ビジョンファンドの窮地
ビジョンファンドの苦境を示唆するシグナルが大量に発せられている。直近の低調な決算、ポートフォリオ企業の価値縮小、出資者への多額の分配金負担、積み上げられる負債、幹部の離職などだ。
要点
ビジョンファンドの苦境を示唆するシグナルが大量に発せられている。直近の低調な決算、ポートフォリオ企業の価値縮小、出資者への多額の分配金負担、積み上げられる負債、幹部の離職などだ。
11月初旬のソフトバンクGの決算は、投資家に苦しい印象を与えた。ソフトバンクGの株価へのインパクト材料は自社株買いに収斂されている。同社は投資家説明会が終わった後、1兆円(上限)の自社株買いを発表し、株価は大きく反応した。
決算説明家の前まで、同社株式を大量に保有しているアクティビストのエリオット・マネジメントを含む一部の投資家から、低迷する株価を復活させるため、自社株買いをするよう要求されていたとフィナンシャル・タイムズが報じていた。
「1兆円(上限)」という表現に含みがあり、必ずしも1兆円を投じるわけではないと解釈できるだろう。プレスリリースにも「今回決議した取得期間内に自己株式の取得が1兆円の上限に達しない可能性もあります」と書かれている。
投資家が中国へのエクスポージャー(リスクにさらされている資産の度合い)を懸念しているため、ソフトバンクGの株価は今年に入ってから大幅に下落している。1年前、アリババ株はソフトバンクGの純資産の6割近くを占めていたが、アリババ株の株価がピーク時から半減したことで、現在は3割程度にまで減少している。
最高財務責任者(CFO)のナブニート・ゴビルは最近WSJのインタビューに対し「規制環境に落ち着いてもらわなければならない。最近の出来事を見ると、教育テックであれ、滴滴(DiDi Global)であれ、消費者データに関して微妙な問題がある。従って今のところ、われわれはこの種の企業の一部を避けている」と語っている。中国企業への投資見送りはまだ続きそうだ。「しばらくはかかるだろう。何十年という話でもないし、何カ月という話でもない。1年と2年の間のどこかだ」。
DiDiとクーパンは、ソフトバンクGが9月30日に終了した期間にソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)で約100億ドルに相当する投資損失を計上した主な要因となった。
SVFが筆頭株主である中国の滴滴出行(DiDi Grobal)も影響を受けている。DiDiの株価は7-9月期に45%下落し、11月上旬、ファンドが保有する株式の価値は投入した額より約40億ドルも低くなっている。
韓国の電子商取引大手クーパンの株価は、今年の4-6月期に予想外の大きな損失を出したこともあって低迷した。
Uberもまた株価が低迷するポートフォリオ企業の1つだ。2年半前、UberはIPOで1億8,000万株を1株45ドルで売り出し、時価総額820億ドルで81億ドルを調達した。しかし、19日の取引では41.57ドルで引け、IPO価格から7.6%下落。脚光を浴びたビジネスモデルは最低賃金以下で働くギグワーカーに依存した収益性の低いものだとわかりベールが剥がれ落ちた。
SVFは、約66億ドルを投じて、前CEOのトラビス・カラニックを含む既存の投資家から2億株強を1株あたり約32.87ドルで購入した。さらに10億5,000万ドルを投じて、2,145万株を1株あたり約48.77ドルで購入し、Uberに新たな資本を提供した。現在の株価は2回目の投資時の株価を下回っている。
リターンが芳しくない
公開された投資家向け資料には、SVF1の運用資産(AUM) は7−9月期終了時点で1,381億ドルと記載されている。AUMはファンドによって定義が異なることがあるが、ソフトバンクGの説明(※1)を読む限りでは、ソフトバンクが定めた未上場株の「公正価値」とその他の上場企業の証券、キャッシュで構成されるものと考えるのが自然だろう。
2017年5月の開始時、SVF1のAUMは980億ドルで4年4ヶ月後の9月末日に1,381億ドルまで増えている。ただ、このAUMは、後述する優先ユニット投資家への毎年の分配金を差し引いた上の数字なのか、分配金を差し引かないで換算されたものなのか、あるいは、後述するように分配金は負債によって賄っておりAUMには影響していないかなど、わからないことが多い。
「AUM」が負債などの活用で分配金を勘案しない数字と仮定すると、この間の成長率は40.9%で、年平均成長率は8.24%だ。もちろん、実際には開示されていない詳細な情報を含めると、ブレが生じる可能性は否定できない。それでも、この仮定においては、SVF1の運用成績はベンチャーキャピタル(VC)としてみた場合は非常に物足りない数字だ。
291億ドルの分配金支払う
ブルームバーグが参照した規制当局への提出書類によると、SVF1は先月、2つのマージンローンを手配したという。1つは、クーパンに対する150億ドル相当の株式のほぼ全額、もう1つは、料理宅配大手ドアダッシュに対する88億ドルの投資から得た非公開の株式数を担保としている。
これらの融資は、サウジアラビアやアブダビの政府系ファンドやソフトバンクGなどの投資家への分配金に充てられるという。ブルームバーグが引用した同社のマーケティング資料によると、SVF1とその後継ファンドであるSVF2は、第2四半期の67億ドルを含め、設立以来291億ドルの分配金を出しているとされる。
2018年の投資家向け資料は、ビジョンファンドは優先ユニットの投資家が「投資原本に対する一定割合を固定報酬」を受け取る、と説明している。「固定報酬支払後、ジェネラル・パートナーと英国の関連会社SBIAが成功報酬を受け取るとともに、資本ユニットの投資家が投資成果に応じた分配を受け取る」と資料は記している。
ソフトバンクGの説明では、この優先ユニットの割合は、全体の約4割で400億ドルに相当し、7%が毎年、優先ユニットの投資家に支払われているとされる。これは上記の報道の291億ドルの分配金との整合性に自信を持つのが難しいだろう。SVFと出資者の間にはまだ公にされていない条件が存在する可能性は否定できない。
SVF1の共同出資者は優先ユニットの年7%の配当金を非常に魅力的に感じているはずだ。出資者の政府系ファンドの持ち主である中東の政府は、国債の発行を通じてもっと安く資本を集めることができ、ソフトバンクGはたとえWeWorkやグリーンシル、カテラなどで大やけどをしても、アリババ株などの資産を信用力の源泉として原本と配当金を保証するからだ。
このようにSVF1の資金は一部は負債のような形で調達されている。繰り返すが、これらの資本コストに対して推測されるリターンは芳しくない。さらに様々な評判を損ねるスキャンダルが持ち上がった。これらの履歴はSVFの2本目以降のファンドが外部からの資金調達に苦しみ続けることを示唆しているだろう。
しかも、いまやあらゆるファンドや企業がベンチャー投資をする時代を迎えており、主要な出資者である中東の政府系ファンドたちはわざわざSVFのリミテッド・パートナーシップ(LP)に加わる必要を感じなくなっているかもしれない。実際彼らが様々なスタートアップに直接投資するケースは増えているのだ。
SVF CFOのゴビルはWSJのインビューではこう主張している。「3年前には『ビジョン・ファンドで何が起きているのか分からない。ブラックボックス』と批判された。今では1号ファンドのポートフォリオ全体で公開企業になったかエグジットが行われた企業は54%に上る。1年前はこの割合は28%だった。投資家にとってはいいことだ」。
幹部が続々離職
別の側面でもSVFが苦境に立たされていることを示すシグナルが出ている。ファンド幹部はCEOの孫正義が設定するリターンの分配について不満を抱いており、離職が相次いでいると米テクノロジーメディアThe Informationとブルームバーグの双方が報じた。
12月にビジョン・ファンドのパートナーに初めて利益を分配する準備をしているが孫は日本式の年功序列の利益分配を行い、大型成功案件を手動した主要メンバーとそうでないメンバーの間で平準化した報酬をつけようとして、離職者を続出させているという。
不満の種は分配が小さいことだ。基本給とボーナスで約70人に対し1億ドルから1億5千万ドルの分配に達する可能性があるというが、これは一流のVCのパートナーが手にする金額からはかけ離れたものになるだろう。米国のVCでは、利益の20%をパートナーに配分することが多く、1人あたり数十億円以上になることもある。
唯一のシニア・マネージング・パートナーであるディープ・ニシャールは最近退社し、シリコンバレーのVCのGeneral Catalystのマネージング・ディレクターへと鞍替えした。ニシャールはSVFの利益分配が少ないと不満を漏らしていたと言われている。
ニシャールは、10X Genomics、Guardant Health、Slack、Pear Therapeutics、Grofersなど三十数件の投資案件に関わっていることが同社のウェブサイトに掲載されている。ニシャールよりも上位の幹部は孫を含めて3人しかいない。
2019年半ばの時点でSVFのウェブサイトに掲載されていた23人の投資パートナーのうち、13人がその後退社したか、最近退社することを発表した。
SVFは約1,000億ドルの資金を調達しVC界のパワープレーヤーになると息巻いており、かつてはパートナーには多額の報酬を約束していたはずだ。しかし、残念なことに現実はそうならなかった。
このパートナーの不満を誘った質素な利益分配は、分けるべき十分なリターンを確保できなかったSVFの懐事情に由来するものだと考えるのは自然なことだ。
また、傘下の資産運用会社フォートレスも売却することを検討しているという。報道によると、この動きの背景には、日本のコングロマリットがフォートレスの事業を自社の事業とかみ合わせることができなかったことがあるだろう。
ソフトバンクGは2017年、30億ドルを超えるフォートレスの買収により、ニューヨークに本拠を置く同社の投資ノウハウを、当時設立されたばかりのSVFの運用に役立てることを意図していた。
しかし、孫の計画は失敗に終わった。米国の対米外国投資委員会(CFIUS)から承認を得るために、ソフトバンクはフォートレスの日常業務に対する一切の支配権を譲ることに同意した。2017年12月に取引が完了して以来、フォートレスは独立して運営されている。
SVFにも積み上がる負債とその意図
ソフトバンクGが好む大量の負債を抱える手法は、孫がレバレッジを好むというだけでなく、租税回避を意図している側面もあるだろう。
ベンチャーキャピタルファンドは通常、新興企業が新規株式公開を行い、株式市場が形成された時点で出資を解消し始め、その後、投資家に収益を分配する。しかし、SVFのやり方は異なり、同社はベルリンに拠点を置く中古車売買のオンライン・プラットフォームであるAuto1 Group SEの全株式も担保に入れているという。この株式は、既存のローンの追加担保として差し入れられている。
SVFは2019年にも同様の戦略を展開しており、Uberなど、最近上場したか上場間近のシリコンバレー企業2社の株式を担保にして、約40億ドルの借り入れを手配した。これにより、SVF1は、3月の上場以来約15%下落したクーパンの株式を売却することなく、配当金を受け取ることができる。新興企業の株式を売却せずに借り入れることで、ソフトバンクGはキャピタルゲイン税の支払いを回避し、将来的に株式が上昇した場合にはその恩恵を受け続けることができる。
これは、ソフトバンクGがアリババの株式を保有する際にも採用した方法だ。アリババの株価は、中国の電子商取引大手が2014年に上場した後、数年間にわたって順調に上昇し、ソフトバンクGはその株式を担保にして約100億ドルの低コスト融資を受けることができた。
2番目のSVFは、6月にケイマン諸島の関連会社SVF II Buzzard LPを通じて、中国最大の住宅取引オンラインプラットフォームであるKEホールディングスの米国預託証券(ADR)を担保とした信用取引を行った。ブルームバーグが参照した7月29日に提出された書類によると、北京がテクノロジー企業を取り締まる中でKEの株式が半分以上の価値を失ったため、この融資契約は終了したという。
SVFは9月下旬時点で時価141億ドルのクーパン株4億9,000万株を、JPモルガン、ドイツ銀行、アラブ・バンキング・コーポレーション、ドバイのマシュレックバンクなどの融資グループに差し入れている。また、10月に提出された書類によると、みずほ銀行も融資グループに加わっている。
このローンの条件は、銀行がマージンコールを満たすために、担保として保有する株式の売却を会社に強要する能力を与えるものだと、この件に詳しい人物はブルームバーグに対して述べている。
※1. AUMについては「AUMは、未実現投資の公正価値、完全および部分的に実現した投資の実現総収入、関連するヘッジおよび受取配当金で構成されている」とSVFは資料の中で定義している。
関連記事
一口15万円の投資を受け付け中
クリエイターをサポート
運営者の吉田は2年間無給、現在も月8万円の役員報酬のみ。
BTCアドレス:3EHYZm8hyCRyM1YSrF97dq8a25t5c2wJy9