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進撃のインドスタートアップ:エコシステムの急成長と多様化

インドの経済は長期的な急成長を遂げる見込みであり、デジタル経済は2025年で1兆ドル規模に到達する見込み。この市場環境の中でインドのスタートアップエコシステムは成長期を迎えているのです。

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本記事はインドの驚異的なデジタル経済の成長とそのふるまいを記述した『【特集】デジタル・インディア 13億デジタル経済の熱狂』 の連載のひとつです。

【連載目次】

特集の序文はこちら

  1. インドのデジタル経済: 13億人が秘める異常な潜在性
  2. インディアスタック INDIA STACK:全国民のデジタル化を支える政府基盤API
  3. Aadhaar 世界最大のデジタルIDプログラム
  4. 政府主導の独自基盤「UPI」がゲームを変えた インドのモバイル決済
  5. Reliance Jioによるモバイルインターネット革命の経緯
  6. インドのスタートアップエコシステムの急成長と多様化
  7. 戦争再び インドの電子商取引
  8. SPOTIFYのインド市場ローカライズ 基本戦術化した価格戦略と軽量アプリ

今年の第2四半期から中国のモバイルインターネットの強力なトレンドがついに成熟期を迎え、ベンチャーキャピタル投資が中国の西、東南アジアとインドに向かうトレンドへと移ってきています。

インドの経済は長期的な急成長を遂げる見込みであり、そのなかでもデジタル経済は2025年で1兆ドル規模に到達するとみられるだけでなく、富裕国のモデルを飛び越える指数関数的な変化をもたらす要素であるとみられています。

1. エコシステム

そのような市場環境の中でインドのスタートアップエコシステムも当然、成長期を迎えているのです。

調査会社Nasscomの報告書によると、2018年1〜9月期、合計ベンチャー投資額は42億ドル(前年同期比108%増)、一件あたりの平均投資額は940万ドル(前年同期比144%増)と成長のさなかにあります。投資件数は前年同期の529件から451件に減っており、「集中と選択」が起きたとみられます。

2018年には、CureFit、LendingKart、Furlenco、Pharmeasyのような大手新興企業による債務による資金調達も行われました。イノベン・キャピタル、トリフェクタ・キャピタル、アルテラ・キャピタルなどの債務ファンドはますます活発に融資を行うようになっています。

2018年はインドのユニコーンにとって画期的な年でした。2018年のスタートアップの資金調達は昨年からほぼ倍増。2019年に入ってもユニコーン数は2018年同様のペースで増加しており、8月19日現在、25のユニコーンが確認されています。

ユニコーンの急増の背景は後期段階の資金調達の成長と考えられています。一部の有望と見なされたスタートアップには、米中の事業会社のほかプライベートエクイティ(PE)の資金が注がれています。

インドは世界で3番目に大きなスタートアップのエコシステムを形成しつつあるのです。

2.  次の大きなこと:B2B

インドのスタートアップで素早く成功を収めたのはB2Cでしたが、近年B2Bの堅調な成長が追いついてきました。B2Bスタートアップの会社数はインドのスタートアップ全体の43%を占めています。大企業、中小企業、金融サービス、病院のデジタルトランスフォーメーション(DX)は、B2Bスタートアップの製品の需要を喚起しています。元々、インドには欧米諸国からの請負システム開発の素地があり、B2Bの事業開発、システム開発に関して豊富なノウハウと人材の蓄積があるのです。

インドのB2Bスタートアップにとって記念碑的なユニコーン誕生が昨年から二件起きました。ひとつは「インド版のSalesforce」の Freshworks は昨年セコイアとアクセルから1億ドルの投資を受け、時価総額10億ドル超えを達成したことです。 Freshworks はすでに海外展開をしています。米国で成功したモデルをインドナイズすることでユニコーンが生まれ、しかも今度は海外展開を目論んでいます。

先月には契約管理ソフトウェアの Icertis が1億1,500万ドルを調達しユニコーンになりました。Icertis は米国で流行しているリーガルテックですが、Google, Microsoft, Daimler, Airbus, Johnson & Johnson, Lupin, Infosysなど200万社を顧客とし、570万件の契約を管理し、その契約書の金銭的価値は1兆ドル超なのです。

Freshworksや IcertisのようなB2Bプレイヤーが雨後の筍のように現れると考えられます。

それは裾野の広さのためです。2014年から2018年の間に、インドの B2Bスタートアップの数は900から3,200に3倍以上になったことがNetAppとZinnovの共同調査で明らかにされました。その調査によると、B2Bの新興企業は、2014年の26%から2018年の43%に成長し、技術系新興企業全体に占める割合が増加しました。並行して、資金調達が急増し、5年間で調達総額が364%増という成長を遂げました。

B2Cは参入障壁が低いため事業を開始しやすいかもしれません。しかし「賭け金」ははるかに高いです。 B2Bの場合、参入障壁は大きくなりますが、顧客企業がビジネスプロセスやソフトウェアを毎年シフトすることはないため、B2Cはより堅実です。その代わりB2Bの成長には2年ではなく10年ほどの期間が必要と考えられています。

IT産業の集積地であるベンガルール(バンガロール)には400以上のグローバルなカスタマーサポートセンターとR&Dセンターがありますが、AIやデータサイエンスなどの新興技術の「高品質の人材プール」も存在します。

ムンバイはインドの銀行システムの本拠地であり、フィンテックの新興企業の成長を促進しています。 昨年、マハラシュトラ州はフィンテック専用の政策をリリースした最初の州になりました。 一方、デリーでは、インド工科大学(IIT)デリー校およびデリー大学のエンジニアリング人材にアクセスできます。

これらの地域に加えて、500社を超える新興企業の総計を占めるハイデラバード、プネ、チェンナイは、次のB2Bハブになる態勢が整っています。 「柔軟な経済政策、州政府の支援、さまざまな産業へのアクセスが成長をもたらしました」と報告書は述べています。

3. ビジネス環境

このデジタル経済に関する記事、「IndiaStack」に関する記事、生体認証基盤「Aadhaar」に関する記事、Reliance Jioに関する記事で指摘した通り、強気になっていい環境である。

また世界銀行による「ビジネスのしやすさランキング」でインドは2016年の130位から2018年には77位まで順位を大幅に上げている。ただしまだ低水準であることには変わりはなく、不動産登記、契約履行、納税などの面で改善の余地が大きい。事業インフラの改善に向けた息の長い取り組みが必要になると考えられます。

4. ベンチャーキャピタル

インドでは米系VCの影響力が強いです。アーリーステージ投資まではセコイア・インディアとアクセルパートナーズがそのファンドサイズとブランドで他を圧倒しています。

インドの金融コンサルティング会社Grant Thorntonの「The fourth Wheel 2019」によると、投資件数ベースの比較でアクセル・パートナーズとセコイア・インディアの両方が27件で首位。両者はファンドサイズと一件あたりの投資額も大きいため、総投資額で他を圧倒しているとみられます。

前述のNasscomの報告書によると、2018年1〜9月期で、シードステージでは米Yコンビネーターと地元ブルームベンチャーズの8件が最大。アーリーステージでは、アクセルパートナーズ16件、セコイア・インディア13件、IDGベンチャーズと米系が上位3位を独占しています。

インドと東南アジアに投資するセコイア・インディアは国内最大のベンチャーキャピタル会社で、7つのファンドで約45億ドルの運用資産を保有しています。東南アジアとインドを股にかけたポートフォリオのユニコーンは11社に上ります。彼らはこの地域では先駆者利益を活かしYコンビネーターのように振る舞っています。アクセラレイタープログラムが「Surge」ではGoogleの東南アジアとインドの支社で幹部を務めたRajan Anandanがプログラムを統括しています。今年1月に開始した第一期には1570社の応募があり、1%程度の17社が採択されるという驚異的な競争率となりました。

アクセルもまたインドで3社のユニコーンを手がけています。Economic Timesによると、アクセル・インディアの直近の4億5,000万ドルのファンドでは、投資の70%が執行されました。合計10億ドルの資産を管理するアクセル・インディアは消費者、B2Bまたはマーケットプレイス、フィンテック、ヘルスケア、およびエンタープライズSaaS企業の5つの幅広い分野に投資しています。

2018年はインドのEコマース最大手Flipkart(フリップカート)の株式77%が米スーパーマーケットチェーンのウォルマートに160億ドルで買収され、インド最大のExit案件となりました。 今後も米系のアグレッシブな投資は続くとみていいでしょう。

ただ、中国のベンチャー投資が増えようとしています。

Qiming Ventures、Morningside Ventures、CDH Investments、01VC、Orchid Asia Groupなどのファンドは、金融および教育技術、eコマース、コンテンツ、オンライン広告などのインドの新興企業の株式を買っています。これらのファンドはインドのVC投資において先駆者利益を築いて価格設定の優位性を構築することを目指していると言われています。

これらの中華VCは中国のスタートアップ黎明期におけるシードおよびシリーズAファンドの成功により大きなリターンを得たことからインドで同様のリターンを得ようとしていると考えられます。彼らはインドを今後8〜10年で中国よりもインドの方が高いアルファを享受できるとみているでしょう。中国の投資家は、本国で経験した「出口」に関するより明確なロードマップがあるため、今後2年間で数と価値の両方でインドの投資を大幅に増加させると予想されます。

5. 積極的な政府支援

モディ政権はスタートアップ支援施策「Startup India」(スタートアップ・インディア)を進めています。インド国内でスタートアップの成長を促すことで、持続的な経済成長と雇用創出につなげることを目指しています。2016年1月公表された「アクションプラン」は、諸手続きの簡略化、資金支援とインセンティブの付与、産学連携とインキュベーションの促進などをかかげました。ここにはスタートアップインディアには一定の金額以下のスタートアップ投資に基づくキャピタルゲインへの減税、スタートアップ企業への創業以降3年間の法人税減税等の減税も含まれていました。またスタートアップ企業を悩ましていた「エンジェル税」と呼ばれる所得税についても税制を修正しました。エンジェル税は名前とは、資金調達のために自社株を売却する際、公正な市場価格よりも高く売却した場合はその差額に対して30%の所得税が課されるという枠組みで、違反すると100%の罰金が課される恐れもあり、資金繰りに苦しむスタートアップの足かせになっていました。

この中央政府の動きに呼応して、地方政府も相次いで促進策を打ち出しており、全国各地でスタートアップの誘致競争が繰り広げられています。ベンガルール(バンガロール)、ムンバイ、デリーの3都市に集積する傾向がありましたが、これ以外の大都市でもスタートアップの創業が盛んになっています。

モディ首相は今年4月の下院総選挙で、自ら率いるBJPが大勝したことを受けて、スタートアップ支援基金を従来の2倍の30億ドルの水準に引き上げる予定です。モディ首相は公約として、2024年までに500のインキュベーターとアクセラレーターの開設、50000の新たなスタートアップの起業支援、100のイノベーション・ゾーン設置等の政策を打ち出す等、今後もスタートアップ・エコシテムを積極的に支援する方針を示していました。

モディ首相のヒンドゥーナショナリズムは安全保障、社会上の緊張を生み出すことがありますが、ヒンドゥー教徒をひとつの投票ブロックにまとめ、力強い政治力をモディ首相に付与しています。モディ首相が定めた「デジタルインディア」のキャンペーンの中、前政権から続けられた努力である「インディアスタック(IndiaStack)」などの基盤が整いつつあります。モディ首相が選挙で大勝したいま、これらを経済政策に生かせる可能性があるでしょう。

参考文献

NASSCOM, "INDIAN TECH START-UP ECOSYSTEM"

A World Bank Group Flagship Report "Doing Business 2019", World Bank Group

Grant Thornton "The Fourth Wheel 2019"

Forbes India "Exclusive: How Sequoia became India's biggest venture capital firm”

Bain & Company, Indian Venture Capital Association "India Private Equity Report 2019 - Bain & Company"

Takushi Yoshida

Published a year ago