アテンション・エコノミーの次は高品質なサブスク デジタルメディアの未来 #6

インターネット広告のモデルは、利用者のアテンションを収奪し、それをチップに変えるゲームに飲み込まれてしまっています。しかし、それも終わりが近づいているでしょう。フィルターバブル、フェイクニュース、トロール、スマホ依存など負の影響が蔓延したからです。

アテンション・エコノミーの次は高品質なサブスク  デジタルメディアの未来 #6

インターネット広告のモデルは、利用者のアテンションを収奪し、それをチップに変えるゲームに飲み込まれてしまっています。しかし、それも終わりが近づいているでしょう。フィルターバブル、フェイクニュース、トロール、スマホ依存など負の影響が蔓延したからです。

アテンションエコノミーの興隆

「ソーシャルの状況を察知し、コンテンツを製作し、マーケティングにつなげることは極めて重要だ」。2016年10月、僕はアドビにソーシャルアナリティクスツール会社Livefyre(ライブファイア)を売却し、アドビの製品統括者に収まったジョーダン・クレッチマーのインタビューをしていました。

彼は非常に興味深い人物でした。当初は、広告制作会社のクリエイティブディレクターからキャリアを開始しましたが、途中からインターネット製品の設計に携わるようになっています。彼はまだソーシャルが世界を席巻しているとは言い難い、2009年にLivefyreを創業しました。

Livefyreを経営する傍ら、彼はバイラルメディアのMashableの取締役を5年務めています。このMashableは日本では知られていませんが、Buzzfeedと同様「バイラルメディア」の筆頭であり、一時は3億ドル程度の企業価値が算定されていました。Mashableはアテンション・エコノミー(注意経済)の権化のような会社です。その企業価値はBuzzFeedと同様、ブームの終焉とともに地に落ちたのですが、彼の冒険はこれに留まらず、最近はベンチャー投資家に転身し、昨年11月にはRapid Roboticsというロボティクス会社を創業しています。またMashableの残党はD2Cというソーシャルマーケティングの素養が生きる種目に鞍替えしていきました。

とても味わい深いものがあります。彼はもともとはクリエイティブディレクターだったにもかかわらず、うまい形でテック企業のブームに滑り込み、生き残りました。彼のようなトライをする無数の人間がいたと思いますが、そうそう生き残れるわけではありません。

とにかく、インタビューのうち記事にしたのはほんの一部に過ぎませんが、クレッチマーは、Mashableが実行する様々な戦略について説明してくれました。「記事をたくさんつくってFacebookに投稿し、トラクションの状況をアナリティクスツールで見極め、反応の良い投稿に対し、素早くお金をつかってプロモートする」。ゴールドラッシュの最初期では、数十万円程度を使うと、それはFacebook上で激しく拡散していたようでした。当時のFacebookのニュースフィードのアルゴリズムは新装開店のパチンコ屋のようだったのです。(筆者注:ただし、ニュースフィードのアルゴリズムはその年の暮れには 大きな改変の兆候をみせ、バイラルメディアたちはトラフィックを減らし続けることになりました)。

「この戦略は資金が必要になることを意味している。素晴らしい点はその投稿が良いものであれば、以前よりも素早く拡散することだ。以前より投稿を見てもらいやすくなった。ひとつのコンテンツを4カ月かけて作ることは奨めない。短い期間で40個のコンテンツを投入し、良いものをプロモートする方がうまくいく」。

情報過多時代に、モバイルデバイスから人々のアテンションを獲得できるものが市場を制する、とうたう、Mashableの元編集者ベン・パーの著書『アテンション』は、デジタル・テクノロジー上の説得の仕方を滔々と指南していました。彼は人の感情に訴えるための「3つのトリガー」について説明しますが、それは、スタンフォード大学のビヘイビアデザインラボの所長であるB. J.フォッグの「フォッグ行動モデル(FBM)」の類似です。行動科学の知見を、他の領域に応用することが流行しており、行動経済学の「ナッジ」もそのひとつに挙げられます。

これは、もっと率直な説明をするならば「人を操るための知恵」です。スマートフォンを持っている人に日に何度もアプリを利用する習慣(あるいは依存)をもたせたり、ネットワークの中で頻繁な情報交換をするようにさせたりする知見が著しく発達しました。

クレッチマーとのインタビューと同時期に、僕は、MashableのライバルであるBuzzFeedの創業者兼CEOのジョナ・ペレッティともインタビュー(English, 日本語)をしました。BuzzFeedはFacebookやTwitterとの蜜月のなかで、このアテンション・エコノミーの勝者の1人のような存在でした。コンテンツはカジュアルで、いわゆる「スナックコンテンツ」(お菓子のように消費できるコンテンツ)であり、ソーシャル上での拡散に照準を合わせたコンテンツ制作の基盤を整えていたのです。

当時のBuzzFeedは夏に米最大級のメディアネットワークNBCUから2億ドルの投資を受け、企業価値が10億ドル超に達していました。いわゆるユニコーンとなり、最も波に乗っている時期だったと思います(このあとの冬が寒く、その冬は春になっても終わりませんでしたが)。

彼はライブストリーミング配信Facebook Liveへの投資について説明してくれました。当時、BuzzFeedは試験的にライブ動画「輪ゴムを何本巻けば、スイカは破裂するのか」を制作し、それはまたたくまに視聴数1000万に到達したのです。当時、モバイルに特化したレシピ動画のTastyが大成功していました。Tastyは3年後、Facebookのアルゴリズム改変で大損失を受けたBuzzFeedを救いました。BuzzFeedはいま食料品へのライセンス供与、物販などの全く異なるビジネスで収益化を図っています。

アテンション競争から健康的なサブスクへ

このような当時のアテンション・エコノミーの賑わいから、ケンブリッジ・アナリティカ事件フェイクニュースロシアの暗躍、ポピュリズムの台頭等を経て、デジタルメディアをめぐる環境は大きく変わりました。

認知科学の知見に基づいて人の行動を替えようとする行動科学的試みは、人々の人生を歪めています。人の精神的健康を毀損しうるメディア消費から避難する人々が生まれ、その主要な避難先はデジタルサブスクリプションメディアです。携帯電話とソーシャルメディア、ニュースアグリゲーターを利用した扇動が公に知られるようになった2016年暮れ以降、ニューヨーク・タイムズ、フィナンシャル・タイムズ等のサブスクで試行錯誤を繰り返していた老舗に追い風が吹いています。

米国のベンチャーキャピタルa16zのポッドキャストで興味深い議論をしていたので、紹介したいと思います。

ポッドキャストは議論の形式で、参加者は、サブスクを成功させている The Economist と Financial Timesの編集者であり、現在は毎日5つの記事を紹介するニュースレター The Browser の編集者を務めるRobert Cottrell、それから、LINEなどの原型となったチャットアプリ「Kik」のCTOを務め、現在はSubstack(ニュースレターやポッドキャストなどを発行する独立したライターのためのフルスタックプラットフォーム)の共同設立者兼CEOであるChris Best、以前は独立したブロガー/ニュースレターパブリッシャーで、現在はa16zジェネラルパートナー(B2C担当)のAndrew Chenらが参加しています。

彼らが指摘するのは、デジタルメディアにおいてアテンション(注意)を争奪するための競争が飽和してきている、あるいは副作用を生み出しつつあり、何らかの形で、コンテンツ製作者に、コンテンツ消費から得られる収益を分配する手段を形成することが重要だ、ということです。そしてそれはサブスクである、とのことです。彼らは、Substackが支援する、個人のコンテンツクリエーターが有料購読で収益化する手段について議論をめぐらしています。彼らはブロガーがパブリッシャーを解体すると考えているからです。

公正を期すと、a16zはSubstackへの1,530万ドルのシリーズAをリードしており、 The Browser はSubstackによって運営されるニュースレターブランドです。また、a16zのChenは、Substackの取締役会に参加しています。これらが、ポッドキャストの重要な背景ではあり、ポジショントークではあるものの、彼らの実行している「賭け」とそれに対する態度から、重要な洞察を抜き出すことはできるのです。

僕がここから得た洞察は、サブスクのニュースは「買い」です。「個人によるサブスク」も少しだけ勝者を生み出すでしょう。ただし、良い形の組織を形成できたときには、組織のほうが優勢になる、と僕は考えています。高品質なコンテンツの創造には職人的なプロセスがあり、そのコストを一時的に負うのは、会社の方が好ましいです。学術論文から音楽楽曲制作、YouTube動画まで、共同創作が主流になりつつあります。本当のハイエンドを作りたいのならば、個人の才覚のみに依存するのには限界があります。くわえて、インターネット上のコンテンツ消費の世界は、Google、Facebook、Amazon、Apple、Netflix等の巨人がひしめく世界の中での競争が求められており、一定の地位を築くためには、ソフトウェアやマーケティングなどへの投資が必要になります。

メディア企業がどのようにデジタルサブスクに転向するか。それについては、メディア企業の事業担当者は特に以下の二記事を読んでもらいたい。

関連記事

  1. 吉田拓史. モバイルインターネットがあなたをハックするために磨いた知見がもたらす深刻な負の影響.
  2. 吉田拓史. 【特集】モバイルインターネットの副作用 電話機を大規模扇情装置にしてはいけない
  3. 吉田拓史. なぜデジタル広告のしくみがインターネットコンテンツの質を悪くするか
  4. 吉田拓史. アテンションエコノミーの終わり 可処分時間の限界と深刻な副作用
  5. 吉田拓史. スクリーン中毒の技法が常にあなたを狙っている 『僕らはそれに抵抗できない 「依存症ビジネス」のつくられかた』書評

参考文献

  1. 吉田拓史. Adobeが即座にソーシャルを探り、コンテンツ製作することを支援する理由. DIGIDAY[日本版] Oct 19, 2016.
  2. Takushi Yoshida. BuzzFeed CEO Jonah Peretti talks Facebook Live and Ivanka Trump. DIGIDAY. Octber 27, 2016.

Read more

OpenAI、法人向け拡大を企図 日本支社開設を発表

OpenAI、法人向け拡大を企図 日本支社開設を発表

OpenAIは東京オフィスで、日本での採用、法人セールス、カスタマーサポートなどを順次開始する予定。日本企業向けに最適化されたGPT-4カスタムモデルの提供を見込む。日本での拠点設立は、政官の積極的な姿勢や法体系が寄与した可能性がある。OpenAIは法人顧客の獲得に注力しており、世界各地で大手企業向けにイベントを開催するなど営業活動を強化。

By 吉田拓史
アドビ、日本語バリアブルフォント「百千鳥」発表  往年のタイポグラフィー技法をデジタルで再現

アドビ、日本語バリアブルフォント「百千鳥」発表 往年のタイポグラフィー技法をデジタルで再現

アドビは4月10日、日本語のバリアブルフォント「百千鳥」を発表した。レトロ調の手書き風フォントで、太さ(ウェイト)の軸に加えて、字幅(ワイズ)の軸を組み込んだ初の日本語バリアブルフォント。近年のレトロブームを汲み、デザイン現場の様々な要望に応えることが期待されている。

By 吉田拓史