Snapショックは波及する?

SnapがAppleのプライバシーポリシーの変更の影響を訴えたため、デジタル広告市場への懸念が浮上した。

Snapショックは波及する?
via Snap

要点

SnapがAppleのプライバシーポリシーの変更の影響を訴えたため、デジタル広告市場への懸念が浮上した。しかし、足元ではデジタル移転が急速に進み、市場は活況を呈し、GoogleやFacebook以外の選択肢は余りない。ビッグプレイヤーへの影響は軽微なものに留まる可能性がある。

1. SnapによるiOSのプライバシーポリシー変更の説明

Snapの最高経営責任者(CEO)であるEvan Spiegelは先週のQ3決算説明会で、Appleが4月から6月にかけて新しいプライバシーポリシーを導入して以来、広告主がキャンペーンのパフォーマンスを把握することが難しくなり、収益成長の足を引っ張っていると述べた

今年、Appleは、iOS 15プラットフォーム上のすべてのアプリに対し、広告目的で追跡されることについてiPhoneユーザーの許可を得ることを義務付け始めた。これをApp Tracking Transparency(ATT)と呼ぶ。

4月、Apple App Storeは「デバイス・フィンガープリンティング」(デバイスの動作環境の特徴を、指紋のように手掛かりにして、ネット上の行動を追跡する技術)によってATTルールを回避しようとしたアプリをブロック。6月からAppleがすべてのユーザーに新バージョンのiOSへのアップデートを促し、ATTの採用が進んだ。

Spigelは、新しいルールによって、広告主が広告キャンペーンを測定・管理することが困難になったことは明らかであり、その影響は年末まで続くだろうとのことだ。

最高ビジネス責任者のJeremi GormanはAppleがすべてのユーザーに新バージョンのiOSへのアップデートを促した6月と7月には、ATTの採用が進展したことに言及した。

ATT導入の一環として、Appleは広告ネットワークや広告主が、広告アクティビティ(表示回数、クリック、アプリのインストールなど)を測定するため、それまでのIDFAに替わる「SKAdNetwork(SKAN)」を投入した。

GormanはこのSKANのパフォーマンスが悪かったと主張している。「SnapがSKANを使用して観測した初期の結果は、従来の業界標準ソリューションと概ね一致していた。しかし、時間の経過とともに、SKANの測定結果は、他のファーストパーティやサードパーティの測定ソリューションで観測された結果と大きく乖離するようになり、SKANは単独の測定ソリューションとしては信頼性に欠けるようになった」。

さらに、広告主がSKANのソリューションを試していく中でSKANの限界について様々な意見をもらった、とGormanは語った。「広告主は、ビジネスのROIを測定するため最適なパラメータを独自に微調整しているが、『SKAN』では広告主の成功の定義をAppleが固定したものにする必要がある」

「例えば、広告を見てからアクションを起こすまでの時間や、広告を見ている時間などから、広告主が独自に行ったキャンペーンの効果を把握することはできなくなる。また、リアルタイムでのキャンペーンやクリエイティブの管理は、レポートの遅延によって妨げられ、広告主は、人々がすでにアプリをインストールしているかどうかに基づいて広告をターゲットにすることができない」。

2. Appleの我田引水

モバイルアプリ分析会社のBranchの調査(6月)によると、iPhone所有者が監視を受け入れることを選択した割合はわずか25%だった。Apple以外のプレイヤーはこの影響を被っているが、Apple Search Adsは、アトリビューションに独自のAdServices APIを使用しているため、ATTの制限を受けていない。

トラッキングを認めないユーザーが大多数 via Branch

「Apple Search Ads」と呼ばれる自社事業は、App Storeで検索結果の上に表示されるスポンサー枠を提供している。検索広告の一種だ。

Branchの調査によると、広告をクリックした結果、iPhoneアプリがダウンロードされる割合は、現在、Apple Search Adsが58%を占めているとのことだ。1年前、そのシェアは17%に過ぎなかった。BranchはBuzzFeed、Instacart、Strava、Starbucksなど主要250アプリのデータを収集している。

これは別の分析会社のデータとも合致する。AppsFlyerが発表したパフォーマンス指標によると、Apple Search Adsは、Appleがマーケティング手法を変更してから大幅に拡大し、今年のわずか7週間で2020年上半期の60%の市場シェアを獲得した。

3. でも実はSnapの決算は悪くなかった

これにより「Appleがポリシー変更で既存広告業者のパイを食い散らかしている」と受け取られた。しかし、Appleが噛み付いたパイは十分なサイズがあるものの、広大なデジタル広告市場の一部分に過ぎない。

それはSnapの決算が明示している。彼らのQ3決算は悪くないものだった。収益は前年同期比57%増の10億6700万ドルで、アナリスト予想のコンセンサス(市場予想平均)の11億ドルにわずかに到達しなかっただけだ。純損失は7,200万ドルと前年同期比で64%改善し、調整後EBITDAは同209%改善した。デイリー・アクティブ・ユーザー(DAU)数も前年同期比23%増の3億600万に到達している。

しかし、Snapの株価は27%急落した。これはおそらくデジタル広告の仕組みを余り知らない人々が、ATTの影響を過大評価しすぎたために起きたのではないだろうか。経営陣は他の広告業者と足並みをそろえてiOSのATTを責めることで、Appleの譲歩を引きだそうと考えたが、これが市場の過敏症を刺激した。

4. ビッグプレイヤーへの影響は薄い

「広告識別子の死」はダイレクトレスポンス広告と呼ばれる、ユーザーのアクションを伴って初めて広告主に料金を請求する種類のアプリ広告にプレッシャーを与えている。

つまりアプリインストール広告だが、これはデジタル広告の大海の一滴に過ぎない。

FBはSnapと似てモバイル広告への依存が深く、収益貢献数%の広告サービスにおいてiOSへのターゲティングと効果測定でダメージを負っている。だが、Facebookのプラットフォーム内のキャンペーンであれば、ターゲティングや効果測定に影響はない。広告主には桁違いのスケールのFacebookやInstagramを選ばない理由がない。この見解は私が5月と10月初旬に書いたブログから変わっていない。

iOS 14.5のトラッキング許可はFacebookを殺さない
Appleのトラッキング許可に関する規定は、Facebookのデジタル広告の城の一角に損失を与えることは確かだ。しかし、本丸は揺るがないだろう。苦しくなるのは独立系の広告技術企業だ。期せずしてビッグテックがスモールプレイヤーを押し出すのを加速させている。
iOSアップデートがFB広告に打撃
最近、Facebookの広告ビジネスが、AppleによるiOSでのデジタル広告の追跡に制限を課す措置によって、確実に打撃を受けていることが明らかになった。FBは迂回作を講じようと必死だ。

モバイル依存がFacebookほどではないAlphabetにとってはもっと簡単な問題かもしれない、Ad Mobという収益貢献の小さい広告サービスに影響は出るものの、検索広告、ディスプレイ広告への影響は軽微だろう。YouTube広告の中にはアプリのインストールをプロモートするものも含まれており、その効果測定のパフォーマンスがiOSで落ちるかもしれないが、広告主がYouTubeを選択肢から外す理由にはならないだろう。

傷が深そうなのは、中堅以下のアプリ広告業者だ。例えば、AppLovin (APP) 。同社は、モバイル広告専業で主力はアプリインストール広告で、ATTの直撃を受けているはずだ。同社の広告の大半を買うのはゲームアプリ開発者で、彼らはお金を使うiOS利用者を重視するが、その利用者の一部がオプトアウトしたため、ターゲティング精度と効果測定が鈍ってる可能性がある。

AppLovin (APP) の企業分析
AppLovinは、自身で200以上のカジュアルゲームアプリを提供する事によって、部分的に垂直統合型のビジネスを形成し、広告の流通網を築くことによってたくましく成長してきた。

もう一つはUnityだ。Unityは自社のゲーム開発基盤を利用したゲーム開発者に対してアプリインストール広告を打つためのサービスを提供しおり、ATTの広範な適用によって2021年の年間収益から3,000万ドルが削られると予想している。

5. むしろ広告価格高騰で追い風?

ただ、FacebookとAlphabetのような巨人に影響与える他の要因が存在することに留意しないといけない。広告価格の高騰だ。パンデミックの結果人々のデジタル消費が爆発的に増え、デジタル広告市場が活況を呈し、その結果、デジタル広告価格は高騰している。

デジタル広告代理店Tinuitiのデータによると、Facebookの広告費は、CPM(1,000インプレッションあたりのコスト)で見ると、2019年第3四半期(パンデミック前)に比べて33%高くなっている。InstagramのCPMは同時期に23%上昇しており、Google検索広告のクリック単価(CPC)も23%上昇している。

パンデミックの初期には広告主は広告を止めたが、その後、ロックダウンがデジタルへの移行に拍車をかけたため、今年に入って経済が再開すると、広告費は自然とデジタルに集中するようになった。そのため、今年に入って景気が回復してくると、広告費は自然とそちらに集まり、広告枠の競争で価格が高騰している。

しかも、iOSのプライバシーポリシー変更が同時に起こり、価格高騰に拍車をかけているだろう。

WSJはこれらの結果、Facebook広告での顧客獲得コストが3倍になったヘルスケア企業の例を紹介している。広告価格の上昇は供給不足が原因だ。Facebookの広告ターゲティングは、同社と協力関係の多数のアプリに埋め込まれたSDKに一部依存している。iPhoneユーザーがトラッキングを拒否した場合、その情報はFacebookに送信されなくなる。これにより、広告主がターゲットとする潜在的なユーザーの数が減り、価格が上昇している。

FacebookやInstagramのCPMは急上昇しているが、ターゲティングはこれまでよりもずっと弱くなっていると主張するEコマース企業幹部もいるという。

6. アナログ広告からデジタル広告への急速な予算移転

デジタル広告分析会社Standard Media IndexのU.S. Ad Market Trackerのデータによると、米国の広告経済はCOVID-19の広告不況から回復を続けており、7月には前年同月比43.3%拡大し、5ヶ月連続で成長を記録した。8月は同19.1%、9月は同10.2%と少しなだらかになったものの成長は継続している。

COVID-19パンデミックの影響で、大多数のメディアの広告収入が大きく損なわれた2020年上半期と比較すると、2021年上半期は大幅な成長が期待できるのは自然だ。だが、驚くべきことに、米国のメディア広告費は2019年上半期の数字と比べても3%の増加を記録したとされる。

SMIのデータによると、デジタルは全メディアの中で最も大きな売上を上げており、総広告費に占める割合は2019年の40%から2021年には51%へとこれまでに伸びている。テレビはその2年の間に51%から43%に縮小した。SMIが一括りにしているいわゆる「その他のメディア」は、2019年上半期の9%のシェアから2021年には6%に低下した。

SMIのデータによると、2年間のスパンでデジタル分野で最も大きな利益を上げたのは、ソーシャルメディア、ビデオ、オーディオだった。デジタル分野では、2年間で70%以上の伸びを示した消費財、医薬品、テクノロジーなどが最大の広告カテゴリーとして挙げられる。

アナログ広告からデジタル広告への移転が進展しているようだ。SMIの調査結果は、大手広告代理店 GroupMのビジネス・インテリジェンス担当グローバル・プレジデントを務める長年のアナリスト、ブライアン・ウィーザーをはじめとする業界の他の予測者と概ね一致するという。ウィーザー自身の調査によると、テレビの分野では、米国では長期契約の解約によりテレビ広告費が減少しているという結果が出ており、SMIの報告を概ね支持している。

7. ビッグプレイヤーの優位性が増す

価格が上がり、予算が移転されてきているなら、儲かっていないとおかしい。Facebookは2021年の第1四半期、第2四半期でそれぞれ46%、56%と優れた成長を遂げた。調査会社eMarketerは、Facebookの米国における広告収益は2021年末までに500億ドルに達し、2021年の米国のデジタル広告費全体の23.8%のシェアを占めると予測している。

Facebookの収益は依然としてモバイルが中心で、米国の広告収益の97%はモバイル端末からのものだ。「最新の予測では、将来の広告収益が以前の予測よりも低下し、2022年には17.7%から15.5%の成長に、2023年には14.6%から12.2%に低下した。これは、最近のiOSの変更により、Facebookが正確な広告パフォーマンスの測定値を提供することが難しくなったため、iPhoneの支出の成長率が低下したことが一因だ」とeMarketerは予測している。

また、成長予測の低下は、最近の独占禁止法、プライバシー保護、子どものメンタルヘルス、誤情報、ヘイト、陰謀論に関する懸念をめぐり、各国政府からの監視が強化されていることにも起因しているという。

「Facebookは売上を優先し誤情報とヘイト拡散を見逃した」と内部告発
Facebookの元従業員は、同社がプラットフォーム上でのヘイト、暴力、誤情報を抑制するより広告収益を優先してきた経緯を暴露。その証拠として「何万ページもの」文書を提示した。同社はケンブリッジ・アナリティカのスキャンダル以来、最も深刻な危機に陥っている。

「今後について 2023年、Facebookの米国における広告収入は650億ドルを超えると予想されるが、同社が新たな課題に直面した場合、この数字は変化する可能性がある」とeMarketerは主張している。

8. 結論

FacebookとAlphabetのようなプレイヤーには最高の追い風が吹き続けている。ATTによってターゲティング精度や効果測定が鈍っても、広告主が大挙して彼らのデジタル広告を買い、価格が高騰しているため、彼らは収益規模を拡大し続けるだろう。

iOSのプライバシーポリシー変更がどのように作用するかはより長期的な観察が必要だが、基本的には広告主はデジタル広告を買いたがっており、そのときにFacebookとAlphabet以外の選択肢を見つけるのは難しいことは注記したい。

追記:SnapやFBらの対応

Snapは業績説明の場で、効果測定を助けるための広告主用のツールを開発・投入すると明言した。FBはこれについて先行しており、Snapの業績報告の数日前に、Product Marketing担当バイスプレジデントのGraham Muddが自社広告の効果の「過小評価」を防ぐためのツールに関するブログ記事を書いた。以前からATT以降の自社広告商品の過小評価を主張していた。

Facebookは、以前このブログで軽く説明した合算イベント測定(Aggregated Event Measurement = AEM)のほか、Conversions API Gateway、Private Liftなどを、広告効果測定に苦戦する広告主に提供しようとしている。詳細はテクニカルなので割愛する。

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