名門VCセコイアが警報 コロナウイルスはブラックスワン Axion Podcast #2
スタートアップは現金を大切にし、支出を抑え、慎重に船を進めるときがきた、とセコイアが警報をならした。日本の業界の規模は小さく、小規模のスタートアップには著しい影響は出ない、と吉田と平田は、推測しました。
Key Takeaway このポッドキャストで大事なこと
- スタートアップは現金を大切にし、支出を抑え、計画の未達成を所与の条件としながら、慎重に船を進めるときがきた、とセコイアが警報をならしました
- 日本の実体経済は、消費税増税とCOVID-19の二重打撃により、少なくとも、2008年の金融危機後の状況まで巻き戻された可能性が高い
- 日本のスタートアップ業界の規模は小さく、小規模のスタートアップには概して著しい影響はでないだろう(IPOには影響が出そう)。
前置き
これを収録しているのが3月11日。吉田と平田が話題にしている、セコイア・キャピタルのメモは3月5日(米国時間)に公開されています。その後、COVID-19はパンデミックと認定され、感染は世界中に拡散し、各国の証券市場は未曾有の下落を表現しました。このタイムラグを所与の条件として、このポッドキャストを聴いてもらえると幸いです。
1. セコイアが警報
3月5日(米国時間)に名門ベンチャーキャピタルのセコイア・キャピタルは、ポートフォリオ企業の創業者、CEO向けのメモを一般公開しました。2008年の金融危機のさなか、セコイア・キャピタルはポートフォリオ企業に景気後退を乗り切るためのヒントを共有していました。このときのプレゼンテーションは「RIP Good Times」と題されており、とても有名です。
今回のセコイア・キャピタルの「警報」は2008年以来、12年ぶりのものです。つまり、景気後退のサイクルが長期化しているようです。これについては最後に触れましょう。
セコイアは、コロナは2020年のブラックスワンとしています。ブラックスワンとは、ナシム・ニコラス・タレブがその著書で広めた概念であり、希少かつ極端な出来事は、金融市場およびより広い世界において、通常想定しているよりもはるかに大きな影響を与える、ということです。ブラックスワンとは別に、ドラゴンキングという複雑系の知見を応用した稀に発生するカタストロフィを予測可能にする、物理者ディディエ・ソネットの理論があります。
セコイアはブラックスワンの影響として3つ挙げています。セコイアのレターを引用、抄訳します。
- 影響その1。事業活動の停滞。一部の企業は、12月から2月にかけて成長率が急激に低下したことが確認されました。経営が順調ないくつかの企業でさえも、ウイルスの影響が波及するせいで、第1四半期から2020年度の事業計画を達成できない危険にさらされています。
- 影響その2。サプライチェーンの混乱。中国の前例のない都市封鎖は、グローバルサプライチェーンに直接的な影響を与えています。ハードウェア、消費者、および小売企業は、代替サプライヤーを見つける必要がある場合があります。純粋なソフトウェア企業はサプライチェーンの混乱にさらされることは少ないですが、連鎖的な経済的影響のためにリスクにさらされます。
- 影響その3。旅行の中止および会議のキャンセル。多くの企業がすべての「非必須な」旅行を禁止しており、一部の企業はすべての国際旅行を禁止しています。旅行会社は直接影響を受けますが、対面会議に依存して販売、事業開発、またはパートナーシップの議論を行うすべての会社が影響を受けています。
セコイアは注意を払うべき6つのことを指摘しています。セコイアのレターを引用、抄訳します。
- その1。キャッシュランウェイ(スタートアップの資金が底を突くまでの残り時間)「本当に思い通りのランウェイを持っているか?」「ビジネスを駄目にせずに、経費を削減できるか? 」
- その2。資金調達. 2001年と2009年に起こったように、民間の資金調達が難化する可能性があります。困難な状況を、永続的な成功のために準備する機会に変えることができるか? GoogleとPayPalは、ドットコムの不況の余波を乗り越えました。最近では、Airbnb、Square、Stripeがグローバル金融危機の最中に設立されました。
- その3。売上予測。会社に直接影響が見られない場合でも、顧客が支出の仕方を修正する可能性があることを予測してください。確実に思われた取引は成立しない可能性があります。
- その4。マーケティング。売上が悪化したせいで、LTV(顧客生涯価値)が低下し、CAC(顧客獲得費用)を抑える必要が生じるかもしれません。
- その5。人員。 財務にプレッシャーがかかっていることを考えると、より少ない費用(少ない人件費)でより多くのことを達成し、生産性を向上できるかどうかを評価するときです。
- その6。資本支出。 資本支出計画が不確実性に対してロバストかどうかを見直せ。計画を変更する理由はなく、ご存じのとおり、状況の変化は加速する機会を提供することさえありえますが、これらは注意が必要な決断です。
これらのメッセージは「守備的になるべきときで、現金を手元に持ち、最悪のときに備えよ」、ということだ。大切なときに守備的なストラテジーを実行できるかどうかで、かなり違う。
2. 日本にとってはどうか?
内閣府によると、GDP成長率は、昨年10-12月期が年率換算-7.1%だった。政府の説明は、台風の影響を重視したものだが、消費税の個人消費の影響も大きかったと推測されます。ここにコロナの影響がぶつかっており、この記事作成時(3月16日現在)、突発的に発生した未曾有の不況を経験している可能性が高い。事後的に統計が発表されるが、すでに景気後退局面にあった日本の景況は、アメリカより悪い可能性は大いにあります。日本経済はすでに2008年の金融危機以降の段階まで巻き戻されている可能性があります。
コロナの感染の抑制については、ダイヤモンド・プリンセス号ではうまくいかなかったが、日本全体では、諸外国と比較すると、うまくいっています。しかし、現在、米国での感染拡大が進行しており、米国にはすでに効果的なカードがないことが露呈しています。中国と米国という2大経済は、日本経済との相互依存が高く、その両方がパンデミックに沈むことは、日本に対し強烈なダメージをもたらすことが確実です。日本の主要産業である製造業は、消費税増税時点で厳しい指標を示していましたが、おそらく今後、もっと指標は悪化していく可能性が高いです。
3. 日本のスタートアップにとってどうか?
資金調達に関しては、理論的には影響は少ない可能性があります。日本の企業経済における金余りは、この程度の不況では変えられないほど、過剰なものです。日本企業が現金を好む性質を持つこともこれを助長します。
理論上は、スタートアップ投資とは、潜在的な価値、無形資産、将来に予見されるキャッシュフローに賭けるものなので、実体経済がまずくとも、コロナが壊滅的な被害を引き起こさない限り、問題はないはず、です。
しかし、現実としては、マインドに変化が起きますし、たとえ一人でも不合理な行動を起こしたとすると、その不合理な行動は合理的な行動になるのです。ポッドキャスト内では「合理的」「不合理的」としか、吉田と平田は表現していないですが、これは人間の行動をモデルに落とすための努力であるゲーム理論で、説明される問題です。たとえば、1社が恐怖にかられて、投資を手控えたり、一度決まりかけた取引をほごにし、その情報が伝播した時、他のプレイヤーが恐怖にかられて一切の経済行動を手控えることは、合理的行動にあたります。これは、トイレットペーパーが買い占められているという情報に接したときに、追随してトイレットペーパーを買い占めることが合理的になる、ということと同じです。経済学は、景況のサイクルをうまく説明することにはまだ成功していない印象ですが、このゲーム理論によるアプローチは一部の状況を適切に説明できている可能性があります。
同時に現実の人間は不合理なことは、実験経済学、実験心理学などが実証しています。吉田と平田は、何が起こるかわからないが、様子を見守る必要がある、と判断しました。また、吉田は、日本のスタートアップ業界の規模が小さいため、実体経済に起きている変化と、小さいクラスターがどの程度、相互関係をもつのかは、判然としない、検出するのが難しいだろう、と主張しました。
(ただ、Podcastでは指摘していないですが、IPO等は、狂乱的な証券市場の直接的な影響を受けているようです)。
4. おまけ
最後に異様に楽観的な話を付け加えて起きます。ダウが12.9%も下落した翌日に、これを書いていることを考えると奇妙な気持ちですが、セコイアの警報が2008年以来の12年ぶりになった、ということは、経済のメルトダウンは12年間起きていなかったことを意味します。経済のサイクルは、確実に好況が長くなるようになりつつあるのです。成長は遅くなったが、安定した景況が継続する、というのが金融危機後の新しい運動法則なのです。金融危機後に始まった米国の景気拡大期は、約130カ月間続き、コロナウイルスがなければ、まだ続いていたかもしれません。
もっと詳しく知りたい人は、英国の経済誌The Economistの次の記事をどうぞ。
- The Economist "America’s expansion is now the longest on record"
- The Economist "For how long can today’s global economic expansion last?"
好況の長期化の要因のひとつとして、機械学習等の数理モデルを活用した売買は、経済の動脈である金融市場で、主要な役割を果たすようになったことが指摘されています。
同様の議論がサブプライム危機の前もありました。そのときも、サブプライムローンとそれを含んだCDO等の「ヒューマンエラー」が震源となり、経済がバストしました。その後の数年間で、ウォール街はトレーダーを人間からアルゴリズムに転換してきました。これは、Axionで紹介している、カジノをやっつけたあと、市場をやっつけたエドワード・ソープを源流とし、非常に高いリターンを叩き出し続けたジム・シモンズのルネッサンステクノロジーズのようなクオンツファンドが先行していた動きであり、それを大手証券会社が追随しました。
詳しく知りたい人はThe Economistのこちらの記事をどうぞ。
The Economist "The stockmarket is now run by computers, algorithms and passive managers"
経済の動脈である金融市場を不合理な人間ではなく、合理的な機械に明け渡すことで、サイクルから開放されるときがくるかもしれません。もしかしたら、ベンチャー投資だって、科研費だってそのほうがいいのかもしれません。
Eyecatch Photo: Don Valentine speaks at TechCrunch Disrupt in 2013 (JD Lasica/TechCrunch/CC BY 2.0)