メディア会社がプラットフォーマーから独立するための攻略本 デジタルメディアの未来 #3

GDPR後の世界では、メディア会社が持つデータの価値が高騰しています。その価値をうまく生かしている例は世界中にたくさんありますが、ニュースアグリゲーターへの記事配信は大きな障害です。

メディア会社がプラットフォーマーから独立するための攻略本  デジタルメディアの未来 #3

Key Takeaway このブログの重要なこと

  • GDPR後の世界では、メディア会社が持つデータの価値が高騰しています。
  • その価値をうまく生かしている例は世界中にたくさんあります。
  • 日本のメディアが、この戦略を実行する上で、ニュースアグリゲーターへの配信は大きな障害です。

前置き

「デジタルメディアの未来」というこの連載では、私は、第1回『ヤフーと新聞 どのような戦略をパブリッシャーはもつべきか』で、ヤフーが新聞社のコンテンツを活用して儲けているが、収益分配はおもわしくないことについて触れ、メディア会社が「ニュースアグリゲーターから独立するための戦略」を並行して持つことの重要性を説明しました。

第2回『メディア会社は合併するヤフーやLINEと組むべき? それとも?』では、ヤフーとLINEの合併に対しメディア会社がどのように反応するべきか、を考えてみました。両者はインターネット広告市場の一定の取り分を表現するものの、そこからの収益分配はおもわしくないため、やはり、メディア会社が「ニュースアグリゲーターから独立するための戦略」を持つことを薦めました。

さて、今回は、これらを踏まえ、「ニュースアグリゲーターから独立し、デジタル空間に城を建てるための戦略」について説明しましょう。この戦略の肝は、すでに業界が検討しているサブスクリプションモデルですが、その前に整えないといけない態勢があります。今回はそれについて。

1. パブリッシャーをめぐる状況の変化

近年、特にソーシャルメディアでは、サードパーティデータ(ユーザーと対面していない「第三者」が取得するデータ)の使用が裏目に出始めています。ケンブリッジ・アナリティカ事件はその最たる例です。ソーシャルメディアはユーザー情報の収集方法の再評価と変更を余儀なくされています。

この話題は、日本では広告屋と広告主が騒いでいる印象ですが、メディア会社にも多大な影響があるので、エコシステムの状況を追いかけてみましょう。

まず、欧州一般データ保護規則(GDPR)やカリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)などのプライバシー規制の高まりにより、Cookieや同様のツールを使用して、広告をターゲティングするのがさらに難しくなっています。

サードパーティCookieは死のうとしています。AppleのIntelligent Tracking Prevention(ITP)とFirefoxのEnhanced Tracking Protection(ETP)が主導するCookieブロック技術は、デフォルトでサードパーティのCookieをブロックします。GoogleのChromeでも設定次第で、消費者がサードパーティCookieをブロックできます。

The InformationのTom Dotanの記事によると、iPhoneでSafariを使用するユーザーのウェブにおける行動をサードパーティが追跡できるのは、全体の9%程度にすぎません。これに対し、Google Chromeをスマートフォンで使用するユーザーの場合、行動の79%が追跡可能なのです。このような非対称性が、2つのブラウザで生まれており、ウェブ行動は深い霧の中に沈みました。

サードパーティCookieの死は、GoogleやFacebookを含まない「独立系」のアドテク企業の苦境を演出しています。DIGIDAY日本版が紹介している、フランスのアドテクの優等生クリテオの苦境がそれを物語ります。しかし、サードパーティCookieの死は、その機会を活かそうとするパブリッシャーには、朗報となりうるのです。

米国のパブリッシャーは、サードパーティCookieやその他の仲介者への依存を減らすために、自社のファーストパーティデータ戦略に集中しています。追跡(トラッキング)に活用される、Cookieの説明は、私のこのブログにありますので、ここでは説明は省きます。サードパーティCookieの排除は、そのまま、不要なデータ販売者やアドテク業者の排除を意図することになります。したがって、パブリッシャーがファーストパーティデータに投資することは、アドテク業者やプラットフォーマーに握られた主導権の一部を取り返す戦略的行動にあたります。

Vox.comやワシントンポストはサードパーティデータの使用を停止し、ファーストパーティデータへの投資に賭けました。彼らは、サードパーティから取得したデータは非常に不正確だった、と語っています。ファーストパーティのデータが新しい通貨になる、と、彼らはみなしています。

Vox Mediaの最高収益責任者であるRyan Pauleyによると、サードパーティデータ企業は、パブリッシャーと広告主の間に自分自身を挿入することで190億ドルの業界を築いた、と主張しています。このサードパーティデータ企業は、データブローカーと呼ばれ、Oracle Data Cloud(ODC)のような企業は、有権者名簿、クレジットカード情報、大手スーパーマーケットでの購買履歴など、あらゆる個人情報をマイニングし、それを広告主が消費者をターゲティングするために利用できるよう、提供します。Facebookの広告システムがデータブローカーとのデータマッチング機能を提供していたことはよく知られています。

少し回り道をしましたが、インターネットのユーザーをターゲティングするためにサードパーティデータを収集する慣行が、Cookieとデータブローカーの窮地により曲がり角を迎えており、ファーストパーティの価値が急騰している、というわけです。これはパブリッシャーにとって大きなチャンスなんです。

2. どのようにファーストパーティデータを確保するか

さて、次はパブリッシャーがどうファーストパーティデータの収集と活用をするか、について、米国で実行された戦略の例を紐解いてみましょう。

たとえば、Bloomberg Mediaは、本体が金融サービスであることもあり、元々テクノロジー駆動の事業展開をしていたことで知られます。現代的なデータ基盤を整備し、データサイエンスを採用し、20の変数に基づいた動的なペイウォールを構築し、自前のレコメンデーションエンジンを構築しています。

Bloomberg Mediaのグローバルヘッド、スコット・ヘイブンは「ファーストパーティデータはメディアの最も重要な通貨になる」と題されたブログを、ハーバード大学が資金を拠出する財団を基にしたメディア研究所のNiemanLabに寄稿しています。

このブログの重要な点は、高品質で差別化されたコンテンツをもつ上位層のパブリッシャーの多くは、有料購読の一定の成功を収めており、有料購読者のメディアに対する愛着が深い傾向があるため、ファーストパーティデータの収集は少し簡単になる、ということです。Bloomberg Mediaも2020年だけで有料購読者数を倍増させたようです。

ヘイブンは「Cookieのない新しい世界は、デジタルメディアエコシステムを革新する素晴らしい機会を提供します。 質の高いファーストデータの健全な基盤とその上に再構築されたシステムへの移行により、パブリッシャーが読者との関係を強化できるようになる」と訴えています。自分たちのプライバシー情報が、好ましくない形で使われていたことを消費者は初めて知ったため、パブリッシャーにデータを提供する場合、それがユーザー体験を向上させるためだけに使われる安心を得たいと考えている」と説明しています。

現在、多数派の米国のパブリッシャーはどうやればそれができるか、検討している段階ですが、2020年には巨額の投資が見込まれる、と彼は予測しています。

3. ワシントンポストは新興企業を超越した

レガシーな新聞社がテクノロジー企業に生まれ変わった典型例の1つが、ワシントンポストです。2013年にAmazon CEOのジェフ・ベゾス氏が同社を2.5億ドルで買収したことをきっかけに、デジタルトランスフォーメーションが進行しています。

ワシントンポストは、2019年9月に広告売付システムZeus Primeを開発、外部提供を開始しています。この製品により、パブリッシャーのウェブサイトおよびアプリのネットワーク全体で、GoogleおよびFacebookが提供するものと同様のリアルタイム買付ツールを介して、マーケティング担当者に直接広告スペースを開くことができます。

このソフトウェアは、GoogleやFacebookのセルフサービス型の広告買付システムと同等のものです。ワシントンポストはこのシステムをパブリッシャーに配ることで、中間業者の独立系アドテク企業を排除する意図を持っています。広告主は最小限の入力でパブリッシャーWebサイトにリアルタイムで直接広告を掲載できるのです。

また、ワシントンポストがアドネットワーク企業としてパブリッシャーの在庫(インベントリー)をさばく青写真も含んでいます。パブリッシャーが、ワシントンポストが構築している広告ネットワークに参加したい場合は、ワシントンポストのファーストパーティデータツールであるZeus Insightsを含む3つの商用ソフトウェア製品すべてのライセンスを取得する必要があります。ワシントンポストはライセンス収入を得るため、アドテクが実行する、在庫に対する不透明な「上乗せ」をする必要がないのです。

つまり、ワシントンポストは、この場合、アドテク業者になっています。これまで、広告主はサードパーティベンダーを使用する必要がありました。サードパーティベンダーは、GoogleまたはFacebookが所有または影響下にあることがよくあります。これらのベンダーは、しばしば広告主が積んだお金の大半を中抜します。この技術により、パブリッシャーはサードパーティのアドテクベンダーをサプライチェーンから除外できるため、収益を大幅に拡大できるのです。

ワシントンポストは、Zeus Primeにより、パブリッシャーが最低CPM(インプレッション1,000回あたりのコスト)が10ドルを超える水準に達すると主張しています。(追記:最低でも10×1000ドルの意) サイト運営者が外部のベンダーを使用して現在広告を販売すると、最低CPMは2ドル程度(いずれも米国)。これに対し日本は安すぎます。元値が安く、さらに中間業者(アドテク、プラットフォーマー、広告代理店)の中抜きが激しいためです。

この一件が示すことは、ワシントンポストは、ヤフージャパン、スマートニュース、グノシー、LINE NEWS等の技術力を上回る水準に到達した、ということです。プレゼンテーション資料に人工知能(AI)と書いてあることに騙されてはいけません。言い換えると、彼らの技術スタックはその程度のものです。これは、しっかりとした組織的基盤と目標があれば、富裕な日本のメディア会社が十分達成可能なことです。

裏を返すと、日本のこの業界は、国際的に精査すると、かなり遅れている、ということです。これは悲しい事実ですが、お金は他国とは比較にならないほど持っており、十分に逆転可能なのです。

4. アグリゲーターへの記事配信が障害

さて、これまで説明してきたようなファーストパーティデータ戦略を展開する上で、障害になるのは、アグリゲーターへの記事配信です。ヤフージャパン、スマートニュース、グノシー、LINEニュース、グノシー等のアグリゲーターとの取引では、アグリゲーターのサービスから、パブリッシャーのサイトへの遷移が起きないことが決定事項のようになっています。

これは、欧米では、一定の収益分配が生じない限り考えられない慣行です。しかし、日本では、新聞社が紙面に載らない余った記事をヤフーに非常に安価に譲った経緯がいままで引きづられているのかもしれません。繰り返しになりますがヤフーはこれでトラフィックを集めることができ、営業利益率50%程度の儲かる「メディア事業」のセグメントを展開できているわけです。

彼らと取引することのパブリッシャー(新聞社、出版社を含むメディア会社)のデメリットは3つあります。

1つ目は、これまで述べてきたように、顧客のデータの蓄積ができないことです。サイトやアプリの背後にデータ基盤を整備し、顧客のタッチごとに、興味関心などに関するデータを蓄積し、顧客に関して深い洞察をもっていることが、重要です。最近非常に集めている話題に、サードパーティCookieの死がありますが、パブリッシャーが蓄積、分析できるファーストパーティデータ(サイト、アプリの持ち主が収集できるデータ)は、広告と有料購読の双方のビジネスを開発する際に価値が増しています。もともと、サードパーティCookieによる追跡は、その精度の低さが指摘されてもいました。アグリゲーターへの配信は、このファーストパーティデータの収穫の機会を、アグリゲーターに献上している、ことを意味します。

2つ目は、収益化の機会を失う、ことです。自社サイトへの訪問があれば、広告を見てもらうか、サブスクリプションに加入するための足がかりにするか、寄付を募るか、物品の購入やイベントへの参加を提案できます。

3つ目は、顧客接点(タッチポイント)が持てないことです。現代は、マルチデバイス、マルチプラットフォームの時代ですが、重要なのは、各プラットフォームを経由してあなたのサービスに触れてもらうことです。さまざまなポイント触れてもらうことで、ユーザーに対しメッシュを作り出し、彼らの有限のアテンション(注意)の一部を惹きつける必要があります。ユーザーは情報の洪水の中で溺れており、そのなかで、あなたのメディアを知ってもらう可能性は広げるには、タッチポイントをたくさん持つことが重要です。

それが、アグリゲーターの記事配信の場合、あなたのサービスとの直接のタッチポイントが築かれないまま、コンテンツが消費されてしまいます。大半の場合、ユーザーはそれを「ヤフーやスマートニュースの固有のコンテンツ」と勘違いをします。彼らの頭の中にメディア会社のブランドは存在すらしなくなります。もともとはあなたのサイトやアプリに来るはずだった利用者にもかかわらず、そうなってしまうのです。

5. 結論 自分の城を築きましょう

さて、今回のブログは盛り沢山でした。最後にもう一度、おさらいをしてみましょう。

自社のサイトとアプリケーションを最重要視し、ファーストパーティデータを蓄積するためのデータ基盤を構築し、メディア運営にデータサイエンスとソフトウェア工学のエッセンスを注入する。宿題はとてもたくさんあるように見えますが、スクラッチからの開始ではないでしょうし、これをやらないと、日本のパブリッシャーはインターネット空間で搾取され続ける存在で有り続けるでしょう。ワシントンポストやブルームバーグメディアの例が示すように、基盤を持つ出版社がデジタル化すれば、力強い競争力をもちます。そうしないと、インターネットは低品質コンテンツで満杯になり、ケンブリッジ・アナリティカ事件の再発や危険なポピュリズムの台頭を許すことになるでしょう

日本のパブリッシャーは、世界的に見てもリッチです。そのお金を使い、彼らのようなデータ戦略を取れるようになるように努力をするべきでしょう。そうしないと、アグリゲーターやプラットフォーマーにデジタル上でお金を吸い取られ続けます。そしてそれが恒常的な政情不安、差別、ヘイト、フェイクニュースの要因になり続けるのです。

次こそ「デジタルサブスクリプション」の話題に入ろうと思います。


【ポジショントーク】もし、自分たちだけの力でそれが難しいのなら、株式会社アクシオンテクノロジーズに相談していただける、といいかもしれません。現在、受託事業は行っておりませんが、アドバイザーや弊社の「ニュースのNetflix」事業との提携など、協力の仕方はたくさんあるかもしれません。私は記者からキャリアを開始しているので、親身になれるかもしれません。私のプロファイルは著者ページからお調べください。

連載 デジタルメディアの未来

関連記事

参考文献

Recommender System at Scale Using HBase and Hadoop. Bloomberg. 2013, DataWorks Summit.

Dhaval Shah, Pramod Koneru,Parth Shah.  News Recommendations at scale at Bloomberg Media: Challenges and Approaches. RecSys '16: Proceedings of the 10th ACM Conference on Recommender Systems. September 2016.

"adidas All Blacks 新西蘭橄欖球隊 02"by Natural-Heart is licensed under CC BY-SA 2.0

Read more

​​イオンリテール、Cloud Runでデータ分析基盤内製化 - 顧客LTV向上と従業員主導の分析体制へ

​​イオンリテール、Cloud Runでデータ分析基盤内製化 - 顧客LTV向上と従業員主導の分析体制へ

Google Cloudが9月25日に開催した記者説明会では、イオンリテール株式会社がCloud Runを活用し顧客生涯価値(LTV)向上を目指したデータ分析基盤を内製化した事例を紹介。従業員1,000人以上がデータ分析を行う体制を目指し、BIツールによる販促効果分析、生成AIによる会話分析、リテールメディア活用などの取り組みを進めている。

By 吉田拓史
Geminiが切り拓くAIエージェントの新時代:Google Cloud Next Tokyo '24, VPカルダー氏インタビュー

Geminiが切り拓くAIエージェントの新時代:Google Cloud Next Tokyo '24, VPカルダー氏インタビュー

Google Cloudは、年次イベント「Google Cloud Next Tokyo '24」で、大規模言語モデル「Gemini」を活用したAIエージェントの取り組みを多数発表した。Geminiは、コーディング支援、データ分析、アプリケーション開発など、様々な分野で活用され、業務効率化や新たな価値創出に貢献することが期待されている。

By 吉田拓史