【目次】

  1. 前置き
  2. 労働の終わりの始まり
  3. AIの衝撃
  4. 労働が消失した世界
  5. 幸福追求の最適化
  6. 結論
  7. 後書き

Key Takeaway

  • 人類の大多数にとって労働は報われないものに変わりつつあり、彼らが就いている仕事の質はますます劣化していく
  • コンピュータ技術の向上が経済に影響するまでの一定のタイムラグの後に生ずる生産性の途方も無い上昇の中で、労働は消失するかもしれない
  • 消失は人類にとって素晴らしいことだが、その次の世界を愉しむためには、資本主義の中で、富の多寡と紐付けられていた幸福の概念を解体し、「高次の幸福」を創造する必要がある

1.  前置き

先進国経済では概して失業率が歴史的な水準まで低下していますが、同時に仕事の質が低下し、労働分配率も下がり、あまり幸福ではない結果に陥っています。その背景として、資本家の取り分が長期に渡り労働者のそれを超越するという資本主義の負の側面だけでなく、超大企業やデジタル経済の台頭が「昔ながらの資本主義」を破壊しようとしていることが関係しています。それは前回書いた『もはや労働は報われない』で詳しく触れました。

ここに機械学習を含んだコンピューター化の波が押し寄せたとき、労働や資本主義という概念が消滅する可能性は、少なからずあります。

このブログでは、現代の労働の状況を検討した上で、労働が消滅した世界を仮定します。その世界では、資本主義の中で単純化された富の多寡という一種の幸福の定式化ではなく、より高次で複雑で頑強な幸福の概念を個々人がもつことが重要になる、と僕は推測しています。

2)で失業率は低下するものの仕事の質は低下し、労働分配率も低下した、という不都合な事実について触れ、3)ではAIの衝撃を想定します。4)では現在の兆候から未来の社会を予測し、段々SFじみていきます。5)では高次の幸福の定義と追求について論考し、6)で結論を得ます。7は後書きで感想を添えてみました。3万字に及ぶ非常に長いブログなので気になる部分を飛ばし飛ばし読むことをおすすめします。

2. 労働の終わりの始まり

2.1  失業率の低下

コンピュータ化は人々の仕事を奪う、と恐れられていましたが、実際には先進国経済は仕事で溢れています。OECD加盟国では仕事の「大当たり」が進行中です。過去5年間で、加盟国は4,300万の雇用を追加しました。失業率は数十年で最も低いです。もちろん、すべてのOECD加盟国が祝福されているわけではありません。イタリア、スペイン、ギリシャの失業率は、2008〜09年の金融危機以前よりも高いままです。アメリカの労働参加率は、過去最高の水準を下回っています。しかし、大半は祝福されるべきものでした。2018年、労働年齢の人々の雇用率は、英国、カナダ、ドイツ、オーストラリア、その他22のOECD加盟国で史上最高に達しました。

ブームは広範囲に及びます。長期の失業と同様に、未熟練労働者と若者の間の失業は減っています。正規雇用を見つけられないためにパートタイムで働く人々の割合は、2008〜09年の金融危機の直前よりも高いままですが、2013年以降急激に低下しています。アメリカの労働統計局は、おそらく非自発的なパートタイマーや、長時間労働を止めたがそれでも働きたいと思っているパートタイマーを含む、最も広い公式の失業指標を作成しています。 現在、長期平均を大きく下回っています。

確かに失業率は低下していますが、先進国経済では、概して、好ましくない傾向が同時に顕在化しています。それは、仕事の質の低下です。

たとえば、米国および先進国の大部分での雇用の伸びは、「バーベル」のような両極端な構造を示しています。一方では、医師や看護師、プログラマーやエンジニア、マーケティングおよびセールスマネージャーのような高学歴で高賃金の仕事が生まれています。これらの仕事において雇用の成長は堅調です。同様に、飲食、クリーニング、セキュリティ、在宅医療支援など、多くのスキルの低い、教育レベルの低い雇用でも、雇用の成長は堅調です。しかしながら、ブルーカラーの生産製造職と運営職、ホワイトカラーの事務職と営業職など、多くの中等の教育水準、中間的な賃金を伴う中流階級の仕事において、雇用が縮小しました。

MITの労働経済学者David Autorの2015年の論文によると、第二次世界大戦後の40年間で、職業は肉体的に要求が多く、危険な仕事から、熟練したブルーカラーおよびホワイトカラーの仕事へと大きく移行してきました。肉体的に要求が多い単調な仕事は、農業の驚くべき生産性の向上によって退場させられました。

しかし、1970年代後半以降、これらの好ましい状況は減速し、場合によっては逆転しました。専門職、技術職、管理職のスキルの頂点にある職種は、40年前よりも1980年から2010年にかけて急速に成長しましたが、これらのカテゴリー外の積極的な職業シフトはほとんど停止しました。熟練したブルーカラーの職種は急速に縮小し、事務職と営業職(情報化時代の脆弱な「作業員」の仕事)は急激に減少し始めました(図1)。Autorらは、米国において、中級スキルの職種の雇用の成長が停滞し、その職種の賃金の伸びはそれほど速くなく、時間とともに減速したことも明らかにしました。さらにAutorらは、欧州の先進国16カ国でも同様の傾向を示していることも突き止めました。

図1: 高学歴および低学歴の両方の雇用における急速な伸びは、「中級スキル」の仕事が占める雇用の割合を大幅に減少させた。2007〜2012年の5年間で作業、生産、事務、販売・営業の職種等の中等スキルの仕事が減少している。下の図では、Autorは、1980、1990、および2000年の国勢調査IPUMSファイル、American Community Survey、American Community Survey 2006–2008、2012のデータを使用。サンプルには、就労年齢(16–64)の非制度化人口が含まれます。 雇用は、フルタイムの同等の労働者として測定されます。Source: David H. Autor. Why Are There Still So Many Jobs? The History and Future of Workplace Automation. 2015.

2019年の9月に出版された、David R. Howell, Arne L. Kallebergによる "Declining Job Quality in the United States" によると、米国において、18歳から34歳の貧困線以下の賃金(2017年のしきい値は時給13.33ドル)の仕事に就く若い労働者の割合は、1979年の31.5%から2017年末の42.8%に増加しました。大学の学位を持たない若い男性労働者のなかで、貧困線以下の賃金を受け取る人の割合は、1979年の26.6%から2017年の50.9%に上昇し、38年で倍増しています。大学の学位を取得していない若い女性労働者に対する、貧困線以下の賃金の仕事の発生率ははるかに高く、1979年の51.8%から66.4%へとゆっくりと成長しています(伸びは主に2000年代初期以降にもたらされました)。

この現象には中等スキルの仕事は、自動化の影響を受けやすいという推測が成り立ちます。中等スキルの仕事の多くは、ソフトウェアで体系化され、コンピューターで実行できるルーティンの構造を持っているためです。これにともない低スキルの仕事と高スキルの仕事が増えています。そして、両者の間には飛び越えられない大きな溝が生まれている、という仮定に一定の妥当性が示されてます。

2. 2 富裕国における仕事の質の低下

OECD諸国というもっと広い範囲で状況を観察しても得られる結論は同じです。OECDの2019年4月の報告書 "Job polarisation and the work profile of the middle calss" は、すべてのOECD諸国では、技術の変化、貿易、人口の高齢化が、最近の数十年の職業構造の再編に寄与している、と説明しています。中級スキルの仕事は、スキルの高い仕事と低い仕事の両方に対しシェアを失い、広範な労働市場の二極化につながっています。ただし、OECD全体では、スキルの低い仕事よりもスキルの高い仕事の方がはるかに高い成長を示しています。

中級スキルの仕事のシェアの減少はほぼ至る所に見られますが、中所得層の労働者のシェアに著しい影響を与えていません。報告書によると、実際、分析対象のOECDの18か国で平均すると、1990年代半ば以降、中所得層の就労中の成人の割合は安定しています。仕事の二極化により、雇用の職業構成は主に高スキルの仕事にシフトしましたが、所得階級全体での労働者の分布の変化は、平均して、低所得層へのわずかなシフトをもたらす程度に留まっている、とOECDは説明します。これはより長期的に観測すると、より広範な範囲の下位階層へのシフトが起きるのか、注意をはらべきです。

ピラミッドの形は、ますます先鋭的になりつつあるようです。中スキル労働者のシェアの低下の影響は、高スキル労働者の成長によって相殺されました。一定の範囲で観測された高スキル労働者の中所得層へのシフトは、高賃金の職の間の不平等の拡大の証拠である、とOECDはみています。

2.3 日本における仕事の質の低下

日本の状況はどうでしょうか。先進国の大半に共通する、仕事の質の低下は、日本の長期的なトレンドでもあります。日本では失業率が2.2%と歴史的な低水準を記録しながらも、非正規雇用は拡大し、実質賃金は長期的に低下傾向を示し、仕事の質が低下し続けています。

日本では、労働年齢人口(15〜64歳)の減少にもかかわらず、日本の総雇用は最近の経済拡大により着実に増加しており、2018年には記録が始まって以来最高レベルに達しました。 生産年齢人口(15〜64歳)の割合もまた最高に達しました。それにもかかわらず、デジタル化と人口の高齢化の結果として、日本は、仕事の質の継続的な改善を確保するための多くの課題に直面しています。

日本の仕事の質の低さを説明する要因のひとつは、非正規雇用の拡大です。正規労働者と非正規労働者の間の定着した労働市場の二元論に直面しており、これらのグループ間の雇用条件と賃金には大きなギャップがあります。このギャップの要因には、終身雇用、年功序列型賃金、解雇規則などの雇用慣行が含まれます。

厚生労働省によると、非正規雇用労働者は、平成6年から以降現在まで緩やかに増加し、平成30年には2120万人に達しました。労働者全体に対する非正規雇用労働者の割合は、平成30年には37.9%に達し、すべての年齢層において上昇傾向を示しています。兼業主婦/主夫などの非正規就労を除いた「不本意非正規」について見ると、男性の方が割合とし ては高く、特に25~54歳の層で高い割合となっています。

増加を続ける非正規雇用、平成30年には雇用全体の37.9%を占めている。資料出所: 総務省「労働力調査」

2.4 生産性と賃金の断裂断裂

最近まで、経済のパズルにおいて欠けている部分は賃金の上昇でした。経済学の教科書は、雇用主がスタッフの確保をめぐって激しく競い合うため、失業率の低い時期は賃金が上昇する、と説明します。しかし、実際には、金融危機後の期間の大部分では、名目賃金上昇率と失業率の間のトレード・オフ関係があると想定する「フィリップス曲線」は機能しておらず、2014-16年の失業率の低下は賃金の上昇につながりませんでした。

近年、失業率と賃金の関係は持ち直し始めました。失業率が低下し続けているため、ついに賃金は加速し始めました。国民所得に対する労働者の報酬の割合、すなわち、所得に対する労働分配率は、アメリカやイギリスを含む多くの豊かな国でマイルドに上昇しました。

しかしながら労働市場の逼迫を考慮に入れたとき、賃金は想定よりもかなりゆっくりと増加しています。OECD諸国では必ずしも共通して労働者の取り分が減ったとは言えない状況ですが、米国では、自動化がもたらす生産性の向上が、賃金の上昇と結びつかなくなり、労働分配率の著しい低下が認められます。Economic Policy Institute によると、1970年代に、米国において、生産性の伸びと賃金の伸びは互いに切り離され始めました。1979年から2018年にかけて、生産性は69.6%増加しましたが、一般的な労働者の時間給は基本的に停滞し、39年間で11.6%しか増加しませんでした(インフレ調整後、図 : Figure)。

生産性の上昇と賃金の結びつきが断たれたことを説明するのが、労働分配率であり、米労働統計局によると、生産に対する労働分配率は1947年から2016年の60年間で8パーセント近く下落しています(詳しくはこちらのブログ)。

結果として、先進国では、概して、失業率は歴史的な低水準にあるものの、中級スキルの仕事の成長は停滞し、概して仕事の質が低下しています。それから、生産性は向上するものの、賃金は上昇せず、労働分配率は低下を続けています。つまり、生産の分配については、資本家が労働者に対し優越しており、また労働者の中でもスキルによって大きな格差が生まれています。これは、多数派の労働者にとっては労働は報われないものになりつつある、ことを意味しているように見えます。

さらに、大手テクノロジー企業の雇用数は楽観的な理由をほとんど与えていません。 Facebook、Google、Microsoftなどのスーパースター企業の時価総額と付加価値はウォルマートなどの企業と同様かそれ以上ですが、従業員数は1〜2桁少なく、これらの企業の労働分配率は、公開されている統計によると、従来の60〜70%のわずかな部分にすぎません。そのような企業が代表する「未来」は、トマ・ピケティの『21世紀の資本』(2013)が予見した、高資本収益率、高資本シェアの世界を実証することになるでしょう。

3. AIの衝撃

3.0 コンピューティング

しかし、自動化だけでどの程度、この現象を説明できるかは、不透明です。このブログで紹介したMcKinsey Global Insitute(MGI)の2019年5月の報告書においては、労働分配率低下に寄与する5つの主要因の中で、自動化は、資本的集約的な産業におけるスーパーサイクル、無形資産、スーパースター企業の台頭に次ぐ、4番目でした。

ここで注目すべきは、無形資産への投資です。現代の財務会計がうまく評価できない無形投資は、それが実体経済に影響を与えるまでにタイムラグをもちながら、最終的には将来の大波を引き寄せる可能性があります。現代の無形投資はしばしばソフトウェア等(AIを含む)のIT投資に類するものです。台頭するスーパースター企業は毎年、多額の研究開発費を計上しています。研究開発費はしばしば将来の自動化を引き起こす要因になります。

つまり、現在、米国と中国が次世代の覇権を取るために競争する、AIを含むコンピュータへの多大な投資があるとき、突如として、その果実が実態経済に影響を及ぼすことで、労働者の取り分をさらに引き下げる可能性があります。それどころか、現存する仕事の大半が消滅する、という空恐ろしい予測すら存在するのです。

したがって、無形資産の大部分はインターネットに代表される情報革命やクラウドコンピューティング、機械学習などの現代のコンピューター技術と深い関係があるのです。スーパースター企業が制約のない拡張性を楽しめるのも、現代のコンピューター技術と深い関係があります。だから、無形資産、スーパースター企業の台頭、自動化など、MGIが設定した労働分配率の低下要因の大本には、コンピューティングが密接に関係しているのです。これが何をもたらすのかを見定める必要があります。

3.1 2つのトレンド

機械学習、その狭いカテゴリーである人工知能(AI)が労働にどのような影響をもたらすか。現状は「短期的でミクロな視点における失敗」と「長期的なマクロな視点における成功」という対照的な未来が同時に見えています。

  • 短期的でミクロな視点における失敗:新しく与えられた技術を職場に対し、うまく使えていない例が多数見られている。これを解決しないといけない。
  • 長期的なマクロな視点における成功:投資が無形資産を経て、実体経済に影響を与えるまでタイムラグがある。目に見えた生産性の変化が見られないが、あるとき突然、生産性が跳ね上がる

3.2 短期的な失敗1: アルゴリズムによる労働者の支配

まず、短期的な失敗について説明しましょう。それはアルゴリズムによる労働者の支配です。AIがもたらす仕事の「拡張性」が、使用者に対してより強い権力の行使を可能にしており、アルゴリズムで人間を支配する、というディストピアSFのような制度設計の例はあとを絶ちません。

職場でのアルゴリズム管理技術の普及は、労働者と雇用主の間の力の非対称性を増大させています。現行のAI活用は、低賃金労働者を不釣り合いに置き換えるだけでなく、人々の賃金、仕事の安全、およびその他の保護を減らす脅威になっています。

2019年の間に、私たちは、面接や新入社員教育から、労働者の生産性、賃金の設定やスケジューリングまで、すべてを制御するアルゴリズムの急速な加速を見てきました。Amazonのフルフィルメントウェアハウス内、ウーバー運転手の自動車、または仕事の面接のいずれであっても、労働者はAIを介して管理され、保護や保証はほとんどありません。労働者の制御と管理に使用されるAIシステムは、雇用主に利益をもたらすために必然的に最適化され、多くの場合、労働者に多大なコストがかかります。新しい研究はまた、低賃金労働者、特にマイノリティの労働者は、今後数年間の労働自動化により、自動化システムが彼らを監視し、事実上の拘束をするようになりつつあるため、被害を受ける可能性が示唆されています。

ミネソタ州のAmazonの物流センターの臨時従業員は中央集権的なシステムで管理され、システムが設定する基準値を下回った従業員は戒告を受け、それが三回に達すると解雇される、恐ろしいマネージメントにさらされています。

アルゴリズム労働者の管理および制御システムは、いわゆる 「ギグエコノミー」全体の賃金に深刻な悪影響を及ぼしています。これらのギグエコノミープラットフォームは、不安定な労働者によって駆動され、AIと謳われるプロセスの背後で、フリーランスの人間が何百万もの小さなギグを実行しています。MITの労働経済学者David Autorは、機械が実行できない残り物を引き受ける仕事のことを、「ラストマイルの仕事」と呼びます。ハーバード大学フェローで、Microsoft Research 上級研究員である人類学者 Mary Gray、Microsoft Research 上級研究員のコンピュータ科学者 Siddharth Suriは「ゴーストワーク」と名付けました。

このようなギグエコノミープラットフォームは、労働者の低賃金と不安定な労働条件の創出に大きな役割を果たしています。他のアルゴリズム管理システムと同様に、これらは所有者、管理者、および少数の開発者の利益のために情報とパワーを一箇所にプールする設計がなされています。企業は安定した生活可能な賃金を支払うことに配慮することなく、収益を最大化することを目的とし、そのようなシステムを通じた労働の最適化を行います。実際、「使用者」に対する力を失った多くの労働者は、プラットフォームから突然「退場」を宣告され、それらを恐れることなしに作業できないと感じている、と報告しています。

これらの例は、労働者と使用者(プラットフォーム)の間の著しい影響力の非対称性を示しています。アルゴリズムは、プラットフォームの利益の最大化を目的とした最適化問題を解き、多くの場合、ギグワーカーの利益は考慮に入れていません。労働者の不満の中心は、自動化された管理プラットフォームが賃金を操作(および任意にカット)する能力にあります。 インスタカートの労働者は、2018年に比べ、2019年は収入が急激に減少したと報告しています。ウーバーとLyftの労働者も同様の低下を報告しています。Lyftは労働組合活動に参加した従業員の評価値を引き下げたことが報告されています。労働者がプラットフォームで働くことを中心に生活を構築すると、プラットフォームは賃金を大幅に削減したり、その人の尊厳を踏みにじるようなことをしたりします。これがギグ・エコノミーの現状なのです。

3.3 アルゴリズムによる人間の支配は危険

少しだけ、寄り道をしますが、人間をアルゴリズムの管理下に置くというオペレーションは、労働に限らず、危険です。たとえば、米国で社会実装されている予測的警察システムでは、その地域の真の犯罪率に関係なく、警官が特定の地域に送られ、検挙が発生することで、その地域の犯罪率が高いとアルゴリズムが判定する「フィードバックループ」が指摘されたことがあります。このフィードバックループの恐ろしい点は、人間社会に存在するバイアス、たとえば、アフリカ系の居住する地域が犯罪率が高いというバイアスが、そこでの優先的な検挙を通じて、強化されることです。

あるいは、再犯予測アルゴリズムをめぐって、黒人の被告人は白人の被告人よりも、将来的に再犯しないのに誤って高リスクと分類される割合が高かったことで議論がなされたことがあります。「法の下の平等」という米国憲法のもとでは、すべての人種に対し同じアルゴリズムを適用する以外の手法がなく、それが、高い偽陽性を生み出していました。アルゴリズムは「法の下の平等」の文脈では「公正」だったが、黒人の偽陽性の高さを是正するには、人種ごとに異なるアルゴリズムを当てる必要があります。このときは、何を持って「公正」とするのか、を決めないといけなくなり、純粋に数学的な問題ではなくなったのです。

数学者のCathy O'Neilは、中立・公正のように見えるアルゴリズムにも、作り手の「見解」や「目的」が埋め込まれており、ときにはアルゴリズムと対象となる人々の間で、フィードバックループが生じる、と指摘しています。このスパイラルのもとでは、富めるものは更に富み、虐げられるものに厳罰が課せられてしまう、と彼女は主張しています。

そして、アルゴリズムによる人間の支配の最先端は、中国の新疆ウイグルにあります。新疆ウイグルで起こっていることは、ここで論じているAIの労働に対する影響の範囲にとどまらず、人間性すべてへの影響です。

同地域のトルコ系ムスリム1300万人は2016年から、CETCが開発した統合ジョイント・オペレーション・プラットフォーム(一体化联合作战平台、IJOP)による中国政府の完全な監視下にあります。政府の管理者側に渡されたアプリは管理者側をも支配下に置きます。上位レベルの「スーパーバイザー」が、そのアプリケーションを利用し、下位レベルの役人にタスクを割り当て、パフォーマンスを監視し、政府の役人がタスクを遂行したときにはその成果に対しスコアを付与するのです。 IJOPアプリは、政府の抑圧的な命令を効率的に遂行するために政府の役人を管理することをも目的としていると、ヒューマンライツウォッチの報告書は指摘しています。これは中国政府が実施を想定する社会信用スコアの官僚組織版です。AIがもたらすスケーラビリティが多数の人々を少ないコストで監視することを可能にするのです。

新疆ウイグル自治区でのこのAIの社会実装は、危険すぎます。しかし、中国の都市部でもこれをもっと柔らかくした社会実装が存在し、そこには、「監視されて奴隷のようだけど多数派の人々にとっては幸福である」という、功利主義と自由主義が対決をする世界が存在します。我々は発現しつつある「未来」に対し、明確な答えを持っていないです。

3.4 短期的な失敗2: 自動化の果実の不平等

さて、労働の問題に戻ってきましょう。もう1つの短期的な失敗は、自動化の成果の分配は、極めて不平等にもたらされる、という予測についてです。

ブルッキングス研究所の研究の1つは、特定の人口統計グループが他のグループよりも労働自動化への適応の負担を負う可能性が高く、自動化の利点(効率と利益の増加)がすべての労働者に共有されるのではなく、最上位のグループに集中することを示唆しています。

まず、この研究では、自動化により低賃金労働者が最も損失を被る可能性が高い一方で、ホワイトカラー労働者はほとんど影響を受けない可能性が高いことがわかりました。ブルッキングズは、ジョブをタスクの束(一部は自動化できるものとそうでないもの)と見なすモデルを使用して、学士号未満を必要とする米国の職業の「平均自動化可能性」は55%であると結論付けました。学士号以上を必要とする職業の平均自動化可能性は24%と半分以下です。食品の調理と給仕、工場での生産仕事、管理支援など、全国平均賃金のわずか50〜75%の賃金水準にある米国人労働者のタスクレベルで60〜80%のディスラプションに遭遇する可能性があります。一方、米国の労働者が平均賃金の150%を稼ぐビジネスおよび金融業務またはエンジニアリングの高賃金の仕事は、自動化によって置き換えられる現在のタスクは14%に過ぎないと推定されています。

McKinsey Global Institute(MGI)が2019年7月に公開した米国の労働市場のAI化についての報告書 " は、学士号未満の労働者は、学士号以上の労働者の「4倍」の自動化により失職する、と結論づけています。大学院以上の労働者に対しては「14倍」です。報告書は、米国の仕事のほぼ40%は、今から2030年の間に縮小する可能性のある職種に属している、と説明し、中間賃金の仕事の空洞化の傾向が続くと予測します。ここでは、自動化の影響で、中間グループが下降し、自動化の果実は、一定の技能、所得、富を保持する層に集中する未来が予見されています。

3.5 長期的な成功:AIのブレイクスルー

仮にこのような方向で包括的にAIの社会実装が続いていくと、人間は機械に支配されてしまいます。資本主義や現代社会の歪みが、AIによるオートメーションや最適化により増幅する悲しい結果を招きそうです。しかし、もっと長期的でマクロな視野になると、AIが労働自体を終焉させる可能性について考え巡らさないといけません。そのインパクトは、人をロボットのように支配する必要性を奪いかねないということです。

現状は、機械学習の発展は、大きな生産性の向上につながっていません。インターネットブームの間、毎年3%以上の生産性の向上が頻繁に発生しました。しかし、2010年以降の年間利益の平均は1%未満です。これは、1980年代に経済の情報化に対し、実体経済が反応を示さないことを「生産性のパラドクス」と呼んだことの再来です。

この「生産性パラドクス」あるいは「ソロー・パラドクス」と呼ばれる議論は、景気が低迷していた1980年代後半の米国で、活発化しました。これは、MIT教授であり、のちにノーベル経済学賞を受賞したロバート M. ソロー(Robert M. Solow)が1987年に提起したもので、コンピュータなどの情報化投資を積極的に行っても、生産性の向上を統計上には実証できないという、投資と生産性が逆説の関係であることを意味しています。

マサチューセッツ工科大学(MIT)スーロン・スクール・オブ・マネジメントの教授エリック・ブリニョルフソンは、無形資産(Intangible Assets)について、消費者余剰をその論拠として、デジタル経済の大きな広がりを主張しました。ブリニョルフソンはムーアの法則のようなコンピュータ科学の進歩を経済学の文脈に適応させる仕事をしてきており、彼の主張の正しさは90年代、2000年代、2010年代と時間を減ることで証明されました。

AIの労働市場への最も大きいインパクトと見られる自動化は、なぜ、生産性を引き上げていないのか。現在、ソローのパラドクスは、「AIと生産性のパラドクス」という形に姿を変えています。サンフランシスコ連邦準備銀行のジョン・フェルナルドは、アメリカでは金融危機以前の2006年に生産性の減速が始まった、と指摘しています。フェルナルドの指摘は、研究開発費の増加にもかかわらず生産性は停滞しており、生産性に衝撃を与える変革的技術が少なくなっているという考え方に一定の説得力をもたせます。

これに対し、AIのような汎用技術(GPT:経済全体に影響を与える可能性のある技術)による生産性の向上を測定することは、新しいプロセスの開発や新しいスキルの習得など、無形投資に多くが最初に反映されるため困難だ、とブリニョルフソンは考えています。彼とMITスローン博士候補者であるダニエル・ロック、シカゴ大学のチャド・シバーソンは、AIと生産性のパラドクスが生じる要因として、4つの主要因を提示していますが、最も重要な役割を果たすのは「タイムラグ」だ、と説明しているのです。

先進国で低迷する全要素生産性(Total Factor ProductivityTFP)の成長。このパラドックスについては、2017年にBrynjolfsson、Rock、Syversonによって4つの主要な潜在的な要因の説明がされています。Source: Antonin Bergeaud, Gilbert Cette, Rémy Lecat. Future growth: Secular stagnation versus technological shock scenarios.

AIの最も印象的な機能、特に機械学習に基づく機能は、まだ広く普及していません。さらに重要なことは、他の汎用テクノロジーと同様に、補完的な技術革新の波が開発され実装されるまで、それらの効果が完全に実現されません。必要な調整費用、組織の変更、および新しいスキルは、一種の無形資産としてモデル化できます。この無形資本の価値の一部は、すでに企業の時価総額に反映されています。しかし国家の統計では新技術の完全な利点を測定できず、ミスリードなものがある、とブリニョルフソンらは論じます。もちろん、最も誤解を誘うものは、生産性という指標なのです。

GPTの具体的な利点は、これらの無形資産が測定可能なアウトプットを生成し始めるため、GPTの実装から遅延して認められる、と研究は示しています。その間の期間はかなり長く、やがて急激なアウトプットの増加を示す、「J曲線」を形成する、というのが、ブリニョルフソンらの次のワーキングペーパーでされた主張です。

彼らが2018年に公開したワーキングペーパーは、当初、GPTは測定される生産性の伸びを低下させる可能性がある、と説明します。その後、幸いなことに、これらの無形投資が成果を上げ始めたときに回復し、消費して測定できる出力を生成します。つまり、生産性のカーブは「J」のように見えるのです。まず低下するか、トレンドよりも低くなり、その後上昇するのです。ブリンジョルフソンは、AIがもたらすはずの生産性の成長はJカーブの初期段階にある、と考えています。逆に言うと、カウントダウンが始まりつつあるのです。

MITのDaron Acemogluとボストン大学のPascual Restrepoは、一連の論文の中で、イノベーションの新しい理論モデルを提示しています。彼らは、技術の進歩を2つのカテゴリーに分類することを提案しています。それは1つ目は機械が労働力を置き換えるもので、もう1つは、機械が人間にとってより複雑な新しいタスクを作成するものです。1つ目の自動化は、賃金と雇用を押し下げます。2つ目は、新しいタスクの作成により、労働者の運命を回復することができます。歴史的に、Acemogluらは、市場の力によって奨励された2つのタイプのイノベーションはバランスが取れていたと主張しています。

自動化が労働力の過剰を引き起こす場合、企業は人々を代わりに働かせる新しい、より生産的な方法を見つけようとします。その結果、これまでの技術に起因する失業の予測は、ほとんど間違いだったことが判明しました。

ただし、理論上、2つの進歩は同期しなくなる可能性があります。 たとえば、労働力よりもロボットの投資収益率が包括的に勝る場合、自動化のインセンティブが永続的に勝ち、経済が完全にロボット化される可能性があります。Acemogluらは、今のところ、会計が無形資産を評価しないことと、関心が”人工知能”に集中していることが、企業を自動化に傾け、人々のための新しいタスクを考えることから遠ざける、と推測しています。別のリスクは、将来に発明されるタスクを完了するための適切なスキルが労働力の多くに欠けていることです。つまり、人間が技術に追いつけない、ということです。

ブリニョルフソンと彼の共著者は、人工知能などの汎用技術の変革効果が完全に感じられる、つまり、Jカーブの効果を実感するまでには何年もかかる、と主張しています。企業が自動化の努力に集中し、そのような投資が利益をもたらすのに時間がかかる場合、生産性の成長が停止することは理にかなっています。近年、投資はGDPに比べて異常に低いわけではありませんが、構造や設備から研究開発費にシフトしています。

もしかしたら、生産性が低迷する十数年間があり、その後に「特異点」に到達すると、生産性が超急激に向上するフェイズに入るということは考えられます。もはやレイ・カーツワイルを鼻で笑うことは難しいのです。ブリニョルフソンとAcemogluの理論を接ぎ木して、僕なりに想像してみると、全要素生産性のJカーブが表現され、一定のポイントを超えると、AIの労働力への投資収益率が人間の労働力への投資収益率に対して勝り、アウトプット(産出)に対して人間の労働力の寄与が著しく弱まり、現存する大半の仕事に終止符が打たれる可能性があります。AIを扱うための仕事をするためのスキルを持つ人は、全人口に対して非常に少ない割合にとどまるはずです。このときに、労働という観念にとらわれていると、ギグワークのようにいずれコンピュータに転換される仕事を創出するか、ボートの上で詩を朗読する貴族という階級を増やすか、悩ましい二択に苦しまないといけない。

何もかもをなぎ倒す変化の種はすでに蒔かれています。IoTもまた、大きな波になると予見されます。すべてがコンピュータ化され、ネットワークの中に収まる世界は、人の仕事を殺戮するだけでなく、機械にしかできない機械のための仕事を沢山生み出します。それは機械が、発現する多量のデータを人間の代わりに分析し、戦略を形成し、実行することです。このような膨大なデータに溢れ、世界の複雑性にそのままふれることができる世界の中では、人間の認知機能の領域は狭く、並列性に乏しく、そして遅すぎるのです。そして人間の生物学的な進化は、あなたの曾孫の代になっても、そう著しいものではないので、この課題は解決されないままです。さてどうしましょう?

4. 労働が消失した世界

4. 1 ポスト仕事の死

さて、これまでの仮定を踏まえ、急激な生産性上昇がおきたとき、その恩恵は、一部の資本家と技術者に集中することになります。勝者が歴史の中に存在しなかったほどのスーパースター効果を享受する一方で、中流と目されてきた人もすべて下流に滑り落ち、本格的な「1パーセント対99パーセント」のサイエンスフィクションの世界が到来する可能性があります。99パーセントの人の大半は、中国の新疆ウイグル自治区の人々のように、権威主義と合体したアルゴリズムで支配されます。すべての行動が中央集権的なシステムに集約され、支配する側の人間も支配される側の人間も、アルゴリズムに支配されているのです。それでも、神経科学的なアプローチにより、人々は奴隷として幸福を感じるのです。

シリコンバレーにその兆候がすでに漂うように「荘園領主と奴隷の世界」が、人類社会に再来するでしょう。富の爆発と独占は、住宅価格の高騰を引き起こし、荘園領主以外の侵入を許さないゲーテッドコミュニティが、スーパースター都市のなかに築かれます。都市には、富裕層に傅く仕事か、コンピューターが裁けない余り物の仕事である「ラストマイルの仕事」、あるいは「ゴーストワーク」しかないため、かつての中流の人たちは、賃金プレミアムを得られないため都市に移住することをやめ、仕事のスキル要件と賃金の二極化を背景に、社会内の移動が停滞します。郊外や地方には無力感に囚われ、努力を完全に放棄してしまった人が群れをなし、一部の人たちは、オピオイドやその他の薬物への中毒の結果、絶望死を遂げます

これまで指摘したことは、すでに世界中で起こっていることです。ということは、これらはもっとエスカレーションを起こして発生するかもしれない。それどころか、もっと恐ろしいことが同時多発的に引き起こされるかもしれません。

まず、すべての人類に「健康で文化的な最低限度の生活」が送れるベースラインを提供しないといけません。それがベーシックインカムなのかは不透明ですが、人類の大半を占めることになる低所得者層の所得を助けるなにかです。未来の人々は、毎年の所得を補填する「ソーシャル・ウェルス・ファンド」のリターンで生活するかもしれないし、ビル・ゲイツが言うように、膨大な富を生み出すロボットに課税するべきかもしれません。

4.2 さあ労働を殺そう

労働は殺されるべきときを近くしています。本源的な意味での労働は、社会の多数派にとって、必要なくなります。最先端の科学技術革新や人間が支えないといけない活動以外のものは、形骸化していってもおかしくありません。

そもそも、少ない資本の投入で、膨大な生産が溢れ出る世界が到来するなら、富が「ゲームセンターのコインのようなもの」になる。資本家が資本を握っている意味、そして資本家と労働者という区分は必要なくなります。もっといえば、資本主義自体の存在意義が消失します。

おそらく、多数派の人間は、労働にそこまで固執していない。3つの兆候を指摘することができます。

1つ目は、米国の若者が傾倒するミレニアル社会主義。米国の若い人は、勝者が大半を取る(Winner Takes Most)世界ではなく、分配を要求するようになりました。背景には、上述したような、中流が崩壊しつつある米国の経済状況、若年層の購買力の40年以上に渡る停滞、教育ローン、住宅市場の高騰などが挙げられます。社会の格差が過剰な領域に突入すると、資本主義の支持が減退するのは、歴史上様々な場所でみられたことです。

2つ目が「ブルシットジョブ(でたらめな仕事)」という言葉が表現するものです。農業と工業が自動化され、人々がサービス業に移行した結果、でたらめな仕事が増えている、とロンドンスクール・オブ・エコノミクス(LSE)の社会人類学教授のデヴィッド・グレーバーは指摘しています。ウォール街占拠運動の指導者の1人であるグレーバーは、ミレニアル社会主義者のバイブルとも言える書籍 "Bullshit Jobs: A Theory" (2018、未邦訳)で、現代の雇用の大部分は無意味であり、あなたの魂を吸い取るものだ、と主張しています。「特にヨーロッパと北米の膨大な数の人々は、実際に実行する必要がないと密かに信じているタスクを実行するために、彼らの全労働時間を費やしています」と記述しているのです。

彼の持論では、人々は、職責や権力関係を定義し、給与と権限などで階層構造を作り出し、本質的な目標があやふやな組織的お行動を取っているといいます。彼は、これを「経営封建主義」とよんでいます。彼の主張には、定量的な根拠は全くないのですが、ブルシットジョブは、多くの人が、サービス業の職場で感じていることを投影していることが重要です。「感じている」ということは、人間の将来の行動に力強い影響力があります。

3つ目は、余暇活動が労働時間を圧迫する傾向がみられることです。米国では、ゲーミングが、米国の若い男性の労働時間の縮小に、一定の影響を与えているという研究が、話題をさらいました。月間利用者7830万人のバトルロワイヤルゲーム「フォートナイト」を展開するエピックゲームズのCEOであるティム・スウィーニーは、現実世界の投影である仮想空間のことを「メタバース」と名付け、それが、フォートナイトの主要ユーザーである10〜20代の若者にとってソーシャルメディアに次ぐ新しい世界になる、と主張しています。

4.3 高次の幸福

メタバースのなかにはコミュニケーションのためのすべての手段があり、より流動的な人間関係があり、現実世界の自分を仮想世界に投影するためのアバターがあり、ゲーム内経済がある、と彼は主張しています。これらは、コンピューティングの進歩のおかげで、Facebookのような単純なものから、より没入性の深い仮想空間(たとえば、フォートナイト)に移行していくという語りを、スウィーニーはしているのです。

彼はSF小説家のニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』(1992年)の仮想空間を引用しています。メタバースは、これはウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』(1984年)における「電脳空間」などとも同義で、80年代に萌芽し、いままでさまざまなSF作品で継承されているイメージをなぞっているものです。たとえば、『マトリックス』のネオがエージェント・スミスと対決する仮想空間もまた、メタバースに類するものです。

ゲーミングはもっと重要な要素を投影しているように見えます。それは、人々が感じる価値が、現実世界の富ではなく、仮想世界の中のレピュテーションや体験、など別の方向へと分岐していることです。現実世界の金も、仮想世界の金も「ゲームセンターのコイン」のようなものにほかなりませんが、その異なるコインを統合する例が現れました。それは、ビットコインです。

ビットコインの中核であるブロックチェーン技術は、ゲーム内のアイテムを希少なものにすることを可能にします。パブリックブロックチェーンを利用すると、デジタルアイテムの取引が楽しくなります。AIベンチャーのPreferred Networks(PFN)は深層学習を活用してアニメキャラクターを自動生成する「Crypko」は、ブロックチェーン上にキャラクターの生成履歴や取引データを記録し、改ざんを困難にするため、生成されたキャラクターの価値が保証されるのです。

ゲームの中には、独自のゲーム内経済が成立することを、さまざまなMMO(大規模多人数型オンライン:Massively Multiplayer Online)が示してきました。EVE Onlineでは、アルゴリズムは価格を設定せず、プレーヤーの需要と供給はそれを実現します。さらに、プレーヤーは他のゲーマーを「エンゲージ」または「雇用」して、報酬と引き換えにタスクを実行できます。これにより、ゲーマー間のエンゲージメントとインタラクションのレベルが高くなったとされています。

私たちは、デジタルワールドの中で、新しい幸福の指針を見つけようとしています。重要なのは、それぞれの個人が「高次の幸福」を定義し、追求することだと思います。「高次の幸福」は複雑であり、ロバストであり、他者の幸福との比較の中で、非常にユニークなポジションを取り、基本的に競合しません。このような生存の欲求から著しく乖離した複雑な欲求を持ちうることは、未来の人類に必要な技能のように感じられます。

4.4 労働の死の果実と副作用

これらの例から、人々の価値観が、より高次のものへと移行していく可能性を見て取ることができます。そのときに労働という概念が置き去りにされるのは目に見えています。人はその行動を大きく変えるが、そのインセンティブは大きく変化する。それはいままでと同じように「自分たちが世界をどのようにデザインしようとするか」に深く依存します。

われわれは「設定された労働を実行するのと引き換えにお金を受け取る」という過程に慣れているが、それが資本主義特有の慣行にすぎないということが、頭から抜け落ちています。

労働の死は、資本主義の死でもあるでしょう。労働者というカテゴリがいなくなれば資本家というカテゴリの大半も消失するかもしれません。なぜなら、資本という名のリソースの配分は、一定の条件のもとでは、人間よりもプログラムの方が上手だからです。すでに金融市場での取引の主役はアルゴリズムに移行していますが、今のところ、そのお金の持ち主は人間です。だが、資本自体も機械のものであり、機械同士が戦略を競い合う方が、市場が効率性を示し、その結果、より好ましい配分の最適化を実行できるようになるでしょう。

労働との関与を失った世代のなかには、目的を失い、自滅的になる人達が出てくる可能性があります。アメリカの製造業が去ったラストベルトでは、学習性無力感に囚われた人々が生まれている、と同地域の貧しい町出身の投資家J.D.ヴァンスは『ヒルビリー・エレジー』に綴りました。悲しいことに、学位のない白人アメリカ人の死亡率は、少なくとも1990年代初頭から上昇しており、アメリカの平均寿命は、2014年から2017年(データが入手できる最新の年)の間に3年連続で減少しています。

死亡率の上昇は主にヘロインやオピオイド等の薬物乱用によって引き起こされています。プリンストン大学の経済学者アン・ケースとアンガス・ディートンは、アメリカ社会が科学技術を発達させていく中で、学位のない人々(労働者階級)への報酬が停滞し、そのなかで無力感に囚われ、薬物を乱用し死に至る状況を「絶望死」と呼びました。ディートンは英国でも労働者階級の「絶望死」の兆候を掴んでいます。日本は、絶望の種類が異なる印象がありますが、G7最大の自殺率を誇っています。もしかしたら、絶望死は現代資本主義とポスト資本主義の典型的な出来事なのかもしれません。

労働が世界からなくなったあと、このような絶望死が減るのか、それとも増えるのか、注意を払わないといけません。

5. 幸福追求の最適化

私は「幸福の追求」が鍵になると考えています。先述したように「高次の幸福」を定義し、追求できる進化した人類が未来には必要です。「高次の幸福」は複雑であり、ロバストであり、他者の幸福との比較の中で、非常にユニークなポジションを取り、基本的に競合しません。他の様々な要素で構成された複雑な幸福を達成できれば、富の多寡は、その人の幸福に影響しません。

資本主義においては、人々はどうしても富の多寡を幸福の重要な指標として、学習しがちです。これは、脳内報酬によって条件付けられ、場合によっては、人間の脳にとって不幸なことである可能性があります。つまり、富を得ることができてもその状況に適応し、もっと大きな富を獲得できなければ、快楽を得ることができなくなるかもしれない可能性があります。同時に、期待する富を得られなければ、その誤差に対してフラストレーションを感じるのです。

これは予測した報酬と実際に獲得できた報酬の違いを表す「報酬予測誤差」と表現できます。動物はより多くの報酬を得るために報酬を予測し、それにもとづく反応や行動選択をみせるのです。ヒトは、ギャンブルにおいて、報酬予測誤差を修正しようとし、予測があたったこと、あるいはそうでなかったりすることを通じて、神経物質の分泌を得るのです。精神の健康などの視点から眺めた時、資本主義は、一部の人を自傷的な行動へと誘因付けているように映ります。

このAxionというメディアが「人類をあらゆる制約から解放し、その幸福追求を最適化する」という目標を掲げているのは、僕のこのような洞察の反映でもあります。労働がなくなり、自由になった人類を、誤った認識からも解放することができれば、彼らの幸福追求の最適化は容易になるからです。

また、労働を殺すだけにはとどまらないほど、発達を続ける科学技術を使いこなせるだけの知性が必要になります。汎用人工知能が登場し、それが知識をおのずから探求し、構築することができたとき、人類が獲得できる知識は飛躍的に増加します。この課題に対応するために、Axionは「人類を著しく進化させる」という戦略を持っています。これは、先述した自ら「高次の幸福」を設定することの必要条件でもあります。この「人類を著しく進化させる」についてはまだ、しっかりとした記述をしておらず、今後の探求課題だと思います。

6. 結論

僕はこの論考の中でこのような結論に至りました。

  • 人類の大多数にとって労働は報われないものに変わりつつあり、彼らが就いている仕事の質はますます劣化していく
  • 労働はコンピュータ技術の向上が経済に影響するまでの一定のタイムラグの後に生ずる生産性の途方も無い上昇の中でやがて消失するかもしれない
  • 消失は人類にとって素晴らしいことだが、その次の世界を愉しむためには、資本主義の中で、富の多寡と紐付けられていた幸福の概念を解体し「高次の幸福」を創造する必要がある

7. 後書き

僕はスタートアップ起業家をしていますが、その目標の大半はお金ではありません(もちろん、マシな生活ができるくらいはお金がほしいです)。どちらかというと、人々や制度の愚かしさのせいで進歩の遅れた世界を、このスタートアップという枠組みを利用して著しく進歩させることが僕の重要な動機です。

おそらくこの考え方はスタートアップ起業家の中ではめずらしいものなので、このブログを書くことで、中央値の人々には分かりづらい、私の未来の展望とそれに基づくモチベーションについて知ってもらえる可能性があり、その可能性に喜んでいます。Visionはこちら。Missionはこちら。Zoomなどでのお話など興味のある方はご連絡いただけると幸いです。

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参考文献

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Photo via Coal Miki @ Flickr.com