中国EVを牽引するBYDの世界戦略

電気自動車(EV)と電池の双方を手掛ける比亜迪汽車(BYD)は中国のEV世界戦略の先端に位置する企業だ。テスラと同様、垂直統合の事業形態を追求するBYDは次世代の覇者となるか。

中国EVを牽引するBYDの世界戦略
2018年3月28日(水)、中国・香港で記者会見に臨むBYDの創業者で会長の王伝福。Billy H.C. Kwok/Bloomberg

電気自動車(EV)と電池の双方を手掛ける比亜迪汽車(BYD)は中国のEV世界戦略の先端に位置する企業だ。テスラと同様、垂直統合の事業形態を追求するBYDは次世代の覇者となるか。


李克強首相は17日、広東省深センの比亜迪汽車(BYD)本社を視察した際、電気自動車(EV)の生産と購入を促進するための政策を引き続き採用することを明らかにした、と国営新華社通信が報じた

これは、国内最大のEVメーカーであり、トヨタ自動車、テスラに次いで世界で3番目の時価総額を誇る自動車メーカーとなっているBYDへの継続的な支援を、3期目を見据える習近平政権が保証したともとれる。

中国は、内燃機関自動車(ICEV)については、中国国外の自動車産業の知的財産と生産ノウハウに大きく依存していた。このため、中国の大手自動車メーカーの多くは、欧州、日本、韓国、米国の自動車メーカーと合弁会社を設立していた。

中国は、EV技術とそのサプライチェーンにおいてリーダーになることを決意し、特に電池技術とEVサプライチェーンの大半を国内に抱え込むことで、EVを巡る世界的な競争において自国をその中核に吸えることに成功した。

中国、電気自動車で密やかな優位
バッテリー供給網を囲い込む戦略

電池とEVの双方を手掛けるBYDは、中国電池大手の寧徳時代新能源科技(CATL) とともに中国のEVの世界戦略の中核を担っている。BYDは、テスラより下の価格帯で「中流階級のためのEV」を作り、テスラの陣地を圧迫しようとしているように見える。

CATL、EVと再エネを両取りする電池帝国の台頭
CATLは電気自動車(EV)向け車載電池と再生可能エネルギー発電設備向けの電池、スマートグリッドや消費地での定置型電池等の次世代産業の核になる部分を押さえている。中国で誕生した巨大な電池帝国は日韓勢を超える力をつけようとしている。

すでに欧州の多くの国に進出済みのBYDは、先月、日本の乗用車市場に進出すると発表した。「私たちの調査では日本の消費者の30%がEVを買う用意があると回答している」とBYDジャパンの劉学亮社長は記者会見で語っている。また、BYDは近い将来、米国市場にも挑戦することになると予想されている。

EV販売は好調だ。BYDは、今年上半期に64万1,000台を販売し、前年同期比で300%以上の伸びを記録。勢いは7月も続き、先月は162,530台を販売し、前年同期の3倍以上だ。アナリストは、よりクリーンな車に乗り換える顧客が増えるため、BYDは今年150万台を販売し、2021年から倍増すると予想していると述べている。

電池でも確かな成長を示している。ソウルに本社を置くSNEリサーチによると、BYDは4月以降、月間市場シェアでLGエナジー(LG化学からリチウムイオン電池部門が分社化)を上回った。これは、中国で最も人口の多い都市がオミクロン株の患者を抑制するために2カ月間の閉鎖を余儀なくされた後、テスラの上海工場が混乱したことが一因となっているという。

テスラや、Li Auto、Xpeng、Nioなどの中国のEVメーカーは、BYDよりもロックダウンの影響を強く受けた。BYDは、工場のほとんどが最も厳しい制限を受けた地域や都市にないため、恩恵を受けた。

世界最大の自動車市場である中国は、昨年、前年の2倍以上となる50万台以上の電気自動車(EV)を輸出した。フィナンシャル・タイムズが引用したベルリンのシンクタンク、メルカトール中国研究所の研究者によると、中国の欧州向け輸出の約3分の1はボルボ・カーズやMGモーターなど中国資本の欧州ブランドで、中国ブランドはわずか2%にすぎなかったという。輸出のほぼ半数が(中国で生産された)テスラで、残りの14%は欧州の中国での合弁会社によるものだった。

横浜・赤レンガ倉庫で開催された試乗会。出典:BYDジャパン
横浜・赤レンガ倉庫で開催された試乗会。出典:BYDジャパン

BYDの業績で物足りないところがあるとしたら、それは利益率だ。2021年の売上高に占める営業利益率は、テスラの約10%に対し、BYDは2%未満だ。その主要な理由、BYDが大衆車の販売に重点を置いていることにあるだろう。ただ、安価な製品で先駆者を追走し、ある程度利益を度外視して成長した後、先駆者を追い抜くというのは中国企業が好むプレースタイルだ。かつて日本企業がそうだったように、だ。

垂直統合

BYDの垂直統合は、EV分野に参入したばかりの自動車メーカーとの最大の違いであり、テスラとの類似性が指摘される部分でもある。パンデミックは自動車メーカーの複雑なグローバルサプライチェーン、特に半導体に大きな打撃を与えたが、テスラはその影響を受けなかったことで、垂直統合のシステムがちょっとしたトレンドになっている。

サプライチェーンの混乱が自動車産業をどう変えるか
多くの自動車会社がテスラの真似をしたがっている。テスラはパワートレインと電子機器の多くを自社で製造し、分厚いソフトウェアスタックを築き上げた。同社は技術面だけでなくコスト面でも主導権を握っている。垂直統合型はいま自動車会社で善なのだ。

ソフトウェア/コンピュータハードウェア企業のテスラは、マイクロコントローラーに必要なレガシープロセスのチップが逼迫した際には、より微細な流通量の多いチップへと乗り換え、即座にファームウェアを書き換え、ECU(電子制御ユニット)との互換性を確保することができたと推定されている。他の自動車会社はこれらをごっそり外注していたため、このような対応ができなかったとされる。

(メーカーは苦しんでいるようだ。例えば、フォルクスワーゲンの前CEOはソフトウェア部門の停滞を理由にクビを切られている)

「自動車業界の人間ではソフトウェア開発を指揮できない」 VW CEOの更迭理由
フォルクスワーゲン(VW) のCEOの退任は「自動車業界の人間ではソフトウェア開発を指揮できない」という多くの自動車会社が抱える課題を浮き彫りにするものだ。ソフトウェア化は一朝一夕で成就するはずもなく、テスラに追いつくまでにはかなり時間を要するのかもしれない。

テスラのようなソフトウェアやコンピュータへの熱烈な愛を示しているわけではないものの、BYDも独自の垂直統合システムを採用している。BYDは自動車の製造だけでなく、半導体や電池の生産も自社で行っているのだ。現在では、EV用電池の生産で世界市場の14%を占め、CATL、LGエナジーに次ぐ世界第3位のメーカーとなった。BYDの電池の顧客にはトヨタも含まれ、6月、同社がテスラへの電池販売の準備を進めていると述べている。

垂直統合は電池素材の確保にまで向かっている。リチウムが不足しているため、同社はリチウムの上流生産者と強い関係を築くことで利益を得ようとしている。中国のリチウム加工会社である融捷健康科技の関連会社の1社がBYDからかなりの量の注文を受けたと6月に発表している。3月には、BYDと四川省、アルゼンチン、インドネシアでプロジェクトを展開しているサプライヤーのチョンシン・リチウム・グループ(盛新鋰能集団股分有限公司)に対して、BYDが最大30億元(約600億円)を投資することで合意している。

バフェットがBYD株を売る?

一つだけ気になるニュースがある。ウォーレン・バフェットのバークシャー・ハサウェイが2008年に購入した2億3,000万ドルのBYD株は、現在では約80億ドル相当の株式に成長している。7月中旬には、バークシャーの株式と同規模のBYDのポジションが香港の株式市場クリアリングシステムに登場した。このような動きはしばしばトレーダーから売却の前兆とみなされる。

BYDは、1995年に王伝福(おう・でんふく)CEOが深センで創業した。王は1966年、安徽省の貧農家庭に生まれ、湖南省長沙の中南大学冶金学部を卒業。北京有色金属研究所で修士号を取得し、同研究所で金属を分析する研究者だった。

王は、ジャック・マーが去りテックセクターの没落を経験した中国の産業界の中で台頭する、新興起業家の代表的な人物である。2021年のフォーブス世界長者番付で118位、163億ドル(約1.8兆円)という資産を誇っている。

中国でテックセクターの没落とともに新しい起業家が台頭
鄧小平とその後継者たちは、行き過ぎた国家統制の欠点を理解していた。次世代の起業家については、習氏は最近、「あえて起業する」よう促している。習氏のメッセージは、政府が優先的に取り組む分野に焦点を当てる限り、新興企業に対する揺るぎない支援の一つである。

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米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国のEV革命は失速?[英エコノミスト]

米国人は自動車が大好きだ。バッテリーで走らない限りは。ピュー・リサーチ・センターが7月に発表した世論調査によると、電気自動車(EV)の購入を検討する米国人は5分の2以下だった。充電網が絶えず拡大し、選べるEVの車種がますます増えているにもかかわらず、このシェアは前年をわずかに下回っている。 この言葉は、相対的な無策に裏打ちされている。2023年第3四半期には、バッテリー電気自動車(BEV)は全自動車販売台数の8%を占めていた。今年これまでに米国で販売されたEV(ハイブリッド車を除く)は100万台に満たず、自動車大国でない欧州の半分強である(図表参照)。中国のドライバーはその4倍近くを購入している。

By エコノミスト(英国)
労働者の黄金時代:雇用はどう変化しているか[英エコノミスト]

労働者の黄金時代:雇用はどう変化しているか[英エコノミスト]

2010年代半ばは労働者にとって最悪の時代だったという点では、ほぼ誰もが同意している。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの人類学者であるデイヴィッド・グレーバーは、「ブルシット・ジョブ(どうでもいい仕事)」という言葉を作り、無目的な仕事が蔓延していると主張した。2007年から2009年にかけての世界金融危機からの回復には時間がかかり、豊かな国々で構成されるOECDクラブでは、労働人口の約7%が完全に仕事を失っていた。賃金の伸びは弱く、所得格差はとどまるところを知らない。 状況はどう変わったか。富裕国の世界では今、労働者は黄金時代を迎えている。社会が高齢化するにつれて、労働はより希少になり、より良い報酬が得られるようになっている。政府は大きな支出を行い、経済を活性化させ、賃上げ要求を後押ししている。一方、人工知能(AI)は労働者、特に熟練度の低い労働者の生産性を向上させており、これも賃金上昇につながる可能性がある。例えば、労働力が不足しているところでは、先端技術の利用は賃金を上昇させる可能性が高い。その結果、労働市場の仕組みが一変する。 その理由を理解するために、暗

By エコノミスト(英国)
中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

中国は地球を救うのか、それとも破壊するのか?[英エコノミスト]

脳腫瘍で余命いくばくもないトゥー・チャンワンは、最後の言葉を残した。その中国の気象学者は、気候が温暖化していることに気づいていた。1961年、彼は共産党の機関紙『人民日報』で、人類の生命を維持するための条件が変化する可能性があると警告した。 しかし彼は、温暖化は太陽活動のサイクルの一部であり、いつかは逆転するだろうと考えていた。トゥーは、化石燃料の燃焼が大気中に炭素を排出し、気候変動を引き起こしているとは考えなかった。彼の論文の数ページ前の『人民日報』のその号には、ニヤリと笑う炭鉱労働者の写真が掲載されていた。中国は欧米に経済的に追いつくため、工業化を急いでいた。 今日、中国は工業大国であり、世界の製造業の4分の1以上を擁する。しかし、その進歩の代償として排出量が増加している。過去30年間、中国はどの国よりも多くの二酸化炭素を大気中に排出してきた(図表1参照)。調査会社のロディウム・グループによれば、中国は毎年世界の温室効果ガスの4分の1以上を排出している。これは、2位の米国の約2倍である(ただし、一人当たりで見ると米国の方がまだひどい)。

By エコノミスト(英国)