中国製EV、欧州市場へ急進撃: 地元勢は価格競争力の差を縮められるか

ドイツで行われたモーターショーで、中国EV勢が展示の大半を占めた。中国勢の襲来はテスラとともに欧州のEV化の触媒になっているが、ウクライナ戦争の影響に苦しむ地元自動車産業にとっては、泣きっ面に蜂でもある。

中国製EV、欧州市場へ急進撃: 地元勢は価格競争力の差を縮められるか
9月6日、ミュンヘンモーターショーに登場したBYDのEVセダン「Seal」。カメラマン: Krisztian Bocsi/Bloomberg

ドイツで行われたモーターショーで、中国EV勢が展示の大半を占めた。中国勢の襲来はテスラとともに欧州のEV化の触媒になっているが、ウクライナ戦争の影響に苦しむ地元自動車産業にとっては、泣きっ面に蜂でもある。


ドイツのミュンヘンで行われた国際モーターショーで、2021年比で2倍の中国自動車メーカーが出展し、会場面積のほぼ3分の2を占めた。独国営放送ドイチェ・ヴェレ(DW)は、この様子を描き、こう警鐘を鳴らした。中国の現地ブランド、BYDやNioなどは、同国最大の自動車メーカーであるフォルクスワーゲン(VW)の製品よりも価格競争力があり、優れていると評価され、VWの市場における地位に圧力をかけている、と。

これは日本車が長く守った領土を中国のEVに奪われるシナリオを想起させた、今春のタイと上海における国際展示会のドイツ版のようなものだろう。

欧州の自動車業界はロシアのウクライナ侵攻後のエネルギーコスト上昇に悩み、欧州連合(EU)の販売台数はインフレと金利上昇の影響でコロナ以前の水準を20%下回っている。同時に、中国の低価格車メーカーとの競争が高まっている。特に、VWの競合であるBYDは昨年、自国市場でVWを上回る販売台数を記録し、市場リーダーの座を奪取した。

ブルームバーグが引用した中国自動車技術研究センター(CATARC)のデータによると、BYDや吉利汽車のEVに牽引され、中国メーカーは7月に初めて同国の自動車販売台数の50%以上を占めた。海外勢はすべからく押し出されようとしている。

中国本土と比べると欧州はまだEV市場としては小さいが、2035年までにガソリン車やディーゼル車の販売が禁止されると予想されるなど、欧州がEV中心の未来へとシフトしていくとみられ、中国メーカーの世界戦略の試金石となっている。中国メーカーは先進的な技術と競争力のあるバッテリーで市場を席巻するチャンスを見出している。

欧州は中国EVメーカーの世界戦略の試金石
中国のEVメーカーは欧州で地盤を築いている。中国本土と比べると欧州はまだEV市場としては小さいが、欧州はEVの導入に積極的であり、中国メーカーの世界戦略の試金石となっている。 BYDは9月下旬、ヨーロッパ向けの電気自動車(EV)モデル「Atto 3」「Han」「Tang EV」のラインアップを発表し、同時に事前販売価格も明らかにした。 新型の小型スポーツ・ユーティリティ車「Atto 3」の基本価格は3万8,000ユーロ。これは国別の補助金前の価格で、店頭ではより安くなる。フォルクスワーゲン(VW)のID4やテスラのModel Yも含むEVのカテゴリーにおいて、最も手頃な価格の製品になる予定…

裏を返すと、中国勢はテスラとともに欧州市場のEV化を牽引しているとも言える。ロイターが引用した欧州自動車工業会(ACEA)のデータによると、2019年から2022年にかけてEUにおけるEV登録台数のシェアは全体の3倍の12%に達した。今年の7月までの7ヵ月間の月間市場シェアは平均13%程度だった。これは、非欧州勢の追い上げのおかげでもある。テスラの自動車が今年、他のすべてのブランドを凌駕している一方で、コンサルタント会社のInovevによると、 BYDのような中国ブランドは、欧州での市場シェアを8%に伸ばした。

ドイツ自動車工業会(VDA)のヒルデガルト・ミューラー会長は、「われわれ(ドイツ)は競争力を失いつつある」と述べ、ミュンヘンで開催された自動車ショーでは、「国際競争のプレッシャーがいかに大きいか」が示され、ドイツにとって電動化への投資が不可欠であることが示されたと付け加えた

LFP電池がコスト優位性の柱

中国勢が欧州市場を切り崩すことができる大きな要因は、価格競争力と評価されている。中国最大のEVメーカーであるBYDは、モーターショーの初日に6車種を発表し、本国で人気の「Seal」を欧州で正式に発売した。プレミアム帯にも足を踏み入れている。より広範なセグメントにおける競争の火蓋が切られたわけだ。

なかでもバッテリーはEVのコストや性能に深く関係するが、中国勢が採用するリン酸鉄リチウム(LFP)電池は、優位性の重要な要因になっているようだ。通常の三元系と比べ高いLFP電池のコストパフォーマンスは、米企業もお墨付きを与えている。テスラは中国市場向け「Model 3」でLFP電池を採用した、と中国メディア36krが報じている。フォードがインフレ抑制法の隙間を突いて、電池最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)との電池工場を持とうとした事実も、LFP電池の価格競争力を裏付ける。

EV産業は中国の電池に深く依存:フォードのCATLとの「補助金工作」が際立たせた事実
米政府の莫大な補助金を得ながら、寧徳時代新能源科技(CATL)の電池供給を受けようとした、フォードのEV新工場計画は、中国の電池なしでEVを作るのがいかに難しいかを際立たせた。

もしかしたらLFP電池は市場を急変させるかもしれない。CATLは8月に新型LFP電池である「神行(Shenxing)」を発表した。この電池は、主張される高速充電や航続距離が、これまでのLFP電池の常識を逸脱しており(10分の充電で400km、フル充電で700kmの航続距離を誇る)、仮にそれらが本当なら、ゲームチェンジャーである。EVの対内燃機関車の競争力が急激に増すことになるだろう。

ミュンヘンでの展示会でプリンシパル・エンジニアのGao Pengfeiがロイターに対し明らかにしたところによると、このバッテリーは2023年後半までに中国で量産が開始され、2024年までにEVに搭載される予定だ。Gao Pengfei は、欧州での生産スケジュールについての具体的な説明や、欧州の顧客との合意についての確認は行わなかった。

もしかしたら、神行は欧州に襲来するかもしれない。CATLは生産設備を整備しつつある。同社は2022年12月にドイツのチューリンゲン工場で操業を開始した。ハンガリーのデブレツェンに欧州で最も大規模な電池施設を建設中で、2~3年後の生産開始を目指しているという。これらの工場が神行を製造し、中国メーカーや欧州メーカーに供給している未来があるかもしれない。そしてこれは、LFP電池を内製するBYDに対してすら、インパクトを与えるだろう。

VWの危機感

フォルクスワーゲン(VW)もまた、かつて市場シェア首位だった中国市場で地位を下げている。最近では、7億ドルを支払って中国の自動車メーカーXpengの約5%を取得した。ブルーメCEOは、中国企業のブースがひしめくミュンヘンの会場で「どの企業も、まず自分たち自身から始めなければならない。革新し、開発し、最後には業績を上げなければならない」と語ったとブルームバーグは報じている。「それは私たち次第です」。

また、VWはテスラからも圧力を受けている。VWの市場価値は、売上の大きさに比べてテスラの10分の1以下であり、中国市場の厳しい価格競争の中で多くのブランドが赤字販売を強いられていることが、その競争圧力を象徴している。テスラは、VW傘下のアウディを弱体化させ、プレミアムカーの市場を制圧しようとしている。

テスラと中国勢はフォルクスワーゲンのEV戦略を頓挫させうる[ブルームバーグ]
VWを上から下まで、そして米国から中国まで圧迫している競争の引力は、2015年のディーゼル・スキャンダル以来最大の危機に発展するかもしれない。この問題を克服するのはさらに難しくなり、欧州最大の経済に迫るリスクをその身に受けることにもなる。

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OpenAIは東京オフィスで、日本での採用、法人セールス、カスタマーサポートなどを順次開始する予定。日本企業向けに最適化されたGPT-4カスタムモデルの提供を見込む。日本での拠点設立は、政官の積極的な姿勢や法体系が寄与した可能性がある。OpenAIは法人顧客の獲得に注力しており、世界各地で大手企業向けにイベントを開催するなど営業活動を強化。

By 吉田拓史
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