企業価値7兆円のJio Platformsは「第2のソフトバンク」か?

インド最大財閥が、通信事業と小売事業を新興国型デジタルプラットフォームである「スーパーアプリ」として融合する前代未聞の賭けに出た。Facebookや優良投資家が出資し、企業価値は7兆円。アジアで最も富裕な男ムケシュ・アンバニはインドのテック業界で勝者総取りを実現するか。

企業価値7兆円のJio Platformsは「第2のソフトバンク」か?

本記事は5/8のAxion Tech Newsletterで公開されたものです。Newsletterの購読はこちらから。

要点

インド最大の財閥が、通信事業と小売事業を新興国型デジタルプラットフォームである「スーパーアプリ」として融合しようという前代未聞の賭けに出た。Facebookと実績のある投資家が出資し、企業価値は7兆円をつけた。アジアで最も富裕な男ムケシュ・アンバニはインドのテック業界で勝者総取りを実現するか。

3億9000万契約者の通信キャリアの親会社にFacebookと米PEが出資

今週、米PEシルバーレイクが、インドのリライアンス・インダストリーズのデジタルテクノロジー部門であるJio Platformsに、566億ルピー(7億4850万ドル)を出資することが明らかにされた。同社は、約400億ドルの運用資産を誇り、技術投資の豊富な経験があり、これまでにもAirbnb、Alibaba、Ant Financial、AlphabetのVerilyとWaymo、Dell Technologies、Twitterへの投資実績がある。

Jio Platforms はインド最大級の財閥であるリライアンス・インダストリーズの100%子会社。Jio Platformsは3億8,800万人以上の加入者を持つ国内最大の通信キャリアであるReliance Jio Infocommを100%子会社の傘下に入れている。リライアンスは通信事業にデジタルプラットフォーム事業を加えることで、13億人の「デジタルインディア」の主役になる考えを示した。

その数週間前には、Jioは、株式9.99%をFacebookに57億ドルで譲渡する取引を発表している。発表によると、資本参加の意図は、インドの6,000万人の零細・中小企業、1億2,000万人の農民、3,000万人の小商人、インフォーマルセクターの数百万の中小企業に焦点を当て、様々なデジタルサービスを提供すること、という。

さらに文書によると、両社は、WhatsAppを利用したJioMartプラットフォーム上でのReliance Retailのニューコマース事業をさらに加速させ、WhatsAppを利用した中小企業の支援を行うための商業パートナーシップ契約を締結した。Reliance RetailのNew CommerceプラットフォームであるJioMartは、何百万もの小規模な商人やキラナ(零細小売店)とのパートナーシップで構築されている。両社は、WhatsAppを利用してJioMartとシームレスに取引を行うことで、消費者が自宅まで商品やサービスを宅配してくれる最寄りのキラナにアクセスできるよう、緊密に連携する計画だ。

画像1. インドの零細小売店「キラナ」。インドでは小売の販売は、依然として、このような零細小売店で行われる。リライアンスはキラナとの強固なネットワークを保持している。

リライアンスは、食料品から電子機器、ファッションに至るまで、海外の有名ブランドとの合弁事業を含め、11,300店舗を展開する広大な小売業を傘下に収める。現状は利益率は薄いが、Jio Platforms があれば、Amazon や Flipkart(フリップカート) の PhonePeが展開するスーパーアプリと競合することができる。

コングロマリットの会長で、アジアで一番富裕な男であるムケシュ・アンバニ(Mukesh Ambani)はFBの投資に際して「リライアンスは、すべてのインド人のためにインドのデジタルエコシステムを成長させ、変革し続けるための長期的なパートナーとしてFacebookを迎える機会を得たことを大変光栄に思っています」と声明を出した。

ただし、リライアンス本体は、急速に国内最大の通信キャリア事業を育てた反動で、多額の債務に苦しんでいる。石油精製と石油化学事業の株式20%の売却をサウジアラムコと半年以上交渉しているが、新型コロナの影響で石油価格が急落し、交渉が長期化。リライアンスの株価は2月中旬から3月中旬にかけて新型コロナのパニックの中で40%以上も急落している。

設立6ヶ月の会社の企業価値は5兆ルピー(約7兆1850億円)

今回のシルバーレイクとの取引により、創業半年のJio Platformsの企業価値は、現在、5.15兆ルピー(約7兆1850億円)に達した。5月8日時点で、PayPayやZホールディングス(ヤフージャパンの親会社)等で同様の展開を見せる通信会社ソフトバンクKKを凌いでいる。

Jio Platformsは、同じユーザー基盤から複数の収益ストリームを得る可能性がある。同じ顧客基盤を、通信キャリア事業だけでなく、電子商取引、生鮮食料品配達、ビデオストリーミングの定額課金等の複数の収益メカニズムで利用する回数が多ければ多いほど、Jio Platformsの収益は拡大する仕組みだ。同社はすでに通信キャリア事業においてサブスクリプションのビジネスモデルを採用しており、消費者が定額課金の幅を広げるよう説得することが可能だ。加えて、その事業の特性から消費者データを取り扱える立場にある。

Jio Platforms は、モバイル、ブロードバンド、企業向けのISP事業を展開する Reliance Jio InfocommやJio Appsのほか、Haptic、Reverie、Fynd、NowFloats、Hathaway、Den Networks などの技術系スタートアップへの投資など、グループのデジタル事業資産を保有する。これらの投資は、ビデオコンテンツ、音楽、自然言語処理、地域言語技術、さらには電子政府まで多岐にわたる。

Bank of America Global Researchの昨年末の報告書によると、アジア全体のスーパーアプリの収益化の観点では、広告だけではなく、決済やコマースに焦点が移っているという。最も成功しているスーパーアプリの事例は、中国のテンセント社のWeChatで、同社は開始から2年以内にデジタル決済で40%の市場シェアを獲得し、ソーシャルと決済の融合を活用して、より多くのコンテンツやサービスを提供している。この中国発の戦略が、東南アジア、インドの近年の支配的なトレンドであり、誰しもがスーパーアプリを構築することを夢見ている。いまでは、ウーバーFacebookAmazonのような米国勢が模倣を試みている。

FacebookとWhatsappの苦境

Facebookはインド国内でFacebook、WhatsAppの世界最大級のユーザー数を確保しているものの、ビジネス面ではGoogleやAmazonの後塵を拝している。苦戦の大きな要因は、インド政府が同社のサービスを問題視していることだ。そのような状況にあるなかで、最大財閥のデジタルプラットフォーム事業への投資はFacebookにとって、コロナ禍のなかでキャッシュの10%を放出する取引だったとしても、とても好ましいものに映ったはずだ。

インド政府とFacebookの摩擦の状況を追ってみよう。今年の1月には、インド政府が、ソーシャルメディアやインスタントメッセージングアプリのプロバイダーに、法執行機関が疑わしいと判断したコンテンツを投稿したユーザーを特定するのを支援することを義務付ける規制の推奨に近づいたと、TechCrunchが報じている。

インド政府は2018年12月下旬、仲介者責任規制(日本のデジタルプラットフォーマー規制にあたる)の一連の変更を提案(PDF)した。以降、細部の変更が繰り返されている。上述の報道以降、2月上旬には、主に外資の大手テクノロジー会社への聞き取りが行われ、2月下旬には再び新しい規制が適用された。都度都度、中小企業からFacebookやGoogleなどの大企業までサービスを大幅に変更する必要が生まれてきたわけだ。

政府は、提案された規則の中で、「インド国内で500万人以上のユーザーを持ち、2人以上のユーザー間のコミュニケーションを促進するサービスや機能と定義されている仲介者(デジタルプラットフォーマー)は、ユーザーの行動に対する全責任を回避するために、疑わしいコンテンツの発信者を追跡し、法執行機関の要請に対し、72時間で応答しないといけない」と述べている(つまりすべてプラットフォーマーは対応しないといけない)。その他、180日間のデータの保持、違法な情報やコンテンツの発見と削除なども盛り込まれた。

FacebookとWhatsAppはこの規制で最も影響をうけている。インドでは、両者は誤情報、フェイクニュース、トロール(ネット工作)などの「ソーシャルメディアの兵器化」の脅威にさらされている。たとえば、僻地の村落では、外部からの訪問者が「村の子どもをさらい殺している」というデマが拡散し、虐殺される事件が起きている。隣国パキスタンとの武力衝突の後には、国内で、インド軍が甚大な被害を被ったとするフェイクニュースの拡散が確認されている。

このような政府との不和は、インド決済公社(NPCI)が運用するデジタルペイメントシステムである「UPI(Unified Payment Interface)」を利用したアプリへの参入にも影を落としている。GoogleがUPIアプリで最大級の決済額シェアを確保する一方で、WhatsAppのUPI利用の認可はNPCIが問題視した「複数の法的ハードル」のせいで、2年遅れている。製品投入は2020年末になる見通しだ、とLivemintが報じている。

スーパーアプリ戦争の行方

さて、肝心のスーパーアプリだが、それが成立する条件は、中国、東南アジアでの状況を勘案すると、3つある、と吉田は推察している。そしてインドはこの3つを満たしている。

1つ目は、モバイルインターネット。新興国ではモバイルで初めて「インターネットに接続された」人々が多数派である。

2つ目は、検索の弱さ。スーパーアプリの原型が生まれた中国では、検索のプレゼンスが弱い。ユーザーは最初のゲートウェイとしてスーパーアプリを訪れるか検索を訪れるかの二択に収まりうるが、検索が弱ければスーパーアプリは繁栄できる。

3つ目は、OSとアプリストアの支配力の弱さ。たとえば、中国のスマホOSの大半を占める「中国のアンドロイド」に対して、GoogleはOSは影響力を行使しかねている。AppleもWeChatを提供するテンセントと長い間、緊張関係にある。

「Jioは第2のソフトバンクではないか」

今回の出資は、提携の意味合いは薄いだろう。むしろ、リライアンス本体が債務の負荷に苦しむ中、Jio Platform単体での資金調達の手段としての投資ラウンドという側面が強い。7兆円のJio Platformは彼の帝国の中で、唯一輝きを見せるポートフォリオだ。JioとWhatsAppがともにスーパーアプリを目的地とするなら、競争は続いていていくだろう。

コングロマリットの総帥であるアンバニは通信キャリア事業での展開でも明らかだが、「勝者総取り」を狙う傾向がある。

重要な問いは**「Jioは第2のベライゾンではないか」だ。ベライゾンはAOLを買収し、AOLとYahooの合併を推し進めたが、思い描くようなデジタルプラットフォームは構築できないままだ。もう一つが「Jioは第2のソフトバンクではないか」**だ。通信キャリア事業からGAFAMと形容される国際的なデジタルプラットフォームの構築を目指したが、シェアリングエコノミーへの賭けはコロナ禍のなかで未曾有の危機に晒されている。

リライアンスの野望はどれだけ米中のプラットフォームとの競争をうまくやるのか、これは、非常に興味深いゲームである。

Photo: "Preparing for the Fourth Industrial Revolution" by World Economic Forum is licensed under CC BY-NC-SA 2.0

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By 吉田拓史
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