日本のベンチャーエコシステム不在の代償は大きい

2021年は空前のベンチャー投資ブームの年だった。日本はインドの20分の1、東南アジアの10分の1の規模にとどまった。エコシステム不在の代償はとてつもなく大きい。

吉田拓史

要点

2021年は空前のベンチャー投資ブームの年だった。しかし、日本はインドの20分の1、東南アジアの10分の1の規模に留まった。東証が盛り上がらないのは上場までの育成を担う未上場投資のエコシステムが“不在”だからだ。


ファイナンシャルタイムズ紙のレオ・ルイスが日本のベンチャーキャピタル文化の欠如のダウンサイドを指摘した。

12月に入ってから東京では32社が上場し、そのうち25社がマザーズ市場に上場した。この中には珠玉の企業もあるが、企業の多くは上場するにはあまりにも不十分な状態だという。

「いくつかの新規株式発行に関わったバンカーによると、 12月の東証のIPOブームはほとんどパニック状態だった。ある証券会社は、上場するにはあまりにも未熟な企業が多いと指摘する」とルイスは書いている。

「今回のIPOラッシュに象徴されるように、日本の新興企業は上場する以外の選択肢がほとんどないことが大きな問題だ。日本には大企業以外の深いベンチャーキャピタル文化が長期的に存在しないため、彼らは(急いで)上場を決める」

独立行政法人経済産業研究所(RIETI)コンサルティングフェローの田所創は「米国では、プライベート・マーケットで、スタートアップや中小企業が資本を調達して、投資し、その成長期待が高まると、株式の評価額や取引価格が上昇して、資本の調達額累計以上に企業価値・時価総額が増加する。これが投資家の資産を拡大させて、さらに投資を集めて、次の資本調達額を拡大させる好循環となって、時価総額が加速度的に拡大していく」と指摘している。

この膨張の経緯を私はこの記事で指摘している。米国でプライベート資本市場が重要性を増した背景には、年金基金と大学基金が、より高いリターンを得るためにリスクを追求するようになったことがある。近年の未上場企業はソフトウェアのような無形資産への投資に比重を置き、資本集約的ではないため、必ずしも上場を迫られていない。

公開市場からプライベート資本市場への転換の背景
年金基金と大学基金が高リターンを追究するようになった

証券会社との交渉力も引き上げられ、上場に関しても直接上場という手数料が少なく、機関投資家のためのディスカウントのない直接上場(ダイレクトリスティング)という手法を使う大型ユニコーンも存在するほどだ。

IPOの衰退と直接上場の台頭
直接上場は米国のテクノロジー企業が高い注目を示す手法だ。プライベート市場の発達が、公開市場に対して影響力を及ぼしている。未上場企業にはベンチャーキャピタルやプライベート・エクイティのような資金調達ソースが豊富にあり、上場に拘る必要性は低下している。

さらに2020年の後半頃から特別目的買収会社(SPAC)が急激に増えた。SPACを使った上場は、上場企業の私募増資 (PIPE)と逆合併(リバースマージャー)というトリッキーな手法で米証券取引委員会(SEC)の審査を緩やかにすることができる。これにより、初期段階(アーリーステージ)から中期段階(ミドルステージ)のまだ成熟していないスタートアップをプライベート資本市場から引っこ抜くことが可能になった。

SPACの基本構造
これは、Ramey Layneらの「Special Purpose Acquisition Companies: An Introduction」(2018)の抄訳。全訳ではない。SPAC調査のメモとして作成したが公開することにした。

さて、ルイスは日本の状況をこのように書いている。「一方、日本では、M&Aやファンド関連以外では未上場株式がほとんど取引されずに、株価がないままであり、この好循環が生じない。ユニコーン企業への成長は困難を極め、その数は経済規模に比べて著しく少ない。資本調達さえほぼできない中堅・中小企業がエクイティ・ファイナンスで成長投資に取り組み、生産性を向上させ、事業を拡大して、大企業へと成長することも大変困難となっている」

インドの20分の1、東南アジアの10分の1

日本はインドにも絶望的な差をつけられている。英国の投資データプロバイダーPreqinは、インドでは2021年、未上場企業への投資額が約360億ドル(4兆1,528億円)と記録的に増加したと推定している。2020年にインドの新興企業が獲得した110億ドルから、今年はベンチャー企業やプライベートエクイティへの投資が3倍に増加した。

インドでは今年、テクノロジー企業のIPOが成功し、国内投資家が総じて強気になったことで、未曾有のIPOブームが巻き起こった。国内上場の道筋が確立したことで未上場企業に海外資本が流入し、ベンチャー投資額も史上最高を記録した。

インドのIPOバブルはまだまだ続く
懸案だったベンチャー投資の出口戦略が確保され、インドのIPOバブルが継続性が固くなった。その背後で、国際政治の影響を受けて、新興企業の支援者のマジョリティが、中国勢から米国勢に転換した。
インドのIPOとユニコーンが史上空前のブーム
インドは未曾有のIPOバブルを享受している。未上場企業への投資はすでに日本の数倍の規模にあり、更に急増するトレンドにある。インドは世界中のマネーを魅了しているのだ。

一方、日本は低調だ。一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(VEC)の調査によると、2021年第3四半期までの日本国内のベンチャー投資額は1,632億円。第4四半期も同様の規模ならば、2,200億円程度でゴールすると想定される。

つまり、日本のベンチャー投資はインドの20分の1の水準だということだ。2021年上半期の東南アジアへのベンチャー投資額は約100億ドル(1兆1,532億円)。仮に下半期も同様のペースで投資が行われていれば、日本は東南アジアの10分の1の水準である。

株式市場に有望な新規参入者が来ない

プライベート市場が未発達な状況は、公開市場の首も絞めていそうだ。現在、日本の個人投資家が海外株式への投資を加速しており、日興リサーチセンターによると、海外株を組み込む投資信託への純流入額は2021年に7兆円を超え、集計できる06年以降で過去最大となる見通しだ。若年層中心に資産形成を目的とした国際分散投資が広がった。海外投資のハードルが下がっており、成長性が劣る日本株は個人マネーが入りにくくなっているという。

ベンチャーキャピタル投資がなければ、株式市場には有望な新興企業が登場しなくなり、株式市場には賃金を削りながら100年の延命を目指すような「長寿企業」がひしめくようになるだろう。

海外マネーを呼び込むための東証再編が形骸化した。足りないのは日本の企業社会のダイナミズムと競争だ。政策立案者には、デフレに慣れた日本人のアニマルスピリッツを刺激するような力強いインセンティブ設計とまだなにもない開拓地への先行投資が求められている。