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印の1兆7000億円デカコーンPaytmの絶望 政府の共通送金システムが先行者利益を粉砕

インド政府の世界で最も優れたデジタル支払いシステムUPIが、1兆円新興企業Paytmの優位性を揺るがしています。同社は取引総額の首位の座をGoogleとWalmartに明け渡しつつあります。

4 months ago

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Paytmの話は日本企業にとって、遠いインドの話ではありません。Paytmはソフトバンクの投資先であり、日本のPayPayはPaytmによる技術協力、またそのビジネスモデルの模倣で生まれました。本家を知ることで、「日本の分家」の戦略やそこで起きているであろうことが分かります。

燃えるキャッシュ、迫るライバル

2019年11月、インドの決済スタートアップPaytmは、アリババが支援するアントフィナンシャルや日本のソフトバンクを含む投資家から10億円を調達、負債で10億ドルを調達した、と報道されました。アントフィナンシャル単体でPaytmの運営会社の株式約60%を所有しています。Paytmの創業者であるVijay Shekhar Sharmaは、同社は現在160億ドルの価値があり、インドで最も価値のある新興企業である、と宣言しました。

しかし、Paytmをめぐる状況はめまぐるしく変わっています。2019年9月、Paytmの運営会社であるOne97 Communicationsは、3月に終了する年度の純損失が、前年の3,959クロールルピー(約2億1000万ドル)から3,959 クロールルピー(5億5900万ドル)に拡大したことを発表しました。これに対し、収益は3,052 クロールルピー(4億3000万ドル)から3,232クロールルピー(4億5600万ドル)と僅かに増えたに過ぎません。

この結果は、WeWorkの公開失敗の余波に依然として取り組んでいる、ソフトバンクにとって新しい懸念を付加するものでした。同社のポートフォリオにおける、WeWorkの次の 火薬庫は、OyoGrab、Paytmという現金燃焼が著しく速い三者である可能性があります。

Paytmは2019年第3四半期のうちに、同社は事業の拡大に6億ドル近くを費やしました。この要因は、顧客獲得のためのキャッシュバックオファーと割引という高コストを要する戦略を含んでいます。

Paytmが直面している最大の問題の1つは、インドの決済市場がますます混雑していることです。インドでは現在、Amazon Pay、FlipkartのPhonePe、Google Payなどのライバルを含むさまざまな競合する決済アプリが生まれ、8億人の携帯電話ユーザーの利用を競い合っています。この戦いは、Facebookが所有する同国最大ユーザー数を誇るコミュニケーションアプリの決済機能「WhatsApp Pay」が開始されるときに、クライマックスに達するはずです。

政府提供の支払いシステムUPIが牙城を揺るがす

もう1つ大きな問題があります。それは政府によって決済システムの大きな変更がおこなわれたことです。3年前、政府の高額紙幣廃止政策により、流通している現金のほぼ90%が突然消滅し、Paytmのユーザー数が大幅に増加しました。Paytmは我が世の春を謳歌することが確定したように見え、既存投資家たちが大きな投資をすることを決心したのです。

しかし、2016年に展開され、銀行口座間で直接モバイル決済を直接可能にするプラットフォームであるUnified Payments Interface(UPI)が、インドのデジタル支払いを変えました。UPIはかなり広範なデジタル決済基盤をより多くのプレーヤーに提供し、この分野への参入を促しました。

UPIは、WeChat Payのようなデジタルウォレットの機能の大半をインド決済公社(NPCI)のシステムが一元的に提供し、クライアントアプリケーションを作るためのゲートウェイを開放するという仕組みです。

たとえば、ユーザーが飲食店でGoogle PayアプリでQRコード支払いを実行するとします。UPIにおいて、ユーザーのアカウントから、飲食店のアカウントへの送金が、取引の安全性を担保するための手順を踏んだ上で、実行されます。その結果が、Google Payアプリと飲食店側のアプリに反映され、取引が完了します。UPIは共通基盤のため、基本的に中国でかつて必要だったWeChat PayとAlipay間の取引を行うための精算機関のようなものを必要としないのです。これは現状、世界で最も優れた設計をされたデジタル消費者支払いであり、最も優れた規制当局の施策です。実際、世界の最先端を走っていたはずの中国は、インドの実践を部分的に模倣する政策で追随しているのです(統一クリアリングハウス「NUCC(網聯清算有限公司)」)。

独自のデジタル支払いシステムを整備していたPaytmはこのUPI誕生によって、比類なき打撃を受けました。Paytmは最終的に2017年にUPIシステムと統合されましたが、UPIの取引総額においてPaytmはGoogle PayとPhonePeに溝を開けられています。Economic Timesによると、Paytmは7月のUPIトランザクションの約16%を占めていましたが、GoogleとPhonePeはそれぞれ35%以上のシェアを占めていました。

UPIはPaytmにとって地獄からの使者でした。UPIによりデジタル支払いへの参入障壁は著しく下がり、Paytmの特権性を剥奪しました。これは、Paytmが他社に先行し実行してきた決済システムに他社がキャッチアップするのを容易にしたのです。

これにより、Googleの検索、PhonePeの親会社Flipkartの電子商取引のような、元々トラフィックやトランザクションが存在するプラットフォームにデジタル支払いを付与する後発のプレイヤーに利用が移転するようになっています。これらが、Paytmがトランザクション量を維持するために多額の顧客獲得費用(CAC)を負担しないといけなくなったことを説明します。また、多数の競合が並び立ったため、長期的に支払いに対し著しく低い手数料しか課せないことが、確定しました。クレディ・スイスによると、市場自体は、2023年に1兆ドル規模まで拡大すると想定されますが、新興企業はデジタル支払い単体で稼ぐことが難しくなりました。この利用コストの低下は、ほぼユーザーによって享受されることになるでしょう。

Paytmは、独自のデジタル支払いシステムとUPI統合システムの2つを提供しており、その合算はインドの首位であり続けている、と主張しています。Financial Timesによると、Sharmaは「PaytmとUPIの取引と市場シェアは、ウォルマート、グーグル、アマゾン、すべての銀行、すべてのクレジットカードを含め、他のすべての企業を合わせたものよりも多くなっています」と語っています。Paytmによると、2019年6月に、Paytmは7億件のデジタル取引を記録したといいます。

これに対し、NPCIによると、同月のUPIトランザクションは7億4,500万件に達し、7月にはさらに9%増加して8億件を超えました。これは、1年前の2億3500万件のトランザクションと比較されます。

基本的には、Paytmの独自デジタル支払いの成長は停滞しているか、むしろ縮小しており、UPIがトランザクションの中心地へと成長を遂げようとしているのが、現在のトレンドと見られます。

また、アントファイナンシャルの発行株式数の過半付近の持ち分は、創業者のSharmaとしても困ったことになっていると推測されます。技術の供与と引き換えに、株式の大半をわたしたのにもかかわらず、その見返りに得られるはずの優位性が、揺らいでいるからです。

スーパーアプリへの変身

さて、このような環境下で、Paytmもまた、世界中の新興企業が帯びる傾向をなぞり始めました。そう、スーパーアプリへの変身です。これは中国のWeChatから着想を得たもので、GojekGrabが東南アジアでその模倣と改造に取り組んでいます。基本的には支払い機能を押さえることで、1つのアプリの中に様々なアプリを取り込む戦略を指します。この流行からは、Facebookウーバー、中国の新生ビッグテック、美団点評(Meituan Dianping)も自由ではありません。

近年、Paytmアプリは、 eコマース部門であるPaytm Mallだけでなく、映画、フライト、電車のチケットを予約を取り込んでいます。テキストメッセージや音声録音ファイルの送信も実行できますし、ミニゲームも追加しました。つまり、Paytmは、インドにおいて、Alipay、タオバオ、WeChat、美団点評を一手にコピーすることを試みているのです。

Paytmは、それ以来、決済銀行、資産管理サービス、食品配達、および教育部門に投資しています。 一部の専門家は、Paytmの会社がおそらくスーパーアプリを作成するのに最も適していると信じています。

コメント

(日本政府もUPI等NPCIの施策をパクればいいと思いますが、メガバンクのシステムをサグラダ・ファミリアに仕立て上げた日本のSIerにシステムを構築させないほうがいいかもしれません。余談ですが、日銀のデジタル通貨にも僕は悲観的です。中国と異なり、日本の枢要には現状、様々な専門家を用い、技術的に難解な目標を達成する力が欠けているからです)。

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【連載目次】

  1. インドのデジタル経済: 13億人が秘める異常な潜在性
  2. インディアスタック INDIA STACK:全国民のデジタル化を支える政府基盤API
  3. Aadhaar 世界最大のデジタルIDプログラム
  4. 政府主導の独自基盤「UPI」がゲームを変えた インドのモバイル決済
  5. Reliance Jioによるモバイルインターネット革命の経緯
  6. インドのスタートアップエコシステムの急成長と多様化
  7. 戦争再び インドの電子商取引
  8. SPOTIFYのインド市場ローカライズ 基本戦術化した価格戦略と軽量アプリ

参考文献

"Closing Plenary India’s Take-Off" by World Economic Forum is licensed under CC BY-NC-SA 2.0

Takushi Yoshida

Published 4 months ago