スーパーアプリを先進国で再現するのは難しい Axion Podcast #4
スーパーアプリはモバイル最後の打ち上げ花火。成立の要件には、モバイルインターネット、OSとアプリストアの弱さ、検索の弱さがある。この要件は、欧米日ではなく、中印のような新興国で満たされやすい
Axion Podcastは、テクノロジー業界の最新トレンドを、元DIGIDAY編集者で起業家の吉田と280万会員の写真を扱うベンチャーの事業統括者の平田でディスカッションする対話形式のラジオです。Sound Cloud、Spotify、Google Podcast、Anchorでも視聴可能です。
Key Takeaway
スーパーアプリはトレンドが終わりを迎えたモバイルの最後の一発。成立の要件には、モバイルインターネット、OSとアプリストアの弱さ、検索の弱さがあると考えられる。この要件は、欧米日のような先進国ではなく、中印のような新興国で満たされやすい
1. スーパーアプリの文脈
前回のAxion Podcast(リンク)は、13年続いたモバイルトレンドが終わろうとしていることに触れました。スマートフォンは発展途上国でリープフロッグを演出する一方、先進国では目を見張るイノベーションを提示できなくなっています。
IoT(モノのインターネット)は、過剰な機能が詰め込まれた電話機をカメラへとダウンサイズしようとしています。我々の生活の隅々まで浸透する組み込みコンピューターが載せるチップは、RISC-Vというオープンソース化の潮流のなかでランセンスの呪縛から解放されるかもしれない(リンク)。モバイルにおける技術革新の停滞は、次のコンピューティングの模索を促がしています。
このような文脈の中で、先進国におけるスーパーアプリ化は「最後のひと花火」の様相です。モバイルの次が見つかる前に、Facebookやウーバーのような成長が飽和したサービスが残された可能性の拡張を試みる手段です。
長期的な視野の中では、人の可処分時間が、この小さなスクリーンにここまで依存しているのは奇妙と言わざるをえません。アテンション・エコノミー(注意経済)は完全に飽和し、人々に深刻な副作用をもたらし始めました。
今後は、音声、VR、ARのほか、あるいは、Alphabetがトロントに、トヨタとNTTが愛知に作ろうとしている「都市」なども、その範囲に入ってくるのです。
2. そもそもスーパーアプリとは?
東南アジアやインドのスタートアップがスーパーアプリという言葉から連想するのは、中国のWeChat、Meituan Dianping(美団点評)です。また、フィンテックの文脈が関係する場合、Alipayも含まれることがあります。
その典型的な特徴の1つは、ほぼ手数料無料の決済がアプリ内の購買行動を促進することです。これはWeChat Pay等のデジタルウォレットがその主眼です。また、例外として、FacebookのLibraは非常に興味深い。この暗号通貨は、欧米のレギュレーションと業界地図の中で、アクロバティックにそれを目指した例なのです。Libraの統括者は元ペイパルの事業統括者であることが、それを物語ります。
もう1つの典型的な特徴は、高頻度で利用される中心的な機能を有することです。コミュニケーション、ゲーミング、ソーシャルメディア、コマース、食品配達、デジタル決済等がその候補に上がります。
3. スーパアプリ成立の条件
スーパーアプリが成立する条件は、中国、東南アジア等での状況を勘案すると、3つある、と吉田は推定します。
1つ目は、新興国、発展途上国のモバイルインターネットです。中国、東南アジア、インド、南米、そしていままさに開拓されつつあるアフリカは、モバイルで初めて「接続された」人々(いわゆるモバイルオンリー)が多数派なのです。先進国のようにデスクトップを経験していません。
2つ目は、検索の弱さです。スーパーアプリの原型が生まれた中国では、百度はBATの一角からこぼれ落ち、検索のプレゼンスが弱いのです。検索はスーパーアプリが提供するサービス群のゲートウェイになっている印象です。つまり、最初にスーパーアプリを訪れるか検索を訪れるかの二択に収まるわけです。このせめぎあいは、ユーザーの検索への依存の程度に影響されるかもしれません。
3つ目は、OSとアプリストアの支配力の弱さ、です。中国のスマホOSの大半を占める「中国のアンドロイド」に対して、GoogleはOSとアプリストアのコンビネーションに基づく影響力を行使しかねています。Huaweiは、貿易戦争が絡んで、独自の「HarmonyOS」を昨年発表しました。またGoogle Play Storeは中国ではブロックされています。
AppleはWeChatが提供する約6万のミニプログラムがアプリレイヤーで「事実上のアプリストア」として機能していることをめぐって激しく干渉し、ミニプログラム内でのアプリ内購入の3割をAppleに収めるよう要求しました。テンセントはAppleが定義する支払いのプロセスをバイパスするミニプログラムで、Apple税の支払いを避け続けているのです(最近、支払い始めたという報道がありますが、検証が必要でしょう)。Apple税の回避は、テンセントにかぎらず、NetflixとSpotify なども実行する戦略で、アップベンダー側の「抵抗」の主要な技法なのです。
また、アンドロイドは、中国の他、東南アジア、インド等の新興国で断片化を経験していますが、インドでうまくいくかは不透明です。インドで販売されているスマートフォンの95%以上がアンドロイドを実行しています。検索、Gmail、YouTubeの地場の対抗者は存在しません。他方、ウォルマートのデジタル決済サービスPhonePeがインド版ミニプログラムの開発に忙しいですが、彼らとGoogleを含んだ米系テックのサービスのどちらが覇権を取るのか、まだ市場は決断を下していないのです。
4. 日本ではどうか?
2人は異なる予測をしました。
吉田は、上述した成立の要件を勘案すると、日本でスーパーアプリが成功する要件は十分ではない、と考えています。日系テック企業の上位2社は、デスクトップ時代の覇者です。このような"デスクトップ企業の存在感の大きさは、スーパーアプリの成立を阻むことになる、と語りました。
平田は、ヤフージャパンとLINEの連合が、90年代のヤフーポータルのように日本のインターネットのトラフィックの大半を集めるようになる、と考えています。
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参考文献
Payal Arora. The Next Billion Users: Digital Life Beyond the West. Harvard University Press (February 25, 2019)
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