ける現在の状況を脱却するため、商取引や決済をプラットフォーム内に構築しようとしている。昨年、同社は「Facebookショップ」と「Instagramショップ」を導入した。これにより広告事業一本足からの多様化が図ることを目論んでいるだろうが、広告の閲覧から購入までの一連の行動を追跡し、広告の効果を説明できれば、より高い広告価格を請求できることも念頭に入れているだろう。IDFAも必要なくなる。広告から購買までをすべて自社プラットフォームに囲い込むクローズトループを作る狙いだ。これは近年、競合のデジタル広告企業として台頭しつつあるAmazonが行っていることだ。

また決済では暗号通貨Diem(ディエム)を展開しているが、これにも深い意味合いがある。それはFacebookは、WeChatを模倣したスーパーアプリを米国内で展開したくてしょうがなかったが、それにはAppleらのアプリストアと金融規制の2つの壁があった。法的な定義が曖昧な決済手段を使用することで、これらの壁を迂回することが独自の暗号通貨を推進する目的の一つだと考えられる。

小規模プレイヤーの悪夢

ATT の導入によって苦戦を強いられるのは、データやリソースの少ない小規模なアプリパブリッシャーである。彼らは独立系デジタル広告企業のサードパーティデータに依存する戦略をとっている。

アドテクノロジー企業であるAppsFlyerの調査によると、iPhoneユーザーがショッピングアプリや金融アプリからのトラッキングに同意する割合は40%以上であるのに対し、カジュアルゲームアプリからのトラッキングに同意する割合は12%となっている。オプトイン率(トラッキング許可率)は、ほとんどの場合が1ケタ台になると予想されたが、実際には予想以上に高かったと同社のShani Rosenfelderはブログで書いている。

図1: 2021年3月から4月20日までのATTのオプトイン率(トラッキング許可率)。出典:AppFlyer

広告主は別の方策を講じる必要に迫られている。1つは、アドテクノロジー企業間のデータ転送を禁止する規則を回避するために、合併をすることだ。2月には、アプリ広告企業AppLovinが、モバイル広告の測定・分析を提供するAdjustを10億ドルで買収したと報じられている。トラッキングで得た情報を基にしたアプリインストール広告を主力製品とし、それを傘下の数百のカジュアルゲームに掲出するビジネスモデルを持つAppLovinは、ATTで最も大損を種類の企業だ。買収にはターゲティング精度が落ちるのを緩和する目的があったと見られる。AppLovinは先月上場したが、このような競争環境が危険になる中で、既存株主に出口を提供することが目的だったのかもしれない。

もうひとつの方法は、ユーザーに「ログイン」を求めることだ。これにより、アプリはIDFAを必要とせず、デバイスと固有のユーザーの繋がりを識別し、ユーザー行動を監視することができる。しかし、ユーザーにログインを納得させられるのは、それこそFacebookやYouTubeのような少数の強者に限られているため、現実的な解法ではないだろう。

広告効果を正確に測定する方法を失ったことで、消費者に(クリックなどの)アクションを求める「ダイレクトレスポンス広告」の魅力が減じるだろう。ブランドの一般的な認知度を高めるキャンペーンは、トラッキングの恩恵をあまり受けないため、ブランディング広告を主に掲載しているプラットフォームでは、変化は起きないだろう。

抜け穴の存在

しかし、もしかしたら抜け穴があるかもしれない。ユーザーに対して追跡の許可を求める通知は、アプリ開発者がある程度自由に文言を変更できるようになっていることだ。Facebookは、AppleのiOS 14のプライバシーアップデートに対するキャンペーンを継続しており、iOSアプリ内に、他のアプリやウェブサイトから収集した情報が「Facebookを無料で維持するのに役立つ」という通知を追加し物議を醸している。

通知はトラッキングの継続を了承させるためこのような文面で構成されている。「このバージョンのiOSでは、お客様の広告を改善するために、このデバイスから一部のデータを追跡する許可を求める必要があります(中略)当社は、他のアプリやウェブサイトから受け取ったお客様の行動に関する情報を、以下の目的で使用しています。よりパーソナライズされた広告を表示すること、Facebookの無料化を支援すること、広告に依存して顧客を獲得している企業を支援することです」。

これは、FacebookがいわゆるA/Bテストという最適な方策を見つけるための定量的な手法を行っていることを示している。Facebookは時間の経過とともにユーザーに追跡を許可させるための最適な文言や掲出タイミング、頻度などを発見するはずだ。

Image by Facebook

そして他のアプリ開発者も様々な趣向を凝らしているようだ。これまで、異様に文章が長かったり、巧妙なダークパターン(ユーザーを騙すために慎重に作られたユーザインタフェース)を採用していたり、Appleの規約に違反していていると見られたりする通知が確認されている。アプリ利用の様々なタイミングで通知を出し追跡許可を求めるしつこいアプローチや、別の同意バナーの直後に通知を出すことで、別の条件への同意の一部と勘違いさせるずる賢いアプローチなども観測されたという。つまり、新しいイタチごっこが始まったわけだ。

Eyecatch Photo by Alexander Shatov on Unsplash

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