メディア企業がサブスクを導入するためのグロース戦略 デジタルメディアの未来 #7
サブスクメディアではその収益構造からデジタル広告による宣伝が合理的になる。さまざまなオーディエンスを受け入れるための導線を整え、計測。動画、ポッドキャスト、メルマガのような現代的なチャネルを整えよう。
要点
- サブスクを導入すると顧客がもたらす収益の予測可能性が上がるため、メディア企業がデジタル広告を買うことが合理的になる
- トラフィックの大半は非購読者がもたらす。さまざまな場所から訪れる彼らを受け入れるための導線を整え、計測する
- 動画、ポッドキャスト、ニュースレターのような現代的なチャネルの構築は、大きな武器になりうる
1. 前置き
この「デジタルメディアの未来」では、最近ではサブスクをめぐる話題を紹介しています。#4で基本戦略がわかり、#5で事業戦略がわかったと思います。そろそろもっと現場に近い、より実用的なグロース、マーケティングの領域に踏み込んでみましょう。折りよく、読者の方から「(ユーザー獲得が)アグリゲータから、コンベンショナルな広告やSEOに回帰するのか?」という質問をいただきました。今回は基本的に、既存メディア企業の戦略に絞って話します。新興企業(スタートアップ)の戦略は、次回以降に話したいと思います。
2. ニュースアプリ配信を止めると外部トラフィックが消失するリスクがある
この連載では、既存メディアに対し、再三に渡りニュースアプリからコンテンツを引きあげ、独自路線を目指すことを推奨しています。理由としては3点(①もうからない②機会損失③データ損失)を挙げており、基本的に利点がとても薄い取引を日本のパブリッシャーはしていると言えるからです。
しかし、メディア企業がアグリゲーターから離脱すると、アグリゲーター上で生じていたトラフィックが、自社サイトに移行するかというとそうではありません。#1で触れましたが、Google Newsのスペイン版が一時閉鎖したときのスタフォード大学、マイクロソフトリサーチの研究者による分析では、大手新聞社のようなサイトは、アグリゲーターの閉鎖の影響が少なかったのです。ただし、これは閉鎖したときに限ります。「自分だけが抜けたときは、アグリゲーターで生じているトラフィックは失う罰を受けることになります」。これが、多くの人が離脱を躊躇する要因だと思います。
これまでは「それは失っていいほど価値のないトラフィックだ」という説明を含意にしてきましたが、失った分のいくらかを自社サイトへの着地という形で取り返したくなりますよね? ニュースアプリで暇つぶしをしている人のトラフィックは必要ないですが、熱心な人にはぜひ「本店」に来てもらいたい。
トラフィックを取り返す手段はあり、十分探索しつくされています。日本のメディア企業よりもデジタル化による危機が現実的だった欧米のプレイヤーは、すでに様々な戦術を編み出し、ほぼベストプラクティスが確立されています。これを真似していきましょう。手塚治虫が、ウォルト・ディズニーの摸倣から始めたのと一緒です。
3. サブスクを採用するともっと広告を買うようになる
その有力な手段とは、広告、独自経路、オーガニックの組み合わせです。まず広告から行きましょう。
サブスクを導入すると、経常収益(定期収益)のおかげで購読者獲得のための広告費の積み増しが正当化されます。#4で説明したとおり、顧客獲得費用(CAC)と顧客生涯価値(LTV)のバランスが好ましい限り、広告を積極活用するべきです。このマーケティングを重要な戦略として見なす傾向は欧米のパブリッシャーにみられ、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ハーストが2018年にCMOを雇用しています。
DIGIDAYによると、ワシントン・ポストは、紙媒体部門とデジタルマーケティング部門がすべて新しいCMOの下に統合されるように再編成しました。2018年から、米国の多くのサイト運営者はデジタル広告バイヤーとグロースマーケティング担当者を雇い始め、購読加入者の成長を助けていますが、これらのチームは、大手広告主のそれとは異なり小規模です。 メディア測定会社Kantarによると、2019年前半までのワシントンポストのメディア支出は約1,400万ドルで、2018年の同時期に費やした金額の2倍以上でした(もちろん、消費財メーカーなどと比較したときにはとても小さな支出ですが)。
欧米のデジタルサブスクメディアは、ユーザーが何を読んでいるか、どのくらいの頻度で訪問したか、過去に何を読んだかについての洞察を持っています。 彼らはすでに、読者と直接的な関係を持っていることが多いです。そのひとつは、ニュースレターの購読という形をとります。たとえば、デジタル有料購読者数10万人を超えたシカゴ・トリビューンが2019年に獲得した有料購読加入者の約25%だけが外部プラットフォームで行われたマーケティングに起因するもので、基本的には自社のサイトやアプリの既存顧客を説得して、加入を決意してもらっています。
ニューヨーク・タイムズのトラフィックの96%が非購読者がもたらすものだ、と言われています。これは同紙が総合的なニュースを扱う性質に起因していると見られますが、オーディエンスと購読者の比率という観点から見ると、とても興味深いです。#4で説明したとおり、マーケティングのファネルのなかで、通りすがりの人もいれば、見込み顧客化している人もおり、購読寸前の人もいるのです。
オーディエンスの比率が高いことは悪いことではありません。これはメディアがもとからあるコミュニティの外に到達していることを意味しており、購読者数を増やせる潜在性を意味しています。ニューヨーク・タイムズには、430万(2018年末)の購読者数を、目標とする1000万まで増やす潜在性は、十分にあるのです。
この「96%」に代表されるような、とても動的な性質を帯びるオーディエンスに対しては、「一定回数の読了を許可するものの、それ以降は閉じてしまうペイウォール」をあてがうことが有効性が確認されています。これを「ダイナミックペイウォール」といいますが、説明がテクニカルになるため、深追いしません。これを実現する前に実現するべきことはたくさんあります。
とにかく外部からのオーディエンスを増やす手段として、パブリッシャーは外部の人々にマーケティングするため、広告費を積み増すのです。
4. 独自経路とオーガニック
ただし、広告で得られるオーディエンスはマジョリティではありません。実際には、独自経路とオーガニックが重要になってくるのです。
独自経路として重要なのは、メールです。これは有料購読を決定するための最後のひと押しに関しては、広告を凌ぐそうです。詳しくは、こちらのDIGIDAY+で課金すると知ることができます。
特にニュースレターは近年注目を集めています。これは、見込み顧客の生成と購読者のロイヤルティ醸成のためのとても重要なツールです。たとえば、ニューヨーク・タイムズのニューズレターには1400万人の利用者がおり、購読者数430万人の3倍の規模です。ニューヨーク・タイムズの戦略は、民族問題、気候変動、ファッション、食事等、細かくセグメントを切り、個別にニュースレターを発行していることです。ニュースレターのブランドごとに記者、編集者を配置し、かなり高いクオリティを達成しています。これは、次の2つの特徴を持つ人に有効です。1)ソーシャルメディアやニュースアプリの混沌から非難し、2)メールをチェックする習慣持つ――。この2つの特徴を持つ人が、ニュース製品を購読しやすそうなのは想像に難くないですよね。
またソーシャルメディアへのオーガニック投稿(お金をかけない普通の投稿)もまた重要なタッチポイントです。ソーシャルメディアでは、デマ、ネット工作などがとても問題になっており、パブリッシャーが作った信頼性の高い情報の価値が非常に高くなっています。Facebookのアルゴリズムはパブリッシャーコンテンツに厳しくなっていますが、それでも無視のできるプラットフォームではありません。また、#6で引用したように、人気の投稿に関しては広告で宣伝するのも、ソーシャルでの存在感を高める手段の1つです。
動画についても重要です。メディア接触において、動画の比率が上昇しており、そのユーザー行動を念頭に動画を制作し、それを様々なタッチポイントで配置することが重要です。ただし、制作費と効果のバランスについては厳しく見ておいてください。動画は、お金をかけようとすると、たくさんお金がかかります。ここではユーチューバーやライブストリーミングスター等がどうコンテンツを作っているのか、学ぶことには大きな報酬があるでしょう。
それから、米国ではポッドキャストがとくにジャーナリズムコンテンツの消費において重要な地位を獲得しました。ユーザーの人口統計的な分布、属性等がニュースやブログの消費者とにていると言われます。ニューヨーク・タイムズは“The Daily”のような ポッドキャストの人気番組をいくつか持ち、大成功しました。“The Daily”は個別にニュースレターを発行しています。
ちなみに、わたしもデジタル経済に関するポッドキャストをやっています。ぜひ聴いてみてください。
また、紙媒体を多数持っている会社が多いと思います。紙とデジタルがカニバっているのが頭がいたいところですが、ここについて調整がついていれば、紙のチャネルからデジタル購読者になるよううながす、時には自社広告を打つのは、とても素晴らしい戦術です。
インターネット製品の推薦アルゴリズムやフォロワー数、閲覧数などは現実世界の評判に影響を受けます。リアルの世界で繰り返し、マーケティングを測っていることで認知が増すことになりますし、そのような経路で到達したオーディエンスは、ソーシャルメディアから直接来た人よりもロイヤルユーザーになる可能性が高いのです。
そのほか、SEOも重要ですが、今回は紙幅が足りません。次回以降に触れようと思います。
さて、このように、自社サイトやメール、ソーシャルなどの多数の流入経路を確保し、そこから流れ込んでくるオーディエンスをコンバージョンに導くまでの流れを整理しましょう。これらを精緻に計測することが求められます。
そのためにひとつ大きな障害があります。それはニュースアプリへの配信です。 流入が取れず、ユーザーが外に囲い込まれ、読者のデータの取得を不可能にする、ニュースアグリゲーターへの記事配信は停止しましょう。これらのアグリゲーターで得られるスクリーンへの表示は単なる数字に近いです。あなたのビジネスのためにポジティブな効果はほとんどないどころか、ネガティブな効果が生じるでしょう。彼らはあなたのコンテンツの収益可能性を収奪しています。このアグリゲーターは、主にヤフージャパン、LINE NEWS、スマートニュース、グノシー等を指します。
5. 結論
- サブスクを導入すると顧客がもたらす収益の予測可能性が上がるため、メディア企業がデジタル広告を買うことが合理的
- トラフィックの大半は非購読者がもたらしますが、さまざまなところから訪れる彼らを受け入れるための導線を整える
- 動画、ポッドキャスト、ニュースレターのような現代的なチャネルの構築は、大きな武器になりうる。
6. 追記
少しぶっ飛んだ例を付け加えたいと思います。それはNetflixです。彼らは、新規サブスクライバーの獲得を極めて科学的なメソッドで突き詰めています。彼らは広告やサムネイルのクリエイティブの部品を制作し、クラウド上に構築した高度なシステムが、国や地域、あるいはユーザーに対して自動的にその組み合わせを導き出しています。広告の投資対効果を因果推論で探求したり、Google、Facebookのような外部広告プラットフォームから得られるデータとその入札システムを利用し、機械学習モデルによる広告予算の最適化を進めたりしています。
関連記事:「後悔」を最小化するデジタル広告入札戦略が予算消化の最適化と市場安定をもたらす
末尾の参考文献にテックブログや論文を付けておきましたが、読む必要はないです。ここで紹介したのは、我々が乗る自動車とは異なる「F1」の世界があることを知ってもらうためです。上には上がいるのですが、別に誰もがNetflixのようなソルジャーになる必要はないでしょう。
さらにこれを通じて知ってもらいたいのは、メディアは公的機関や企業のマーケティングの手段という側面があります(「公益はどこにいったんだ?」という質問、ごもっともです)。そして、サブスクビジネスの繁栄のために自ら広告を書い、オーディエンスを集客するようになると、「マーケティングの手段であり、主体でもある」ということが浮き彫りになります。集めた読者のデータを基に、外部のオーディエンスに対し効果的なマーケティングを行い、それで獲得した読者のデータを分析する、というサイクルこそが、勝利への近道なのです。
実は、データを収集するためには、しっかりとした「データ基盤」を設計、構築、運用する必要があり、これを管理する一種の「配管工」のような人たちや、このデータから重要な洞察や戦略を生み出す人たちが必要になります。つまり、一朝一夕ではうまくいきませんが、これも紙幅がないので次回以降にしましょう。
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参考文献
- DIGIDAYリサーチ:サブスクリプションの拡大にもっとも効果的な戦術とは? Digiday, Dec, 2019.
- Max Willens. サブスクの「国際展開」狙う、ニュース企業各社の取り組み. Digiday, Dec, 2019.
- Max Willens. サブスク拡大のため、広告に投資するパブリッシャーたち. Nov, 2019.
- 「解決策はない」: Cookie 終焉に関する、欧州パブリッシャー各社の本音とは? Mar, 2020.
- Netflix Technology Blog. Engineering to Improve Marketing Effectiveness (Part 1). Mar 15, 2018.
- Netflix Technology Blog. Engineering to Improve Marketing Effectiveness (Part 2) — Scaling Ad Creation and Management. Sep 5, 2018.
- Netflix Technology Blog. Engineering to Improve Marketing Effectiveness (Part 3) — Scaling Paid Media campaigns. Feb 5, 2019.
- Randall A. Lewis et al. Incrementality Bidding & Attribution. SSRN. February 27, 2018.
- Ken Doctor. Newsonomics: CEO Mark Thompson on offering more and more New York Times (and charging more for it). NiemanLab, Harvard University. Nov. 13, 2019.
- Ken Doctor. Newsonomics: How the Financial Times is building mini-brands within the global FT. NiemanLab, Harvard University. Nov. 7, 2019.
- Ken Doctor. Newsonomics: Nikkei’s Tsuneo Kita: “Without the FT, it wouldn’t have been possible for us to transform ourselves as we have”. NiemanLab, Harvard University. Nov. 8, 2019.
- Lucinda Southern. The New York Times is adding global issues, starting with Brexit, to hit podcast ‘The Daily’. June 2019.
Image by Esther Vargas (CC BY-SA 2.0)