インドネシアのデジタル決済:中華モデルの移植実験
インドネシアのモバイル決済の取引額は2020年までに459兆ルピア(約300億ドル)に達すると予測される。成長の鍵をウォレットから直通で購入できる金融商品が握っており、GO-JEKとGrabの「スーパアプリ戦争」の重要な戦場になるだろう。
本記事は富裕国を飛躍(リープフロッグ)する東南アジアのデジタル経済の「攻略本」となる『【特集】東南アジア デジタル経済 攻略』 の連載のひとつです。特集のトップページはこちらです。
【連載目次】
- 『6億経済圏のデジタル変革 東南アジアのデジタルエコノミー』
- 『GO-JEK VS GRAB 1兆円スーパーアプリの決戦 テック経済レビュー』
- 『スーパーアプリとは?WECHATが編み出した最強のモバイルファースト戦略』
- 『大競争時代の到来:東南アジアのデジタルウォレット テック経済レビュー#10』
- インドネシア デジタル決済: 中国モデルの「移植実験」
- 『東南アジアEコマース帝国の台頭』
- 風雲急を告げる 東南アジアのオンライン旅行市場
サマリー
インドネシアのモバイル決済の取引額は2020年までに459兆ルピア(約300億ドル)に達すると予測される。成長の鍵をウォレットから直通で購入できる金融商品が握っており、GO-JEKとGrabの「スーパアプリ戦争」の重要な戦場になるだろう。
0.イントロダクション
前回の記事では東南アジアのデジタルウォレットの状況についてざっくり説明している。今回はウォレットから広がるエコシステムについてインドネシアに集中してさらに深く掘ってみよう。
1.WhatsAppは自社基盤諦める
FacebookのメッセージングサービスWhatsAppは、モバイル決済サービスを提供するため、インドネシアの複数のデジタル決済会社と交渉しているとロイターが今週報じた。
WhatsAppはインドネシアでは既存のデジタルウォレット経由の支払いをサポートする形で支払い、送金機能を提供する考えであると、情報筋はロイターに語ったようだ。WhatsAppがインドネシアで決済事業を行うためのライセンスを取得するのは難しいようだ。報道によると、WhatsAppは、Go-Jek、中国のAnt Financialが支援するモバイル決済会社のDANA、インドネシアの複合企業Lippo Groupが所有し、Grabが支援するOVOなどのいくつかのデジタル決済会社と交渉しているという。
Facebookは開発中の暗号通貨「リブラ」をこの地域に応用する見通しはないようだ。WhatsApp上のペイメント(支払い)の実装は、WeChat Pay(微信包銭)の成功以降、FacebookがWhatsApp等に取り込みたい機能である。インドではUPI(統一ペイメントインターフェイス)への参加を申請しているが、政府の承認プロセスが難航しており、地場勢に加え米系テックのライバルであるGoogleやAmazonに対しても遅れをとっている。
メッセージングアプリ上での送金は典型的な「スーパーアプリ」であるWeChatで成功。2018年にWeChatの1日の合計支払いトランザクション件数は10億を超えている。フィンテックとクラウドコンピューティングで構成される「その他」カテゴリはテンセントの収益源の中で最も成長が著しいカテゴリのひとつである。韓国のKakaoもこの例を追って、メッセージングアプリへのデジタルウォレットの据え付けに成功している。Facebookはインドネシアではこのドル箱戦法を使えなくなってしまった。
2. 低いデジタル決済の普及率
東南アジアにおけるデジタル財布のプレゼンスはまだとても低い段階だ。最近のGoogleの調査では、東南アジアのインターネットユーザーの2人に1人未満がデジタル決済を採用しており、フィリピンでは5人に1人、ベトナムでは4人に1人の割合で導入されている。取引全体の価値ではかるとそのシェアは一桁台前半である。AlipayやWeChat Payなどがオンラインとオフラインの両方のマーチャントで広く使用されている中国と比較すると、著しく低いのだ。
この低い取引シェアは、ゲーミングやサブスクリプション型のミュージック&ビデオオンデマンドなどのデジタル商品の成長を妨げている。「ほとんどの東南アジアのインターネットユーザーは、より便利なデジタル支払いでサービスへの支払いが許容されているにもかからず、無料または広告でサポートされている代替手段を依然として好んでいる」とGoogleとTemasekの報告書は説明する。
一方、地域のすべての主要なeコマースプレーヤーが代金引換(Cash on delivery)による支払いを受け付けるが、これにはユーザーとeコマース提供者側の両方にコストを強いている。配送会社による高い手数料が発生するからだ。米国ではキャッシュカードによるオンライントランザクションがAmazonの事業拡大を可能にしたが、東南アジアのデジタル財布には同様の役割が期待されている。
多くの企業が過去数年間にわたり独自のサービスを構築するために大がかりな投資をしてきた。ユーザーのデジタル財布利用を促進するためにこれらのプレーヤーはポイントキャンペーンやキャッシュバック等の便益を提供している。
この記事でも説明したように、東南アジアでデジタル財布に注力しているのは、Go-JekとGrabという配車企業である。配車企業は、Go-PayやGrab Payなどの独自のデジタル決済を立ち上げて、東南アジアの「スーパーアプリ」になるための戦略の土台をデジタル決済に据えた。、Grabはインドネシアに関してはKudoやOvoなど、この分野で事業を行う新興企業とも積極的に提携し、Ovoを同国の決済事業の主軸に据えている。地元華人財閥リッポーがもつ代理店やマーチャントのネットワークと単独でのライセンス獲得が難しいことがその理由と見受けられる。
3. デジタル決済の経緯
さて、ここでインドネシアのモバイル決済が辿った経緯を振り返ってみよう。国営通信会社テレコムセルの研究所Metra Digital Innovationと国営銀行Mandiriの保険部門であるMandiri Sekuritasによる"Mobile Payment Indonesia" を参照する。
モバイルネットワーク事業者は2007年にインドネシアでモバイル決済サービスを開拓した。テレコムセルの「T Cash」は2007年に最初に発売され、2008年にインドサットの「Dompetku」、2012年にXLの「XL Cash」が続いた。これらはGSM(Global System for Mobile)で利用可能なメッセージ交換技術であるUSSD(非構造付加サービスデータ)テクノロジーに基づいて構築されたモバイル決済サービスである。主に付加的な通信(SMSと類似)、公共料金の支払い、送金に使用されている。 通信会社のUSSDベースのモバイル決済サービスは、比較的高い採用率を享受した。たとえば、テレコムセルは3〜4年の運用後、T Cashの加入者約8百万人を集め、顧客は主に公共料金の支払いと通信料の補充にサービスを使用しました。 ただし、USSDテクノロジーの下での支払いコードの入力の複雑さは、他の規制上の制限とともに、採用を抑制し、モバイル決済サービスのさらなる拡大を妨げたとテレコムセルは主張している。
この後、中国のQRコードベースの支払い成功に触発され、インドネシア中銀はジョコ・ウィドド政権の誕生を見越して“Gerakan Nasional Non-Tunai”(国家キャッシュレス運動)を提唱した。インドのモディ首相も同年の下院選挙で率いるBJPが勝利し、選出されており、その後有名な高額紙幣廃止から始まるキャッシュレス政策が開始されたのだ。
インドネシア中銀の認可が開放された2017年から大手モバイル決済アプリとインドネシアの金融機関はQRコード支払いの競争を開始した。レガシーのデビットカード/クレジットカードなどの従来のカード型支払いは、加盟店が電子的売上伝票情報処理(EDC)マシンの購入とメンテナンスを伴うため、加盟店の保持コストが高くなる。 銀行は、1店舗あたり1つのEDCを借りて維持するために、1か月あたりRp500-700k(3700〜5300円)の費用がかかると、インドネシア中銀は推定している。
安定した電気接続も必要とするEDCとは異なり、最も簡単な形式のQRコード決済は、支払いを促進するためにマーチャントの地点で静的QRコードステッカーのみを必要とするだけだ。初期コストを考えると、QR支払いは、従来の電子バンキングチャネルよりも優れた、組織化されていない食品および小売業、特に零細、中小企業に浸透するのに役立つだろう。
現在、QR支払いを実施するすべての当事者は、インドネシア中銀に登録し、認可を得た上で運営しなければなりません。中央銀行は、QR支払いの大きな採用の可能性を認識し、相互運用性とセキュリティを確保するためにすべてのサービスプロバイダー間で共通のQR支払いの技術標準を設定した。
8月にはQRコードのインドネシア中銀(BI) は、クイックレスポンス(QR)コードの国家標準である「クイックレスポンスインドネシア標準(QRIS)」を17日に開始。年内が対応のための期間とし、2020年から実装を求めている。中銀によると、2019年8月中旬の時点で、モデルと仕様が異なる26のQRコードベースの決済サービスプロバイダー(銀行と非銀行)があり、断片化が著しい。QRISを導入すると、マーチャントは発行者ごとに異なる標準のQRコードを実装する必要がなくなる。だが根本のシステムの断片化は依然として残されており、数社による寡占によって利便性を担保するか、インドの「UPI(統合ペイメントインターフェイス)」のような基盤の統一が相互運用性を担保するための解決策になるだろう。
インドネシアはソフトウェア技術者の確保が難しい国である。Go-Jekは買収したインド・グルガオンのベンチャー企業をそのまま開発拠点にしており、Grabもシンガポール、インドなどでメインの開発を行い、インドネシア国内ではほぼ開発をしていない。
またインドネシア中銀は、普通のインターバンクの決済ゲートウェイ(NPG: National Payment Gateway)の統一規格化を実行するのも、シンガポール、マレーシア、タイからかなり遅れてしまっている。ということは、**UPIのようなものを作るのに必要な知見がないだろうし、それを可能にする技能をもつ人材の確保も期待できない状態である。インドネシアの市場は海外で開発される中華型デジタルウォレットを国内で使う方向に向かっている(日本の一部の○○ペイも同様の傾向がある)。
インドネシア中銀は、従来の電子バンキングチャネルで発生していた非効率性を回避するために、QR支払いの規制と技術基準を調和させるためのリーダーシップを取っている。中国人民銀行は2018年6月末、デジタルウォレットと銀行間の精算を「NUCC(網聯清算有限公司)」というひとつの精算システムに一元化した。上述資料の"Mobile Payment Indonesia"は中国のアリペイなどのサービスを研究しており、インドネシアのデジタル財布・決済の規制は中国の手法を指針とする可能性もあるかもしれない。将来的に取引量が増えてくれば、インドネシア版NUCCを採用する可能性もあるだろう。
4. 中国のケーススタディ
現在、インドネシアのほとんどのモバイル決済サービスは、取引量を増やすため、キャッシュバックあるいは値下げを通じて、すべての取引を助成している。この非常に競争の激しい市場と、モバイル決済ライセンスに関する厳しい政府規制により、最終的には寡占的な市場構造が形成され、著名な支援者のいない初期段階のスタートアップが市場に参入して成功することはほぼ不可能になると考えられる。中国市場では、AlipayとWeChat Payがモバイル決済市場シェアのほぼ90%を占めている。
中国から私たちが学ぶことができる最良のユースケースのひとつは、モバイル決済プラットフォームから収集された消費者データを使用して他の金融商品の利用を促すアリババの製品開発からだろう。アリババの金融技術部門であるAnt Financialはマネーマーケットファンドである余額宝(ユアバオ)を2013年にTianghong Asset Managementとの合弁で開始した。それからわずか4年の2017年、余額宝は世界最大のマネーマーケットファンド(MMF)になった。アリババが保有するSouth China Morning Postによると、このファンドの純資産は2018年末で1.13兆元(1,680億ドル)で、世界最大だった。
余額宝は超巨大な投資信託だが、ユーザーの視点から見るとウォレットから簡単な操作で資金を出し入れでき、しかも銀行預金よりも格段の利率のいいひとつのアプリの機能にしかみえないのだ。
もともとアリババの電子商取引プラットフォームであるタオバオ(淘宝)とTmall(天猫)で取引される資金を部分的に管理するために設立されたYuee Baoは、2013年にTianhong Asset Managementが立ち上げた1つのMMFから始まり、2018年末の段階では20のMMFまで成長した。
Alipayのなかのセクションである「Ant Fortune」からは余額宝を含めたさまざまな金融商品を購入することができる。またトランザクションデータなどから算定される信用スコアの芝麻信用(Sesami Credit)については日本でもかなり有名になったので今回は触れない。
このようなデジタルウォレットから接続できる金融商品の多様化、また芝麻信用を基盤とした各種サービスへのアクセスが生まれてから、中国人はウォレットに決済以外に必要なお金を載せるようになり、取引量が著しく上昇したという経緯がある。
インドネシアのプレイヤーも同じシナリオをなぞるためにちょうどその進化の過程を試みている最中である。
さて、この記事ではある程度ふれたが、Go-PayとOvoというインドネシアのマーケットリーダー候補について説明しよう。これはGo-JekとGrabの「スーパーアプリ」の競争である。
5. Go-Pay
当初、GO-JEKはバイク配車サービスとして開始された。インドネシアの大都市ではバイクタクシーは一般的な習慣でだったが、GO-JEKはモバイルアプリを使用することでより便利で安全になったのだ。「バイクタクシーのUber」である。その後すぐに、元々都市部では食料品配達の文化があり、また類似サービスが先に展開していたこともあり、GO-FOODサービスがアプリに追加された。これは「Uber Eatのバイク版」だった。
GO-FOODでは当初、ライダーは消費者に代わって食料を購入するために自分の現金を使用する必要があった。しかし、食料品の代金を払うことを拒否したり、いたずらの注文をしたりする人が一定数おり、その被害を一時的にあまり所得の多くないライダーが受けないといけなかった。
アプリ内のデジタルウォレットであるGO-PAYサービスが、アプリエコシステム内のすべての支払いに対して適応することで、この問題を解決した。このときのGO-PAYの主な目的は、自分のお金を使うリスクを負わないようにドライバーを保護することだったという。 GO-PAYを導入すると、食料が配達されると、消費者のモバイルウォレットから食料販売店に支払い残高が移動し、ドライバーは支払い経路から除外された。
オフライン購入にGO-PAYクレジットを使用することは、サービスの次の進化だった。 GO-JEKは、2018年5月にQRコード支払いライセンスをインドネシア中銀から付与された。400人の営業スタッフが、KYCプロセス等を確かにしながら熱心な加盟店の登録をしているという。 最近では、GO-PAYのQRコードはさまざまなマーチャントで利用できるようになっている。 国際的なコーヒーフランチャイズから道端の屋台、さらにはムスリムの義務の一つとされる喜捨(ザカート)を一元的に統括する政府機関「BAZNAS(Badan Amil Zakat Nasional)」による寄付までを含んでいるのだ。
マーチャントがGO-PAY QR コード支払いの受け入れを開始すると、GO-JEKはその大規模な利用者になめらかな支払いの利便性を提供すると同時に追跡可能なトランザクション履歴を作成する。マーチャントは自らの取引履歴を活用して、銀行に対し運転資金の融資申請できるのだ。インドネシアではバイクや農機具の購買などで少額融資のスキームがすでに発達しており、与信をGO-JEKが手伝っているのだ。
Go-JEKが開始したSwadayaプログラムでは、銀行と提携して、以前は銀行を利用していなかったマーチャント(タクシードライバー)の金融アクセスを促進する。いくつかの例には、ドライバーのための補助金付き住宅ローンの利用を促す国営銀行バンク・タブンガン・ネガラ(BTN)とのパートナーシップが含まれる。そして、GO-FOODマーチャントのためにKUR(Kredit Usaha Rakyat: 庶民事業融資)を支払うBNIとのパイロットプロジェクトもある。地元企業のGO-PAYは政府や国営企業との協同により、銀行のない人々(Unbanked)が正式な金融サービスにアクセスするための架け橋になっている。
Swadayaプログラムは、GO-JEKパートナーの財政管理を支援し、ドライバーの生活を改善することを目的としている。タクシードライバーは高給が得られる職ではなく、彼らの大半は売上を現金で管理しており、具体的な金融プランを持たない人が多い。地方都市のソロでは、ドライバーはSwadayaを通じて政府機関が提供するハッジ(巡礼)のための貯蓄、ウムロ(小巡礼)のための貯蓄などの利用が可能になり、4500人が地場保険スタートアップPasar Polisや欧系保険会社Allianzが提供する損害保険に加入したと地元紙のJawaPosが報じている。
GO-PAYには、電気、社会保障、ケーブルテレビとインターネット、水道とガスなどのを支払うための「GO-BILLS」機能がある。これは本家のAlipayやWeChat Payの機能を応用したものである。
さらにGO-JEKが先月Moka POSという販売情報管理スタートアップを買収した。
Moka POSはインドネシアの中小企業向けにモバイルPOS(Point-of-Sale: 販売時点情報管理)テクノロジーを構築。Mokaはインドネシアの200の都市にいる18,000の商人に利用されており、様々なペイメント商品との接続性があり、オフラインペイメントの陣取り合戦に有用だとの判断があったのではないだろうか。またMokaは貸金業などモバイルPOSを超える役割を持っており「スーパアプリ」を標榜するGO-JEKにとっては好ましいものだったかもしれない。
インターネット企業から見たとき、POSはオフラインの購買を可視化する策である。デジタルウォレット運営者にはトランザクションのデータは貯まる。ただし、そのトランザクションの主体はわかるが、売買された物品のデータは基本的に手に入りずらい。POSの獲得はGO-JEKからの情報の可視性を引き上げる手段でもあるのだ。
6. Ovo
Ovoはインドネシアの華人財閥リッポーグループ所有のショッピングモール内のマーチャント向けのロイヤルティプログラム(ポイントカード)のモバイルアプリとしてスタートし、近年はそこに決済システムを加えることで成熟してきた。獲得したポイントは、参加している加盟店の商品やサービスに消費者によって引き換えられ、取引データが分析されて、顧客とその個々の習慣や好みをよりよく理解することができるという目論見のようだった。
リッポーの主力事業は大型の複合開発を行うデベロッパー。モールとアパートメントの混合型の都市型開発から住宅街、各種娯楽施設、モールなどを組み合わせた郊外型開発の双方を手がけており、上位中所得者層から高所得者層が利用者の中心。中華型デジタル財布の潜在利用者として有望である。
リッポーのモール事業を担うLMIR TRUSTによると、インドネシア全国に30のモールをもちポートフォリオのバリュエーションは18億ドル。入居テナントは3697、総売り場面積910,749平方メートル、入居率92.9%、年間買い物客数(のべ)は1億6980万人に上るという(2018年12月31日時点)。
モールの中で生まれたOvoはテナントを助けるという観点で利用者獲得をはかった。ロイヤルティプログラムを通じてショッピングデータの分析を提供し、テナントが顧客のニーズによりよく応えるのに役立つ情報を明らかにするのに役立たせるという手法だ。同時にポイントを得た来客はモール内の他のテナントでそれを消費するため、モール内回遊の促進に役立てた。さらに、後から加えられたプロプライエタリなデジタル支払いシステムは、現金の取り扱いと簿記に関連するテナント企業の難しさを解決することにも役立った。販売プロセスの一部をモール側が提供していルという形だ。
リッポーは近年メディア事業の拡大が著しい。インドネシアのEコマース市場で複数のテレビ局を運営する財閥Emtekが支援するBukalapakが、無料のテレビ広告を乱発して国際資本が支援する競合(トコペディア、ラザダ、ショッピー)の一角を崩した例にならい、リッポーも自社のプロパティであるモールとメディアによる無料広告で一角を崩す野望をもっていたようだ(我田引水の広告やテレビ番組を製作することはインドネシアではよくあることだ。そもそもインドネシアに限らないことだろう)。
だが、Ovoはモール利用者を越えるトランザクション(取引)を獲得するのに苦しむことになった。昨年、Ovoはライセンス取得に苦慮していたGrabと提携し、資本を受け入れた。これでOvoの利用がGrabのアプリエコシステムに広がり、取引量が急激に増大したのだ。
2019年8月時点でGO-PAYとOVOの機能上の違いはあまりないかもしれない。このため、中国のシナリオをなぞるなら先に指摘したように金融関連商品の開発がインドネシアという巨大市場を制する鍵になるはずだ。
7. インシュアテック(保険テック)の可能性
インドネシアでは従来型の保険商品では多数派の人々の関心を買うことができない。OJK(インドネシア金融庁)のデータによると、インドネシアの保険リテラシーは実際には2013年の17.9%から2017年には15.8%に低下。2016年にOJKが実施した全国調査では、金融全体のリテラシーも2013年に21.8%から29.6%に上昇したが、低調なままである。2億6,400万人の国の保険普及率は、世界で2%未満(加入者は450万人)に過ぎない。このためOJKは、国民がより身近に接するデジタルチャネルでの保険加入を奨励している。
現在、インドネシアでは生命保険が支配的なセグメントであり、セクターの3分の2を占めている。 生命保険は、2016年の保険料で126億ドルに達している。損害保険は、損害保険と自動車保険によって推進されており、2つが損害保険市場の54%を占めている。ミュンヘン再保険によると、保険料で最も急成長している損害市場の中で、インドネシアのCAGR(年平均成長率)はインドに次いで2番目であり、生命保険市場では世界で最も高いCAGRを誇っている。
インドネシアの銀行はすでに既存の顧客基盤を持っているため、インドネシアの成長保険の主なチャネルはバンカシュアランス(銀行とのパートナーシップを通じて製品を販売する保険会社)だった。 バンカシュアランスチャネルを通じた生命保険料は、2016年と比較して74%増加した。 Oxford Business Groupによると、従来型の代理店では6%の増加に留まる。チューリッヒによる地元保険会社Adira Insuranceの買収やFWD Groupによるオーストラリア連邦銀行のインドネシア生命保険ユニットの買収など、海外保険会社による近年のM&Aには、成長分野である長期的な銀行販売パートナーシップが含まれている。
健康保険に関しては、社会保障庁(BPJS)が管理するインドネシアの健康保険制度に登録されているインドネシア人は1億3千万人を超えている。ただし、BPJSの保険からは美容、矯正、不妊治療、薬物リハビリなどのサービスは除外されている。 BPJSは、活発な参加者の増加のため巨額の赤字に苦しんでいる。
8.デジタル保険の勃興
インドネシアの起業家は、さまざまなテクノロジー対応のビジネスモデルをインドネシア市場に採用し、調整している。初期の2つの例は、SleekrとPasarPolisだ。
2015年に設立されたSleekrは、米国のGustoのモデルから借用し、人事管理、給与計算、あるいはビジネスプロセスのために、小規模企業に業務自動化ソフトウェアの組み合わせを提供している。 今日、Sleekrはインドネシアの10,000の中小企業で働いており、従業員1人あたり月額1〜2ドルを請求している。
将来的には、Sleekrは健康保険を含む金融サービスの販売業者になると思われる。これは、Gustoが医療、ビジョン、歯科保険を仲介する方法を模すことになるが、Sleekrは時間のかかる政府のBPJSプログラムを通過するのを嫌がる小企業にグループ健康保険を販売できる等の利点があるだろう。
一方、PasarPolisは中国の衆安保険のB2B2Cモデルの移植を進めている。PasarPolisは元々行っていた労働集約的なモデルから衆安保険のモデルにシフトしてきた。提携するGo-Jek、Tokopedia、およびTravelokaのビジネスの周辺に保険商品を開発していくことになるだろう。PasarPolisは25万件のマイクロ保険をGo-Jekのドライバー80万人に販売した。Travelokaとの協同の目的は旅行保険サービスを提供し Tokopediaはプラットフォーム上の売り手と買い手に保険サービスを提供することを目指している。金銭条件は非公開だが、DealStreetAsiaが3つの地場ユニコーンがPasarPolisに500万〜800万ドルを注ぎ込んだという報告がされていた。
PasarPolisのビジネスはスーパーアプリを標榜する各社にとって戦略性が高いものだ。デジタルウォレットを含む情報源をもとに作成した信用スコアに応じて保険料が動的に変化するなどの商品開発が想定できる。ユニコーン3社から投資を受けたことからもその状況がうかがい知れるし、ユニコーンは3社ともインドネシアのものであり、GO-JEKのエコシステムの中に入ったと考えていいだろう。
ただ、衆安保険が活躍する中国のGMV1兆ドルのeコマース市場は、インドネシアの現在のデジタル経済よりも37倍大きいため、PasarPolisにはよりインドネシアの規模に合う保険商品の開発などのローカライズも必要になってくるだろう。
Pasar Polisには厳しい外部要因が生まれつつある。それはモデルの衆安保険自体がインドネシアに上陸しようとしていることだ。
9. 衆安保険とGrabの提携
衆安保険は、2013年にAnt Financial、中国平安グループ、テンセントの合弁で設立されたインターネット専業の損害保険会社。同社が最初に一般消費者向けに投入した商品はeコマース向けの返品送料保険だ。これは淘宝網(タオバオ)などで商品を購入する際、商品が思った通りの内容・品質でなかったときに返品する場合の返送料金を補償する保険である。この保険が、中国Eコマースの成長と相まって急激に普及してきた。
返品送料保険のほかにも「フライト遅延保険」や「スマホ破損保険」などの商品を次々に投入。これまで衆安保険は、日常消費・ファイナンス・航空旅行・健康・自動車保険の5大分野において300以上の保険商品を投入してきた。
香港上場3カ月後の2017年12月、衆安保険は香港法人「衆安国際」を設立、グローバル化の一歩を踏み出した。また、今年8月の中間決算発表では、衆安国際がソフトバンク・ビジョン・ファンドと2億ドルを拠出して合弁会社を設立し、海外企業に商品を販売することになっている。
衆安国際が重要視する市場はアジアであり、シンガポール、タイ、マレーシア、日本、韓国に進出。衆安国際はソフトバンクの投資先を潜在的なパートナーと捉えており、その最初の例がビジョン・ファンドが出資するGrabだった。
衆安はGrabの直近のラウンドに投資し、同時に衆安国際とGrabはシンガポールで合弁会社を設立すると発表している。合弁会社は、Grabモバイルアプリを介してユーザーに直接保険商品を提供するデジタル保険市場を作成。また合弁会社はグローバルな保険パートナーと協力して、東南アジアのライフスタイルのニーズに合わせて特別に調整された製品を開発するという。
10.オフラインをオンライン化するプレイヤー
インドネシアでは、オフラインチャネルは、デジタル金融サービス顧客を加入させるために非常に重要な役割になる。これは2017年にGrabがオフラインからオンラインへの取引を助けるKudoを8000万〜1億ドルで買収したことで明らかになった。
Kudoは、電子商取引のBukaLapak、Lazada、通信キャリアIndosat、格安航空Lion Airなどの企業と提携することで、銀行口座を持たない消費者をデジタル取引に乗せるための現金支払いシステムと500都市にまたがる50万人のエージェントネットワークを提供している。
Kudoは「オンライン商人用キオスク(Kios Untuk Dagan Online)」の頭字語であり、ビジネスの最初のモデルは文字通りキオスクだったが数度の事業モデルの転換の末、キオスクという小店舗にいるエージェントがデジタル取引を代行するというモデルにたどり着いた。ほとんどのインドネシア人は、商取引が機能するために依然として信頼の要素を必要としており、 彼らは何かを購入するために個人的および社会的な繋がりが必要だったからだという。つまりこれは「人力O2O(Online to Offline)」である。
それが富裕層以外の人がデジタル購買に参加するようになったこの数年、Tier1以外の都市が顧客獲得の重要なプレイグラウンドとなる中で、Kudoのエージェントネットワークが輝きを増したのだ。
最近では、PayFazzはTiger GlobalとDSTから2,100万ドルを調達し、100万人を超える銀行エージェントのネットワークを活用して、銀行を持たない消費者と銀行の間の仲介者として機能した。
PayFazzエージェントは銀行の窓口として機能し、現金預金をPayFazz残高に変換する。
KudoやPayFazzのようなプレイヤーはエージェントを保険商品の営業パーソンとして利用できる。インドネシア人が商取引において人と人のコミュニケーションを重視しているなら、彼らはかなり優位な立場にたてるだろう。
GO-JEKが買収したMokaなどのPOSスタートアップは月額わずか10ドルであるため、Squareのように将来の融資と保険のバンドルが可能だとみられる。
11. 結論
上述の"Mobile Payment Indonesia" によると、国営マンディリ銀行とテレコムセルはインドネシアのモバイル決済市場は、2020年までにGTV459兆ルピア(約300億ドル)に達し、2016-2020年の間に158%のCAGRに達すると予測している。このような成長の鍵をウォレットから直通で購入できる金融商品が握っており、GO-JEKとGrabの「スーパアプリ戦争」の非常に重要な戦場になるだろう。
参考文献
Rajan Anandan, Vice President, India and Southeast Asia, Google, Rohit Sipahimalani, Joint Head, Investment Group, Temasek(2018), "Southeast Asia’s Accelerating Internet Economy", Google, Temsek
"Bolstering financial inclusion in Indonesia", Deloitte
"Mobile Payment Indonesia" Metra Digital Innovation, Mandiri Sekuritas
土佐 美菜実(2018)、「インドネシアの配車アプリGO-JEKが展開するラマダン向けサービス」、Jetroアジア研究所
関根栄一(2018)「中国の第三者決済分野の市場・制度の動向-モバイル決済の普及の実態」、野村資本市場研究所
関根栄一(2019)「中国の第三者決済分野の政策的枠組みと市場動向〜モバイル決済分野を中心に〜」、野村資本市場研究所
南本肇(2018)「新しい保険ITプラットフォームを打ち立てる衆安保険・衆安科技」、NRI IT Solutions America
Michael Menhart, Monika Gruber, "Insurance Market Outlook for 2018/2019", Munich RE
"Financial Inclusion: Is it truly about access? Reaching Out the Indonesian Non-Inclusive Market" CXGO Consulting
清水 聡「インドネシアの金融システムの問題点とフィンテックへの期待」